34 / 87
11-2 好きな人には嫌われても好き
しおりを挟む
▼▼▼
父から譲り受けたチケットだから無理して鑑賞したのではないか、と気を回したが、アデレードは「面白かったです」と答えた。
ペイトンは俄かに信じられなかった。
自分は話の途中からラウラに対して「早く別れろ」という感想しか持てなかった。
黙って姿を晦まさず別離の言葉をはっきり伝えてスッキリ終われば良かったのに、と不快な気分でカーテンコールを眺めていた。
でも、アデレードは違うらしい。
「例えばなんですけど、嫌いな人間に挨拶して無視されたら、『いやいやお前、こっちは礼儀として挨拶してやったのに何様のつもりだ。お前なんか二度と声掛けてやらないからな、地獄に堕ちろ馬鹿が』って思うじゃないですか」
え? 挨拶を無視されただけでそこまで? とペイトンは思ったが、アデレードはこちらの様子はおかまいなしで続ける。
「でも、それが好きな人だった場合『あれ? 聞こえなかったのかな?』とまず思うじゃないですか。体調が悪いのかな、とか、機嫌が悪かったのかな、とか、もしかして自分が何かしちゃったのかな、とか。そこでいきなり関係性を断絶したりはしないでしょう。なんで無視するのか理由を知りたいし、原因があるなら解決したいし、元に戻ってほしいと思う。多分、そんな状態がずっと続いている感じですよ」
言いたいことはわからなくもない。
その発想はなかったな、とペイトンは思った。
邪険にされた相手に縋りつくなど矜持が許さない。みっともないからやめろ、とペイトンはラウラに対して不愉快だったのだ。
だが、アデレードの話を聞いても、
「僕にはやはり理解できないな。幼い頃仲が良かっただけで、あんな仕打ちをされてずっと好意を継続し続けるなんて」
と納得しきれずペイトンは反論した。するとアデレードは、
「だから、姿を晦ませたんですよ」
とあっさり言った。え? とペイトンはわけがわからなかった。
(今、好きだから蔑ろにされても別れない話をしていたんじゃなかったか?)
困惑している間に、ウェイターが食前酒とアミューズを運んで来た。
アデレードは、シャンパンを一息に呷って、ポテトとスモークサーモンのアミューズを上機嫌で口に運んだ。
下品な振る舞いではないが、
(そんなに一気に飲んで大丈夫なのか……)
アデレードは、子供がジュースを飲むみたいにぐびぐび飲むから心配になる。
注意するとムスッとするので好きにさせることにしたが、酒に弱いと思われるのが嫌なのかなんなのか。
侯爵家の令嬢にしては喜怒哀楽がわかりやすい。
わかりやすいが、その感情の起因が不明なので厄介だ。さっきも一瞬曇った表情を見せたが、今はにこにこしている。
「君の理屈ならラウラは姿を消さないんじゃないか」
「え?」
「好きな人には嫌われても好きなんだろう?」
アデレードはそれまだ続けていたの? という視線を向けてくる。
会話は途中だったのではないか。いや、蒸し返す話ではなかったか。
観劇の後は、食事を共にして家まで送って帰るのがパターンだ。紳士の嗜みとして毎回そうする。
その際の会話は大体演目の感想になるが、恋愛談義にならないように気をつけてきた。
理想の恋人像やら好きなタイプへの話に飛躍して面倒くさいことになった経験が何度もあったから。
だというのに、今はこちらがしつこく尋ねている。何をしているのか。
(いや、契約を遂行するためだ)
アデレードの恋愛観は知っておく必要がある、とペイトンは言い訳めいて思った。
「だから、好きなうちは平気なんですが、好きじゃなくなったら平気じゃなくなるんです。別にずっと好きでいるとは言ってません。ある時、ハッと目が覚めるんですよ。でも、目覚めるまでは好きだから、他人がとやかく言っても無意味なんです。根本的な見方が違うから」
アデレードは答えるが、矛盾しているのかいないのか混乱した。ペイトンが反応できずにいると、
「旦那様も、碌でもない女を好きになれば分かります」
とアデレードは笑った。
他の女を好きになれ? それは曲がりなりにも夫に言う台詞か? ペイトンは、何故か妙にムッときて、
「好きになるなら優しく良識的な女性にするよ」
と答えたが、言った後、自分は何を言っているのかと直ぐに訂正した。
「そもそも僕は女性を好きにならない」
「ブレないですね」
アデレードかへらへら笑う。
酔っているんじゃないか。水を飲ませるべきか、じっと視診するよう見つめるとバチッと目が合った。
「でも、わかりますよそういう感じ。自分の中の恋する力がもう尽きて誰も好きにならないってことが分かるっていうか。時間が経てばまた好きな人ができるとか諭されると鬱陶しくなります」
アデレードは急に真顔になって言った。
今までこんな風に自分に共感してくる令嬢は何人もいた。
だが、行き着く先は「わたしは貴方の気持ちを理解しますし、他の女性とは違います」というアピールだった。
アデレードも同様のことを言い出すのではないか。
ペイトンが疑念を抱いていると、ウェイターが次の料理を運んできた。
父から譲り受けたチケットだから無理して鑑賞したのではないか、と気を回したが、アデレードは「面白かったです」と答えた。
ペイトンは俄かに信じられなかった。
自分は話の途中からラウラに対して「早く別れろ」という感想しか持てなかった。
黙って姿を晦まさず別離の言葉をはっきり伝えてスッキリ終われば良かったのに、と不快な気分でカーテンコールを眺めていた。
でも、アデレードは違うらしい。
「例えばなんですけど、嫌いな人間に挨拶して無視されたら、『いやいやお前、こっちは礼儀として挨拶してやったのに何様のつもりだ。お前なんか二度と声掛けてやらないからな、地獄に堕ちろ馬鹿が』って思うじゃないですか」
え? 挨拶を無視されただけでそこまで? とペイトンは思ったが、アデレードはこちらの様子はおかまいなしで続ける。
「でも、それが好きな人だった場合『あれ? 聞こえなかったのかな?』とまず思うじゃないですか。体調が悪いのかな、とか、機嫌が悪かったのかな、とか、もしかして自分が何かしちゃったのかな、とか。そこでいきなり関係性を断絶したりはしないでしょう。なんで無視するのか理由を知りたいし、原因があるなら解決したいし、元に戻ってほしいと思う。多分、そんな状態がずっと続いている感じですよ」
言いたいことはわからなくもない。
その発想はなかったな、とペイトンは思った。
邪険にされた相手に縋りつくなど矜持が許さない。みっともないからやめろ、とペイトンはラウラに対して不愉快だったのだ。
だが、アデレードの話を聞いても、
「僕にはやはり理解できないな。幼い頃仲が良かっただけで、あんな仕打ちをされてずっと好意を継続し続けるなんて」
と納得しきれずペイトンは反論した。するとアデレードは、
「だから、姿を晦ませたんですよ」
とあっさり言った。え? とペイトンはわけがわからなかった。
(今、好きだから蔑ろにされても別れない話をしていたんじゃなかったか?)
困惑している間に、ウェイターが食前酒とアミューズを運んで来た。
アデレードは、シャンパンを一息に呷って、ポテトとスモークサーモンのアミューズを上機嫌で口に運んだ。
下品な振る舞いではないが、
(そんなに一気に飲んで大丈夫なのか……)
アデレードは、子供がジュースを飲むみたいにぐびぐび飲むから心配になる。
注意するとムスッとするので好きにさせることにしたが、酒に弱いと思われるのが嫌なのかなんなのか。
侯爵家の令嬢にしては喜怒哀楽がわかりやすい。
わかりやすいが、その感情の起因が不明なので厄介だ。さっきも一瞬曇った表情を見せたが、今はにこにこしている。
「君の理屈ならラウラは姿を消さないんじゃないか」
「え?」
「好きな人には嫌われても好きなんだろう?」
アデレードはそれまだ続けていたの? という視線を向けてくる。
会話は途中だったのではないか。いや、蒸し返す話ではなかったか。
観劇の後は、食事を共にして家まで送って帰るのがパターンだ。紳士の嗜みとして毎回そうする。
その際の会話は大体演目の感想になるが、恋愛談義にならないように気をつけてきた。
理想の恋人像やら好きなタイプへの話に飛躍して面倒くさいことになった経験が何度もあったから。
だというのに、今はこちらがしつこく尋ねている。何をしているのか。
(いや、契約を遂行するためだ)
アデレードの恋愛観は知っておく必要がある、とペイトンは言い訳めいて思った。
「だから、好きなうちは平気なんですが、好きじゃなくなったら平気じゃなくなるんです。別にずっと好きでいるとは言ってません。ある時、ハッと目が覚めるんですよ。でも、目覚めるまでは好きだから、他人がとやかく言っても無意味なんです。根本的な見方が違うから」
アデレードは答えるが、矛盾しているのかいないのか混乱した。ペイトンが反応できずにいると、
「旦那様も、碌でもない女を好きになれば分かります」
とアデレードは笑った。
他の女を好きになれ? それは曲がりなりにも夫に言う台詞か? ペイトンは、何故か妙にムッときて、
「好きになるなら優しく良識的な女性にするよ」
と答えたが、言った後、自分は何を言っているのかと直ぐに訂正した。
「そもそも僕は女性を好きにならない」
「ブレないですね」
アデレードかへらへら笑う。
酔っているんじゃないか。水を飲ませるべきか、じっと視診するよう見つめるとバチッと目が合った。
「でも、わかりますよそういう感じ。自分の中の恋する力がもう尽きて誰も好きにならないってことが分かるっていうか。時間が経てばまた好きな人ができるとか諭されると鬱陶しくなります」
アデレードは急に真顔になって言った。
今までこんな風に自分に共感してくる令嬢は何人もいた。
だが、行き着く先は「わたしは貴方の気持ちを理解しますし、他の女性とは違います」というアピールだった。
アデレードも同様のことを言い出すのではないか。
ペイトンが疑念を抱いていると、ウェイターが次の料理を運んできた。
80
お気に入りに追加
3,130
あなたにおすすめの小説
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
婚約者とその幼なじみの距離感の近さに慣れてしまっていましたが、婚約解消することになって本当に良かったです
珠宮さくら
恋愛
アナスターシャは婚約者とその幼なじみの距離感に何か言う気も失せてしまっていた。そんな二人によってアナスターシャの婚約が解消されることになったのだが……。
※全4話。
あんなことをしたのですから、何をされても文句は言えませんよね?
柚木ゆず
恋愛
ウチことクロフフォーラ伯爵家は金銭面でとても苦しい状況にあり、何かしらの手を打たないとわたしの次か次の代で破産しかねない状態となっていました。にもかかわらず肝心の父、母、妹も、『自分さえ幸せならどうでもいい』と考えていて、対策を練ることなく日々好き放題していました。
このままでは家が大変なことになってしまう。そこでわたしは9歳の頃に、国家資格である『1級薬師』を取得してオリジナルの薬を作り、その製造と販売でクロフフォーラ家を守ろうと決意しました。
それから5年後にわたしは14歳で1級薬師となり、24歳で薬の開発に成功。侍女や使用人がサポートしてくれたおかげで無事目標を達成することができた、のですが――。父と母と妹はわたしを屋敷から追い出し、薬に関する利益をすべて自分達のものにしようとし始めたのでした。
……そういうことをするのでしたら、こちらにも考えがあります。
全員、覚悟してくださいね?
※体調不良の影響で現在最新のお話以外の感想欄を、一時的に閉じております。なにかございましたら、お手数ではございますが、そちらにお願い致します。
色無しのアルカナ
水城イナ
恋愛
とある世界。
シディル国の国立アカデミーの新入生である公爵令嬢アルカナ・アルフェジアは、大変憂鬱だった。
魔力のある者は必ず「七色」に分類されるはずが、自分は「色無し」だからだ。
理由がわからないままアカデミーで落ちこぼれとして生活するアルカナ。
だが、アルカナには秘密があった。
(私は無色。無色という色であり、無色の魔法が使えること―――)
自分は何者なのか。そもそも「色分け」はなぜ存在するのか。
自身の謎を追っていると、突然皇太子が接触してして、取引を持ちかけてきて…?
ちょっと特別な人たちが、問題解決に帆走しながらも自身の謎を解き明かす、ファンタジーラブ。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜
水都 ミナト
恋愛
マリリン・モントワール伯爵令嬢。
実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。
地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。
「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」
※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。
※カクヨム様、なろう様でも公開しています。
婚約して三日で白紙撤回されました。
Mayoi
恋愛
貴族家の子女は親が決めた相手と婚約するのが当然だった。
それが貴族社会の風習なのだから。
そして望まない婚約から三日目。
先方から婚約を白紙撤回すると連絡があったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる