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10-2 勿忘草

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 ペイトンは、観劇の際には舞台に集中することにしている。

 同伴している令嬢がチラチラこっちを意識している素振りをしても気づかないふりをして、ただ真っ直ぐ演者達を見る。

 しかし、本日は違った。物理的になんの隔たりもなくアデレードが隣にいることに注意力が削がれて仕方なかった。

 だが、後でストーリーについて聞かれた時、答えられないと拙いと思い、内容だけは拾おうと無理やり舞台に意識をやった。が、


(なんだこの話)


 と途中で展開についていけなくなった。



 勿忘草の物語は、ヒロインである幼い伯爵令嬢のラウラが母親を亡くすところから始まる。

 仕事人間の父親と二人きりになった寂しいラウラ。

 その心の穴を埋めるのが同い年の男爵家の少年ダリルだ。

 引っ込み思案なラウラをダリルが献身的に守り、支えて、仲睦まじい幼少期を過ごす。

 しかし、成長したラウラに侯爵家の嫡男との縁談が持ち上がったことで二人の関係は変化する。

 ダリルを愛しているラウラは、父親にその思いを訴えた。父親は、実は娘を大切に思っていたためラウラの気持ちを知り縁談を白紙に戻す決断をする。

 が、見合い相手の方にも恋仲の令嬢がおり、ラウラが縁談の断りを申し出るより先に、その恋人の妊娠が発覚してしまう。あっと言う間に噂は社交界を駆け巡り、ラウラは「寝取られ令嬢」と嘲笑されるようになる。

 そして、その噂のせいで、ラウラは長年の思いを告白した時、「あの男に振られたから俺に言い寄ってきたのだろう」と誤解したダリルから冷たく突き放されてしまう。

 自分より爵位が高く金持ちの男に靡いたくせに今更何を言っているんだ、と、ダリルはラウラを恨み抜き、そこからダリルの放蕩が始まる。

 ダリルは数多の令嬢達と浮き名を流し、ラウラの愛情を踏み躙る展開が延々と続く。

 それでもラウラはダリルに一途な愛情を捧げ、紆余曲折後、ラウラの献身が実り二人の結婚が決まる。しかし、玉の輿だと揶揄われたことでプライドの高いダリルが、

「そうさ、あいつの家は資産家だからな。金目当てで結婚して何が悪いんだ? お前らも、もっと賢く生きろよ。適当にいい顔して、外で遊べばいいんだからさ」

 と虚勢を張っているところを、ラウラは目撃する。
 
 ラウラは深く傷つくが、ダリルと一緒になれるなら、と全てを見なかったことにして、ただ、ただ、ダリルとの結婚の日を夢見る。

 しかし、不幸にもラウラの父の事業が失敗して爵位も領地も手放すことになってしまう。

 ラウラは、ダリルにとって自分は何の価値もなくなった、と絶望するが、一抹の希望を胸に、ダリルの元へ向かう。「何もなくても君がいればいい」と言ってくれることを願って。だが、そんなことを知らないダリルは、友人と約束があるから、とラウラを冷たく追い返す。ラウラは遂に終わりを実感する。

 翌日、人伝に事実を知ったダリルはラウラの元へ向かうが、屋敷は既にもぬけの殻だった。幼い日、ダリルがラウラにプレゼントした勿忘草の押し花が残されているだけ。
 ダリルは半狂乱でラウラを探し回るが見つけられない。
 本当はずっとラウラを愛していた、と、必ず見つけ出す、とダリルの慟哭で幕は下りる。



(無茶苦茶な話だな。こんな男に縋り付く意味あるか?)

 正直ペイトンは、ラウラの縁談が白紙に戻ったあたりから、白けた気分でいた。ダリルの傲慢な態度にも不快感はあったが、それよりラウラが鼻についた。ラウラの献身がただ卑屈に思えた。プライドはないのか、と不愉快になった。


(迷惑がられているんだから、とっとと諦めればよいものを)


 惨めったらしくて虫唾が走る。自分なら絶対にしつこく縋りついたりしない、と強く思った。尤も、人を好きになったことなどないのだが。
 そして、苛々しながらもペイトンはアデレードが気になった。
 義父からのプレゼントの手前、嬉しそうにしていたが、以前も鑑賞しているなら本当はこんな演目は観たくなかったのではないか。


(事前に内容を把握しておけば良かったな)


 そしたら、別の公演に変更を提案できた。
 ペイトンは、気づかれないようアデレードを見た。とても真剣な顔をしている。笑うような話ではないので、当たり前と言えば当たり前だが、視線はしっかり舞台を向いているのに、何処か遠くを見ているように感じる。楽しげな様子は全くない。


(まぁ、そうなるよな。何故こんな演目を選んだんだ)


 失敗したな、とペイトンは遺憾に思った。同時に、曲がりなりにも新婚夫婦にプレゼントする内容ではないだろう、と父親が恨めしかった。
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