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6-2 貢ぐ男
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「なんだ」
「いえ」
「言いたいことがあるなら言え」
言ったら絶対に怒ることは予測できるのでジェームスは、
「何故急にドレス云々の話になったのかと思いまして。結婚した時点で夜会への挨拶回りをすることは分かっていたじゃないですか。奥様は、輿入れに沢山ドレスをお持ちになっておられますし」
と返した。
同時に、ペイトンが昨日ドレスアップしたアデレードを褒めなかったことを思い出した。「ちゃんとする」と宣言したわりにぐだぐだだった。
さっきまで注意してやろうと意気込んでいたが、タイミングを逃してしまった。
「……昨日、食事の席にロベルタ伯爵が挨拶に来た」
ペイトンが独り言みたいに溢す。
ロベルタ伯爵は、領地でのワイン開発に成功し、ここ十年ほどで富をなした新興貴族だ。
高位貴族に取り入ろうという腹底が透けて見える男だが、野心家であることは悪いことではないし、フォアード家にとって有害でもないのでほどよい距離感で親交をしている。
「それがどうかしたのですか?」
「帰りの馬車で、彼女がロベルタ伯爵の娘は僕に気があると言うんだ」
一体何の話をしているのか。
新妻が焼もちをやいたので、機嫌を取るためにドレスを購入する話か。
そんな馬鹿な、とジェームスが返事に困っている間に、ペイトンは続けた。
「それで、その娘が彼女のことを値踏みして自分が勝っていると舐めた態度を取ったらしい。父上はちゃんと気づいて彼女を擁護したそうだ。『貴方はそれに気づいたか、気づいていないだろう。恐らく今後も自分と貴方は不釣り合いだと不躾に嫌味をいってくる人間は出てくるけれど、私は全く我慢する気はないしやられた分だけやり返すから、助けてくれないのは仕方ないけど、相手の女性の味方だけは絶対にしないでください』というようなことを言われたんだ」
うわぁ、とジェームスは思った。
それって信用ゼロの絶対ダメなやつじゃないか、と。
「……それで、旦那様はどう答えたのですか?」
恐る恐る尋ねると、
「僕は妻が馬鹿にされて黙っているような恥さらしじゃない、と」
と回答がきた。思いのほかまともな答えをしているのでジェームスは安堵した。
が、
「そしたら彼女は『でも馬鹿にされていることに気づかないじゃないですか。だから、それは構わないんですけど、私が急に攻撃的な発言をしてもやり返しているだけですから私を窘めるようなことはしないで頂きたいんです』って……失礼じゃないか? 君を大切にすると契約しているんだから、ちゃんと守ると言ったのに『ふうん』みたいな反応だったんだぞ!」
ペイトンが憤慨して言う。
だから高額なドレスを贈って妻を大切にしているアピールをするつもりなことには合点がいったが、アデレードが望んでいることはそんなことじゃない。
それに頑なに「プレゼントじゃない」と言い張るところが意味不明だ、とジェームスは思った。
女性に関しては複雑な思いがあるのだろうが、拗らせすぎだ。
それでもジェームスはフォローしておいた方がよいだろう、と、
「……これは侍女のバーサから聞いた話ですが、奥様には幼馴染の男がいたそうなんですが、他の女性を褒めそやして、奥様を貶めるような碌でなしで、奥様は謂れなき嘲笑を受けていたそうです。だから、きっとそういうことには敏感なんですよ」
言うつもりがなかったことを話した。
これは事前に調査していたアデレードの噂と本人の様子があまりに違う為、ジェームスが直接バーサに尋ねて知り得た情報だ。
バーサは初めは渋っていたが、
「リコッタ家の嫡男に執心なさっていたのは承知してます。結婚前の話を詮索するつもりはないですが、聞いていたのが良い噂ではなかったので、実際お会いした奥様の印象と違和があるんですよ」
と告げれば、真実を語ってくれた。
アデレードが誹謗中傷に対して言い返さず我慢し続けていたため、周囲の人間の殆どが噂を真実だと思っているのだ、とバーサが悔しがっていた。
ジェームスは、依頼した調査会社を訴えたい気持ちになったが、余計な手間だと思い直した。二度と使わないが。
「なんだそれ。聞いていないぞ」
「私も先日知りましたから」
ペイトンが不機嫌に言う。
さっきから怒っていたので、何に苛ついているのかはよくわからない。
「随分、失礼な男だな」
「えぇ、ですからここへ夢と希望を持って嫁がれてきたのでしょう」
アデレードが屋敷にやってきた日の言葉を借りて言う。
ジェームスはあれがアデレードの本心とは思っていないが、ペイトンはえらく神妙に考え込んでしまった。
ジェームスはその様子を黙って見ていた。
ペイトンも歪んでいるが「やられたらやり返すが文句を言うな」と宣言するアデレードも問題がある気がする。
だが、それが功を奏してペイトンが四六時中、自分の妻のことばかり考えるようになった。
ペイトンは、触るな寄るな関わるな、で一年突っぱねるつもりでいたはずだが喜ばしい誤算だ。
このまま破れ鍋に綴じ蓋でうまくいってくれないか、と願ってしまう。
この先、ペイトンの絶対条件である金も地位もありペイトンに言い寄らない令嬢が現れたとしても、そんな令嬢はそもそもペイトンとは結婚しないだろうから。
「奥様を大切にして差し上げてください」
ジェームスは一抹の希望を託して告げた。
「いえ」
「言いたいことがあるなら言え」
言ったら絶対に怒ることは予測できるのでジェームスは、
「何故急にドレス云々の話になったのかと思いまして。結婚した時点で夜会への挨拶回りをすることは分かっていたじゃないですか。奥様は、輿入れに沢山ドレスをお持ちになっておられますし」
と返した。
同時に、ペイトンが昨日ドレスアップしたアデレードを褒めなかったことを思い出した。「ちゃんとする」と宣言したわりにぐだぐだだった。
さっきまで注意してやろうと意気込んでいたが、タイミングを逃してしまった。
「……昨日、食事の席にロベルタ伯爵が挨拶に来た」
ペイトンが独り言みたいに溢す。
ロベルタ伯爵は、領地でのワイン開発に成功し、ここ十年ほどで富をなした新興貴族だ。
高位貴族に取り入ろうという腹底が透けて見える男だが、野心家であることは悪いことではないし、フォアード家にとって有害でもないのでほどよい距離感で親交をしている。
「それがどうかしたのですか?」
「帰りの馬車で、彼女がロベルタ伯爵の娘は僕に気があると言うんだ」
一体何の話をしているのか。
新妻が焼もちをやいたので、機嫌を取るためにドレスを購入する話か。
そんな馬鹿な、とジェームスが返事に困っている間に、ペイトンは続けた。
「それで、その娘が彼女のことを値踏みして自分が勝っていると舐めた態度を取ったらしい。父上はちゃんと気づいて彼女を擁護したそうだ。『貴方はそれに気づいたか、気づいていないだろう。恐らく今後も自分と貴方は不釣り合いだと不躾に嫌味をいってくる人間は出てくるけれど、私は全く我慢する気はないしやられた分だけやり返すから、助けてくれないのは仕方ないけど、相手の女性の味方だけは絶対にしないでください』というようなことを言われたんだ」
うわぁ、とジェームスは思った。
それって信用ゼロの絶対ダメなやつじゃないか、と。
「……それで、旦那様はどう答えたのですか?」
恐る恐る尋ねると、
「僕は妻が馬鹿にされて黙っているような恥さらしじゃない、と」
と回答がきた。思いのほかまともな答えをしているのでジェームスは安堵した。
が、
「そしたら彼女は『でも馬鹿にされていることに気づかないじゃないですか。だから、それは構わないんですけど、私が急に攻撃的な発言をしてもやり返しているだけですから私を窘めるようなことはしないで頂きたいんです』って……失礼じゃないか? 君を大切にすると契約しているんだから、ちゃんと守ると言ったのに『ふうん』みたいな反応だったんだぞ!」
ペイトンが憤慨して言う。
だから高額なドレスを贈って妻を大切にしているアピールをするつもりなことには合点がいったが、アデレードが望んでいることはそんなことじゃない。
それに頑なに「プレゼントじゃない」と言い張るところが意味不明だ、とジェームスは思った。
女性に関しては複雑な思いがあるのだろうが、拗らせすぎだ。
それでもジェームスはフォローしておいた方がよいだろう、と、
「……これは侍女のバーサから聞いた話ですが、奥様には幼馴染の男がいたそうなんですが、他の女性を褒めそやして、奥様を貶めるような碌でなしで、奥様は謂れなき嘲笑を受けていたそうです。だから、きっとそういうことには敏感なんですよ」
言うつもりがなかったことを話した。
これは事前に調査していたアデレードの噂と本人の様子があまりに違う為、ジェームスが直接バーサに尋ねて知り得た情報だ。
バーサは初めは渋っていたが、
「リコッタ家の嫡男に執心なさっていたのは承知してます。結婚前の話を詮索するつもりはないですが、聞いていたのが良い噂ではなかったので、実際お会いした奥様の印象と違和があるんですよ」
と告げれば、真実を語ってくれた。
アデレードが誹謗中傷に対して言い返さず我慢し続けていたため、周囲の人間の殆どが噂を真実だと思っているのだ、とバーサが悔しがっていた。
ジェームスは、依頼した調査会社を訴えたい気持ちになったが、余計な手間だと思い直した。二度と使わないが。
「なんだそれ。聞いていないぞ」
「私も先日知りましたから」
ペイトンが不機嫌に言う。
さっきから怒っていたので、何に苛ついているのかはよくわからない。
「随分、失礼な男だな」
「えぇ、ですからここへ夢と希望を持って嫁がれてきたのでしょう」
アデレードが屋敷にやってきた日の言葉を借りて言う。
ジェームスはあれがアデレードの本心とは思っていないが、ペイトンはえらく神妙に考え込んでしまった。
ジェームスはその様子を黙って見ていた。
ペイトンも歪んでいるが「やられたらやり返すが文句を言うな」と宣言するアデレードも問題がある気がする。
だが、それが功を奏してペイトンが四六時中、自分の妻のことばかり考えるようになった。
ペイトンは、触るな寄るな関わるな、で一年突っぱねるつもりでいたはずだが喜ばしい誤算だ。
このまま破れ鍋に綴じ蓋でうまくいってくれないか、と願ってしまう。
この先、ペイトンの絶対条件である金も地位もありペイトンに言い寄らない令嬢が現れたとしても、そんな令嬢はそもそもペイトンとは結婚しないだろうから。
「奥様を大切にして差し上げてください」
ジェームスは一抹の希望を託して告げた。
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