上 下
10 / 23

10.お別れの前にお忘れ物はございませんか?

しおりを挟む
 
「クロム様」

 私に一通りの説明を終えたフリードは、黒くて長いローブをなびかせながら、畏まった様子で少女の足元に膝間づいた。

「ご存じの通り、この街の脅威は去りました。あとは平和の祈りをするだけです」
「……はっ。そっ、そうですね」

 彼の言葉で、重い表情を浮かべていた少女は顔を上げた。

「行かないと」

 消え入りそうな声だった。

「おい、一般人」
「はい?」
「短かったが、これでお前ともお別れだ。ほんのひと時でもクロム様のご加護が享受出来たこと、一生の思い出にするんだな」
「へいへい」

 腹は立つが言ってることは分かった。
 確かに一般市民が聖女と関わる機会なんてもう無いだろう。

「クロム様、お元気で」
「ありがとう。シズクさんもどうか」

 私達は見つめ合った。
 こんな時、あなたの苦労を少しでも肩代わりさせて下さいとでも言えればカッコいいのに。
 私と彼女は何もかもが違う。身分も容姿も与えられた使命も。

 少しの間だけ、音も風も無い静寂が訪れた。

「では」

 頃合いを見計らってフリードが手を叩く。

「そろそろ行きましょうか」
「そうですね」
「街の中心はこちらです」

 フリードはふいと背中を向けた。
 少し間を開けて、少女も同じように背を向けた。銀色の髪がふわりと風になびいた。

 少し寂しいな。

 この何も知らない世界で、せっかく打ち解けた人達。それもあっという間に去ってしまう。

「分かった、分かったから」
「ですが」
「大丈夫、一人で歩けるから」

 遠ざかっていく少女の姿から、楽しそうな声が聞こえる。
 私は、彼女の影に手を伸ばし、決して手に入れることが出来ないそれを小さく掴んだ。

「フリードは本当に過保護な……あっ」
「どうしました?」

「?」

 何があったんだろう。
 軽快に歩き出したはずの少女の足は、一つ目の角を曲がる直前でピタリと止まった。

「忘れてた……」
「忘れてた?」

 なんだ忘れ物か。
 一瞬緊張したものの、それが大した問題では無いことが分かり、私はホッと胸を撫で下ろした。

「取りに戻りますか?」

 彼もまた私と同じ結論に至ったらしく、彼女にそう提案した。

「違うの」
「違う?」

 フリードは首を捻った。もちろん私も。
 落ち着きない様子で彼と話していたクロム様が、困ったような顔で私を見つめた……え、私?

「聖女の力がね……無いの」
「無い?」

 少女は静かに頷いた。

「それはさすがにあり得ませんよ。元来聖女の力は不滅のものです。どこかに譲ったりしていない限りは……まさか!?」

 フリードが凄い勢いで私の顔を見つめた。え、いや、もしかして、そんな。
 勘の悪い私でもすぐにピンときた。彼女の聖女の力って。

 こくり。

 少女は静かに首を縦へと振った。

「力は全て加護として、シズクさんに与えてしまったんです」
「「…………はぁ!?」」

 見事私達の声は綺麗にシンクロしていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?

田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。 受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。 妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。 今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。 …そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。 だから私は婚約破棄を受け入れた。 それなのに必死になる王太子殿下。

処理中です...