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10.お別れの前にお忘れ物はございませんか?
しおりを挟む「クロム様」
私に一通りの説明を終えたフリードは、黒くて長いローブをなびかせながら、畏まった様子で少女の足元に膝間づいた。
「ご存じの通り、この街の脅威は去りました。あとは平和の祈りをするだけです」
「……はっ。そっ、そうですね」
彼の言葉で、重い表情を浮かべていた少女は顔を上げた。
「行かないと」
消え入りそうな声だった。
「おい、一般人」
「はい?」
「短かったが、これでお前ともお別れだ。ほんのひと時でもクロム様のご加護が享受出来たこと、一生の思い出にするんだな」
「へいへい」
腹は立つが言ってることは分かった。
確かに一般市民が聖女と関わる機会なんてもう無いだろう。
「クロム様、お元気で」
「ありがとう。シズクさんもどうか」
私達は見つめ合った。
こんな時、あなたの苦労を少しでも肩代わりさせて下さいとでも言えればカッコいいのに。
私と彼女は何もかもが違う。身分も容姿も与えられた使命も。
少しの間だけ、音も風も無い静寂が訪れた。
「では」
頃合いを見計らってフリードが手を叩く。
「そろそろ行きましょうか」
「そうですね」
「街の中心はこちらです」
フリードはふいと背中を向けた。
少し間を開けて、少女も同じように背を向けた。銀色の髪がふわりと風になびいた。
少し寂しいな。
この何も知らない世界で、せっかく打ち解けた人達。それもあっという間に去ってしまう。
「分かった、分かったから」
「ですが」
「大丈夫、一人で歩けるから」
遠ざかっていく少女の姿から、楽しそうな声が聞こえる。
私は、彼女の影に手を伸ばし、決して手に入れることが出来ないそれを小さく掴んだ。
「フリードは本当に過保護な……あっ」
「どうしました?」
「?」
何があったんだろう。
軽快に歩き出したはずの少女の足は、一つ目の角を曲がる直前でピタリと止まった。
「忘れてた……」
「忘れてた?」
なんだ忘れ物か。
一瞬緊張したものの、それが大した問題では無いことが分かり、私はホッと胸を撫で下ろした。
「取りに戻りますか?」
彼もまた私と同じ結論に至ったらしく、彼女にそう提案した。
「違うの」
「違う?」
フリードは首を捻った。もちろん私も。
落ち着きない様子で彼と話していたクロム様が、困ったような顔で私を見つめた……え、私?
「聖女の力がね……無いの」
「無い?」
少女は静かに頷いた。
「それはさすがにあり得ませんよ。元来聖女の力は不滅のものです。どこかに譲ったりしていない限りは……まさか!?」
フリードが凄い勢いで私の顔を見つめた。え、いや、もしかして、そんな。
勘の悪い私でもすぐにピンときた。彼女の聖女の力って。
こくり。
少女は静かに首を縦へと振った。
「力は全て加護として、シズクさんに与えてしまったんです」
「「…………はぁ!?」」
見事私達の声は綺麗にシンクロしていた。
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