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1.よりにもよって一般市民とは何ごとか
しおりを挟む私の名前は更科しずく。どこにでもいる女子高生……だったはずなのだが、運悪く交通事故にあってしまった。ああ、死んだ。そう思ったのだけど、私の意識はまだ失われてはいなかった。
などとお決まりの台詞を並べながらこの物語は始まる。
目を覚ますと、そこには見慣れない部屋が広がっていた。神殿? ギリシャかな、オリンピックでもするのだろうか。
「やっと起きましたね」
「起きましたよ……ってうわ」
軽い気持ちで返すつもりの相槌。話しかけてきた声に振り向いたその時、私は目を疑った。
人が浮いている。
「驚かせてごめんなさい。私は女神です」
「女神」
私は半信半疑のまま、彼女をまじまじと見つめた。
その少女は、言われてみればそれっぽく、神々しい輝きが見えるような気がしないでもない。そんな彼女が一体私に何用なのか、まあとりあえず聞いてみるしかあるまい。
「で、その女神様が何の御用で?」
「……えっ?」
「えっ?」
さっそく場が凍った。
もう何かおかしな事を言ってしまったのだろうか。
「あの」
おずおずと女神が片手をあげる。
「はい、なんでしょう」
「理解が早くないですか?」
「早いですかね」
「普通の人なら、ここから数秒から数時間、驚きで動きが止まるはずなんですけど」
「……ああ」
なんだそんなことか。
浮いていた時は驚いたけど、その正体が女神だと分かればそこまで怖いものでも無い。
「最近の漫画や小説でそんな話があるので」
「漫画? 小説?」
「こっちの世界の文化です」
「文化……?」
彼女は理解出来ないのか、首を傾げてきょとんとしていた。
説明してもいいけれど、別に元いた世界の事情を知らなくても、この先の展開にはきっと差し支えないだろう。
「その辺の話は一旦隅に置いておきましょう。今はそれよりも」
私はずいっと彼女に近づいた。
「大切な話があるんでしょう?」
「それは」
女神様とやらは気まずそうに俯いた。
ふっ……やったね、人生イージーモード。
この時点であらかた展開の予想はついていた。
女神である彼女が目線を下に向ける。それはつまり彼女が私に対し、何かしら申し訳ない気持ちを持っているという事だ。
ならば今後の展開、女神様は私に何が困難を乗り越える系を提示すると見て間違いないだろう。この場合、一から魔王を倒したり、悪役令嬢の処刑を回避したりする系か。
しかし大丈夫。この手の話は大体、意外なチート級の能力を持っていたり、会話の選択肢さえ間違えなきゃ溺愛されるように出来ているのだ。
「さあ、私には何が用意されているんですか。悪役令嬢? 婚約破棄? 最強の召喚士? 聖女?」
上手いこと苦境を乗り越える事さえ出来れば、残りの人生は楽々と過ごしていける。
「い……ぱ……み……」
「えっ、なんですか聞こえません」
そんな勿体ぶらなくてもいいのに。
もごもごとしている彼女の口元に、私は耳を近づけた。
「大丈夫ですよ。大体の展開は理解していますから。どんな境遇になったって、そこそこうまい感じに切り抜けますって。だから遠慮なくハッキリ言ってください」
「いっ……みん」
「はい?」
私はもう一度耳を傾けた。
「……一般市民です」
「あーなるほどはいはい一般市民ね………………一般市民!?」
思わず声が裏返った。
一般市民ってあれか、一般と書いて市民と書く、モブ中のモブがなるアレ。
「ええーっと……ちょっと待ってください」
おでこに手を当て、これまで読んできた漫画や小説の記憶を呼び起こす。何かあったかな一般市民が成り上がる話。一気にレパートリーが減った気がする。
「それは、一般市民から大魔法使いとか聖女とかに成り上がっていく感じのヤツですか?」
やっとのことで捻り出した。
それならまあ納得出来る。
「……いいえ」
彼女は静かに首を振った。
「純粋に何者でもない、ごく普通の一般市民です」
「えっ、えっ、ええええっ!?」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
しきりに彼女は頭を下げる。
「正直に言います。本当はあなたをこの世界に呼ぶつもりはありませんでした!」
「うっそ」
「手違いがあって呼んでしまったのです」
「て……手違い」
そんな馬鹿な。
手違いでやっていい話じゃないって。
「今更取り消しって訳にもいきませんし」
「そ、そうですね。私ももう一回死ぬのはちょっと」
お墓直行は勘弁していただきたい。
「ええ、なので転生はして貰おうとは思ったのです。思ったのですが」
「ですが……?」
「今ちょうど空いてるのが一般市民枠か養豚場の豚さん枠しかなくて……豚さんは嫌ですよね?」
「……嫌、ですね」
万が一、養豚場の豚から、キッズ向けのファンタジー映画の主人公になれる可能性があると言われても嫌だ。
てか、その二枠って。
「なので一般市民になっていただこうと」
「…………なるほど」
異世界転生で一般市民。
なんとも夢の無い話になってしまった。
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