上 下
5 / 29

5.騙された方が悪い

しおりを挟む

 僕と君を除いてだけど?

「……ちょっと待って」
「ん?」

 自己完結させようと思っていた矢先だった。
 ふとそこにあった違和感に、私は即その会話をストップさせる。

「どうしたんだい」

 ルドルフは首を傾げた。
 その仕草は憎らしい程にフィーネに瓜二つだ。

「ねえ、ルドルフ。貴方今、『僕と君を除いて』って言ったわよね」
「ああ、言ったね」

 再びルドルフの髪が風に揺れた。
 フィーネの髪は……やはり微動だにしない。

「貴方もしかして」

 頭の中で一つの答えを弾き出す。
 ゆっくりじっくり相手の顔を凝視して、その仮説を確信へと変えていく。
 フィーネとお揃いの黄金色の瞳が、ぼさぼさと伸びた前髪の隙間から覗いた。

「死んでないの?」
「当然」
「はぁ!?」

 思わず叫んだ。

 死んでいると思った。
 だってフィーネが死んだっていうから。幽霊になって目の前に現れたから。だから当然、その兄であるルドルフも無意識のうちに死んでいるんだと思っていた。

「騙したわね」
「騙してないよ」
「生きてるなんて」
「生きてるよ」
「……なんてことかしら」

 悪びれる様子もなくにやりと口角を上げる男を見て、私の足元はぐらりと揺らいだ。

 夢ならどれだけ良かっただろう。

 今までの人生じゃ到底あり得なかった出来事の連続。私の脳内は既にパンク気味だった。

「エレナさん危ない!」

 フィーネの柔らかな声が慌てたような声色に変わる。伸びた白く細い腕が、私の体をするりとすり抜けた。

「おおっと」

 代わりにふらりとよろめいてしまった私の体を、ギリギリのところで支えたのはルドルフだった。
 生身の人間の感触は、私に彼が生者である事実をこの上なくはっきりと伝えた。

「全く、仕方ないなぁ」

 彼はそう言って、面倒臭そうに手を取って私の背を起こした。
 隣からひょっこりフィーネが顔を覗き込む。

「大丈夫ですか、エレナさん」
「だい、じょう、ぶ」

 メンタルを除けばの話だが。

「怪我が無くてよかったです」
「そう、そうね……ありが……とう」
「ははは、フィーネに感謝するんだね」
「……」

 ルドルフは私がきちんと立ったのを確認すると、さっさと私の元を離れた。

「しかしまあ、その程度の出来事で腰を抜かすとはね」 
「うるさいわね。驚いたんだから仕方ないでしょう?」

 驚くだろう、いきなり死者が現れたら。
 死者だと思っていた者が、生者だったら。

「僕はフィーネに再会出来て喜んだけど」
「それは貴方が異常なの」

 重度のシスコンと一般人を一緒にされたらたまったもんじゃない。

「ふーん、そうかい。ま、別にいいけど」

 ルドルフは興味なさげに呟いた。

「でもさ、大体それなら、部屋で倒れた君をベッドに運んだのは誰だと思ったんだい?」
「部屋で倒れた?」

 そういえば。
 私は目覚めた時のことを思い出した。
 最初にフィーネの幽霊に会ったのは部屋の入り口。目覚めたのはベッドの上。
 気を失った私は誰かに運ばれている。

「そうさ、君はこの部屋で倒れた。当然幽霊になったフィーネに君を運ぶことは出来ない。つまり運ぶためには、もう一人、生身の人間が必要になる」

 確かに。

「この部屋には君と僕とフィーネしかいないんだ。消去法で僕が人間であることは明白さ」

 さも当然分かるだろうと言わんばかりに、ルドルフは片眉を上げ溜息をついた。

「分かったかい」
「……分かったわ」

 そう言って私は、ゆっくりとベッドに腰を降ろした。

「エレナさん、まだ具合が」
「……大丈夫。大丈夫よ」

 そう返しつつも、体は少しずつベッドに倒れ込む。

「大丈夫、だから」

 そう言った頃には完全に私の体はベッドの上へと横たわっていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

どうやら断罪対象はわたくしのようです 〜わたくしを下級貴族と勘違いされているようですが、お覚悟はよろしくて?〜

水都 ミナト
恋愛
「ヴァネッサ・ユータカリア! お前をこの学園から追放する! そして数々の罪を償うため、牢に入ってもらう!」  わたくしが通うヒンスリー王国の王立学園の創立パーティにて、第一王子のオーマン様が高らかに宣言されました。  ヴァネッサとは、どうやらわたくしのことのようです。  なんということでしょう。  このおバカな王子様はわたくしが誰なのかご存知ないのですね。  せっかくなので何の証拠も確証もない彼のお話を聞いてみようと思います。 ◇8000字程度の短編です ◇小説家になろうでも公開予定です

浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。 リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。 しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。 もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。 そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。 それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。 少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。 そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。 ※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

処理中です...