4 / 29
4.招かれざる客
しおりを挟む「お兄様がいてくれて、私とても心強いです」
「うんうん、そうだろう」
「お兄様と一緒なら、何も怖くありません」
「フィーネの為なら墓の中にだってついて行くとも!」
これは一体なんだ。私は何を見せられている。溺愛兄妹の惚気漫才?
色々言いたいことはあるけれど、最初に言うべき事はこれだろう。
「……フィーネはともかく、帰ってルドルフ」
私はばっさりと切り捨てるように言った。
「え」
「え、じゃない」
何を考えているんだ、この男は。
「聞こえたでしょ。帰って」
「今の会話を聞いていただろう?」
「それが?」
「フィーネがここにいるのに僕がここを離れる必要があるのかい」
「あるわ、大あり。帰りなさい」
「冗談だろ」
冗談なことはあるもんか。
同性のフィーネならともかく、どうして男であるルドルフをこの部屋に招かなければいけないんだ。
死んだ人間に文句言っても仕方ないけれど、この家のセキュリティはどうした。
「嫌だと言ったら?」
「力ずくでも追い返す」
私はカツカツと音を立て、部屋のドア前に立つと、胸いっぱいに息を吸った。
「やめるんだ、エレナ。君は今から大声で、家の人間を呼ぼうとしているんだろ」
「そうよ」
幽霊だろうがなんだろうが、こんな不法侵入、許されるはずがない。除霊師でもネクロマンサーでもなんでも呼んで帰ってもらわなきゃ。
「まあ落ち着いて」
ルドルフは慌てもせず、割と淡々とした口調でその言葉を否定した。
「君の言葉を誰が信じる? 死んだ人間が幽霊になって目の前に現れたなんてさ」
「やってみなきゃ分からないわ」
「分かるさ」
「どうして」
「だってこの家にいる他の人の前にも、この姿で現れているからね」
「じゃあどうして捕まらないのよ?」
うちの人達がそんなに頼りないから? いや、そんなはずは無い。みんな一流のメイドや執事達だ。
「見えないからだよ」
「見えないですって?」
私にはこんなにハッキリと見えるのに。
フィーネに視線を向けると、彼女はにこりと可愛らしく微笑んだ。
ふいにレースのカーテンが彼女の体をすり抜ける。
「……っ」
一瞬だけ部屋に沈黙が訪れた。
「やっとの思いで自分の姿が見える人と出会ったんだ。それを追い出すなんて可哀想だと思わないかい?」
「そんなの」
知ったことではない。
そう言いたかったはずなのに、何故か言葉に詰まった。
「あのっ、エレナさん」
そうこうしている私のそばにふわりと降り立ったのはフィーネだった。彼女はヒソヒソと小声で囁く。
「私は別に気にしないから。大丈夫、お兄様を連れて出て行くわ」
「……」
「ほんのひと時でも、エレナさんとお話出来たんだもの。それで十分幸せよ」
誰にも気付いてもらえない。
それは一体どんな気分なんだろう。
自分は確かにここにいるのに、感情も思考も何もかも、変わらずここにあるはずなのに、周りは誰も気付かないというのは。たった一つ、体という外見の器がここに無いだけで誰にも見つけてもらえないというのは。
誰にも見つけてもらえない世界で、自分を見つけてくれる存在はどんなに嬉しかったことだろう。
それが例え、今まで自分を忌み嫌っていた女だったとしても。
「……仕方ないわね」
諦めて受け入れようとした時だった。
「ま、見えないって言っても、僕と君を除いてだけどね」
「………………は?」
窓から風が入り、そよそよとカーテンを揺らした。私とルドルフの髪もうっすらとなびく。
フィーネだけが、変わることなくそこに佇んでいた。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
許すかどうかは、あなたたちが決めることじゃない。ましてや、わざとやったことをそう簡単に許すわけがないでしょう?
珠宮さくら
恋愛
婚約者を我がものにしようとした義妹と義母の策略によって、薬品で顔の半分が酷く爛れてしまったスクレピア。
それを知って見舞いに来るどころか、婚約を白紙にして義妹と婚約をかわした元婚約者と何もしてくれなかった父親、全員に復讐しようと心に誓う。
※全3話。
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。
salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。
6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。
*なろう・pixivにも掲載しています。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした
今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。
リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。
しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。
もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。
そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。
それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。
少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。
そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。
※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。
【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?
星野真弓
恋愛
十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。
だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。
そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。
しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる