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4.招かれざる客

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「お兄様がいてくれて、私とても心強いです」
「うんうん、そうだろう」
「お兄様と一緒なら、何も怖くありません」
「フィーネの為なら墓の中にだってついて行くとも!」

 これは一体なんだ。私は何を見せられている。溺愛兄妹の惚気漫才?
 色々言いたいことはあるけれど、最初に言うべき事はこれだろう。

「……フィーネはともかく、帰ってルドルフ」

 私はばっさりと切り捨てるように言った。

「え」
「え、じゃない」

 何を考えているんだ、この男は。

「聞こえたでしょ。帰って」
「今の会話を聞いていただろう?」
「それが?」
「フィーネがここにいるのに僕がここを離れる必要があるのかい」
「あるわ、大あり。帰りなさい」
「冗談だろ」

 冗談なことはあるもんか。
 同性のフィーネならともかく、どうして男であるルドルフをこの部屋に招かなければいけないんだ。
 死んだ人間に文句言っても仕方ないけれど、この家のセキュリティはどうした。

「嫌だと言ったら?」
「力ずくでも追い返す」

 私はカツカツと音を立て、部屋のドア前に立つと、胸いっぱいに息を吸った。

「やめるんだ、エレナ。君は今から大声で、家の人間を呼ぼうとしているんだろ」
「そうよ」

 幽霊だろうがなんだろうが、こんな不法侵入、許されるはずがない。除霊師でもネクロマンサーでもなんでも呼んで帰ってもらわなきゃ。

「まあ落ち着いて」

 ルドルフは慌てもせず、割と淡々とした口調でその言葉を否定した。

「君の言葉を誰が信じる? 死んだ人間が幽霊になって目の前に現れたなんてさ」
「やってみなきゃ分からないわ」
「分かるさ」
「どうして」
「だってこの家にいる他の人の前にも、この姿で現れているからね」
「じゃあどうして捕まらないのよ?」

 うちの人達がそんなに頼りないから? いや、そんなはずは無い。みんな一流のメイドや執事達だ。

「見えないからだよ」
「見えないですって?」

 私にはこんなにハッキリと見えるのに。

 フィーネに視線を向けると、彼女はにこりと可愛らしく微笑んだ。
 ふいにレースのカーテンが彼女の体をすり抜ける。

「……っ」

 一瞬だけ部屋に沈黙が訪れた。

「やっとの思いで自分の姿が見える人と出会ったんだ。それを追い出すなんて可哀想だと思わないかい?」
「そんなの」

 知ったことではない。
 そう言いたかったはずなのに、何故か言葉に詰まった。

「あのっ、エレナさん」

 そうこうしている私のそばにふわりと降り立ったのはフィーネだった。彼女はヒソヒソと小声で囁く。

「私は別に気にしないから。大丈夫、お兄様を連れて出て行くわ」
「……」
「ほんのひと時でも、エレナさんとお話出来たんだもの。それで十分幸せよ」

 誰にも気付いてもらえない。
 それは一体どんな気分なんだろう。
 自分は確かにここにいるのに、感情も思考も何もかも、変わらずここにあるはずなのに、周りは誰も気付かないというのは。たった一つ、体という外見の器がここに無いだけで誰にも見つけてもらえないというのは。
 誰にも見つけてもらえない世界で、自分を見つけてくれる存在はどんなに嬉しかったことだろう。

 それが例え、今まで自分を忌み嫌っていた女だったとしても。

「……仕方ないわね」

 諦めて受け入れようとした時だった。

「ま、見えないって言っても、僕と君を除いてだけどね」
「………………は?」

 窓から風が入り、そよそよとカーテンを揺らした。私とルドルフの髪もうっすらとなびく。

 フィーネだけが、変わることなくそこに佇んでいた。


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