23 / 25
23.あの約束をもう一度
しおりを挟む譲る?
私が彼を?
そもそも私は、彼を譲るなんて判断が出来るほど、大層な立場の人間じゃない。
でもなんだ、このしっくりこないモヤモヤは。
「だってそうでしょ、彼は用心棒。お姉様がもう雇えなくなるなら、私が雇っても問題ないのよね?」
「それは……」
それはもちろんそう。
なのに心には氷のような冷たい刃の突き刺さる感触。
何故なのかは分からない。
今までならリリィのどんな我儘も、めんどくささが上回って容易に許容していたっていうのに。
「ねえトリュス。あなたもそれがいいと思わない? 無一文のお姉様より、私の方がきっとあなたも幸せよ」
ぐいぐいと可愛らしくおねだりするリリィ。
生き生きとした微笑みを浮かべる彼女に対して、何故か私はこんなにも具合が悪い。
「いいわよね、お姉様?」
リリィが迫った。
ならば、私は答えなくちゃいけない。
「いっ……いいわ…………よ」
私はカラカラになった喉の奥から声を絞った。
「ああ、よかった! じゃあトリュス、あなたはこれから私の用心棒に……」
「断る」
それはたった一言だった。
私ももちろん驚いたけど、もっと驚いていたのはリリィだった。
「冗談でしょ? ……分かった。今の賃金の五倍、いいえ十倍出すわ!」
「興味ない」
「し、仕事も全然頑張らなくていいし、なんなら私と遊んで暮らしていたっていいわ!」
「却下。俺はそういう交渉全部ひっくるめて、お断りしますって言ってんの」
「え? は? どうして? なんでなの??」
引きつったように歪むリリィの口角。
今にも泣き出しそうだ。
彼女の気持ちはよく分かる。私も「なんで?」って思ったから。
「だーかーらーなんでって、そんなの『嫌だから』に決まってるだろ。なんでも自分の思い通りにいくと思うなよ。全く、これだからお貴族様ってのは嫌いなんだ」
「そ、そんな綺麗事言って」
彼女はキッと私を睨んだ。
「お姉様は無一文なのよ! あなたとの関係はそこで終わりじゃない!!」
その通り。
財産も失われてしまった今、私が彼を引き留めるものは何もない。
いよいよ彼も、折れてしまうだろう。そう思った時だった。
「関係が終わりね……よーし分かった。じゃあこうしてやろう。なあ、エイミー」
「……何?」
私は彼の顔を見上げる。
彼は不思議と、笑っていた。
彼が私の肩を抱く。そして一言。
「紹介しよう。彼女が俺の婚約者です……だよな?」
え?
「は? お姉様が?」
私が?
彼の婚約者?
私は口をぽっかりと開けた。
彼の瞳が言っている。
『さあ、お前はどう答えるんだ?』と。
「私……」
もちろん真実は『No』である。
でもこの場合、その答えは、もう決まっている。
「ええそうね。本当にそう」
私は小さく息を吸った。
「私が彼の婚約者よ」
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
毒殺されそうになりました
夜桜
恋愛
令嬢イリスは毒の入ったお菓子を食べかけていた。
それは妹のルーナが贈ったものだった。
ルーナは、イリスに好きな恋人を奪われ嫌がらせをしていた。婚約破棄させるためだったが、やがて殺意に変わっていたのだ。
【完結】従姉妹と婚約者と叔父さんがグルになり私を当主の座から追放し婚約破棄されましたが密かに嬉しいのは内緒です!
ジャン・幸田
恋愛
私マリーは伯爵当主の臨時代理をしていたけど、欲に駆られた叔父さんが、娘を使い婚約者を奪い婚約破棄と伯爵家からの追放を決行した!
でも私はそれでよかったのよ! なぜなら・・・家を守るよりも彼との愛を選んだから。
逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます
黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。
ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。
目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが……
つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも?
短いお話を三話に分割してお届けします。
この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。
婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~
華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。
突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。
襲撃を受ける元婚約者の領地。
ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!!
そんな数奇な運命をたどる女性の物語。
いざ開幕!!
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。
辺境伯は王女から婚約破棄される
高坂ナツキ
恋愛
「ハリス・ワイマール、貴男との婚約をここに破棄いたしますわ」
会場中にラライザ王国第一王女であるエリス・ラライザの宣言が響く。
王宮の大ホールで行われている高等学校の卒業記念パーティーには高等学校の卒業生やその婚約者、あるいは既に在学中に婚姻を済ませている伴侶が集まっていた。
彼らの大半はこれから領地に戻ったり王宮に仕官する見習いのために爵位を継いではいない状態、つまりは親の癪の優劣以外にはまだ地位の上下が明確にはなっていないものばかりだ。
だからこそ、第一王女という絶大な権力を有するエリスを止められるものはいなかった。
婚約破棄の宣言から始まる物語。
ただし、婚約の破棄を宣言したのは王子ではなく王女。
辺境伯領の田舎者とは結婚したくないと相手を罵る。
だが、辺境伯側にも言い分はあって……。
男性側からの婚約破棄物はよく目にするが、女性側からのはあまり見ない。
それだけを原動力にした作品。
実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。
婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。
松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。
全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる