上 下
116 / 154

116.失敗の感情

しおりを挟む

「私、実はね」

 そう言って彼女は内緒話をするみたいに私にそっと囁いた。

「魔法で増幅したあなたの感情、花嫁になりたくないって感情だけじゃ無かったの。それに加えてあと一つ」
「そうですかあと一つ……って、何してくれてんですか」

 そうホイホイお手軽に人の事魔法漬けにしないで欲しい。

「ああ、安心して」

 私が恨めしそうにしたからか、彼女は慌てて言葉を付け加えた。

「そっちは失敗だったから」
「失敗?」
「そう、失敗。どんな感情だったか知りたい?」
「一応」

 魔法にかけられた本人としては気になる。
 私がコクリと頷くと、彼女はおもむろに口を開いた。

「あなたがあの主人を嫌いな感情」
「……なるほど」

 私がレイズ様を嫌いな感情を増幅しようとしたのか。確かに私、マリアさんの前でも散々レイズ様と喧嘩してたしな。目の付け所は間違ってない。

「あそこであなた達二人が盛大に仲違いすれば、私がここまで追い詰められることも無かったかもしれないのにね」
「でも失敗したってことは」

「そう、あなたは彼を嫌いにならなかったの」

 街の活気は騒がしくて、私達の会話はところどころ彼らの声にかき消されるのに、マリアさんのその一言だけは妙にはっきりと鮮明に聞こえた。

「考えられることはただ一つ」

 すうっと彼女が息を吸う。
 私はそれを黙って見ている。

「あなたが本当は微塵も彼を嫌いになっていないから」
「……」

 いつの間にか、足は動きを止めていた。

「あんなに険悪な雰囲気を出してるのに、これっぽっちも嫌いじゃないなんて……………………あなた達、本当に変だわ、二人とも」

 これっぽっちも嫌いじゃない。
 その言葉がやけに清々しくて、私は心の奥でそれを何度も噛み締めた。二人とも、か。

「いやー」

 マリアさんの口調に反比例するように、私はゆる~く言葉を口にした。

「それは違うと思いますよ」

 たったその一言。
 たぶん私の顔は今、笑っているだろう。

「? どうして?」

 対するマリアさんは怪訝な表情を浮かべた。

「もう一つあるでしょう。私の感情を増幅出来なかった理由」
「何かしら」

 悩むほどのものではない。
 魔法なんてあっても無くても関係ない。
 それくらい明瞭な理由。

「私があの人を最大限嫌っているから」

 簡単なことだ。

「……そんな理由で?」

 彼女は目をぱちくりとさせて言った。

「そんな理由だからです」

 実際のところ、真実はどっちか分からない。
 けれど私は後者を推す。
 
 私がレイズ様を嫌ってない? ないない、そんな事は絶対無いね。この世界に誓ってそれは無い。

 まだ立ち止まっているマリアさんを置いて、私は軽い足取りで先へと進んだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

だから言ったでしょう?

わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。 その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。 ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。

妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします

リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。 違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。 真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。 ──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。 大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。 いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ! 淑女の時間は終わりました。 これからは──ブチギレタイムと致します!! ====== 筆者定番の勢いだけで書いた小説。 主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。 処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。 矛盾点とか指摘したら負けです(?) 何でもオッケーな心の広い方向けです。

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

処理中です...