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103.残された二人の悪い話
しおりを挟むルセリナの告白が成功する前、観覧席にて。
「ふふっ、行っちゃったわね」
ヒューベルが人込みをかき分け中央に向かっていく。小さくなる背中をレイズとマリアは無言で見送った。
これからヒューベルは領主として名乗りをあげる。
彼と共に作戦を練っていたレイズには分かっている話だった。
レイズとマリア、残された二人。
「自信があるみたいだけど、そんな思い通りにいくかしら」
先に口を開いたのはマリアだった。
彼女は可愛い子猫で遊ぶように慣れた様子でレイズに話しかける。
「人の感情なんてそう簡単に制御出来ないものよ?」
「黙ってろ」
突き放すようなレイズの言葉。
相変わらずの冷たい様子に彼女は口元を静かに緩ませた。
その手の人間は崩しやすい。
レイズは冷ややかにマリアを一瞥した。
「別にそれだけで成功するとは思ってない」
思ってない? 態度の割には随分と弱気な言葉だ。自分の友人達を信用していないのだろうか。
マリアはレイズを静かに眺めた。普段から表情の変化に乏しい彼からはあまり真意が見えてこない。
「それで駄目なら、その根源を叩くまでだ」
――ああ、そういうこと。
その言葉でようやくマリアは理解する。
彼は最初から私を抑える気だったのだ。
自分がこの最終審査に同行させられた理由。それは単なる監視目的じゃなく、力づくでも魔法を解除させる為。
面白い。
「それは怖いですね」
マリアはあえて敬語を使う。レイズの神経を逆なでるために。
より一層鋭い視線が彼女の身に刺さった。
けれどマリアにとってそんなもの痛くは無い。
「でもいいの?」
こっちには切り札がある。
「私が魔法を解いてしまったら、確実に彼女は結婚してしまうわよ」
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それこそがマリアの抱えている切り札だった。
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けれどもし魔法を解除してしまえば、その感情が解除され、いとも簡単に結婚に踏み切ってしまうだろう。
「だからどうした」
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『本当は』と言ったのは普段のレイズの言動があまりにも粗暴で到底そんな感情を抱いているようには見えないからだ。
けれど実際のところはそうではない。
これまで何度か見た二人のやり取りから、マリアは薄々とそう感じていた。
レイズはルセリナに好意を持っている。
「……」
わずかな沈黙。
マリアはその沈黙が肯定されたものであると確信した。口から思わず笑みが零れる。
あとは簡単だ。
「大丈夫、心配しないで」
彼に向けて優しく告げる。
「あなたは見ているだけでいいの」
そっとマリアはレイズに手を差し伸ばす。
「そうすれば、彼女は戻ってくる」
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