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74.帰りたいけど帰れない
しおりを挟む「痛てて」
危ないじゃないかこの野郎。
渋々前のめりに倒れ込んでしまった体を起こして顔をあげた。
「全くなんだって私のことを突き飛ばしたりす……あ」
周りの光景が目に入る。
なるほど。そりゃあ私も突き飛ばされるわけだ。だってもうすぐ次の曲が始まるんだから。
みんなはそれぞれいい具合にスタンバイを始めていた。
ボーッとしているのは自分くらいか。
「これはあれだな、うん」
今はベルさんを連れ戻すより、一時だけでも一緒に踊ってくれる新たなパートナーを探す方が賢明かもしれない。
幸い『舞踊のイヤリング』はあることだし。完璧とはいかなくても、そこそこならば踊れるだろう。
大丈夫、ベルさんが言ってたじゃないか、私は筋がいいって。
「これさえあれば………………あれ?」
耳に手を当てる。感触無し。
無い、イヤリングが無い。
恐る恐る眼前に目を向けた。すると案の定、何メートルか先の所に、見慣れたイヤリングが転がっているではないか。
落としてる!!!!
たぶん、さっきの紳士に激突した時だ!
「終わった」
拾いに行ければいいのだろう。
でも最悪な事に次の曲が微かに奏でられ始めていた。それに合わせて参加者も動き始めている。
この中を潜り抜けるのは、さすがに容易じゃない。
「……っ」
それどころかどうだろう。ポツンと微妙な位置に取り残された私は、イヤリングを拾うことはおろか踊ることも抜け出すことも出来ずにいる。
ああコミュ力よ、我に力を! なんかこういう時、上手い感じで場に溶け込める力を!
「……」
そんな祈りで解決出来るほど、この世はご都合主義には出来ていなかった。
無情にも世界は流れていく。
「ダメだこれ、帰りたい」
当然のことながら、異物を見るような目が向けられていた。
でも、物語の主人公みたいに持ち前のポテンシャルで土壇場を乗り越えられない、チート能力で一発逆転が狙えない。ちょっと異世界転生しちゃっただけのなんちゃってメイドには、このピンチを乗り越えられるネタがないのである。
はー、カッコ悪いってレベルじゃないな。
視界がぼんやりとしてきた。あれ、もしかして泣きそうになってる?
その時だった。
「はいはいそこのお嬢さん」
ぐい。
「!?」
声と共に力強く手を引かれる手。
それは見知った声だった。
けれどあまりにも「らしく」なくて、脳がきちんと理解出来るまでに少しばかり時間がかかってしまった。
視界に飛び込んだのは星屑のようにキラキラと反射する瞳。
それでもあえて訊ねよう。
「ど、どちらさまですか?」
「いいから黙って踊っとけ」
それはやっぱりレイズ様だった。
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