上 下
74 / 154

74.帰りたいけど帰れない

しおりを挟む

「痛てて」
 
 危ないじゃないかこの野郎。
 渋々前のめりに倒れ込んでしまった体を起こして顔をあげた。

「全くなんだって私のことを突き飛ばしたりす……あ」

 周りの光景が目に入る。
 なるほど。そりゃあ私も突き飛ばされるわけだ。だってもうすぐ次の曲が始まるんだから。
 みんなはそれぞれいい具合にスタンバイを始めていた。
 ボーッとしているのは自分くらいか。

「これはあれだな、うん」

 今はベルさんを連れ戻すより、一時だけでも一緒に踊ってくれる新たなパートナーを探す方が賢明かもしれない。
 幸い『舞踊のイヤリング』はあることだし。完璧とはいかなくても、そこそこならば踊れるだろう。
 大丈夫、ベルさんが言ってたじゃないか、私は筋がいいって。

「これさえあれば………………あれ?」

 耳に手を当てる。感触無し。

 無い、イヤリングが無い。

 恐る恐る眼前に目を向けた。すると案の定、何メートルか先の所に、見慣れたイヤリングが転がっているではないか。

 落としてる!!!!
 たぶん、さっきの紳士に激突した時だ!

「終わった」

 拾いに行ければいいのだろう。
 でも最悪な事に次の曲が微かに奏でられ始めていた。それに合わせて参加者も動き始めている。
 この中を潜り抜けるのは、さすがに容易じゃない。

「……っ」

 それどころかどうだろう。ポツンと微妙な位置に取り残された私は、イヤリングを拾うことはおろか踊ることも抜け出すことも出来ずにいる。
 ああコミュ力よ、我に力を! なんかこういう時、上手い感じで場に溶け込める力を!

「……」

 そんな祈りで解決出来るほど、この世はご都合主義には出来ていなかった。
 無情にも世界は流れていく。

「ダメだこれ、帰りたい」

 当然のことながら、異物を見るような目が向けられていた。
 でも、物語の主人公みたいに持ち前のポテンシャルで土壇場を乗り越えられない、チート能力で一発逆転が狙えない。ちょっと異世界転生しちゃっただけのなんちゃってメイドには、このピンチを乗り越えられるネタがないのである。
 はー、カッコ悪いってレベルじゃないな。
 視界がぼんやりとしてきた。あれ、もしかして泣きそうになってる?
 その時だった。

「はいはいそこのお嬢さん」

 ぐい。

「!?」 

 声と共に力強く手を引かれる手。
 それは見知った声だった。
 けれどあまりにも「らしく」なくて、脳がきちんと理解出来るまでに少しばかり時間がかかってしまった。

 視界に飛び込んだのは星屑のようにキラキラと反射する瞳。
 それでもあえて訊ねよう。

「ど、どちらさまですか?」
「いいから黙って踊っとけ」

 それはやっぱりレイズ様だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて

nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

処理中です...