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30.お約束の世界にメイドは一人放置される
しおりを挟むお母さんが無事であることを確認し、ようやく気を抜いて床に腰を下ろしたメイちゃんだったが、そこに再び恐怖の象徴のような男が迫っていた。
「おい」
「な、何よ!?」
完全にビビっている。そりゃそうだ。あんな風にいきなり切りかかられたんだから。
怪我こそしなかったけれど、軽いトラウマだろう。
こうなったら最後、恐怖に支配されてレイズ様の言いなりになるしか道はない。
かつてそうやって何人が彼に媚びへつらっていたことか。
「私があなたから貰った馬車を利用して、ルメール家に関わろうとすることが気に食わなかった?」
お、すごい、噛み付いた。
声だって震えてるし、顔色だってどう見ても悪いけど、それでもこの男に立ち向かうなんて中々出来ないよ。私がレイズ様だったら「はっ、面白い女だ」って言っちゃうね。
「レイズ様」
「なんだよ」
「もういいじゃないですか。お家にトラブルの一件や二件くらい。どうせシュタイン先輩あたりがなんとかして解決してくれますって」
あの人、不審者追及大好き人間だし。アリーゼ様と結婚してもどうせやる事変わんないだろ。
「だから別にそれはどうでもいい」
「どうでもいいなら尚のこと……」
「じゃなくて、ほら」
怒る風でも無く妙に淡々としながら、レイズ様は手のひらをメイちゃんの頭上に向けた。
「いや、だから暴力は……ん?」
ぽろりと地面に何かが転がる。
「鍵?」
それはどこにでもありそうな赤錆色の鍵だった。小さくルメール家の紋章が刻まれている。
「馬車の鍵。それで正式な所有者だ」
んなもんあったのか。
メイちゃんも当然ながらその事については把握していなかったようで、目を丸くさせてレイズ様を見上げた。
「これからルメール家の縁者に成りすまして人生変えていくんだろ」
「そ、そうよ。だから何?」
「根性だけは認めてやる。だからこういう物の存在がある可能性くらい考えとけ。それと――」
レイズ様が再び剣を構えて一振り。その先からは「ぎゃあ」という叫び声があがった。
なるほどこれは。
「狙われてましたね」
お母さんのお手伝いさんとして呼ばれていた男達が、それぞれ武器を片手に気を失っていた。私達が出て行くタイミングを見計らってメイちゃん達親子を襲おうとしていたに違いない。
貴族の財産を手に入れた力の無い母娘。こんな美味しい話、狙わない術はないからな。
しっかし、大半はその剣の力なんだろうけど器用な男だな。
「こういう奴の存在も忘れるなよ」
「っ……あ、りがとう」
ちょっぴり不服そうな、けれどどことなく照れも混じっていそうな感謝の言葉。
「ははっ、最初からそのぐらい素直なら可愛げ気があったのにな」
「い、いいから早く出て行けば! 後で返せなんて言っても返さないわよ!」
「言うか。ほらメイド、早く行くぞ」
そうして今度こそ私達はこの家を後にした。
「……」
……。
…………。
………………なんてね。
いやいやいや。待って、ちょっと待って、今の何? え、何この展開、よく分からない。いい感じの場面だった? キメ台詞みたいな? 改心したみたいな? えっ分からない。全然分からないぞ。私、巻き込まれて切られそうになったんですけど。そこはあれ、スルーですか?
分からない、分からないなぁ。
転生前の世界に読解力だけ置いてきちゃったかな。
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