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本編
網の目
しおりを挟む暴れた酔っ払い親父は、酒を強制的に醒まされたら、途端に低姿勢になった。
「す、すいません、すいません。もう暴れませんから、どうか、どうか、痛っ!静かにしますから!」
情けない様子に、ぷふ、とマルサは口を尖らせて。
「お前さん、無罪放免とはいかねぇよ。人質とって暴れたんだからさ。それにしても、ここは皆が楽しく酒を飲んだり、新しい飲み物を飲んだりする所なのに、あまりにあまり、悪い酒なんじゃねぇか?奥さんも、呆れちまうよ。」
「本当ですよ、偉いダンナ!きっと面倒が起こると思ったから、ついてきて良かった。お詫びも出来ないんじゃあねえ。竜樹様のおつくりになった、お酒で失敗した奴らが行く施設に、入れてやって下さいよ。」
本当、ほとほと困ってるんです。と奥さんは言って、人質だったお姉さんに謝った。
それでも今日、一緒にこの会場に来てくれた奥さんなのだ。
暴れた親父は、しゅ~ん、となって縛られて、連行されてゆく。
サンジャックは、それをじーっと見ていたが。
「おれは、ああいうふうに、ならないんだね。」
うんうん、と頷くエレバージュ神様は、ふふっと深く微笑み親父をチラッと見て。
「あの者も、酒に飲まれたクチだな。あれもまた人生、どん底で知れる家族の思いがあって、竜樹の酒抜き施設でやり直しがギリギリ効くだろうか。そんな酒の物語も、私にとっては、またうましかな。さて、私はそろそろ、お酒のツマミとお食事コーナーに向かおうか。もちろん、美味しいお酒とともにね。」
背負った戦利品の瓶が、袋の中で、かちゃんと鳴る。
「はい、どうぞごゆっくり味わってやって下さい。おツマミ、色々頑張って作ってもらいましたので。エレバージュ神様、そちらのお酒達、お力でお住まいに送れないのですか?」
竜樹が、邪魔じゃないかな?と聞けば。
「うん。送れるが、この重さが嬉しくて。でも、飲んで食べるには邪魔になるね、後で楽しもうか。」
ピン!と指を鳴らせば、フッと酒の荷物が消えた。
ではね~!とんとん、ふらっと歩いて去るお酒の神様は、♪が見えるほどご機嫌で。まだまだ、しみじみ、今日は飲むのであろう。竜樹は酒場の放浪記な番組の、ゆらりゆったりとほろ酔いに去る、粋な後ろ姿を何となく思い出した。
「さて、ロテュスの所へ行こうか。」
そーすべそーすべ、と竜樹、サンジャック、マルサ王弟に、そしてお子様ワイン試飲売り場のお手伝いをキリつけて、竜樹とーさと一緒に行きたいサンも連れて、ノンアルブースを奥まで。歩き。後ろを衛兵さんと、ヘンタイ・ルッシュがついてゆく。
「サンジャック•••!!」
呼びかけられて。
え、一同が振り向けば、街の民。ツンツン短い白髪が淡く混じり始めたブロンズ、けれどまだ働き盛り。ずんぐりがっしりした威勢の良さそうな男性が、似ている小さな男の子の手を引いて、こちらを向いて立ち止まっていた。
「!パルクおじさん!クク!!」
サンジャックは足を止めて、しばらく会っていなかった街の酒屋店主、パルクおじさんとその息子ククに驚き向き直った。
「あ、パルクさん、こんにちは~。」
「!竜樹とーさ、パルクおじさん知ってるの!?」
え、とサンジャックは驚きとーさを見上げる。ショボショボ目が優しく瞬く。
パルクおじさん。サンジャックが頻繁に、元親父に殴られ顔に紫色の痣をつくり、未だに払ってはいないツケで酒を買いに行かされた時。いつも悲しげな顔をして、商売もあるのに、ほんの少しだけ量り売りで、親父が誤魔化されてくれる程に、瓶に安酒を入れてくれた人である。
「あぁ、竜樹様。良かった、良かった。サンジャックはふくふくして、子供らしくなってるなぁ。あの頃と全く違いまさぁね。なぁクク。」
「うん、父ちゃん。ぜんぜん、かおがちがうね!」
「そ、そうかな。」
片手で自分のほっぺたをむにむに。
ククがパルク父ちゃんと手を離して、タタッと走り寄る。
「父ちゃんも、母ちゃんもおれも、ずっとしんぱいしてたんだぞ、サンジャック。父ちゃんたち、ウチにツケで酒をかいにこなくなった、どっかでなぐられ死んでないかって、しょっちゅう、あちこち探しまわったり、したんだから!」
「え。」
誰にも、半端な哀れみしか、と。
「サンジャック。パルクさん達、酒屋組合の親父さん達はね。王都中の酒屋でツケ未払いして回ってたサンジャックが不憫で、気にかけて、いなくなって心配で、探し回って俺の所に助けてくれないか、って言ってきたんだよ。街中に出てる時に声かけられて、サンジャックならウチの教会にいるよ~、って言ったら本当に喜んでねえ。」
パルク達、酒屋組合の親父連中(とその家族達)は、サンジャックの窮状に、悩んで心を痛め続けていて。会合で何度も話し合って、あの元親父にはもう酒を売りたくない事と、何とかサンジャックを引き離してやり、組合の中で子のいない店の養子として育ててやれないか、とタイミングを見計らっていたのだ。
この世界でも、誘拐は罪であるが、親が暴力を振るい保護もしないなら、上からのお咎めも無しにならないか、とお伺いを立てたりもして。
「良いさ、良いさ。無事ならいんだ、無事なら。サンジャックを俺たちで、何とかしてやりたかったが、グダグダしてるうちに竜樹様が大きな手で掬い上げて下さった。お前は、竜樹様のとこに行くのが、運命だったんだろうさ。」
「パルクさん達は、サンジャックの元親父さんを、お酒を止めさせる研究所に引っ張って行くのにも、協力してくれたんだよ。」
サンジャックのいる教会に、暴れに来るという話をした竜樹に、どうにかしてやれたら、と皆、苦々しい顔をしていたので。サンジャックへの温情で嵩んでいた酒屋のツケ、未払い取り立てを、竜樹に一本化させて。これこれこの期日までに払わないならば、身体で支払う、選択肢がないよう追い込んだのである。
それだけなら、ツケを竜樹に肩代わり、支払ってもらって得の為に、と言いたい所だが。酒屋組合の酒屋店主達は、サンジャックを、そして他の子達を養うのにも、お金がかかるだろうと。
「竜樹様から金は受け取れねぇ。」とばかり、ツケ分のお金を、再び教会への寄付として、回してくれたのである。
「元親父さん、一回、研究所を脱走した事もあってね。どうしてもお酒が飲みたかったみたいで、最初に酒屋に行ったんだ。その時も、パルクさんが知らせてくれて、足止めしてくれてねえ。」
すぐに研究所に後戻り、今は厳重な管理体制で、2度と逃げられないだろう。
半端な、哀れみ。そんなのなんだ、って。
思っていたのに。
サンジャックは、ニコニコとしたパルクおじさんと、親しみを込めてムフンと口を笑ませるククに。
「サンジャック。祝福を受ける前から、君は酒屋の皆から、気にかけられて、幸せを祝われて、受け入れられていたんだよ。竜樹とーさは勿論、君を大好きだよ~って、大事に育てるけれども、もっと広い世界の皆が、網目のように、一つ一つは些細でも、助けの手を差し伸べている。」
酒屋に来たお客さんも、街の皆も。サンジャックを見掛けて気に留めていたあの人この人が。
街中に降りた竜樹に言うのだ。
あの子を頼みます。
何か私たちにも、やれる事ある?
私たちではどうして良いか分からなかったけど、竜樹様が率先して手を差し伸べてくれたから。
これからも、あんなにも殴られて顔を腫らしていた、寂しかっただろうあの子の為に。
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