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本編
サンジャックは守られる
しおりを挟むサンジャックは王都教会孤児院の、竜樹を養父にもつ、子供である。
厳密に言えば実の父がいる。だが、酒浸りで、しかも酒乱なので、到底サンジャックを愛する子として慈しみ、育てるなどできない人物である。縁を切ったのだ。
現在、実父は、アルコール依存を、薬も使って、お酒から切り離す研究をしている施設に入っている。
今は幸せのサンジャック。
殴られないし。
酒買ってこい、って言われないし。
お酒を買うお金を稼ぐために。
あんなこと、をしなくても、いいし。
撫でこ、とサンジャックの頭を撫でたのは、竜樹である。
サンジャックは、温かくて、大きなーーこの世界の大人の男と比べたら小さめなーー手のひらに、目線を上げて、竜樹とーさと顔を見合わせ、ふふ、と笑った。
両手で、頭の上の竜樹とーさの手を取り、胸の前でもみもみする。力仕事をしない手だから、職人だった実父と比べて、固さと厚みが足りない。柔らかい手だ。
多分、サンジャックを叩いても、実父ほど痛くはないだろう。
(親指のもとの膨らみは、けっこうふくふくしてる。爪が短くて、お風呂や朝の時につけてくれる、すべすべクリームの匂いする。)
じっくり、と手を検分するサンジャック。こういう時、煩がらずに好きにさせておいてくれる所も、愛情と余裕を感じさせて、サンジャックは竜樹とーさが好きだ。
「サンジャック、約束を守って、今日、1杯だけ、お酒を飲むよ。そしたらまた1年、禁酒するからね。心配しないで、いや、心配しても良いか、大丈夫かなぁ~って、良く竜樹とーさを見ててね。」
むぎゅむぎゅ。検分していた手が、サンジャックの手を握る。約束を、竜樹とーさは守ってくれるだろう。
お酒に対して、良い思いが一つもないサンジャックの必死の訴えを、あっさりいいよと受け入れてくれた。そして、1年に1度だけと許しを願ってくれた。
絶対一生飲まない、なんていうのより、信頼できる約束ではないか?
サンジャックは、うん、と一つ頷いた。
「今日だけだもんね。仕事だし。今年の1番おいしいお酒、たのしんでね。」
「うんうん。好みだといいなあ。そしてあんまり強くないといいなぁ。」
竜樹とーさは、元々あまりお酒が強くないのである。すぐ気持ちよくなって眠くなって、ほっといても沢山飲まない。そして、今までだって、サンジャックと約束する前から、子供達との生活の中で、自然にしていれば別に何日も飲まなかったりする。
お酒を飲まない大人の男、というものを、サンジャックは竜樹とーさと出会って、初めて知った。
実父の知り合いは職人仲間で、飲まない人はいなかったのだ。
教会孤児院の司祭様だって、時々夕ご飯と一緒にワインを楽しみに飲む。嬉しそうに。それは実父と比べればほんの少しだけれども。
竜樹とーさは、元々の世界の中でも、人種的にお酒が強くない人が多い民族の出身なんだそうである。
さて、とサンジャックの手をぎゅっとにぎにぎ、ふりふりした後、放した竜樹とーさは、背中を軽く押して、ジェム達の方へ促すと。
「ジェム、ロシェ、サージュ、ネフレ、ネクター、サンジャック。皆は子供新聞の販売のブースに行くんだよね。会場の見取り図、ジェム持ってるね、分かるかな。」
6人に、分かれる前に確認をとる。ここは、お酒の品評会展示即売会会場である。
お酒の子供新聞を売りたいチームは、行き先が同じだという事で、竜樹とーさチームと一緒、エルフのロテュス王子に、転移魔法で送ってもらったのだ。
「うん、うーん。ここが、入り口。そしたら、ノンアルとか、酒びたりの治す施設のとことか、あとは試飲のとことのさかいめ。うん!竜樹とーさ、わかるよ!」
「うんうん、俺たち、字もよめる!」
サンジャックも混ざって子供達、6人頭を寄せ合って、ふんふん。
出展関係者入り口で配られた会場見取り図は、竜樹の意見も聞いて、イラストも使って分かりやすく作られている。
「じゃあ行っておいで。他の教会孤児院の、店員さんやってくれる子達にも、よろしくね。竜樹とーさもがんばるぞー。」
「はーい!」
「行ってくるぅ!」
ジェム達と、ネクター王子も一緒だから護衛の大人達も付いて、サンジャックは新聞を売るブースへ辿り着いた。
まだ他の、教会孤児院の店員の子たちは来ていなくて。
刷りたての新聞が届いて、販売台に並べながら。
「ネクター様も、新聞わたしたりする?」
「うわぁ!していい?ね、いい?」
ネクター殿下のおねだりに、護衛達が、販売台の前に出なければ、と条件を出して、ヤッタネしたり。
お釣りを準備して。
「のみものとか、パンとかないから、いつもよりラクかも!」
「そしたら、お酒のこととか、おきゃくさんとはなしできるねぇ。」
そのうち王都教会孤児院から助っ人店員の子達が来て、サンジャックだけ竜樹とーさといっしょ、ずるい~!なんて言われたり。
わあわあ、騒がしく。その内に、アナウンスが流れてくる。
『第1回、お酒の品評会展示即売会、開場致します。』
お酒を楽しみたい人達は、お酒の悪いことや何かを敬遠して、来たくないかな、と思ったりもしていたけれど。始まってみれば、ノンアルの飲み物に惹かれたか、女性グループや家族連れ、若い人達から、真面目そうなおじ様まで、色々な人が、お酒の新聞を手に取ってくれた。
サンジャックは熱が入り、段々と販売台の前で、呼び込みし始める。
「お酒について、わるいこともよいことも知って、賢く楽しく飲みませんか?子供新聞にのっていまーす!」
どんな事が載っているの?なんていう質問に答えて、そうして一部買ってもらえたりと、手応えを感じながらの販売。
冷めた顔で、誰も助けてはくれないと、固く大人達を見ていたサンジャックは、もういない。
「ねえ、君。」
「はい、何でしょーーー。」
呼びかけられて振り向いて、そこにいたのは、いつかの顔。
ひゅ、と息が止まる。
ニヤニヤと笑み崩して、サンジャックをねっとり見る男。
「やっぱり。サンジャック君だ。ふふ、探したんだよ、私の可愛いこ。突然どこかに消えちゃうんだもの。」
ふふふ、と男は、嬉しそうにサンジャックの前に跪く。
「君のお父さんに、私が幾ら払ったか、なんていやらしい事を言いたくはないけど、お金だけもらってドロンだなんて、ちょっと、酷いよね?」
ひた、とサンジャックの肩に、男の長い指が置かれる。
そうして、囁くーー。
「もう、逃がさないよ。君は私のもの。仲良く、暮らそうじゃないか。こんなとこで、他の子達と、新聞なんて売っていないでさぁ。」
ニシャア、と開いた口は熟れた実か、真っ赤に崩れた色。
サンジャックは。
しん、と。竜樹とーさに会う前の冷たい顔、瞬きの間に。
「さぁ、私の手を取って。」
握られた手は、会場での販売で温かくなっていたのに、今はヒヤリ、指先まで。サンジャックは、相手の男の指を、ギュッと握り返し。
もう片方の手で、胸にかかっていた、たんぽぽタグネックレスについていた防犯ブザーを。
思いっきり押した。
『助けてーー!!痴漢です!助けてー!!痴漢です!!!』
ウイイイヴ!!ブビビビビー!!!
「えっ、えっ!?」
「助けて、竜樹とーさ!!!助けて!」
会場を行き交うお客さん店員さん達が、ビクッ!!となって。その次の瞬間、音の出ている源を見。妻と子連れの屈強なお父さんが、コイツ!と険しい顔で、慌てる痴漢男に飛びかかり、若い男性が加勢し、巡回していた衛兵もワワワ!と集まり取り押さえて。
ムギュリとなりながら、痴漢男は、息も切れぎれ、叫ぶ。
「ひど!ひどいよ•••!サンジャック、わ、私がいつ•••!」
こしこし、と汚いものを擦り落とすように、服で握られた手を拭くサンジャックの周りに、ジェム達仲間が集まって、大丈夫か!?と囲んで守ってくれる。
大音声の防犯ブザーを、プチ、と止めたら、周りの、止まっていた人達が、ホッとして。ざわざわ、痴漢だってよ、いやぁね、あんなまだ子供相手に、酷い、捕まって良かった、と口々に。新聞販売を見守って付いててくれた大人の司祭様が、慌ててサンジャックに寄り添って。しゃがんで、聞いてくる。
「サンジャック、あの男性が、君の言ってたーー。」
「はい、そうです。俺を親父から、金で買ってた、ヘンタイです。」
司祭様は、痛ましい顔でサンジャックの肩を抱いてくれ、ポンポンと頭を撫でて、言ってくれた。
「竜樹様を呼びましょう。品評会の1位が決まってお酒を飲むのは、お昼過ぎだから、まだ時間がある。サンジャックのこの事では、何かあれば遠慮なく呼ぶように、竜樹様がおっしゃっていたからね。」
今のサンジャックは、ちゃんとした大人、竜樹とーさや司祭様達に。
しっかりと守られているのだ。
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478話『お祭りは全力で楽しみたい』で、国歌が国家になっとりましたです。申し訳なく。
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