王子様を放送します

竹 美津

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本編

番組、私の愛し子

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妊娠出産関係のお話なので、繊細なお心にダメージきちゃう方は、避けていただければと思います。

ーーーーー

コクリコがお産をしてから3日後、超特急で編集された『アンファン!お仕事検証中!番外編~コクリコの出産~私の愛し子~』が放送された。
初の出産ドキュメンタリー。
映像としてもとても貴重な、その番組を見た、とある貴族に起こった変化と共に。
お産の時の、人々、お仕事検証中の子供達の関わりも、こんなふうに進行していったのかな、と後日の竜樹の理解に合わせて、ここからは交互に語っていこう。


【番組放送時】

「『アンファン!お仕事検証中!番外編~コクリコの出産~私の愛し子~』•••?新聞の番組欄には、出産ドキュメンタリーとあるね。父上、どうしますか、食事の時間にちょうどかかりますけど、いつもみたいにテレビを見ながら食事にしますか?」

ブルーヴェール侯爵家の一人息子、ほぼ当主代行として働く、流麗な容姿の青年マールは、父親に一応聞く。理知的で深い翠青の瞳に、温かい太陽のオレンジの髪が、長くサラリ、毛先がクルリ、パッと目を惹く。

父親、ヴィーフは、大して反応しないだろう。
いつも、ああ、とか、うん、とか、いや、とか。大体2文字でやりとりが終わる。ブルーヴェール侯爵家には女主人がいないのでーーマールの母は亡くなっているーー男2人、いつも静かな食卓である。

マールが少し、気にかけて話をポツリ、ポツリとするくらいで。
テレビを買ってから、その静かな時間にも、「これは難しいニュースですね。」「ああ。」「ラジオが軽量化されるそうです。」「そうか。」と、僅かながら時間がもつので、2人は重宝しているのだ。

だが。

ガタン!と椅子から立ち上がったヴィーフは、焦った様子で、あわあわと口を歪ませながら。
「な、なんだって?」

何を慌てているのだろう、と。
「•••食事の時に、テレビを見ますか?いつもみたいに。」

「ちがう!しゅ、しゅっ、しゅ!」

しゅ?

「出産ドキュメンタリーだと!?けしからん!!」
ああ~。
マールもそう思う。何でも映せば良いってもんじゃないし、出産は家族の私的なものだろう。
まあ、きっと赤ちゃんが産まれる時は部屋の外か何かで、父親がソワソワしている様子でも映すのだろう。きっと番組になった、という事は、既に無事に赤ちゃんは産まれているのだろうからーー生放送では、まさかないよね?
赤ちゃんがどれくらいの時間で産まれてくるか、マールは知らないが、番組表は2時間の枠だ。

「ではテレビは消しておきましょう。食事の用意を。」
控えていた侍女に合図をすれば、す、といつものように滞りなく食事の用意がーー。

「いや!いや!だが!しかし!ならん!ならんがしかし!•••無事に産まれたのか!?どうか!?分からんではないか!見なければ!!!」
父ヴィーフは、何か出産に拘りが、ああ。
マールの母、キャローレンは、お産で亡くなったのだ。赤ちゃんも助からなかった。ヴィーフはキャローレンを愛し、そして後妻も娶らなかったくらいだから、お産には恨みがあるだろう。

「父上。お心を乱す番組など、消しておきましょう。そりゃあ少し、気にかかる番組ですが、なあに、放送するくらいですから、母子共に無事でしょうよ。編集で、前もって録画したのを流すんですから、ご安心下さい。さあ、食事を。」
ニコリ。

すす、とスープの皿と、サラダとパンと、メインのお肉の皿が出てきて、というそれまでの間に、ヴィーフはソワソワ、はらはらと、落ち着かず点いていないテレビの画面を、チラッと見てはワインをちびりと飲み、飲み。

「•••父上。落ち着いて下さい。他人の出産でしょう。」
「マール、出産は、最後までわからないんだ!命がけなんだぞ!テレビを点けなさい!私は、私は!」

外見はそっくりで、現在と未来を体現するヴィーフとマールだが、中身は幾分かマールの方が柔らかい。
柔らかすぎて女性とお見合いをし過ぎて。亡くなった母の面影を、その時だけは饒舌に語るヴィーフに、植え付けられて美化して、理想があって。何だかどの娘さんも、ピンと来ないのだ。仲良くなるが、お断りをする。ちゃんと、私が美化した理想を捨てられなくて、と謝って。

優しくて美しくて、甘くて嗜めてもくれて、甘えられて頼りにされて。
理想的な夫婦だったのが、却ってヴィーフとキャローレンの悲劇であった。産まれなかった赤ん坊は、女の子だったと聞いている。

「父上。」
もー、と内心、もやっとした気分だが。
「マール!点けなさい!」

ふう、とマールはため息を吐く。
「父上。私は止めましたからね。」
一言刺しておくが、きっと落ち込んだヴィーフを慰めるのは、マールとの淡々とした長い、退屈な毎日であろう。予想ができたが、無事に産まれた映像でも観て、癒されてくれればいいか。そんな気持ちだった。

リモコンのボタンを押して点ける。画面の時刻から、丁度始まる前だと分かる。ニュースが終わって、アナウンサーがお辞儀したら。

ふっ、とお庭の映像になった。
カメラがパンする。
そこには、笑顔の。

黒髪の巻き毛に碧い目。タレ目で儚そうな見た目、なのに。何故か、しっかと、画面を見るその瞳は、静かな強い光で。ぱち、ぱち、と瞬く。微笑。じっと見ている。

ナレーション。
《ヴィオロ子爵の娘、コクリコさんは、今、妊娠しています。》

その間も、微笑のコクリコは、はた、はた、と瞬く。よくよく見れば、カメラをじっと見ているのではないのだ。周りでは、何となく、子供達の歓声、遊ぶ声が聞こえる。それを見ているのかも。

《お腹の赤ちゃんの父親は、今、牢屋に入っています。落とし屋、貴族の娘を騙して、傷物にして花街などに落とす、そんな職業の、罪を咎められて。》

え。
マールとヴィーフは、ピタ、と動きを止める。

《そう、コクリコさんは、落とし屋に騙されて、強引に妊娠させられてしまったのです。》

コクリコは、微笑のままーーいや。クシャッ、と目を細めて、可愛く微笑んだ。
その視線の先の、子供達が映る。竜樹の、撮影隊と新聞寮の子供達が、そこに3王子やファング、アルディの獣人王子、エフォールやピティエ、プレイヤードの貴族組も混ざって、きゃわきゃわ。手を繋いで、捕まってる子に、じわじわと周りの子が近づいて、わーっと散開したりして。

何という。荒々しいワードであろうか。
強引に妊娠させられた。

画面下、そこにタイトル。

『アンファン!お仕事検証中!番外編~コクリコの出産~私の愛し子~』

が、ふわっ、と浮かび出て、ニコニコしたコクリコをそのまま、ふーっと静かに消えた。

『コクリコさん。貴方は、どうして、お腹の赤ちゃんを、産もうと思ったのですか?』
インタビュアーの、パージュさんが、柔らかな丸い声で聞く。
外で録画しているから、日差しに木陰、光がキラキラして、音も鋭くなく、ホワンと広がっている。

『そうですねぇ。理由は一つじゃないんです。まず、安全に堕胎するには、私が助けを求めるのが遅くて、時期が過ぎていた、ってのもあります。産むしかなかった。でもね、私、助けてもらって、竜樹様の寮でゆっくりさせてもらってーーー。子供達と一緒に住んで。たっぷりと愛されている子供を見た時に、ああ、良いなあ、って思ったんです。』

『いいなあ、って?』

マールはスープの皿に入れたスプーンが、止まったまま、ポタリ、ポタリ、と雫を落としているのを、しばらく気づかなかった。
父ヴィーフは、両手でワインの入ったグラスを持って、食事どころではなく、瞳がふるふる、と震えていた。

『私、母がいなかった。家も、ちょっと家族とすれ違っていて、それは今は解消されたのですけど、子供の頃、とっても寂しかったのです。父の竜樹様に、母のラフィネさん、愛される子供を見るのは、何と心が惹かれるものか、と思いました。私の子供だって。こんな風に、愛されて欲しい。私みたいに、寂しくさせたくない。愛せるかは、分からない。産んでみないと。でも、愛されない場に、私の子供をやりたくない。』

『辛い事をお聞きしますが、その、落とし屋の、赤ちゃんの父親を恨む、気持ちは。赤ちゃんに、この子さえいなければ!という、気持ちは?』

きゃわ!わー!と子供達の声が跳ねる。
コクリコは微笑のまま、少し、眉を寄せた。何とも言えない、苦い顔である。

『そりゃあ、落とし屋の、自称アリコ・ヴェール子爵には、恨みがあります!ありますよ!無いなんて言えない!•••でも、私、騙しやすい、幼い娘であったのです。それが一番悔しい。大人で、何かあっても逃げられて、周りと話を出来て、助けを貰える人間であれば。起きた事は変えられないから、これから、強くて大人な、女性。お母さんになりたいです。』

『強くて、大人な女性。お母さんに?』

『はい。赤ちゃんがいなければ、って、思わなかったです。ただ、どうしよう、どうしよう、って。余裕がなかった。私の周りには、話を聞ける大人の、そして弱みも見せて甘えられる女性が、その時はいなかったので。私には知識が足りなかったので、堕胎ができることも、思い至りませんでした。結婚したら仲睦まじい夫婦には赤ちゃんが出来て産まれる、っていう、本当に、お伽話の真っ直ぐな幼い知識しかなかった。』

『堕胎出来ることを知っていたら、赤ちゃんを産まなかったと思いますか?』

『ーーーニリヤ殿下が。』
コクリコは、問いに応えず、話を違うところから開いていく。

『はい、ニリヤ殿下が。』

『ぼくのあかちゃん!ぼくがそだてる!って、凄い喜んで、お腹を撫でてくれるんですよね。私は、そうしてもらう度に、何だか嬉しくなって、赤ちゃんを待ってる、ニリヤ殿下や、竜樹様や、ラフィネさんや、そして今では理解をしてくれて、楽しみにもしてくれている父や兄、兄嫁達に囲まれて、赤ちゃんを産むことを、何だか期待しているんです。この子は、私を大人にしてくれる、そんなきっかけの子だって。』

『だから。』

『もし、っていうのを考えてみて、って言われても、今の、楽しみに、ちょっと怖いけど、不安もあるけど、期待しているこの気持ち以外に、思ったかどうかなんて、分からないです。冷たくされたままなら、或いは堕胎したいと思ったかも。でも、それは、私に限らず、苦しい状況のお母さん達は、選びたいかどうかの前に、選ばされてしまう事、ってあると思います。状況によって。』

『今は、赤ちゃんが産まれるのを、喜びに思っている?』

パージュさんの、ゆっくりしたインタビューに。コクリコは。

『はい。』
パチリ、と長いまつ毛が、ぐっと閉じて、そして瞬いて。

『私は、楽しみです。喜びです。この子が産まれてくる事が。私の新しい人生が。一緒に過ごすこれからの時間が。この子は私の愛し子です。愛したいと思っています。はっきり、できる!って言えなくて、ごめんね、って思うけど。それでも、私にとって、良いものを連れてくる、幸運の子であると。古き悪き、狭く固まった私の状況を打開してくれる子であると。産まれてきて大人になるまでに、きっと出自で悲しく思う事も、あるのかもしれないけれど、これだけは言える。産んで良かった、産まれてきてくれて良かった、って、きっと言える。』

「マール!消しなさい!」
ぷるぷる、と震えるヴィーフ、父に。
ふつり、とテレビをマールは消した。
だが、番組の続きを絶対に観たかったから、後から番組を見られる機能を初めて使おう、夜中にでも1人で見ようと、すぐさま決心していた。

ごくんごくん!とワインを飲み干して。
「マール!やっぱり点けて!」

何なんだ、父、ヴィーフよ。
彼にとって、かなり刺激が強いのであろうこの番組は、見るのは辛いが見ずにはいられないのだろう。
2人父息子は、遅々として進まぬ夕食を、時々思い出したように、パクんと口に入れては、ごくり、と何だか喉に、飲み込み辛い固まりを飲みつつ。
テレビから目が離せないのだった。

『それでは、テレビ初の出産ドキュメンタリーに出ようと思われたのは、何故ですか?』

『隠された子、隠さなければいけない子に、したくなかったんです。お話をいただいた時、きっと、悪く言われる方も、そりゃあ沢山いて、子供も辛い思いをするかも、って。でも、竜樹様の寮で大人になるまで育てるつもりだし、だとするなら、王宮で、守られる術はあります。そうして、この子が産まれてくる意味にも、なる。こんなに皆で、待ってたんだよ、って。ちょっと難しい産まれだけど、安心していいよ、って。』

『本当に、寮でも、ご家族でも、皆さんで待ってるんですものね。』

『ええ!名前も考えていたり、性別も身体スキャナで見て、わかってるので、合うベビーウェアを用意したりーー。ふふ、テレビでは、産まれるまで、性別は秘密にしておきましょうね。』

『ええ、そうしましょう!』

うふふふ、と笑い合う。
パージュは、ふ、と口調を控えめに変えて。

『辛い事を何度も聞いてごめんなさい。でも、良かったらで良いので、教えて下さい。もしーー、もし、お産が悲しい事になった時は、番組は、どうされますか?』

『ーーーーー。』

ひゅ、とヴィーフが息を飲んだ。
マールも、ええ!?と。

『どんなに、悲しいお産になったとしても、番組は流して欲しいです。それが、この子の、そして、私の。生きた、証であるから。誰かの、為になる。王子殿下達や、寮の子供達、皆、性教育とお産の知識を、学んでくれています。この子の妊娠をきっかけに。私も一緒に勉強になっています。観ている人にも、分かりやすく番組で解説するって。大人も、男性も、女性も、子供も、そして最新のお産を紹介する事で、色々な人に知識を。』

『どんな悲しいお産になったとしても?』

『はい。どんなお産だったとしても。でも、色々あって、あまりにお辛いと思われる方は、必要だなと思われる時がもしあるまで、見ない事も、どうか、選択なさって欲しいです。』

『無理に見せようとされる訳ではない、って事ですね。』

『はい。無理にしたら、きっと、素直に見る事の何倍も嫌な事が溜まっちゃう。皆さんのお心にお任せします。』

「マール!!!」
「父上、落ち着いて!もし見たくなれば、後から見る事も出来ますから。止めました。」
「点けてくれ!!ワインをもっとくれ!」

酔わずにいられない。
見ずにはいられない。
「生命をかけて、あの子が渡そうとしているものを。この父が見ないでは、いられようものか!!」

大丈夫か。
と、マールは心配であったが、やはり自分も、もう、この番組に目が釘付けであったので。
自分もワインをもらって、ぐいっと飲み、食事は料理長には悪いがそこそこに、もはやテレビを見る為に真剣になって椅子の背に寄りかかった。
楽な体勢で、2時間、番組全部を見通すのだ。

その晩、どこの家庭でも、テレビがある家では、しん、となって。
テレビ以外の音が消えた、一瞬があった。
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