上 下
39 / 54
第5章

第39話

しおりを挟む
「お師匠さん。仕事がきません」

 泣き言をいうセシル。
 生きるためには金銭が必要で、金銭を得るためには、多くの場合、働かなくてはいけない。

「俺も魔術協会に顔を出してみたけど、なにも仕事はもらえなかった。どんな下請け仕事でも良いからって頼んでみたんだけどな」

 ナイルが歎息する。
 セシル商会に雑用をやらせるわけにはいかない、と、首を振られるだけ。

 かといって、王家や領主からの信任も厚いセシル商会に任せるほどの大きな仕事もない。

「構成員が三人というのがネックだね。大人数を必要とする仕事は受けられないし、じゃあ少数で何とかなるような仕事ってのは雑用くらいしかない」

 痛し痒しだよ、と、サトリスが両手を広げてみせた。

「……三人ってのはどういう事だ? 誰を計算からはずしやがった。サトリス」
「もちろんマルドゥクさまのことだよ。まさか竜王を働かせるつもりだったのかい? ナイル君。それとも自分が役立たずだと、いまさらながらに再認識したとか。うんうん。良い傾向だね。自覚しないよりずっと良い」
「よし。ケンカだ。おもて出ろ」

 ヒートアップする男ども。
 セシルに拾われた当時、ナイルはずいぶんおとなしかったのだが、サトリスという悪友を得て、ずいぶんにぎやかになった。

「実際のところ、どーなのよ? サトリス。おもに経営的な部分で」
「アイリン王国からもらった報酬があるからね。半年やそこらは、まったく仕事をしなくても餓えることはないよ」

「金の心配がないのは良いことじゃが、いい若者が昼間から暇をもてあましているというのはあまり見栄えの良い構図ではないの」

 マルドゥクが微笑する。
 愛弟子たちは優秀で有能だ。
 無為徒食を潔しとするような人格ではない。
 金があるから働かなくていいやー などとは考えないのだ。

「イリューズさまにも訊いてみたんですけどね。やっぱりこないだの一件で、王家御用達みたいなレッテルが貼られちゃってるんですよ」

 肩をすくめるセシル。
 人的な規模を考えれば下請け仕事しかできない商会が、下請け仕事を受けられない。
 割と笑えない事態である。

「こうなると、依頼を待っている体制には無理が出てくるね」

 ご用聞きができないなら、商店として物品販売に移行するしかない。

「つっても、うちには販路なんかないよ? 仕入れルートももってないし」
「なら、店に並んでる商品はどうやって仕入れたんだい? セシル」

「ダンジョンに潜ったときに手に入れたりとか、旅先で買ったりとか、そんな感じー」
「ふうむ」

 サトリスが腕を組む。
 それでは安定した商品供給など望めない。
 売るものが無くては、商売は成立しないのは道理である。

「考えても仕方ないか。ダンジョンに挑もう。で、売り物になりそうなものを片っ端から持ち帰る」
「それさ。ダンジョンって部分を他人の家とかにしたら、普通に強盗だよな」

 サトリスが出した結論にナイルが苦笑する。

「そういうこというな。哀しくなるから。あと夢こわすから」
「ま、他人の家に上がり込んで勝手にタンスとか漁るしな。国民的コンピュータロールプレイングでも」
「ああ。あれはさすがにどうかと思う。僕も」

 残念ながら、現実世界では勇者だろうと英雄だろうと何をしても良いということにはなっていない。
 罪を犯せば捕まるし、力ずくで押し通れば無法者として処断される。

「異世界って、もっと自由だと思っていたぜ」
「僕もだけどね。それは」

 ため息を吐く男ども。
 呆れたように見ていたセシルがカップを口元に近づける。
 と、その動きが止まった。

「気付いたかの。セシルや」
「ええ。またまた焦った気配ですね。なんかこのパターン、記憶にあるような」

「同じ展開にはならんじゃろ。足音が軽い。子供じゃな」
「さすがお師匠さん。足音まではあたしには聞こえませんよ」

 にこにこと女性陣が会話を楽しむ。




 ハズレの依頼、と、呼ばれるものがある。

 報酬が安すぎるとか、危険度が高すぎるとか、犯罪が絡んでいるとか、そういうものだ。

 うっかり受けてしまって泣きを見た冒険者は数多いし、泣くだけならまだしも、捕まったり死んだりした者も少なくない。

「ラグル洞窟の奥に棲む火竜ボルケーノの秘宝を手に入れる。報酬はなんと銀貨三十枚」

 失笑寸前の顔でサトリスが条件を語る。
 セシル商会に持ち込まれた依頼だ。
 三人でランチを食べたら消えてしまうくらいの金で、竜に挑むバカがいるととしたら、見てみたいくらいだ。

 こんな仕事、誰も引き受けるはずがない。
 あちこちの冒険者同業組合ギルドで門前払いされた依頼人は、困じ果ててセシル商会に持ち込んだ。

「でも、依頼人がその三十枚のお金を貯めるのに費やした時間は、三年だよー」

 セシルが笑う。
 依頼人は八歳の男の子。
 とある富豪の屋敷で住み込みで働く母と、身を寄せ合って生きてきた。
 
 しかし、つい先日、事件が起こった。
 主人が大切にしている皿を割ってしまったのだ。
 解雇になる。
 屋敷を追い出されてしまう。

 そう思った少年は、貯金箱を抱えて屋敷を飛び出した。
 その中には、彼がいままで貯めてきたなけなしの給金が入ってる。

「まーどっこも受けないよねー こんな仕事ー」
「セシルはどうなんだ? と訊くのは愚問だよな。この場合」
「わかってんじゃん。ナイル」

 にぱっと、いつもの笑顔を見せる店長さん。
 銀貨三十枚では必要経費すら捻出できない。当然、セシル商会の会計から持ち出しになるだろう。

「バカだ。バカがいたよ。ここに」

 サトリスも笑った。
 探すまでもなかった。
 うちの店長さんは、こういう人である。

「気に入らないなら、お前は残って良いんだぞ。腹黒摂政」
「まさかだろ。童貞魔導師。セシルの決定は絶対だよ」

 ばちばちと男たちが視線をぶつける。
 いつものじゃれ合いである。

「ボルケーノのう。では我もついていこうかの」
「おや珍しい。留守番じゃないんですか? お師匠さん」
「秘宝というのに興味がある。あの粗忽者がどんな宝物を溜め込んだのか」

 そういって小首をかしげる幼女だった。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

素質ナシの転生者、死にかけたら最弱最強の職業となり魔法使いと旅にでる。~趣味で伝説を追っていたら伝説になってしまいました~

シロ鼬
ファンタジー
 才能、素質、これさえあれば金も名誉も手に入る現代。そんな中、足掻く一人の……おっさんがいた。  羽佐間 幸信(はざま ゆきのぶ)38歳――完全完璧(パーフェクト)な凡人。自分の中では得意とする持ち前の要領の良さで頑張るが上には常に上がいる。いくら努力しようとも決してそれらに勝つことはできなかった。  華のない彼は華に憧れ、いつしか伝説とつくもの全てを追うようになり……彼はある日、一つの都市伝説を耳にする。  『深夜、山で一人やまびこをするとどこかに連れていかれる』  山頂に登った彼は一心不乱に叫んだ…………そして酸欠になり足を滑らせ滑落、瀕死の状態となった彼に死が迫る。  ――こっちに……を、助けて――  「何か……聞こえる…………伝説は……あったんだ…………俺……いくよ……!」  こうして彼は記憶を持ったまま転生、声の主もわからぬまま何事もなく10歳に成長したある日――

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...