33 / 48
三章
12.お嫁さん第一
しおりを挟む
「クロ…チャ……」
「兄先生、喋らっ」
「大…丈夫。…喋ってる方が、気が…紛れるし……喋ら…して」
「でも」
「い、から…聞いて」
「ん…」
「ワンコロ…が…九抑え終わ…ったら…クロチャンは…すぐ弟の所…に行って」
「兄先生の弟さんの所?」
「そ。一花…」
「はい~」
「出来る…よ…ね…」
「一人なら…出来ると思うけど~でも……兄先生の方が~」
「おれは大丈…夫…」
「兄貴ぃいいい」
「ん…ん~」
「………っ」
また…また…だ。俺の知らない事…。知識が足りない。流れに身を任せるだけで、積極的に自分から訊いていなかった。それは俺の責任。…でもこのままじゃいけない。せめて今出来る事をしなくちゃ。
「一花…ごめん。説明して欲しい」
「クロ。えっと~」
「今の兄先生が言った事は、どういう事。一花なら出来るって?」
「兄先生は~、状況が落ち着いたら、神様の元へクロを転移させて欲しいって~」
「転移…?」
「そう~。私なら~神様の元に~人を送れるだけの力があるから~」
「そっか」
ならさっきの、一人ならって返答は、俺だけしか送れないって事か。
「でも…なんで俺を?」
どう見たって兄先生の方が重傷で…さっき七生が言っていた事と合わせて考えれば、兄先生の弟さんなら、兄先生の状態をなんとか出来るはずだ。それならその一人は兄先生が行くべきなのに。
「それは~わかんない…」
一花だって一人送るなら、兄先生だと思っているんだろう。戸惑う彼女から、兄先生へ視線を移す。
「…言った…でしょ。クロチャン…が結界に…組み込まれてるって」
「でも、結局なんともっ」
兄先生が辛そうな顔を、さらに歪めて首を振る。
「今…はね」
「それでも!」
今、無事なら…優先順位でいったら、やっぱり彼が優先だ。納得しない俺に、兄先生が仕方ないなあといった様子で笑う。
「残りの結界が…消された時に…ね。クロチャンを中心に…全てが…おれ達も九に吸収…食われる…所だった」
「うぇ!?マジっすか!?」
「…嘘…」
生徒達も驚いたようで、ざわめきが起こる。
「そ…そ。…で、咄嗟に…おれが無理やり…ひっぱって…どうにか…あはは…は…どうにも出来てない部分もあったけど…ま、なんとか持ちこたえた…訳だ…」
「あ、兄貴ぃい。マジですげぇ…」
「道理で…。そんなに消耗するはずですよ」
「そんなに?」
「うん。兄先生じゃなきゃとても無理よ」
「むしろ結界にそこまで干渉して、今息がある方が奇跡ですよ」
「俺達が百人いても、そんな事できねーよ」
「あはは…。流石でしょお…おれってば…。まー…でさ。ごめんねえ…クロチャン」
「な、に…が」
「全部…は…守れてないんだ…」
「でも」
そう言われても、俺は無事で…。
「時間の…問題だから…。クロチャン…傾む…い…ちゃ」
「っ…」
そっか。これから傾き始めるって事か。そうなって治療が出来なければ、俺は…生徒を巻き込む爆弾になりかねない。確かに…それなら俺はここにいるべきじゃない。
「…おれか…ワンコロが…治せたら…い…けど…そ、も…いかないそ…。ワンコロは…九の相手で消耗…するし…無理…。おれも…こ…な…だし。なら…悔し…け…ど…あの子に…託…」
ここにいても、皆に迷惑が掛かる。それはわかった。けど兄先生を置いていくのは…。わかってはいても、行きたくない……彼の元を離れたくないと…兄先生の頭をもっと強く抱きしめる。
「あ…はは…は。…役…得う。おれのお嫁…さん…最高…お」
「……っ」
俺にすり寄る力が弱々しくて…、悲しくなる。
「…………」
「……」
「先生!!!」
「先…生!?」
生徒達の叫び声に、兄先生へと向けていた顔を上げる。
彼女達の視線の先を辿れば、先生がいた。
「…………え?」
九の…獣の前足を体で受け止め…その体から…。黒々とした爪が突き出ている先生が…。
「……う…あ」
先生の土で汚れた白衣が、どんどん赤に染まっていく。
「……ぁ…」
「…は…ワンコロ…やる…な…あ…」
先生の苦し気な声が聞こえた気がした。次いで、べっと地面に吐き出された赤は…多分先生の…血。
「あ……あ…」
かたかたと体が震えるのがわかる…。そんな先生も?
「クロチャン…落ち…着いて…」
「でもっ」
思わず立ち上がろうとしたけど、俺に体を預けていた兄先生の重みがあって立つ事は出来ない。
「ほ…ら…見て…」
「え…」
兄先生に言われ、再び見た先生は、腹に突き刺さる爪を押しとどめ、九を抑えつけようとしていた。
「あ…」
「ね…ほら…」
「おぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ゥオオオオオォオオオオオン!?」
巨体に負けない雄たけびを上げた先生が、前足から体を引き寄せる。ねじるように全体を持ち上げ、九の頭から先に地面へ叩きつけた。
「ぐ…」
ズダァ…ンと鈍い音を立て、九が沈む。叩きつけた拍子に先生の腹から爪が抜け、白衣の赤が恐ろしい勢いで増す。
「クォオオオ…」
「寝ろ。九」
「ォ……」
倒れた九の体が弛緩していく。それと共に…まるで砂が風に散らされるようにさらさらと、粒子が流れるのが見えた。
「先生~まさか!」
「大丈夫だ。一花。死んじゃいない」
粒子が消えた後に、人間の……九の体が現れる。
「よかった…」
安心したそばから、ごぼりと血を吐き、先生が地面に倒れた。
「ぐっ…」
「先生~!?」
「ぅああああぁあ!?先生いいい!?」
九との戦いが終えた先生の元へ生徒達が駆け寄っていく。俺も駆け寄りたかったけど、兄先生を置いて移動する訳にもいかない。
六太の上着を掛けられた九と、支えながらこちらに来る先生を静かに待つ。
「あは…ワンコロ…ってば…重症じゃん」
「はっ…どっちがだ…」
「おれ…血は出して…ない…もん」
互いの満身創痍を先生達は笑う。俺にそんな余裕はなくて、そのやり取りを見ているだけで、泣きそうになる。
「じゃ…一花……よろ…しくう…」
「う~~」
明らかに重症の二人おいて、俺を転送するのは…やっぱり彼女も気が引けるんだろう。
俺達三人をそれぞれ見て、彼女が視線を彷徨わせる。
「兄先生、喋らっ」
「大…丈夫。…喋ってる方が、気が…紛れるし……喋ら…して」
「でも」
「い、から…聞いて」
「ん…」
「ワンコロ…が…九抑え終わ…ったら…クロチャンは…すぐ弟の所…に行って」
「兄先生の弟さんの所?」
「そ。一花…」
「はい~」
「出来る…よ…ね…」
「一人なら…出来ると思うけど~でも……兄先生の方が~」
「おれは大丈…夫…」
「兄貴ぃいいい」
「ん…ん~」
「………っ」
また…また…だ。俺の知らない事…。知識が足りない。流れに身を任せるだけで、積極的に自分から訊いていなかった。それは俺の責任。…でもこのままじゃいけない。せめて今出来る事をしなくちゃ。
「一花…ごめん。説明して欲しい」
「クロ。えっと~」
「今の兄先生が言った事は、どういう事。一花なら出来るって?」
「兄先生は~、状況が落ち着いたら、神様の元へクロを転移させて欲しいって~」
「転移…?」
「そう~。私なら~神様の元に~人を送れるだけの力があるから~」
「そっか」
ならさっきの、一人ならって返答は、俺だけしか送れないって事か。
「でも…なんで俺を?」
どう見たって兄先生の方が重傷で…さっき七生が言っていた事と合わせて考えれば、兄先生の弟さんなら、兄先生の状態をなんとか出来るはずだ。それならその一人は兄先生が行くべきなのに。
「それは~わかんない…」
一花だって一人送るなら、兄先生だと思っているんだろう。戸惑う彼女から、兄先生へ視線を移す。
「…言った…でしょ。クロチャン…が結界に…組み込まれてるって」
「でも、結局なんともっ」
兄先生が辛そうな顔を、さらに歪めて首を振る。
「今…はね」
「それでも!」
今、無事なら…優先順位でいったら、やっぱり彼が優先だ。納得しない俺に、兄先生が仕方ないなあといった様子で笑う。
「残りの結界が…消された時に…ね。クロチャンを中心に…全てが…おれ達も九に吸収…食われる…所だった」
「うぇ!?マジっすか!?」
「…嘘…」
生徒達も驚いたようで、ざわめきが起こる。
「そ…そ。…で、咄嗟に…おれが無理やり…ひっぱって…どうにか…あはは…は…どうにも出来てない部分もあったけど…ま、なんとか持ちこたえた…訳だ…」
「あ、兄貴ぃい。マジですげぇ…」
「道理で…。そんなに消耗するはずですよ」
「そんなに?」
「うん。兄先生じゃなきゃとても無理よ」
「むしろ結界にそこまで干渉して、今息がある方が奇跡ですよ」
「俺達が百人いても、そんな事できねーよ」
「あはは…。流石でしょお…おれってば…。まー…でさ。ごめんねえ…クロチャン」
「な、に…が」
「全部…は…守れてないんだ…」
「でも」
そう言われても、俺は無事で…。
「時間の…問題だから…。クロチャン…傾む…い…ちゃ」
「っ…」
そっか。これから傾き始めるって事か。そうなって治療が出来なければ、俺は…生徒を巻き込む爆弾になりかねない。確かに…それなら俺はここにいるべきじゃない。
「…おれか…ワンコロが…治せたら…い…けど…そ、も…いかないそ…。ワンコロは…九の相手で消耗…するし…無理…。おれも…こ…な…だし。なら…悔し…け…ど…あの子に…託…」
ここにいても、皆に迷惑が掛かる。それはわかった。けど兄先生を置いていくのは…。わかってはいても、行きたくない……彼の元を離れたくないと…兄先生の頭をもっと強く抱きしめる。
「あ…はは…は。…役…得う。おれのお嫁…さん…最高…お」
「……っ」
俺にすり寄る力が弱々しくて…、悲しくなる。
「…………」
「……」
「先生!!!」
「先…生!?」
生徒達の叫び声に、兄先生へと向けていた顔を上げる。
彼女達の視線の先を辿れば、先生がいた。
「…………え?」
九の…獣の前足を体で受け止め…その体から…。黒々とした爪が突き出ている先生が…。
「……う…あ」
先生の土で汚れた白衣が、どんどん赤に染まっていく。
「……ぁ…」
「…は…ワンコロ…やる…な…あ…」
先生の苦し気な声が聞こえた気がした。次いで、べっと地面に吐き出された赤は…多分先生の…血。
「あ……あ…」
かたかたと体が震えるのがわかる…。そんな先生も?
「クロチャン…落ち…着いて…」
「でもっ」
思わず立ち上がろうとしたけど、俺に体を預けていた兄先生の重みがあって立つ事は出来ない。
「ほ…ら…見て…」
「え…」
兄先生に言われ、再び見た先生は、腹に突き刺さる爪を押しとどめ、九を抑えつけようとしていた。
「あ…」
「ね…ほら…」
「おぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ゥオオオオオォオオオオオン!?」
巨体に負けない雄たけびを上げた先生が、前足から体を引き寄せる。ねじるように全体を持ち上げ、九の頭から先に地面へ叩きつけた。
「ぐ…」
ズダァ…ンと鈍い音を立て、九が沈む。叩きつけた拍子に先生の腹から爪が抜け、白衣の赤が恐ろしい勢いで増す。
「クォオオオ…」
「寝ろ。九」
「ォ……」
倒れた九の体が弛緩していく。それと共に…まるで砂が風に散らされるようにさらさらと、粒子が流れるのが見えた。
「先生~まさか!」
「大丈夫だ。一花。死んじゃいない」
粒子が消えた後に、人間の……九の体が現れる。
「よかった…」
安心したそばから、ごぼりと血を吐き、先生が地面に倒れた。
「ぐっ…」
「先生~!?」
「ぅああああぁあ!?先生いいい!?」
九との戦いが終えた先生の元へ生徒達が駆け寄っていく。俺も駆け寄りたかったけど、兄先生を置いて移動する訳にもいかない。
六太の上着を掛けられた九と、支えながらこちらに来る先生を静かに待つ。
「あは…ワンコロ…ってば…重症じゃん」
「はっ…どっちがだ…」
「おれ…血は出して…ない…もん」
互いの満身創痍を先生達は笑う。俺にそんな余裕はなくて、そのやり取りを見ているだけで、泣きそうになる。
「じゃ…一花……よろ…しくう…」
「う~~」
明らかに重症の二人おいて、俺を転送するのは…やっぱり彼女も気が引けるんだろう。
俺達三人をそれぞれ見て、彼女が視線を彷徨わせる。
0
お気に入りに追加
190
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる