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三章

12.お嫁さん第一

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「クロ…チャ……」
「兄先生、喋らっ」
「大…丈夫。…喋ってる方が、気が…紛れるし……喋ら…して」
「でも」
「い、から…聞いて」
「ん…」

「ワンコロ…が…ここのつ抑え終わ…ったら…クロチャンは…すぐ弟の所…に行って」
「兄先生の弟さんの所?」
「そ。一花いちか…」
「はい~」
「出来る…よ…ね…」
「一人なら…出来ると思うけど~でも……兄先生の方が~」
「おれは大丈…夫…」
「兄貴ぃいいい」
「ん…ん~」

「………っ」
また…また…だ。俺の知らない事…。知識が足りない。流れに身を任せるだけで、積極的に自分から訊いていなかった。それは俺の責任。…でもこのままじゃいけない。せめて今出来る事をしなくちゃ知って、考えなきゃ

一花いちか…ごめん。説明して欲しい」
「クロ。えっと~」
「今の兄先生が言った事は、どういう事。一花いちかなら出来るって?」
「兄先生は~、状況が落ち着いたら、神様の元へクロを転移させて欲しいって~」
「転移…?」
「そう~。私なら~神様の元に~人を送れるだけの力があるから~」
「そっか」
ならさっきの、一人ならって返答は、俺だけしか送れないって事か。

「でも…なんで俺を?」
どう見たって兄先生の方が重傷で…さっき七生ななおが言っていた事と合わせて考えれば、兄先生の弟さん神様なら、兄先生の状態をなんとか出来るはずだ。それならその一人は兄先生が行くべきなのに。
「それは~わかんない…」
一花いちかだって一人送るなら、兄先生だと思っているんだろう。戸惑う彼女から、兄先生へ視線を移す。

「…言った…でしょ。クロチャン…が結界に…組み込まれてるって」
「でも、結局なんともっ」
兄先生が辛そうな顔を、さらに歪めて首を振る。
「今…はね」
「それでも!」
今、無事なら…優先順位でいったら、やっぱり彼が優先だ。納得しない俺に、兄先生が仕方ないなあといった様子で笑う。

「残りの結界が…消された時に…ね。クロチャンを中心に…全てが…おれ達もここのつに吸収…食われる…所だった」
「うぇ!?マジっすか!?」
「…嘘…」
生徒達も驚いたようで、ざわめきが起こる。

「そ…そ。…で、咄嗟に…おれが無理やり…ひっぱって…どうにか…あはは…は…どうにも出来てない部分もあったけど…ま、なんとか持ちこたえた…訳だ…」
「あ、兄貴ぃい。マジですげぇ…」
「道理で…。そんなに消耗するはずですよ」
「そんなに?」
「うん。兄先生じゃなきゃとても無理よ」
「むしろ結界にそこまで干渉して、今息がある方が奇跡ですよ」
「俺達が百人いても、そんな事できねーよ」
「あはは…。流石でしょお…おれってば…。まー…でさ。ごめんねえ…クロチャン」
「な、に…が」
「全部…は…守れてないんだ…」
「でも」
そう言われても、俺は無事で…。

「時間の…問題だから…。クロチャン…傾む…い…ちゃ」
「っ…」
そっか。これから傾き始めるって事か。そうなって治療・・が出来なければ、俺は…生徒を巻き込む爆弾になりかねない。確かに…それなら俺はここにいるべきじゃない。

「…おれか…ワンコロが…治せたら…い…けど…そ、も…いかないそ…。ワンコロは…ここのつの相手で消耗…するし…無理…。おれも…こ…な…だし。なら…悔し…け…ど…あの子に…託…」
ここにいても、みんなに迷惑が掛かる。それはわかった。けど兄先生を置いていくのは…。わかってはいても、行きたくない……彼の元を離れたくないと…兄先生の頭をもっと強く抱きしめる。
「あ…はは…は。…役…得う。おれのお嫁…さん…最高…お」
「……っ」
俺にすり寄る力が弱々しくて…、悲しくなる。
「…………」
「……」


「先生!!!」
「先…生!?」
生徒達の叫び声に、兄先生へと向けていた顔を上げる。
彼女達の視線の先を辿れば、先生がいた。

「…………え?」

ここのつの…獣の前足を体で受け止め…その体から…。黒々とした爪が突き出ている先生が…。
「……う…あ」
先生の土で汚れた白衣が、どんどん赤に染まっていく。
「……ぁ…」
「…は…ワンコロ…やる…な…あ…」

先生の苦し気な声が聞こえた気がした。次いで、べっと地面に吐き出された赤は…多分先生の…血。
「あ……あ…」
かたかたと体が震えるのがわかる…。そんな先生も?
「クロチャン…落ち…着いて…」
「でもっ」
思わず立ち上がろうとしたけど、俺に体を預けていた兄先生の重みがあって立つ事は出来ない。

「ほ…ら…見て…」
「え…」
兄先生に言われ、再び見た先生は、腹に突き刺さる爪を押しとどめ、ここのつを抑えつけようとしていた。
「あ…」
「ね…ほら…」

「おぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ゥオオオオオォオオオオオン!?」
巨体に負けない雄たけびを上げた先生が、前足から体を引き寄せる。ねじるように全体を持ち上げ、ここのつの頭から先に地面へ叩きつけた。

「ぐ…」
ズダァ…ンと鈍い音を立て、ここのつが沈む。叩きつけた拍子に先生の腹から爪が抜け、白衣の赤が恐ろしい勢いで増す。

「クォオオオ…」
「寝ろ。ここのつ
「ォ……」
倒れたここのつの体が弛緩していく。それと共に…まるで砂が風に散らされるようにさらさらと、粒子が流れるのが見えた。

「先生~まさか!」
「大丈夫だ。一花いちか。死んじゃいない」
粒子が消えた後に、人間の……ここのつの体が現れる。
「よかった…」

安心したそばから、ごぼりと血を吐き、先生が地面に倒れた。
「ぐっ…」
「先生~!?」
「ぅああああぁあ!?先生いいい!?」
ここのつとの戦いが終えた先生の元へ生徒達が駆け寄っていく。俺も駆け寄りたかったけど、兄先生を置いて移動する訳にもいかない。
六太ろくたの上着を掛けられたここのつと、支えながらこちらに来る先生を静かに待つ。

「あは…ワンコロ…ってば…重症じゃん」
「はっ…どっちがだ…」
「おれ…血は出して…ない…もん」
互いの満身創痍を先生達は笑う。俺にそんな余裕はなくて、そのやり取りを見ているだけで、泣きそうになる。

「じゃ…一花いちか……よろ…しくう…」
「う~~」
明らかに重症の二人おいて、俺を転送するのは…やっぱり彼女も気が引けるんだろう。
俺達三人をそれぞれ見て、彼女が視線を彷徨わせる。
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