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誰そ彼と われをな問ひそ 夜長月の
第9話 地底湖の幽霊 I
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洞窟の奥は少し肌寒かった。神月の今頃は平均気温もぐっと下がっていく。僕は着てきたコートの襟を立て、足早に湖へと向かうことにした。
到着した地底湖は、驚くくらいに広かった。ここに来るまでに通った稲作地帯全体よりも広そうに見える。
入り口からはそれでも三十分ほどだろうか。少し急ぎ足で来たので正確な距離はわからないが、ケイサンから聞いた話だと千五百メートルほどだそうだ。洞窟の通路は既に整備が終わっていて、各所にいくつもガス灯が設置されている。
「あのガス灯、一か所でも火が消えたら洞窟内にガスがこもらないかな?」
歩きながら僕はそんなふうに思ったのだが、後でケイサンに聞いたところによるとガス灯には安全装置がつけられているそうだ。火が消えたものは自動的にガスの供給がストップされるようになっていて後日交換作業をするのだそうだ。
そうした色々なことを考えながら進むと、ついに地底湖の砂浜に出た。これもまた広い。ざっと見た感じ砂浜は幅が百メートルを優に超え、そのまま湖の外周に沿って洞窟の奥の方まで続いて見える。僕はそのままゆっくりと奥に向かって歩くことにした。
「アイリ様が姿を変えた湖かぁ。本当ってことはないだろうけど、それにしても洞窟の中なのに大きすぎるよな。」
しばらく歩くと、先にかすかな灯りが見えた。壁に取り付けられたガス灯よりも儚げに白い光がゆらゆらと揺れている。僕は誰か工事の人がいるのかなと思って手を挙げて声をかけようとした。するとその時、その光がふわっと拡がって人の形みたいになっていく。
「!」
驚いて僕が足をとめると、その光は背の高い女性の姿になっていった。髪の長い、目鼻立ちがどこかすっきりとした美しい人だ。首から下は光沢のある長い銀色のドレスを着ているように見える。
「モリトの子よ。アイオリアの子孫よ。…この先へ行ってはいけません。この先にはまだ滅びの呪いが残っています…。」
かすかなか細い声が、彼女の口元から聞こえた。
「あなたは誰なんですか?」
僕が驚きながらも声に出すと、目の前の女性はゆらりと揺らめいてまた小さな光へと戻っていく。そうしてしばらく僕の前をゆらゆらと動きながら、やがて湖に向かってスーッと飛んでいき、おそらく湖の中心辺りだろうか、そこの場所でフッと消えた。
「幽霊?とかでは、ないですよね?」
しばらくの間、僕は湖を見てただ突っ立っているしかできないでいた。
急いで街へと戻り、僕は真っ先にケイサンの住んでいる建物へと向かう。湖でのことを話して意見を聞こうと思ったからだ。
ケイサンの住む建物は石造りの二階建てで、街の中心部にある。市井の何でも屋をするということで選んだ場所らしいのだが、実の姉である母に言わせるとそこは「ケイサンの巣」だそうだ。何を指して巣と言ったのかまではわからない。でも、その建物の様子をはじめて見たとき、母のセンスに感心したのを覚えている。
いくつかの通りをこえると、ゴロっとした岩がただ積んであるだけにも見える小山のような「ケイサンの巣」に到着した。
「おう!ルミネ。どしたい?姉さんのお使いか?」
小山の天辺に手すりの付いた屋上が見え、そこから叔父のケイサンが僕を見つけて声をかけてきた。
「叔父さん、湖の奥にある洞窟まで行ってきた。それで女の人が光ってて、フッと消えたんだ。」
僕は努めて冷静に、見てきたことを簡潔に言った。ケイサンはそんな僕を上から眺めて、あがってこいよとでも言うように大きく腕を振る。僕は急いで小山を駆け上って、ケイサンのところへとたどり着いた。
「まずは落ち着け。話はそれからだ。」
そう言うとケイサンは、僕に椅子をすすめた。僕が座ると目の前にカップを差し出してこう言った。
「飲め。」
飲んでみると中身はほどほどに温まったミルクだった。少しぬるい、そしてけっこう甘い。そのミルクを僕が飲み干すと、ケイサンは笑って聞いてきた。
「で?湖でどうした?」
到着した地底湖は、驚くくらいに広かった。ここに来るまでに通った稲作地帯全体よりも広そうに見える。
入り口からはそれでも三十分ほどだろうか。少し急ぎ足で来たので正確な距離はわからないが、ケイサンから聞いた話だと千五百メートルほどだそうだ。洞窟の通路は既に整備が終わっていて、各所にいくつもガス灯が設置されている。
「あのガス灯、一か所でも火が消えたら洞窟内にガスがこもらないかな?」
歩きながら僕はそんなふうに思ったのだが、後でケイサンに聞いたところによるとガス灯には安全装置がつけられているそうだ。火が消えたものは自動的にガスの供給がストップされるようになっていて後日交換作業をするのだそうだ。
そうした色々なことを考えながら進むと、ついに地底湖の砂浜に出た。これもまた広い。ざっと見た感じ砂浜は幅が百メートルを優に超え、そのまま湖の外周に沿って洞窟の奥の方まで続いて見える。僕はそのままゆっくりと奥に向かって歩くことにした。
「アイリ様が姿を変えた湖かぁ。本当ってことはないだろうけど、それにしても洞窟の中なのに大きすぎるよな。」
しばらく歩くと、先にかすかな灯りが見えた。壁に取り付けられたガス灯よりも儚げに白い光がゆらゆらと揺れている。僕は誰か工事の人がいるのかなと思って手を挙げて声をかけようとした。するとその時、その光がふわっと拡がって人の形みたいになっていく。
「!」
驚いて僕が足をとめると、その光は背の高い女性の姿になっていった。髪の長い、目鼻立ちがどこかすっきりとした美しい人だ。首から下は光沢のある長い銀色のドレスを着ているように見える。
「モリトの子よ。アイオリアの子孫よ。…この先へ行ってはいけません。この先にはまだ滅びの呪いが残っています…。」
かすかなか細い声が、彼女の口元から聞こえた。
「あなたは誰なんですか?」
僕が驚きながらも声に出すと、目の前の女性はゆらりと揺らめいてまた小さな光へと戻っていく。そうしてしばらく僕の前をゆらゆらと動きながら、やがて湖に向かってスーッと飛んでいき、おそらく湖の中心辺りだろうか、そこの場所でフッと消えた。
「幽霊?とかでは、ないですよね?」
しばらくの間、僕は湖を見てただ突っ立っているしかできないでいた。
急いで街へと戻り、僕は真っ先にケイサンの住んでいる建物へと向かう。湖でのことを話して意見を聞こうと思ったからだ。
ケイサンの住む建物は石造りの二階建てで、街の中心部にある。市井の何でも屋をするということで選んだ場所らしいのだが、実の姉である母に言わせるとそこは「ケイサンの巣」だそうだ。何を指して巣と言ったのかまではわからない。でも、その建物の様子をはじめて見たとき、母のセンスに感心したのを覚えている。
いくつかの通りをこえると、ゴロっとした岩がただ積んであるだけにも見える小山のような「ケイサンの巣」に到着した。
「おう!ルミネ。どしたい?姉さんのお使いか?」
小山の天辺に手すりの付いた屋上が見え、そこから叔父のケイサンが僕を見つけて声をかけてきた。
「叔父さん、湖の奥にある洞窟まで行ってきた。それで女の人が光ってて、フッと消えたんだ。」
僕は努めて冷静に、見てきたことを簡潔に言った。ケイサンはそんな僕を上から眺めて、あがってこいよとでも言うように大きく腕を振る。僕は急いで小山を駆け上って、ケイサンのところへとたどり着いた。
「まずは落ち着け。話はそれからだ。」
そう言うとケイサンは、僕に椅子をすすめた。僕が座ると目の前にカップを差し出してこう言った。
「飲め。」
飲んでみると中身はほどほどに温まったミルクだった。少しぬるい、そしてけっこう甘い。そのミルクを僕が飲み干すと、ケイサンは笑って聞いてきた。
「で?湖でどうした?」
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