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15>>勇者の家のあれこれ
しおりを挟む「この家の居心地はどうですか?」
陽光暖かいテラスでお茶の席を設けられ、アマリエルの向かいの席に座って紅茶を飲んでいたメルディナにアマリエルが声を掛ける。
メルディナは手に持っていた紅茶を置いてアマリエルに笑顔を向けた。
「とても素晴らしいですわ。
皆様良くして下さって、わたくしここが天国に思えて仕方がありません」
ふふふと口元に手を当てて笑うメルディナにアマリエルか目を細めて微笑む。
「それで?
ジグル様のお心は掴めそうですか?」
淑女の微笑みの下に覗く人の悪い笑みにメルディナは心臓が小さく跳ねた。
やっぱり気付かれていたのね……っ!──
若干口元が引き吊ってしまうのをどうにか抑えてメルディナは困った様に眉尻を下げて笑い返した。
「とんでも御座いませんわ、アマリエル様。
わたくし、分不相応な夢を見ていた事、心から反省しておりますの……。
ジグル様はみんなの勇者様であり、ジグル様のお心を独占する事はわたくしには不可能であると身に沁みて実感しましたわ……」
少しだけ本心が覗く眉尻を下げた寂しげなメルディナの苦笑にアマリエルは優しい笑み返す。
アマリエルにもメルディナの気持ちが分かる。ここにいる女性皆が、ただ気持ちを割り切れるだけであって『ジグルか自分だけを見てくれるのであればそんな嬉しい事はない』と思っているのだ。
ただアマリエルを初め、彼女たちは一夫一妻でなれけば許せないなどという『愛する一人の為に自分を捧げる』という考えでは無い上に『自分がしたい事優先そこに良い男が付いてきたら最高』という我の強さの方が勝っているが為に他の女性と夫を共有する事が出来ているところもあった。
勇者が妻を選んでいるが、妻に選ばれた女もまた、勇者を選んでここに居るのだ。
それはある意味、愛だけで繋がっている関係より強い結びつきでもある。全員が心だけではなく頭でも考えて先を見ているからだ。
でもじゃあここに“愛”は無いのかと言われれば……
「誤解してはいけませんわ。
ジグル様は妻となった女性たちみんなをちゃんと愛して居られますのよ?
だた『一人を愛したらその人しか目に入らない』というタイプではないだけなのですけれど……これはジグル様が選んだ妻たち全員の共通点でもある様な気がしますわね」
アマリエルの言葉にメルディナも渋々ながら自覚する。純真な乙女でありたいならその考えは間違っているのだ……でも……
「……わたくしも……そうだと思います……」
メルディナも『愛だけでは生きられない人』なのだ。
『愛する男か居るなら貧乏で泥水を啜っても生きていける!』なんて死んでも言えそうにない。
でも、そんな人間ってどのくらい存在するのだろう?
『愛があれば!』なんて、本当に?
メルディナは実のところそんな人は存在しないんじゃないかと思っている。自分と一緒に勇者の妻に選ばれたのにそれを断ったロロナは今頃きっと後悔していると……。
しかしロロナはきっと彼が居れば泥水を啜らなければならなくなったら知恵を絞って泥を濾過してみようと奮闘するタイプなので、メルディナには理解が出来ないだけの事なのだ。そしてその逆も然り……。
「わたくしたちの考え方は他の方々には理解出来ないのかもしれませんわね。だって言われましたのよ?
『勇者の妻なんて見た目の良い女を集めただけの娼婦の集まりでしょ』って」
「まぁ!?」
「フフ、でもそれを言ったその方もジグル様に秋波を送っていたのですからおもしろいですわよね。
世界中の女性がその勇者専属の『娼婦』になりたいと思っているのなら、それは『世界最高の職業』になると思わない?」
クスクスと笑うアマリエルにメルディナは驚いた顔を淑女らしからぬポカンとした顔にして、それから困った様に笑った。
「ええ、そうですわ。世界中の女性が勇者様の妻になりたがっているのですもの。
その妻を“娼婦”と呼ぶのなら、世界中の女性か“娼婦”になりたがってるって事ですわ」
メルディナもクスクスと笑う。
世界最高の女性の地位を得た今、小さい妬みの言葉に心を掻き立てられる様な心の揺らぎをメルディナはもう持っていなかった。
あるのは余裕だけ。
本来なら貴族の女性か『娼婦』などと揶揄されたら侮辱以外の何物でもなく怒りを顕にしているところだが、言った本人がその『娼婦』になりたがっているのだから逆に笑い話にしかならない。
この世界に『勇者の妻』以上に女性が輝ける地位はないのだから。
メルディナは最高級のお茶と美味しいお菓子を味わいながら世界中の女の憧れと言われる勇者の妻の一人と、その妻の一人としてお茶の時間を楽しむ。
これから始まる人生には輝かしい光しか存在しない。
小さな嫉妬など、勇者の妻の前ではお茶請けのネタにしかならないのだ……。
「明日からメルディナ様には高位貴族の礼儀作法を覚えてもらいますわね。
どこの国に出ても恥ずかしくないマナーを身に着けていただきますわ。それが出来なければどこのパーティーにも出られませんからね。
講師は暇なわたくしがしますから覚悟してくださいませ♪」
「え!?」
世界最高峰の幸せにはそれはそれで厳しい基準があるのだとメルディナは身を持って知るのだった……。
数ヶ月後、メルディナは自国て豪華な結婚式を上げた。
勇者側の参列者は妻たち。
絢爛豪華な衣装を身に着けた美女たちがズラリと並び、新婦側の参列者の目を釘付けにさせた。
その中を更に美しく豪華に着飾ったウェディングドレス姿のメルディナが勇者の隣りに立ち微笑む。空から飛竜が大量の花びらを撒き散らして式の周りに集まった群衆までもをも楽しませる。
誰もメルディナの事を「所詮20番目の妻」などと笑わない。
メルディナの親族側に参列者していたこの国の王族が霞む程にきらびやかな勇者とその妻たちは全ての人々の憧れだった。
そんな勇者も家に帰れば一人の男。一家の暴君に成れない男は妻たちに囲まれて好きにさせる。
1「メル様、明日からまたマナーの特訓ですわよ」
2「エル様、お身体を休ませて下さいませ。お腹に触りますわ」
5「リア様、わたくしがお支えしますから安心してくださいませ」
16「ジグル様~?新しい魔法の的になってくださいよ~?」
9「!わたくしも!わたくしも撃ちたいですわ!!」
20「うぅ……わたくしいつ夜会に行けるかしら……」
7「わたくしもお手伝いしますから頑張りましょうね♪」
15「わたくしでも覚えられたのですからメル様ならすぐですわ」
8「復習も兼ねてみんなでお話しましょ」
18「最高のドレスをデザインして待ってますからね!」
19「わたくしも刺繍でお手伝いします!」
11「後で皆様に新作のデザートをお配りしますね~」
14「あ、夜食もお願いしていい?」
6「一口サイズの甘いやつ」
12「それでいて太らない物を」
10「脳に効く物で」
17「皆さん注文多過ぎです」
13「お肉!」
4「あれ?おやつの話じゃなかった?」
3「お肉のおやつ!?最高!!」
ジグルは自分を囲んでそれぞれ好きなように話す妻たちを見て疲れたようにため息を吐く。
しかしその口元は少しだけ笑っていた。
「ちょっと昼寝する。
俺についてくる奴」
ジグルが手を上げてついて来たい妻を誘う。
しかし誰一人手を挙げない。
「おい!」
上げた手が恥ずかしくてジグルはちょっと頬を赤くして妻たちを睨んだ。
そんなジグルに妻たちは全員苦笑した。
「「「「「「予定が」」」」」」
口を揃えたかのようにそう言った一部の妻たちから前に出てイセリアが苦笑しながらジグルの腕を取る。
「ではわたくしが……」
子供の様に唇を尖らせるジグルを宥める様に笑うイセリアに他の妻たちも釣られて笑う。
「「仕方がありませんわね」」
キャサリンとクロエラが寄り添ってジグルの側に立ち、カリーナとコンスタンスとケーラとチェルが話し合った結果コンスタンスがジグルの側に来た。
「お前ら俺を二の次にするなよ」
ため息と共にジグルが言った言葉に妻たち全員が笑った。
だって仕方がないのだ。
だって妻たち全員にしたい事があるから。
でもそんな妻たちを愛しているのがジグルなのだから仕方が無い。
愛する妻たちにシェアされながら勇者ジグルもまた自分の思うがままに生きている。
[完]
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