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13>>やり直せない事もあるからこそ
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「……アメリア……」
ロメロはベッドから見える窓の外の空を見ながら無意識に呟いていた。
書いた手紙がいつ頃届くかは分からないと言われている。そしてその返事の手紙だってアメリアが直ぐに返信してくれたとしてもいつ頃届くかも分からないと言われた。
今のロメロはただ待つ事しかできなかった。
少し前まではもう少し動けた。少しだけなら自分の足で部屋の外まで歩けた。トイレに自分で行けた。
今はそれすら出来ずにオムツを履かされている。尿道に管を入れるのとオムツとどちらが良いかと聞かれて、尿道に管なんて訳が分からないと断ったが、毎回専属の侍従に義務的に下半身を処理される屈辱を考えれば、管にするんだったとロメロは後悔していた。
もうずっと後悔しかしていない。
アメリアがこんなに薄情だとは思っていなかった。
ロメロの体のことを知っていたのにそんなロメロを置いて行くなんて。
助けられない様にわざわざ遠くへ行くなんて。
酷いじゃないか…………
ロメロはボンヤリする頭で今まで忘れていた幼少期の頃を思い出していた。
ベッドに寝たきりの小さな自分。
その横でこんな身体に産んでしまってごめんなさいと泣く母。
必ず助けてやるからなと険しい顔の父。
そして庭を初めて駆け回った時の記憶。
初めて風を切って走った感覚に、心臓が跳ねる感覚に、全てに喜びを感じていた自分を優しい笑みで見守ってくれたアメリアの顔。
優しく温かい、天使の様な“姉”ができた事に喜んだ自分…………
「……あぁ…………
あぁ……アメリア……
アメリア…………頼む…………
謝るから……いくらでも謝るから…………
だから……
……だから助けてくれ………」
──姉さん……──
最後の言葉は音にはならなかった。
その言葉はロメロでさえ自覚していなかったものだった。
目を閉じ小さな寝息を立てだしたロメロを起こさない様に扉が開く。
静かに部屋に入って来たギルディエル侯爵が後ろから続いたミックに小声で話しかけた。
「……もう、持ちそうにないのか?」
そう言ったギルディエル侯爵はいつもと変わらない様に見えた。だがミックはその顔に悲壮感を見た。
死を目前にした子供を前に、仮令自分で切り捨てた貴族の当主であったとしても、心から冷徹になれる訳ではないだろうとミックは思った。
「……はい。
最近では寝てる事の方が多いです。医術の先生にも見てもらって心を穏やかに出来る薬を処方して貰っています。
僕の回復魔法で今ロメロ様にできる事は痛みを取り、少しでも長く体を保たせる事だけですね……」
「……痛みがないのならそれでいい……
元々長生きできないと言われていた子だった。ここまで生きて色んな事をしてくれたんだ、思い出には事欠かないな。
自分の好きに生きたのだ……
後悔も……またロメロの人生だろう」
眠るロメロを愛おしそうな眼差しで見つめてそう言ったギルディエル侯爵にミックは何も言えなかった。
「あら、アナタ。来ていましたの?」
侯爵夫人が部屋に入って来て、夫が珍しく息子に会いに来ていた事に驚いて小さく笑みを漏らした。
「あぁ、少し手が空いてな」
「そうでしたの。あら? ロメロは寝てしまったのね」
夫人は静かにベッドの横の椅子に腰掛けてロメロの掛けていた布団を直した。
その顔は小さな子を持つ母親の様だった。
「フフフ、アナタ見て?
この子ったら寝顔は小さな頃と変わりませんわね」
「………あぁ……そうだな……」
静かに流れ出した夫婦と、そして親子の空間に、ミックは邪魔にならない様に静かに部屋を出た。
回復魔法は万能ではないし、凄い回復魔法を使えるからといってその人は神ではない。
『助けられる人を助ける』
回復魔法士ならば皆が理解している事だ。
その言葉の裏の意味は、
『助けられない人は切り捨てる』
回復魔法士は善人の様でいて実は誰よりも冷徹なのかもしれないとミックは思っている。
誰も彼もを助けるなんて事は不可能だ。そんな事をしていれば回復魔法士の方が死んでしまう。
時には自分の命を犠牲にして他人の命を救う者もいるが、もしその回復魔法士がその後も生きていたら、一体何人の人を救えただろうか。
アメリアは選択した。
自分を信じない人“一人”を我慢しながら助ける事より、どこかで助けを求めるその他“多数”を助ける方を選んだ。
その選択を誰かに責められるかもしれない事が分かっていてもアメリアは自分の気持ちを優先した。
──回復魔法士だって、“ただの一人の人”だもんな──
ミックは自分だってそうだと一人頷く。
その日から数日後、
ロメロは静かに息を引き取った……
──────
※「長い寝たきりで苦しみ死ぬだけじゃ『ざまぁ』が足りない」と思われる人がいる様なので完結後に【ロメロの絶望】を出します。『ざまぁ』が足りない人の足しになればいいのですが……
「……アメリア……」
ロメロはベッドから見える窓の外の空を見ながら無意識に呟いていた。
書いた手紙がいつ頃届くかは分からないと言われている。そしてその返事の手紙だってアメリアが直ぐに返信してくれたとしてもいつ頃届くかも分からないと言われた。
今のロメロはただ待つ事しかできなかった。
少し前まではもう少し動けた。少しだけなら自分の足で部屋の外まで歩けた。トイレに自分で行けた。
今はそれすら出来ずにオムツを履かされている。尿道に管を入れるのとオムツとどちらが良いかと聞かれて、尿道に管なんて訳が分からないと断ったが、毎回専属の侍従に義務的に下半身を処理される屈辱を考えれば、管にするんだったとロメロは後悔していた。
もうずっと後悔しかしていない。
アメリアがこんなに薄情だとは思っていなかった。
ロメロの体のことを知っていたのにそんなロメロを置いて行くなんて。
助けられない様にわざわざ遠くへ行くなんて。
酷いじゃないか…………
ロメロはボンヤリする頭で今まで忘れていた幼少期の頃を思い出していた。
ベッドに寝たきりの小さな自分。
その横でこんな身体に産んでしまってごめんなさいと泣く母。
必ず助けてやるからなと険しい顔の父。
そして庭を初めて駆け回った時の記憶。
初めて風を切って走った感覚に、心臓が跳ねる感覚に、全てに喜びを感じていた自分を優しい笑みで見守ってくれたアメリアの顔。
優しく温かい、天使の様な“姉”ができた事に喜んだ自分…………
「……あぁ…………
あぁ……アメリア……
アメリア…………頼む…………
謝るから……いくらでも謝るから…………
だから……
……だから助けてくれ………」
──姉さん……──
最後の言葉は音にはならなかった。
その言葉はロメロでさえ自覚していなかったものだった。
目を閉じ小さな寝息を立てだしたロメロを起こさない様に扉が開く。
静かに部屋に入って来たギルディエル侯爵が後ろから続いたミックに小声で話しかけた。
「……もう、持ちそうにないのか?」
そう言ったギルディエル侯爵はいつもと変わらない様に見えた。だがミックはその顔に悲壮感を見た。
死を目前にした子供を前に、仮令自分で切り捨てた貴族の当主であったとしても、心から冷徹になれる訳ではないだろうとミックは思った。
「……はい。
最近では寝てる事の方が多いです。医術の先生にも見てもらって心を穏やかに出来る薬を処方して貰っています。
僕の回復魔法で今ロメロ様にできる事は痛みを取り、少しでも長く体を保たせる事だけですね……」
「……痛みがないのならそれでいい……
元々長生きできないと言われていた子だった。ここまで生きて色んな事をしてくれたんだ、思い出には事欠かないな。
自分の好きに生きたのだ……
後悔も……またロメロの人生だろう」
眠るロメロを愛おしそうな眼差しで見つめてそう言ったギルディエル侯爵にミックは何も言えなかった。
「あら、アナタ。来ていましたの?」
侯爵夫人が部屋に入って来て、夫が珍しく息子に会いに来ていた事に驚いて小さく笑みを漏らした。
「あぁ、少し手が空いてな」
「そうでしたの。あら? ロメロは寝てしまったのね」
夫人は静かにベッドの横の椅子に腰掛けてロメロの掛けていた布団を直した。
その顔は小さな子を持つ母親の様だった。
「フフフ、アナタ見て?
この子ったら寝顔は小さな頃と変わりませんわね」
「………あぁ……そうだな……」
静かに流れ出した夫婦と、そして親子の空間に、ミックは邪魔にならない様に静かに部屋を出た。
回復魔法は万能ではないし、凄い回復魔法を使えるからといってその人は神ではない。
『助けられる人を助ける』
回復魔法士ならば皆が理解している事だ。
その言葉の裏の意味は、
『助けられない人は切り捨てる』
回復魔法士は善人の様でいて実は誰よりも冷徹なのかもしれないとミックは思っている。
誰も彼もを助けるなんて事は不可能だ。そんな事をしていれば回復魔法士の方が死んでしまう。
時には自分の命を犠牲にして他人の命を救う者もいるが、もしその回復魔法士がその後も生きていたら、一体何人の人を救えただろうか。
アメリアは選択した。
自分を信じない人“一人”を我慢しながら助ける事より、どこかで助けを求めるその他“多数”を助ける方を選んだ。
その選択を誰かに責められるかもしれない事が分かっていてもアメリアは自分の気持ちを優先した。
──回復魔法士だって、“ただの一人の人”だもんな──
ミックは自分だってそうだと一人頷く。
その日から数日後、
ロメロは静かに息を引き取った……
──────
※「長い寝たきりで苦しみ死ぬだけじゃ『ざまぁ』が足りない」と思われる人がいる様なので完結後に【ロメロの絶望】を出します。『ざまぁ』が足りない人の足しになればいいのですが……
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