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四章 魔界を駆け抜けて

十六 目的を達成するための

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1・

旅の三日目。予定通りならば、フロストドラクに到着する前日のこと。

この三日間、別に特別な意味じゃなくてソヨンさんを護る係の割り当てとして一緒にいるんだけれども、周囲からの視線が微笑ましいものを見るものだ。

僕を護る係として一緒にいるべき筈のルナさんも、あまり姿を見かけない。

絶対にバレてるよなこれ、と思った。

もしかしたら陸君にもバレてるんじゃないかと戦々恐々としたものの、彼はいつ呪われるか分からないクルール様をずっと見張ってくれていて、今日も忙しいからか以前のような表情や視線を僕らに向けてこない。

それとも、僕とは決闘を通して仲良くなれたのかもしれない。それなら嬉しい。

これからの心配ごとも沢山あるけれど、今日はとても平和で良い日だ。そう思った。

昼前になり、見回りもかねてソヨンさんと一緒に後部甲板に向かってみた。

暇を持て余しているらしいクルール様がいて、僕らに向けて手を振った。

「飛行艇に初めて乗ってみたはいいが、何もする事がないと暇でしょうがない。妾も、お主のように相方がいればなあ」

「相方……ですか。あの……ナイジェル様は?」

聞いていいのか分からないが、関係性を知らないでいて後で地雷を踏みたくないので、おずおずと聞いてみた。

途端に、クルール様ではなく彼女を物陰から見守っているのだろう陸君の突き刺さるような視線を感じ、背筋がゾクッとした。

「ナイジェルとは、学生時代の悪友だ。まあ……そういう事が無かったとは言わないが、基本的に仲間だな。向こうも今さら妾に言い寄ろうとは思ってないだろう」

クルール様はニヤついた。
陸君の睨みが解除された。

「妾は面食いだが、自分より弱い男など眼中にない。よって、かなりの時間を独り身で過ごして、いささか寂しく思っている。その代わり、他人の色恋沙汰を見るのが好きでな……」

違う意味で獲物として見られていると理解し、愛想笑いしてみせた。

「今夜辺り、仲良くしたらどうだ」

「それはないです」

お断りした。

しょうがないな、と言い残して立ち去るクルール様に、どこからかやって来た陸君が、僕らの方を一度も見ずについて行った。

その後ろ姿を見送って、ソヨンさんと顔を見合わせた。

陸君以外を、緊急会議があると言って僕の部屋に呼び集めた。

軽く手を上げたカイさんが言う。

「婚約発表ですか?」

「違う! いや違わな……僕の話じゃなくて、陸君についての話です」

カイさんは、視線を逸らして喋らなくなった。他のみんなも雰囲気がおかしい。

「あの……皆さん、気付いてましたね?」

「ええ、両方ともに」

あっさりとウィリアムさんに言われてしまい、恥ずかしくて少し悶えた。

「僕の方はもう許して下さい。それで陸君のことですが」

ウィリアムさん以外が、絶対に僕を見てくれない。
必然的に、ウィリアムさんに聞いた。

「セシリア王女と婚約しているんでしたよね?」

「そうです。ただし、それには事情がありまして……」

いつか説明しようと思っていたという出だしで、ウィリアムさんは麒麟という生命体がどのようにして生まれるかという仮説を教えてくれた。

時空召喚士の血を持つ者の肉体に、善行を積み続けて魂の白の魔力を高めた者が転生すれば良い。

今、僕は麒麟の力で次の転生をどこにするか決められる。
今も休まず善行を積む僕が、誰かの子供に転生すると約束して死んで、転生した時に記憶を保ったままでいれて、また麒麟になれれば……この仮説が実証される。

今のところ僕以外では実現が難しいといえども、この麒麟の絶滅を免れさせる方法を証明したいがために……門を使って過去に来る前の陸君とトリスタン大魔王とセシリア王女は、約束をした。

僕が死んだ場合に、陸君とセシリア王女の子供として生まれ変わらせるようにだ。

聞かされて驚いたものの、けれど仮説としては考えられる話だ。
そして、陸君が僕と決闘する前に言ったことの全容を、ようやく掴めた。

「はあ……分かりました。その問題も視野に入れておきます。が、今は陸君がセシリア王女と結婚するかどうかの問題に直面しています」

「別に、良いんじゃないですか。ノア様がもし死んでも、他の時空召喚士の間に生まれれば良いんですし」

カイさんが、とうとうこっちを見て意見をくれた。

「ええまあ、僕自身もそう思いますよ? でも本題は、陸君が未来に帰るかどうかです。アリスリデル様がおられる限り、未来に帰るとは思うんですがね」

ウィリアムさんが顎に手をやり、悩んだ表情をした。

「さすがに麗しの君が過去に居残るとなると、歴史が大幅に変更されるでしょう。しかし、彼がそうと決めれば説得する術はないのでは?」

「それでもどうにか……僕が説得してみます」

陸君が今、誰を一番気にかけているのかが分からない。
自分もそうだから分かるのは、恋は盲目って事だけ。

僕は普通にソヨンさんと接していたと思うんだけど、仲間内はしょうがないとしてもハルサイスさんや乗組員さんたちからも温かい眼差しを感じるんだもの。

どこが悪かったのか分からないぐらい、自分と周囲が見えてない。

それを陸君がしてしまうと、何が起こるか分からない。説得あるのみだ。

取りあえず、ここでは僕が説得を頑張るという結論を出した。

それから各自解散として、僕はソヨンさんと一緒に食堂に行こうかと思った。

すると扉の前で、カイさんに呼び止められた。

「ノア様、それでバレてないと思っていましたか?」

振り向いてカイさんを見ても、意味が分からない。

だが彼が下の方を指さすので見下ろして、ソヨンさんと繋いでいる手に気付いた。

ゆっくり離してみたのだが、もう全員にバレてるから別に良いかと思い治してもう一度掴んだ。

「さすがブレない」

カイさんに褒められた。なんだか嬉しい。

それじゃあ行こうか、と思ったら、飛行艇の前方から腹に響く低い衝撃音が轟いた。

驚いてしまい、すぐに反応出来なかったけれど、皆が部屋から駆けだして行こうとしたので叫んで止めた。

「人間とエルフは留守番お願いします!」

願いを丸ごと詰め込んだ命令を置いて、僕は前方第一甲板に瞬間移動した。

飛行艇の前方右側に、軽自動車ぐらいの大きさの茶色い鳥が並んで飛んでいて、少し悲しげな音色で鳴いている。

そのすぐ前の手すりに寄りかかるクルール様がいて、ハルサイスさんと何かを話している。

飛行艇のバリアに、あの鳥がぶつかってしまったようだ。

敵の襲撃かと思ったものの、鳥は穏やかでただ飛行艇と並走して飛んでいるだけ。

クルール様が鳥に何かを叫んでいるから、少し近づいてみた。

鳥はクルール様に可愛らしい声で返事をしていた。どうやら鳥はクルール様の部下で、魔人のようだ。

そのうちにバリアが一部解除された。鳥が前方第一甲板に舞い降りると、バリアは再び稼働した。
何か他のいけない者が入ったようには思えない。なのに、胸騒ぎがする。

鳥は甲板に降りると変身し、一人の可愛らしい少女の姿になった。

「クルール様! もんのすごく、痛かったですう!」

「ああ、災難だったな。でも明日には帰還するのに、どうして会いに来たんだ?」

「それはですねえ、先ほど隣国のケブラーダンから使者がやって来まして、魔王のビスタがクルール様との決闘を宣言しているとのことでして、国境にいるようなんです」

「ヒョロヒョロのもやしっ子が、今度はどんな策で来るつもりだかな。あいつは好かん。何度も言うが好かん。マジ好かん」

「ええと、決闘してもらうためのプレゼントだとか言って、何か怪しい箱を預かりました。どうしましょうか?」

「取りあえず出してみろ」

クルール様の命令で、黒いドレスの茶髪少女は空中に向けて手を振り、虚空から抱えるほどの大きさの箱を一つ取り出した。

それだと僕が思った瞬間に、陸君がクルール様の傍にいて、受け取ろうかとしたクルール様の手首をガッシリと掴んだ。

そして必死な様子で、頼み始めた。

「ご無礼を、お許し、下さい。その、怪しい箱ですが、どうか、私に、譲って、もらえません、か?」

陸君が頑張ってる。色んな意味で頑張っている!

「何故だ」

「それはその、怪しいので、調べてみようかと、思いまして」

「今の妾にとり、怪しいのはお主だ。でもまあ、かまわない。調べたいなら好きにしろ」

許可を貰った陸君は、クルール様の腕をソッと離すと、彼女の部下から箱を受け取り僕の方に来た。

当たり前ながら強い呪いなら僕が解除しないといけないので、僕も陸君と一緒に他の人たちから離れた位置に移動した。

飛行艇を停めて降りた方が良いかも知れないが、時限装置付きかもしれない。先に少しは調べた方がいいと思う。

解呪にかけては世界一と思える僕がいるし大丈夫、と自負しているし。

箱の外装は、普通のリボンで巻かれているだけだ。

甲板の隅に置いた箱の前で僕は座り、そっと手を出してリボンに触れた。

それ自体に魔力を感じないので、思い切って解いてみた。何も起こらない。

箱を開けるのが一番危険と思えたから、陸君に魔法で開けてもらえるように頼んだ。
僕は箱の周辺に、白の防御魔力をかけた。

陸君が、軽い魔法で箱の蓋を開いた。……何も起こらない。

箱の中をそっと覗き込むと、十個ほどの小箱が入っていて、それらがきれいなど包装紙で厳重に梱包されて、ピンクのリボンがかけられていた。
全てに、何にも怪しい気配がない。

「まさかこれ……本当にプレゼントじゃ?」

思った事を素直に口にしてから、後悔した。

陸君の殺気が発生し、小箱を燃やし尽くそうな勢いで睨みつけている。

「いや、そんな事ないか。一個ずつ調べよう」

僕は誤魔化しつつ、小箱を一個ずつ取り出して甲板に並べる作業に入った。

このあまりに長ったらしい取り調べを見るのに飽きたらしいクルール様が、部下の女の子と雑談し始めた。

「そういえば最近、お主はとても可愛らしいな。何か良いことがあったのか」

「それはもう、嬉しいことばっかりです! 少し前に知り合った彼氏とラブラブで、毎日幸せで~す」

「何だと、いつの間に……! ぬ、それは!」

「あっ、クルール様、それは勘弁して下さい! 愛しの彼氏が死が別つ時までと誓ってくれた、婚約指輪です!」

「駄目だ、よこせ!」

僕は顔を上げ、クルール様に手を向けつつその周辺に白の防御魔法を張り、浄化の力を最大限に使用した。

一瞬だけ遅れて、陸君が重ねて強力な魔法防御の術をかけてくれた。

これらの効果で指輪から放たれた強烈な黒の魔力は他に拡散しなくなったものの、魔法内部にいる二人の体は漆黒の闇に犯されつつあった。
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