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四章 魔界を駆け抜けて

5 戦闘訓練!

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1・

昼食を終えて少し休憩したのち、カイさんがこの二日で仲良くなった市役所の役人さんに頼み、軍の訓練施設の一角を借りることができた。

市内には幾らか市民用の訓練施設があるというものの、ただの広場で足元が荒れていたり、他の人が訓練していたりして、万が一だが他の戦いに巻きこまれることもあるという。

軍の施設ならそこのところは大丈夫だし、下手に目立つ事もない。

僕らは全員で訓練場に出かけていき、木刀を手にした。

カイさんが小さめの木刀を二本持ち、僕から少し離れた場所に立った。

「じゃあまず、軽く運動するぐらいで手合わせしましょう。私の二刀流は本当は一刀流よりも不利な技術なんですが、遠慮しないでも全然大丈夫ですからね」

「分かりました。では、お願いいたします」

幾度かカイさんの戦いや体さばきを見た感想として、決して弱いわけではないと思う。だからそれなりに本気を出しても、それこそ全然平気だろう。

深々とお辞儀をしてから木刀を構え、この感覚は久しぶりだと嬉しくなった。
そういえばこれで魔王と誤解されたっけと懐かしく思いつつ一撃を繰り出すと、カイさんの持つ木刀が一本遠くに飛んでいってしまった。

それを拾ってきたカイさんと再び向き合い、試合を再開した。

次は二撃で一本飛んだ。

ルナさんが拾ってくれた木刀を手にしたカイさんは、首をかしげた。

「ノア様、もしかして武道の経験がおありですか?」

「あれ、知らなかったんですか? 僕は剣道の、高校生日本一ですよ」

「初耳です」

嘘と思いつつ、より詳しい話を聞いてみた。

ウィリアムさんが僕を拾ってくれた時にトリスタン大魔王様から説明を受けたのは、前世がポドールイ人で麒麟だったノアである人間の高校生だということ。

魔王と呼ばれていた事は一応耳にしたものの、それこそ魔法で戦ったんだろうと思っていたようだ。

宇宙文明に戻ってからは戦う以外の問題で忙しかったし、麒麟の力にばかり翻弄されていたので、自分も何となく忘れていた。

「それで、陸君との因縁を断ち切るために、武道である剣道を変化させて実戦向けに改良し、幼い頃から夜な夜な人目を忍んで訓練に明け暮れていました」

「弱っちい坊ちゃんじゃなかったんですか!」

「本格的に麒麟になったので、戦えなかったんです。おかげで最近は運動不足……のわりに、体調が前より良いような?」

さっきの攻撃も、いつもより格段に素早く放てたような気がする。
それに体がとても軽い。まるで別人になったようで……って。

てっきり、封印されていた時空召喚士の能力は魔力関係のものだけだと思ってしまっていたものの、肉体的にも制限がかけられていたようだ。
封印がなくなり、魔人本来の身体能力も解放されたんだ。

「ちょっと走ってきていいですか」

断りを入れ、それなりに広い訓練場の中を何周か走ってみた。
人間だった時のように走ろうと思えばできるものの、人間には出せない速度も瞬発的に出すことができる。

僕らが魔界の王城で逃げ出そうとした時の魔人たちの動きが、きっとこれなんだろうと思う。
僕はようやく、彼らと同じ位置に立てた。

ただ、こうして純粋に体を動かす以上の訓練をしたければ、時空召喚士のことを勉強し、力のコントロールを学ぶべきだろう。
父に対抗する可能性はあるのだし、訓練は絶対にしないといけない。
この魔界の最高学府か、情報国家と呼ばれるところで勉強できれば良いものの。

「ノア様、身体の調子はどうでした?」

走るのを終えて立ち止まって考え込むと、カイさんが話しかけてきた。

「それが、物凄く調子がいいんです。これが魔人の特性というものなのでしょうか」

「その通りだと思いますよ。自分は封じられた事はないので、その感覚がそうだと断言できかねますが」

「じゃあその……少し本気で戦ってみませんか?」

知識の面は後でどうにかするとして、今は新しくなった自分の身体能力を知るべきと決めた。

「魔法はお互い無しで、やってみますか」

カイさんの提案に、僕は頷いた。

2・

カイさんとの実践形式の手合わせでは、彼が不利という二刀流での攻撃のみに従事してくれたため、一撃の強さとリーチに勝る僕の方が勝率が良かった。

ただ魔人の身のこなし方にまだ慣れないために、変なところで躓いたり大振りになってしまい、そういう時につけ込まれてしばらく防御に徹するしかなくなったりし、不安定な戦い方しかできなかった。

それでも魔人として人間より優れた身体能力で、飛んだり跳ねたりするのは興奮した。

テレビで見ていたオリンピック選手たちの競技のような、人間の最高峰の動きを普通の動きで再現できてしまうのだ。

大型動物のように力強く大地を割るように蹴り、鳥のように風と共に跳べる。

一滴の雨粒が落ちる様を詳細に観察できるだろう目で見る、際限なく細やかで色鮮やかな世界。

そして同時に降り積もる雪の上に足跡を残さないかのような、軽やかで優しい動きも行える。

僕は新しいオモチャを買い与えられた子供のように、この体をもちいて、はしゃいでしまった。

無理するのは止そうと思っていたのに、カイさんと手合わせを終えた後も体力が余っていたので、僕と同じく一刀流のルナさんと少しだけ相手をしてもらった。

彼女は斬り伏せたがる僕とは違う剣の扱い方をし、突き技を多用してきた。普通は軽い剣で行う戦法を普通の大きさの剣で行うので、その動きが新鮮で楽しく感じる。

そうしてルナさんとも手合わせを終え、いい汗かいたかなと思ったところで、アルフリードさんが静かに近付いて来た。

まさかと思った瞬間に斬りかかられた。瞬間移動で間一髪避けて、距離を置いた。

疲れた時点からの戦闘も、訓練の価値があるのでそのまま続けた。でも心が折れそうな程に勝てない。

アルフリードさんも一刀流なのに、彼は僕に近づくと影に潜り込み、瞬時に僕の四方のいずれかから出現して攻撃を仕掛けてくる。

前方以外の横と後方に出現した時は手で押すだけに留めてくれるのだが、何度もあちこちから押されて疲れが倍増した。

それでも夕暮れの赤い空が見えてきた頃には、アルフリードさんの気配、魔力の動きをわずかながら読むことが出来るようになって、反撃は無理だけど幾度か避けられた。

それで良しとしてくれたアルフリードさんが、動きを止めた。
僕もさすがに疲れて立ち止まり、その場に座り込んだ。

今日は良く頑張ったと満足感に浸る僕の前で、アルフリードさんが短剣を取り出し、躊躇なく自身の腕を切った。

不意打ちの流血に衝撃を受け、凍り付いた。

「気のせい! 気のせいですよ!」

カイさんが物凄くいい加減なことを言う。

この血への恐怖は例えるならば、熱せられた鉄が急激冷凍されて砕け散るようなもの。
白の魔力に溢れる心に黒の魔力を突然に流し込み、膨大なエネルギーの反発を引き起こすようなもの。

前世で闇の種族のポドールイ人だった時、麒麟の力を発揮して身体中が激痛にさいなまれたことがある。

あれも、体が異物に過剰反応して己を攻撃してしまう、アレルギー反応のようなものだった。
強いアレルギー反応はアナフィラキシーショックとなり、生命を死に至らしめる。
元々は白の魔力という自分の魂と体を構成する正当な一部分なのに、自分と異なるものとみなした黒の魔力の侵入で過剰反応して、魂に衝撃を与える。

そういう感じがするのに、気のせいはない。

しかし、この血の縛りには麒麟の個体差があり、歴史的には比較的平気な人もいたという。

その部分だけ考えれば、克服しようとしてできない事はない。

熱い状態から冷やされても砕けない強い鉄になればいいし、アレルギー物質を取り込んでも過剰反応しないように抗体を持てばいい。

僕の魂を、血に慣れさせればいいだけ。

その為にアルフリードさんが血を流してくれた今、僕は目をそらさず見つめ続けた。

治癒魔法をすぐ使いたい衝動を抑え続け、ただ見つめ続けること数分後。

僕の限界を察知したのかアルフリードさんが普通に治癒魔法を使って傷を治し、血も拭き取ってくれた。

「明日も訓練しましょうか」

アルフリードさんの言葉に、嫌とは返せなかった。

そうして体力も精神力も使い果たして、今日はもうこれでお開きとしたかった。

よろりと立ち上がり、護る意味で強化魔法を使っていた木刀を軍の人に返さなければと思った。

なのに突然、僕の傍に最大限に怒りがみなぎる陸君が出現し、気合い十分に睨み付けてきた。

「ノア、一度死ね」

「はあ?」

背後で何かがバタバタ落ちるような音と少しの悲鳴が聞こえたが、振り向く余裕なんてなく木刀を構えて陸君から距離を置いた。

陸君は彼を取り囲むように白銀の剣を数本召喚して空中に浮かべ、本気の目つきで僕に襲いかからせた。

僕は本気で逃げたり弾き返したりしながら、陸君なんでため口なんだと叫んだが、向こうは死ねとしか言わなかった。

とっぷりと日が暮れるまで、誰も助けてくれなかった。
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