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三章 魔界の門と二人の妹

6 現実と望み

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1・

げっそりしてお隣に帰れた時、もう深夜帯に突入していた。

僕が色々とあったうちに、みんなは少しばかりこの周辺の探検をしたようだ。

そして感想として、本当にまだ魔人ぽい気配があるし、魔界の野生生物の一種の魔物もいると言った。

どうしてこんな事になっているのか、魔界の国家公務員さんたちが教えてくれた。

僕らの事件があった時、関係ない魔人まで隠れてこちらに渡って来てしまった。

そういうのは大体魔界の犯罪者で、向こうで自由に生きられなかった鬱憤晴らしをこっちでしているらしい。
そして仲間を呼ぶために門を作ったのはいいが、制御できず放置したせいで勝手に魔物がやって来ているという。

魔物や犯罪者は、本当ならば魔界の国家公務員さんたちが表立って回収するか退治に行きたいらしい。

けれど国と国の取り決めで、魔界政府はこの日本からの即時撤退を行った。
こうして無断でひっそり基地を構え、密かに魔人を逮捕したり魔物を駆除か捕獲するのが精一杯だという。

あと、何故既に日本に退魔官なる職業ができていたり、魔法の免許制の法律があったりしたのかというと。

魔法が無いなんて表向きの常識で言われてたのに、裏でははるか過去から魔界とのやり取りがあって、それに対処する為の部署が知らないだけで存在していたかららしい。

事件で魔界やら魔法が明るみになり、しょうがないので国が存在を認めてしまった。

そうして、色々と変化が起きて今がある。

もしかして三ヶ月前の僕が、町中で魔法を使いまくったせいもあるかも。
誰に責められた訳でも無いけれど、変化を引き起こした僕はとても悪びれた。

しかしまだ外国には、あまり被害が無いらしい。だから日本内部で押さえてしまえば、これ以上の混乱はないだろうという。

小規模な門も、探知魔法で追跡して潰していけば、いつか全部閉められる筈だと。

なら僕はどうしようかなと思っていると、どこかの会社の格好いい上司風スーツ姿のウィリアムさんが、物凄く近くから僕の横顔を見つめ始めた。

「ウィリアムさん、何でしょうか」

僕は視線を合わさずに言った。

「我々はノア様の封印を解きに来たのです。明日にも隣にお邪魔して探せば、ガラス球など見つかるものです。まさか犯罪者を追いかけようとしたり、門の封印を手伝おうなんて荒事に感心があられる訳ではないですよね」

「はっきり言いましょう。私は門の封印に感心があります。私も時空召喚士なのですから、封印が解けた暁には実地訓練がしたいのです。帰宅してから行っても良いのですが、専門家チームがいるここで行った方が安全ではないかと思います。セシリア王女様にも、お手伝いしていただけます」

「よっ、理論武装!」

近辺で普通にいる少しチャラい風な存在を思わせる衣装のカイさんが、合いの手を入れてきた。
チラ見してみると、ウィリアムさんは気張った表情をしている。

「そうですね。門の封印は経験した方が、よろしいかもしれませんね。ではこの建物内部の門をお借りしましょう」

「ここのは駄目です。ノア様のご実家の隣に、わざわざ大魔王様が照準を合わせて下さった品ですから、閉じたらいけません」

国家公務員さんの一人が、拒否してくれた。

「いや、また開ければいいでしょう?」

「そんな簡単に言わないで下さい。血の優位さがある時空召喚士でも間違える確率の高い作業なんですよ。元の場所どころか、元の時代にも帰れないかもしれないんですからね」

ウィリアムさんが国家公務員さんの説得に回ったので、僕は広間から逃げた。
僕の様子を見ていたセシリア王女が、楽しげについてきた。

「魔界の大魔王領と比べると、今は八時間ほどの時差があるそうです」

セシリア王女が嬉しそうに教えてくれた。

「なるほど。ですから、まだ眠くならないんですね」

「はい。魔界は宇宙標準時で一日が二十三時間ほどですので、この日本の一日二十四時間と、毎日一時間はずれてしまいます。普通の人間たちには辛い時差のようです」

「そういえば僕は、ここで普通の学生をしている時は、夜更かしなどは全然平気でした。種族的優位さがあったんですね」

今になり気付いた自分の優位さ。運動が得意なのも魔法がバンバン打てるのも、自分が魔人だから。

その起源になる父は、僕に封印を施したものの、悪意があってした事ではない。
またどこの誰なのか聞くのを後回しにしてしまったものの……そのうち、ちゃんと向き合わないといけない。できるなら、墓参りしよう。

考え込んでいる間に、玄関前を通りかかった。
セシリア王女がさも当然のごとく出かけようとするので、腕を掴んで引き止めた。

「いやいや、深夜ですので散歩は止しましょう」

「だって、町の中心部はまだ明るいですよ?」

「人が集まる場所に行ってはいけません」

「嫌です。私は、この世界のお祭りに参加したいのです」

「いや、あれはお祭りの灯りではありません。普通の生活で発生する光です。光害ですね」

「いえ、日本は大きな国と聞きました。今この瞬間にもどこかの地方でお祭りが行われている筈です。私はそこに参ります」

「どこまで出かけるおつもりですか。取りあえず今日は……いえ、三日ほどは外出を控えましょう」

「三日後には帰還しているのではありませんか? 嫌です」

セシリア王女は、僕から逃げようとし始めた。
助けを求めて王女のお付きのルナさんを見たが、いつもの事という表情しかしていない。

「イヤア―! ヤメテ―!」

セシリア王女が変な声を出し始めたので玄関に数人集まって来たが、誰も助けてくれない。僕が止めるべきという視線だけくれる。

仕方ないので、近所の二十四時間営業のコンビニまで行くことにした。
魔人やら魔物やらいる筈なのに、夜間営業を続けているコンビニの偉大さを実感できる。

行動資金として国家公務員さんから頂けた財布と相談し、セシリア王女にレジでクジを引いてもらうための買い物をした。
麒麟の護り人たちはクジよりこの世界の商品自体が珍しいらしく、思った以上にコンビニ商品を楽しんでもらえた。

セシリア王女も、クジ引きで幾つか食べ物が当たったのでご機嫌になってくれた。助かった。

あとは逃がさないように帰るだけなのでもう大丈夫……と思ったのだけれど。

さっき通った時は何事もなかった筈の川辺で、何かの気配に遭遇した。

僕は咄嗟に、セシリア王女にコンビニの買い物袋を渡した。

「はいこれ持って、後ろに下がってて下さいね! それを護っていて下さい!」

僕が必死になってセシリア王女の身の安全を確保しようとしている間に、麒麟の護り人たちとルナさんが、それぞれの武器を召喚して手に取った。

そして思った以上に巨大な魔物に、それぞれのやり方で攻撃を仕掛け始めた。

暗闇の中での出来事でなかなか確認が難しいものの、瞬間移動を駆使しての戦闘方法に長けた麒麟の護り人たちは、僕が予想していたよりもはるかに高い攻撃力を発揮して、あっという間に魔物を大人しくさせてしまった。

だがロレンスさんの魔法に誰かがまき込まれそうだったり、武器攻撃の人たち同士がぶつかりそうになってて、そこが問題点のようだ。

そういえば三カ月前に僕は彼らと初めて会ったが、彼らもそうなのかもしれない。そのところを、詳しく聞いてみたい。

と思っていると、近所だからか国家公務員さんたちが走って来た。

「おお、倒して下さったんですね。我らで回収しますので、先にお帰りを」

「一帯の浄化を手伝いましょうか?」

僕が申し出ると、何故かカイさんが慌てた。

「あと少し待って下さい! いや、自分は先に帰ります」

「何故ですか」

「後で説明します」

答えると、カイさんは先に瞬間移動して帰ってしまった。

残った僕らの前で、国家公務員さんたちは小さなツボ取り出し、何かの魔法をかけて巨大な魔物の姿をその中に吸い込んでしまった。

その後で、荒れ果てた川の周辺に僕の麒麟の力を使って浄化した。
周囲の気の流れが良くなったと思えた頃、道をやって来る足音が複数聞こえてきた。

逃げないとと思うと、次の瞬間には味方全員が屋敷の玄関ホールに立っていた。

セシリア王女を見ると、コンビニ袋をいくつも手にして得意げに笑っている。

「あと少し散歩を楽しみたかったのですが、もう遅いですから休みましょう。ではまた明日に。お休みなさいませ」

「あ……」

セシリア王女は、僕の渡したコンビニ袋まで持っていってしまった。確信犯だろうか。

それにしても、全員を前触れなく安全に瞬間移動させた力は素晴らしい。僕はまだ自分だけで精一杯だけれど、封印が解ければ同じ事が可能になるだろう。

明日こそガラス球を発見すると、自分に誓った。

2・

夜明けの訪れた如月家で、主人の晴臣は仏壇の前に座った。

色々と考え、あまり眠れずに疲れが残った晴臣は、ため息をついて鈴を鳴らす。

三つある写真立てに両手を合わせ、目を閉じて過去を思い出した。

人より元気で優秀で美人だった姉のむつみ。
二十歳になり、すぐに厄介な病を発症した。
死ぬしかなくなった現実を前に、笑顔は消え元気もなく部屋に閉じこもるようになった。

しかしある日、病院帰りに知り合った男の話をし始めた。
明らかに好意を持ったのだろう相手のことを、とても嬉しげに語る。
笑顔も元気も戻っていった。
病状が深刻になっても、むつみはとても幸せそうだった。

そのうちに子供を身ごもり、無事に生んだ。
赤ん坊を抱いたむつみは、自分にも残せるものが生み出せたと泣いて感動していた。

そして、むつみは言った。
「この子は、パパみたいな立派な大魔王になるの! 世界で最強の魔王になるんだからね!」

いま、晴臣はその突拍子もない言葉の意味を、ようやく信じざるを得なくなった。

仏壇の引き出しを開け、小さな箱を取り出して開いた。
中にあるガラス球を確認し、再び箱を同じ場所に戻す。

「馬鹿言うなよ姉さん。可愛い子に、そんな重荷を背負わせてどうするんだ。責任を俺に押しつけて、自分はさっさと行ってしまって、どんだけ勝手なんだよ……」

晴臣は黙り、もう一度ため息をついた。
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