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第六章 世界と仲間を救うために

十一 コボルト居住地奪還作戦

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1・

ナーガたちは、ただの親切心でコボルトたちの居住地を人間たちから解放しようとしているのではない。

彼らは彼らで女王の敵討ちをする必要がある。その手段として俺たちと共闘して、同時に人間たちの敵になる勇者の咲夜を育ててくれようとしている。

お互いが利用して利用される立場だ。でも、それは今の状況においてなんら問題はない。

そうして納得した上で作戦を立てる時に、まずコボルトたちに、数百年前に遺跡を利用して作ったという彼らの居住地の地図を描いてもらった。

彼らの全員が居住地の隅々まで知っていた訳ではないが、全員分の証言を併せるとなかなか使えそうな地図が完成した。

三つある主要な出入口に、地下七階までの地下層。ほぼ崩壊しているがいくつかの隠し部屋がある地上一階部分。居住地周辺の地形も描いてもらえ、彼らが逃亡する時に使用した隠された通路もある。

今もその隠し通路が人間たちに発見されていなければ、そこからコボルトたちの地下居住地に直接乗り込める。

そこが使えるかで作戦の立て方も変わるから、作戦会議は一度中断した。そしてそこの通路を夜になってから俺が単独で偵察に向かい、鳥の姿で調べてみた。

瞬間移動で、コボルトの居住地の近くに行ってみた。相変わらず水の気配が少ない、乾燥した荒れ地だ。

トレシス王国の兵士だろう武装した奴らが、遺跡近くのキャンプ場と荒れ地の中を幾人もウロついている。

しかし気を抜いているのか、面白げに会話をしていて、周囲をろくに監視していない。彼らは既に全てを勝利で終わらせたような気になっているのだろうか。

コボルトたちに教えてもらった埃っぽい窪地の巨大な倒木の影に、普通の人間が少し無理をしたら入り込めるぐらいの大きさの、隠された通路があった。

白い小鳥の姿のまま警戒しながら入ってみたが、人の気配は全く無い。石と土で固められた床に積もった土ぼこりの様子を見る限りでは、しばらく誰も通っていないような雰囲気だ。

小さな灯りの魔法だけを頼りに、手作り感が満載の石の階段の上を飛んでいき、一番奥まで進んだ。

壁にぴったりはまった石の扉で終わっていて、その向こうには幾人もの何かの気配がある。穏やかな感じが伝わってくるので、兵士ではなさそうだ。コボルトたちに教えてもらった通りなら、地下の共同農場に通じている筈で、そこで働くコボルトたちの気配だろう。

兵士たちによりコボルトたちが他の施設に連れ出された可能性も考えていたが、そういう余計な手間は取らずにここに閉じ込めているようだ。

俺はそこまで確認してから、瞬間移動でナーガたちの集落に戻った。

そして翌朝。改めて三者会議を開いた。

俺の後をこっそりつけて来ていたユリアヌスにはそういう話は振らずに、全員に向かって、隠し通路が使えそうなものの俺と咲夜は使わない方がいいと提案した。

「それは何故だ? 狭い通路には、大柄なナーガの戦士は入れない。お前たちに行ってもらいたい」

ナーガ戦士の代表者が、冷静な態度で質問してきた。

「それが、私と咲夜の動きは、どうやら天空都市同盟軍にいるらしい予言者に行動を読まれているようなのです。なので、俺と咲夜のどちらかでも隠し通路を使用して奇襲をすれば、その動きは予言者に知られて奇襲が失敗する恐れがあります」

「なんと。そうなのか。しかしそれでは、一人で偵察に行ったのは、かなり危険な行為だったのでは?」

一人じゃなかったけどと、ちょっと思った。

「そこに待ち伏せがあれば、すぐ逃げ延びるつもりでした。しかし偵察では、彼らに動きはありませんでした。仮定として、きっと兵士に見つかって戦いにならない限り、大ごとにならない限りは、向こうの予言者は俺たちの行動を知る事ができないのだと思います」

俺たちがエスタルドラに行った時も、あっても良かった邪魔は無かった。天空都市同盟軍の予言者の力は、あくまで予測だが限定的な能力しか持っていなさそうだ。

「なるほど。人間どもがお前たちをだまし討ちにしようとしているのかもしれないが……そういう事情があるならば、隠し通路は小柄なナーガの術士たちと、コボルトたちのみで行く方がいいな」

「はい」

隠し通路の使用方法は、仮でそう決まった。

そして一番の問題、解放させるための作戦について考えた。

全ての入口から攻め入ってしまえば、内部にいるだろう兵士たちを皆殺しか捕虜にしなければ勝利はない。俺たちはそういった戦いは望んでいない。

捕虜になったコボルトたちの身の安全を第一に考えて、逃げられる出口を確保させておいて兵士を追い出すように仕向ける方がいい。

そうでないと、立て籠もった兵士たちによってコボルトたちが盾や人質にされかねない。

ナーガたちは皆殺し案を採用したいようだが、先にコボルトたちを解放しておけば後の戦いで有利になれると説得した。そして解放してから待っていれば、人間たちはまたここに攻め入って来るから、その時には思い切り戦えばいいと言っておいた。

その説得で一応納得してもらってから、もう少し細かい作戦を考えていき、絶対にこちらが勝てるように頭をひねった。

2・

幾度も繰り返した偵察のあと、作戦の決行日を決めた。そしてすぐ、当日の早朝となった。

まだ夜は明けておらず、この世界の衛星も空にない暗黒の時間帯。トレシス王国の兵士たちの軍のキャンプ地では、魔道具の照明が数多く明々と点っている。

コボルトやナーガ、それに精霊の俺とユリアヌスは夜目がきく。咲夜のみ俺の傍にいて気を付けてもらいながら、それぞれがコボルトの居住地に侵入するための位置についた。

先陣を切るのは、地下での細々とした戦いに適さない能力の持ち主のユリアヌスだ。

彼は一人でキャンプ地に足を踏み入れ、鼻歌でも歌っていそうな軽い感じでハルバートを振り回して襲撃を開始した。

色んな物が吹っ飛ばされて破壊されていく騒ぎに、夜警の面々が引き寄せられていく。

地下への入口を護っていた兵士たちや、内部にいた数人も駆け出してきた。

いくつかの班に分かれて地上部分の瓦礫に身を隠していた俺たち突撃隊は、兵士たちが行ってしまってから二つの入口を利用して内部に侵入した。

兵士たちがどこでいようが、全員をあぶり出して残り一個の出口から外に追い出すための移動ルートはもう決めてある。

俺は咲夜とあと数人のナーガたちと共に、頭の中に叩き込んだルート通りに最深部に続く階段を目指した。

トレシス王国の兵士の幾人かと、廊下や階段の途中で遭遇した。

咲夜にとって初めての、本格的な対人戦が始まった。

俺は咲夜を気にしつつも彼女から離れて前に出て、ナーガたちと連携して兵士たちを倒すか追い払うかした。

咲夜は物凄く緊張しているが、順調に防御魔法と回復魔法を使ってくれた。それに俺たちが仕方なく倒した兵士たちを見ても、動きを止めなかった。

咲く夜は本気で覚悟を決めてくれていると分かった。だから安心して咲夜に後衛を任せて、俺は前線に立った。

そして今さらながら俺も、人を殺す覚悟ができた。そうでなければ、護りたい人を護れない。

人を傷つける動揺を心の中で微に入り細に入り分解しつつ、どんどんと最深部にあるコボルトたちの居住空間に近付いて行った。

その間に出会った兵士たちは、優秀な戦士のナーガたちのおかげもあって、俺たちの思惑通りに外への逃げ道に追い詰めて行くことができた。

そしてそこが占領できるかで作戦の成否が決まる最深部に到着したところで、入り口に雑多な木材や家具でバリケードが張られているのに気付いた。

兵士たちが籠城しているのかと一瞬不安になった。でもバリケードの間から見えたのは、隠し通路から侵入してもらった可愛らしいコボルトたちとナーガの術士たちの顔だった。

「アーサーさん、あっちです」

コボルトの一人がバリケードの間から、小さな可愛らしい手をひとつの通路の方に向けた。

闇に囲まれた石造りの通路の向こうに、少し変な気配を感じる。

「咲夜、ここからステータス表示ができないか?」

「見えてなくても近くにいるなら……」

咲夜は途中で言い淀み、俺に強い視線を向けてきた。

「四人ともいるのか?」

「うん、いるわ。みんないる」

名前は確か、勇者の赤木に聖女の鈴掛、竜騎士の黒羽に賢者の三森。

その四人ともがいる気配がする。向こうの予言者が、この襲撃を予言して送り込んだのだろう。

リルミガ高原でサンドラの魔石を渡すことで、彼らに真実を教えて味方につけられないかと期待していたが、そういう雰囲気ではない。

俺は咲夜とナーガたちに注意を促し、最高位防御魔法を使用して通路に入って行った。

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