上 下
54 / 78
第五章 アーサーと異世界の少女

5 荒れ果てた大地

しおりを挟む
1・

コボルトの迷宮から出た先の大地は、ほぼ精霊の自然の力を感じない荒れ果てた大地だった。

シルバー迷宮の一部やゴールド迷宮にあったような、ただ戦うだけのフィールドに見える。

それでも小川程度の流れを発見できたから、それの近くの高台にテントを張って休むことにした。

すぐに夜になった。非常用食料の果物や水をあげると、咲夜は全て平らげてから眠りだした。

荒れ地は凄く冷え込む。俺のためにタンジェリンたちが作って一式を持たせてくれたテントの中はとても温かい。咲夜は、明日にはもっと回復できているだろう。

俺はたき火を維持するために外にいて、見慣れない星空を眺めた。そして、今後を考えた。

俺自身も迷子だが、ユーリシエスが気付いて迎えに来てくれれば、一瞬で帰れる。咲夜もすぐに日本に帰れる。

今は精霊王が実ったばかりで忙しく、俺を探す暇はないだろう。それに色々とあって旅に出たと思われているかもしれない。そうなら、ユーリシエスはかなりの時間が経過しないと迎えに来ないだろう。

その間、ずっと迎えを待つだけなのは時間の無駄に思える。もし咲夜の力や他の方法で帰れるならば、そうした方がいい。だから今後は、その方法を探りつつ、食料を探そう。精霊の俺はいいとしても、咲夜にはしっかりした食事が一日三食必要だ。

あと、どれだけこの世の問題に関与するかに悩む。ウィネリア魔法世界でのことなら、コボルトたちの侵略行為を黙って見過ごせない。でも俺は、この異世界では帰ってしまう者でしかない。

エルフたちへの侵略だって止めたい。外見が似ているだけと言っても、放っておけない。

だけと俺はそのうち帰ってしまう。もし関与しても少し手助けするぐらいで、後はサッサと帰るしかない。

ユーリシエスに見つかれば、まだ子供の俺は連れ帰られるだろうし、前のとはいえ精霊王を捨てておいてはもらえないだろう。

この先どうなるかは分からない。でも一番優先すべきは咲夜を日本に送り返すこと。次に、自分が帰ること。

その二つ以外は、深入りしない方が良い。

そう決めて、闇夜の見張りを続けた。

それにしても、荒れ果てた大地を吹きすさぶ風には精霊の力、自然の力、魔力も殆ど感じない。死に絶える寸前の大地なのか。

このアルダリア世界は、ウィネリア魔法世界と違って滅びの一途を辿っているようだ。勇者を数名召喚して戦争に行かせたとしても、大地が死ねば人間の繁栄はありえない。全滅だ。

こんな状況の大地を見ても何も問題に思っていないなら、その者たちは滅ぶべき存在なのだ。

もう精霊王ではなく、プリムベラのように自然界の管理を一人でできる力もない。そんな俺には、どうしようもない存在だ。

ただ、大地のために祈ろう。

2・

翌朝がやって来た。

良く晴れたせいで放射冷却現象が起こったのか、周囲の地面一帯は霜に覆われて凍り付いた。俺はこんなでも、少し寒い程度で済む。咲夜や他の日本人たちなら、風邪を引いてしまうだろう。

その咲夜は、夜が明けて四時間程が経過してから、テントから出てきた。疲れていてまだ眠たそうだが、お腹が空いたようだ。

俺は彼女のためにフライパンを握り、少しだけ持っている小麦粉と、卵とバターに似た木の実を利用して、あとは果物とオレンジジャムと果物カスタードで、美味しそうなクレープを調理した。

咲夜は悲鳴を上げて喜び、温かいうちに全部食べ尽くして満面の笑みを浮かべた。その笑顔を見ただけで、とても嬉しくなった。

美味しいフルーツティーも飲み、咲夜は再びテントに戻って行った。

今日は、移動は諦めることにした。

周囲には魔物の気配もないので、休む咲夜を置いておいて、少し遠くまで徒歩で偵察に出かけてみた。

しかし、小さなは虫類と昆虫、時折見かける鳥以外には何も出逢えない。植物も、それなりに強い風が吹き付ける時があるからか、西部劇に出てきそうなサボテンみたいなものと、とげのある低木の茂み、とても大きくて背の高い何の植物か分からないもっさりした固まりがあるだけだ。

食べられそうもないので、諦めて帰った。

そして、咲夜がテントにいないのに気付いた。

名を呼び周囲を探すと、そのうち岩陰から恥ずかしげに出てきた。

「トイレよ!」

「うわっ、ああごめん!」

俺は彼女に、何にでも使えそうな紙きれと綿、包帯や三角巾やハンカチなどの救護用品一式が入ったカバンを進呈した。それで許してもらえた。

こんな荒野で女の子が暮らすのは至難の業だ。やはり人間の都市か、エルフの国を頼る以外にないだろう。

しかも今日中に行った方がいい。

だから咲夜と話し合った。

「俺が鳥に変身して、近くにある人里を探してくる。しばらく……数時間はいないけれど、夕方には帰る。一応お昼と夜の分の果物と水とジュースを置いていく」

「うん。私、待ってるわ。このテントは温かいし、まだ眠れそうだし、平気よ」

本当は不安げだけど、咲夜は辛抱してくれた。

すぐ日本に返してあげたいと不憫に思いつつ、俺は出かけた。

3・

テントの上空にスッと飛んでいき、高度を上げた状態で地平線までの地形を確認してみた。

その後で円を徐々に広げて描くように飛んでいき、四方をしっかり確認してテントの位置をきちんと覚えた。

この世界の恒星の日の出の位置から適当に東西南北を割り振って考えてみると、テントから南には平原と少しの水場とそして山地、北はコボルトたちの迷宮があった荒れ地。西は砂漠化している地域と地上に残っている遺跡群、東は低めの山の連なりと草原、森がある。

人が生きられる場所に行くとしたら森の方だろう。しかし南の空に、巨大な黒い物体が飛んでいるのが見える。

咲夜の言っていた天空都市の一つかと思って近づいてみた。しかしそれはそこまでは巨大ではなく、動いて東へ向かおうとしている。

日本では漫画やゲームでお馴染みの、飛空艇だ。浮遊用の動力に何を使っているか見ただけでは分からないものの、船体に取り付けられたプロペラはあちこちに複数あるといえ少数で、体勢維持や方向転換の時に必要になるものと思える。

プロペラが浮遊用動力じゃないなら、後方に排気口などが見当たらない事も考えて、大きな鉄の塊を空に浮かばせるのは魔力だと思える。

この自然界には魔力が殆ど残っていないのに、どこからひねり出したものなのだろうか。

個人所有物とは思えないから、乗っているのは十中八九、人間の兵士たちだろう。今は避けた方がいいと思える。

飛空艇から遠ざかり、それが目指している東に今は行くのを諦めた。

西の遺跡群の方に向かい、砂漠に一部飲み込まれているかつての町だろう周辺を探ってみた。

遺跡群を利用して、新しい入居者が生活圏を確保していないか期待したものの、単純に水辺がないからか人影どころか動物や魔物の姿も少ない。

空を渡れる鳥の姿も大型の肉食ぽいものしかいない。西は近付かない方が良いと思える。

次に、飛空艇が立ち去った後の南の空に向かい、低木ながら木の生える平原と水場、そして山地を遠巻きにだが眺めた。

地上だけを見れば人が街を作ってもおかしくない地形だが、人が作る道がない。少しはあるのかもしれないが、上空から見る限りでは文明を感じさせるような幅のようなものはない。

地上の崩壊から千年の歳月が過ぎてようやく、人間たちは地上に降りる決意をしたということか。

もしくはそこまで侵攻を遅らせていたのは、単純に手強い対抗勢力がいたからと考えるべきか。日本人たちは迷宮攻略のために呼ばれたのではなく、そちらの関係で呼ばれたのかもしれない。

迷宮は、日本人たちのレベルアップの場所でしかないのかも。

俺は空を飛びつつ、可能性のあることを色々と考えた。そうして考えていかないと、咲夜にとって本当に安全な場所が分からない。

今、一番優先して行きたいのは東だ。そちらには飛空艇が向かった。既に街があるのか、侵攻対象がいるか、どちらかの問題があるだろう。

どっちにしろ問題はあるが、文明があり咲夜を紛れ込ませるのに最適な環境だ。

もう飛空艇の姿がないから、東の山と草原と森に行ってみた。

少し近づくと、もっと東の方に険しい山地が存在するのが見えてきた。そこから川が生み出され、近隣一帯を潤しているようだ。

森を空から確認してみたら、通常の魔力の流れに近いものを感じた。しっかり自然が根付く場所には、それ相応の力もみなぎって当然なんだろう。でもウィネリア魔法世界最大の魔力集積地のカルゼア大森林と比べたら、天と地の差だ。子供と大人ぐらいの気の強弱がある。

かといって、この世界では貴重な自然だ。東に向かった方が良いだろう。

とりあえず方針を決めたから、一度テントに戻ることにした。

少し早めに帰れたと思いつつ、テントが見える位置まで飛んだ。

そしてまず、消した筈のたき火から煙が上がっているのに気付いた。

そしてその周辺に、複数の人影がある。

ゾッとして、その場まで瞬間移動して短剣を構えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

本好きゆめの冒険譚

モカ☆まった〜り
ファンタジー
少し田舎の雰囲気がある小さい街に引っ越してきた家族。その家は不思議なことが起こる噂があるらしい。赤子の時から読み聞かせで大好きなおとぎ話の「桃太郎」。ある時桃太郎の噺に疑問を持った主人公「ゆめ」は桃太郎の噺をカスタムしていくのがきっかけで、神様と出会うことになり・・・おとぎ話から始まる異世界と現実世界のファンタジーストーリー

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】帝国滅亡の『大災厄』、飼い始めました

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
 大陸を制覇し、全盛を極めたアティン帝国を一夜にして滅ぼした『大災厄』―――正体のわからぬ大災害の話は、御伽噺として世に広まっていた。  うっかり『大災厄』の正体を知った魔術師――ルリアージェ――は、大陸9つの国のうち、3つの国から追われることになる。逃亡生活の邪魔にしかならない絶世の美形を連れた彼女は、徐々に覇権争いに巻き込まれていく。  まさか『大災厄』を飼うことになるなんて―――。  真面目なようで、不真面目なファンタジーが今始まる! 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※2022/05/13  第10回ネット小説大賞、一次選考通過 ※2019年春、エブリスタ長編ファンタジー特集に選ばれました(o´-ω-)o)ペコッ

処理中です...