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第五章 アーサーと異世界の少女

3 呼ばれた先で出会った少女

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1・

冷たい石造りで薄暗い、空気の淀んだ閉鎖空間に瞬間移動した。

目の前には二本足で立って防具を身につけた犬が数匹いて、壁ぎわに追い詰めた何かに向かって刃物を振り上げている。

それが何か分からないが、止めるために暴風を発生させて、そいつらを全員床に転がした。

瞬間移動でその場に立って見下ろして、倒れているのが血まみれの女の子だと気付いた。

もう声も出せないようだが、まだ生きている。

俺は空間収納から短剣を二本取り出し、まだ襲ってこようとする犬を全員倒した。

容赦なくとどめを刺してから、すぐに女の子に飛び付いた。

お父さん、お母さんと、微かに声がする。でももう目は開かず、呼吸が強くない。

俺は回復魔法を使用して、重傷の腹部から治療してみた。様子を見ながら何度か繰り返して魔法をかけると、彼女は気付いて起き上がった。

「誰……誰なの?」

「あ、その、悲鳴が聞こえたから助けに来たんだ。あの犬みたいなのは全滅させた。もう痛いところはないかい?」

「……」

今の俺と同じぐらいの年齢に見える黒髪長髪の女の子は、まだ興奮しているようで呼吸が荒いまま周囲を見渡した。

そして犬みたいなのを発見してゾッとしたのか、凍り付いた。

「もう大丈夫だよ。この周囲に同じような魔物はもういない。分かるんだ。だから取りあえず落ち着いてくれ。それから、俺はアーサーっていう名前だ」

「……アーサー?」

俺が笑顔で名乗ると、彼女はキョトンとした。

「うちの、犬の名前よ?」

「ええ? ……うん。まあいいや。とにかく、もう痛いところがないなら、ここから移動しよう。向こうから水音がするし、血を洗い流せるかもしれない」

俺はニッコリ笑って、彼女に手を差し述べた。幸運だと思える程に、俺は美男美女の両親の血を濃く受け継げている。

案の定、彼女は頷いて手を取ってくれた。助かった。

犬たちを避けて歩き、迷宮の通路だろう場所を進んでいき、そのうち小さな水飲み場に到着できた。

まず俺がその水が安全か確認して、それからコップを取り出して彼女に貸した。

彼女は水を二杯のみ、その場にしゃがみ込んでしまった。

そういえば、さっき誕生日ケーキを保存するために空間収納に入れたと思い出した。

まだ破れた服をまとい血まみれの状態だけど、気力を取り戻させるのが先だ。

「今日、俺の誕生日だったんだ」

そう言うと、彼女は不思議そうな表情をした。

「でも両親は仕事で帰って来なくって、だから残ったケーキを持ってきたんだ。これ食べて、お祝いしてくれないかな?」

皿に乗った木の実のケーキを取り出して、銀のフォークと共に差し出した。

彼女は黙って受け取り、無言で全部平らげた。飢えてもいたようだ。

「お誕生日、おめでとう」

律儀な彼女は、そう言って少しだけど笑ってくれた。俺は、物凄く嬉しくなった。

2・

俺が通路から魔物が来ないか警戒中に、さくやと名乗った華奢な体型の彼女は水で濡らしたタオルで全身の血を拭き取り、俺の貸した服に着替えてくれた。

かくいう俺も寝間着なので、念のためにといつも三着も持たされていた服一式の一つに着替えた。

子供はよく水に飛び込んだり泥だらけになると心配するエリス母さんに、今は心から感謝した。

着替えが終わってから、もう少し歩いて移動したところに小部屋があった。そこに入って、ようやく本格的に休憩に入れた。

さくやは、俺がどこの誰か知りたがった。俺もさくやの正体を知りたい。

何しろ、彼女の着ていた白いブラウスに、佐伯斗真だった時の出身高校の校章が刺繍されていたから。

「じゃあ、ジャンケンで話す順番を決めないか?」

「良いけど、ルールは同じかしら?」

「グーとチョキとパーだろ?」

ルールを確認したのち、三番勝負でジャンケンした。俺が勝った。

「じゃあ、さくやさんからお願いします」

「分かったわ。あの、信じて貰えるかどうか分からないけれども、私たち……私は、この世界とは別の世界からやって来たの」

信じるし、分かります。

俺はそう思いつつも黙って、彼女の説明を全部聞いた。

彼女は、俺の母校に通い始めたばかりの高校一年生。ある日の放課後、数名がいる教室に召喚魔法がかかり、幾人かのクラスメイトと共にこの魔法のある世界にやって来た。

トレシス王国の王のお城に召喚され、王様たちに自分たちが世界を救う勇者だと聞かされた。

だから優秀な力を持っていると言われた。でも魔法で鑑定してみたらさくやの職業はテイマーで、勇者や賢者や聖女や竜騎士みたいな強力なものではなかった。

それでも成長すれば強くなると励まされ、みんなと一緒に旅立った。

いくつかの天空都市やフィールドを旅して、迷宮も二度潜った。

けれど、魔物と戦ってレベルアップして強くなるクラスメイトと違い、さくやは一向に強くなれなかった。契約できたのも犬が一匹だけで、それもさっきの戦闘で失い、みんなで逃げている時に遅れてしまって取り残されて……という流れらしい。

「トレシス王国なんて聞いた事ない。それに、兵士をわざわざ異世界から召喚しなくても、うちの世界は化け物みたいな勇者がたくさんいるんだけど?」

「えっと、アーサー君はエルフでしょう? エルフたちの国は、確かに多くの勇者がいるって聞いたわ。でも人間の国には、不干渉なんでしょう? だって、仲が悪いようだし」

「……そこまで悪くはない……というか、この二十年で改善され……ん?」

何か、しっくりとはまらない。

「あの、念のために聞くけれど、この世界の名前は?」

「アルダリアよ」

知らない! まずい、俺にとっても異世界だ。だけど、どうしてこんなに簡単に、異世界に来れたんだろうか?

帰れるかどうかこっそりと意識を伸ばして確認してみた。そしてすぐ、自分の家に瞬間移動で帰れない現実に遭遇した。俺も異世界迷子だ。

次に俺の話をせがまれたので、二十歳の誕生日に好きだった人に告白して玉砕して、もうヤケクソで旅立ってしまったと教えた。瞬間移動で。

そして悲鳴が聞こえたから駆けつけたと。

さくやは、それで納得してくれた。でもフラれたというところを訝しんでいる。そこは脚色無しなのに。

「そうだ。その、君らの世界の文字で君の名前を書いてくれるかな? ペンと紙はあるから」

「何でも揃ってるのねえ」

「うちの両親が心配性なんだ」

実は非常食にキャンプセットもある。本当にありがとう、タンジェリンとエリス母さん。

さくやは、漢字で名前を書いてくれた。

佐伯咲夜……。

「……お祖父ちゃんの家は南町四番地の三にあって、佐伯茂って言わないか? 父さんは正雄で、お祖母ちゃんは光子で、おばさんは冬美だろ?」

「何で分かるの?」

「以心伝心で」

佐伯咲夜ちゃん、俺の兄の娘である姪っ子さんは驚愕した。俺はコワモテ公務員の兄貴が美人と結婚できたかもしれない事実に驚愕した。

俺と咲夜は、異世界で同じように同じ家族に会いたいと強く願った。咲夜がテイマーで俺がイタチと鳥のハーフなのも関係したのか、俺たちは共鳴したんだ。

そしてできた通路を、俺がすり抜けた。そう出来なかったら、しなかったら、咲夜はこの異郷で死んでいただろう……。

状況が何とか理解できた後で、俺たちは今後を考えた。

「一応、みんなを追いかけたいの。それで……ついて来てくれるかな?」

「いいよ。俺は行く当てがないし、咲夜を一人で行かせられない。せめてこの迷宮を出るまでは、絶対に離れない」

「……ありがとう」

ずいぶん顔色の良くなった咲夜は、笑顔で握手してくれた。

そして俺たちは、共に歩き出した。
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