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第四章 真実に立ち向かう者達

5 酔っぱらい無双

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1・

シルルの記憶を覗いた時のように、体が自由にならない。奥まった意識の中で、知らない風景の中を歩く。

地上の森と平原の境目に建てられた、木造の基礎に布を張ったテントのような家々の立ち並ぶ周辺に、既に見慣れてしまった感のある武器と鎧で武装した人々が立っている。

俺の意識が入っている誰かに、武装した兵士たちが喜びなから声をかける。

「レオン様、全ての戦いの終わりに心からのお喜びを申し上げます!」

「我らの勝利は、世界中で永遠に語り継がれる英雄物語となる事でしょう!」

心からの笑顔を見せる彼らは、よくよく観察すると殆どの者がエルフたちで残りは人間だ。精霊のような特徴を持つ人は、一人もいない。何かおかしく感じる。

俺の意識が入っている誰か……レオンという初代精霊王と同じ名の者は、落ち着いているけれども確かに喜びの感情に高揚しながら、部下だろう者達の言葉に言葉を返した。

そのうち、誰かが訪れたという報せがやって来た。レオンは喜び、その者の待つ比較的大きな木造建築に入っていった。

扉をくぐってすぐの場所に、大きな姿見があった。その鏡に一瞬映ったレオンの姿は、若くて美しく神々しさすら感じるエルフの男性だ。

部屋の中に、体格の良い人間の男性がいる。レオンは彼を親友と思った。

ソファーに座り、酒を飲み交わしつつ、彼とレオンの会話が始まる。

「今日という戦いの終わりの日が、永遠に来ないかと思っていた。でも俺たちは成し遂げた。世界中の戦乱を全て収め、まさに新世界を生み出したんだ!」

「そうですね。私も長年に渡る戦いの中で、この過酷な時が永遠に終わらないのではないかと思う瞬間が幾度もありました。あなたの気持ちは良く分かります」

レオンが同調すると、彼はニヤリと笑った。

「何を言うんだ。最強の竜軍団を操る魔術師の王が、弱気になるなんてあり得ないぞ。俺たち八人の中で誰が一番化け物かっていうアンケート、世界中で取ってやろうか?」

「お断りします。それよりも、誰が一番女好きかでアンケートを取って下さい」

「キッツいな……んでもまあ、八人の中で一番優しいのはお前だな。それは確実だ」

「私がいつ、敵に優しかったことが?」

「敵と認識した者には容赦なさすぎて死神扱いされてるが、そうじゃない者には救いの神だろう。お前だけが故郷を戦乱から守り抜いたのは、敵を敵じゃないと認識して受け入れたおかげだろうに」

レオンは彼の故郷のエルフ一族の森について思い出した。同時に、森に攻め込もうとした敵を殲滅した記憶も。そしてレオンに歯向かった兵士たちでも、戦場を離れた時には受け入れて森に住まわせたことも。

その彼らは、エルフでなくともレオンのために戦うようになった。世界中に広がった血で血を洗う戦いが森の前で止まったのは、レオンに恩義を感じる者たちが盾になったからだ。

レオンは複雑な気持ちになった。彼らを受け入れれば、自分のために命を投げ出すと分かっていたから利用した。森とエルフ一族を守るために、レオンは甘言で多くの人々を騙し続けた。

「それはそうと、レオンは森に帰って新たな国を立ち上げるのだろう? エルフと人間が共に暮らす理想郷か?」

「ええ。私の竜たちには、南部大陸の人がいない場所に隠れ里を作ろうと思っています。いくら奴隷魔法で操っていても、彼らの恨みは一刻一刻強くなるばかりです。もう、使役を諦めます。自由にすれば、彼らもいつかは私を許してくれるでしょう」

「その隠れ里の場所、他のみんなにも教えておけよ? 間違って近所に国を興したら、竜に食われちまうだろうに」

「火山地帯と高山地帯にするつもりです。容易には人が立ち入れない場所ですよ」

レオンが話し終えた時、部屋に人間の兵士が一人やって来た。レオンの副官のようだ。

「レオン様。例の輩どもがまた外で騒いでおります。どうされますか?」

「イヴァン、君の好きにするといい」

「はい」

レオンに命じられた副官は、即座に部屋を出ていった。

しばらくして、レオンの友人が言った。

「なあ、俺たちは世界を滅亡させる危険性のあった戦い……世界大戦を終わらせただろう? なのに何故あの預言者集団に魔王呼ばわりされて、俺たちによって滅亡の時が始まると騒ぎ立てられないといけないんだ? 俺たちは戦争を止めたんだ!」

「そうですね。けれど、戦いの価値観は人それぞれですよ。彼らを迫害する我々は、彼らにとっては魔王なんです。それは仕方のない認識です」

「エルフの英雄王は本当に冷静だな。俺は、ああいうのは大嫌いだ。俺たちがどれだけ世のため人のために戦って血を流したか、全然理解してくれないで、自分の都合だけ押しつけてくる」

「まあ、これから復興活動に尽力することで、彼らも許してくれますよ。さて、あなたの新しい本拠地は世界のどこにするのですか? エルフの森の隣ならば、好きな時に酒盛りができますよ?」

「レオンの唯一の弱点は、美味しい酒だよなあ。ん、いや、もう一つあるか。この世の全てを知りたい知識欲、好奇心でも釣れるだろうな。まあ、気を付けろ」

笑うレオンの友人の顔が突然に消え、暗黒の闇の中に取り残された。

2・

ガバッと起きると、精霊王の城の自分の部屋のベッドにいた。

夢を見たんだろうか。まさか、封印されているのに初代精霊王の記憶に繋がったとか。

初代精霊王の時代は世界中の地上に戦いが溢れていて、それを平定する戦いが必要だった。それに完全勝利した日の記憶……なのだろうか?

遥か過去の、現実にあった事なんだろうか?

「……ん?」

ふと気付くと、俺から距離を置いた場所でタンジェリンやバルバドス、ハルセトが微妙に笑いながら立っている。

そして何故かここまで一緒に来てしまったのか、ウルハや彼女の同僚である賢竜隊の隊長らしき彼もいる。

「お城に遊びに来て下さったんですか?」

聞くと、少し遠くに立つ竜族の二人は戸惑い気味の笑顔をくれた。

俺は、タンジェリンたちの方に視線を向けた。

「タンジェリンさん、初代精霊王レオンの人化した姿は、タンジェリンさんのように美しいエルフだったんですね」

「は……いいえ、確か大獅子の化身として、立派な体格のいわゆる獣人だったと伝えられています」

「え?」

じゃああれは誰? 理由があってエルフの姿だと知られたくなくて嘘を言い伝えさせたとか? 意味が分からない。……忘れるか。

「…………で、ええと、隊長さんとウルハさん。確か……ゴールド迷宮でお会いしましたよね?」

「はい、おっしゃる通りです」

隊長さんが答えてくれた。

するとタンジェリンが、俺に静かに近づいてきた。

「トーマ様、お体の調子はいかがですか? 水を飲まれますか?」

「あ……その、それより何故皆さんは俺から距離を置いているんですか?」

「それは、色々と順を追って説明しなければならない事情があります」

真顔のタンジェリンが、俺には帰ってきた時の記憶がないゴールド迷宮で何があったのか教えてくれた。

他のみんなも教えてくれた。

全部まとめると……。

酒精の実を食べた俺は見事に酔っ払った。そして酒を寄こせと叫んで、周囲に暴風を巻き起こした。

普通の人なら立っていられないどころか吹き飛ばされる暴風の中、実を持って逃げようとしたタンジェリンは瞬時に魔力を封印されて倒れた。実はどこかに転がっていき、タンジェリンはイタチの姿に戻って地面で伸びて戦線離脱した。

次に俺を大人しくさせようとしたハルセトが鳥の姿で突撃をかけたが、同じく強力すぎる封印術の前に撃墜されて地面に落下した。

騒ぎに気付いた賢竜隊の隊員たちが駆けつけてくれる中、バルバドスとウルハが共に気絶させようと頑張ってみたが、俺は酒をどこに隠したと怒って全員の魔力を封印した。

しかし身体的能力に優れる彼らは暴風にめげずに立ち上がり、武器を手にしてとにかく気絶させようと近づいて行った。が、面倒くさがったらしい俺は傍に来た竜の戦士たちのほぼ全員を強制的に契約して従わせてしまった。

そしてそこに地上一階の階層主、本当はもっと奥にいる筈のボスの大虎が襲いかかってきた。

俺は竜の戦士たちに迎撃を命じたものの、彼らの魔力を封印しているのでダメダメだった。

とにかく美味しい酒を飲みたい俺は邪魔をしてくる大虎に怒り、その力を封印して地面に這いつくばらせ、きっと風魔法の一番強力な術だろう力を発動して一撃で粉砕した。迷宮の地下一階の床面すらも広範囲で破壊して。

敵がいなくなったところでまだ酒を求めて彷徨おうとする俺に、地面を這いつくばって頑張ったタンジェリンが酒精の実を一個手にして近づいて、無事に俺に喰わせた。

満足した俺は、そこで倒れて眠り始めた。

「その後、我々はトーマ様を抱えて何とか迷宮から出て、ペールデール国軍に助けを求めました。力を封印されてしまったので自分たちでは大森林に戻れず、力のある精霊を呼んでもらって送って頂いたのです」

「……なるほど?」

タンジェリンに疑問形で問うてみた。

「はい。それで十二日が過ぎました。我々は未だに魔力のほぼ全てを封印されています。そして竜の戦士たちは、あなた様のしもべのままです」

「……うわあ」

俺はもう、頭を抱えて現実逃避するしかなかった。

ちょっと酒が飲みたかっただけなのに、物凄い黒歴史が生み出されていた。俺、まさかここまで酒癖が悪いとは……! だから精霊王は酒が苦手って、言い伝えられたのか!

「ふふっ、ふはっ、それで、どうしたら良いかな?」

「まず竜の戦士たちの奴隷魔法を解除するべきですね」

タンジェリンの言葉に、全身が凍り付きそうになった。

「奴隷魔法だって? 第三段階目の契約の? いや俺、みんなの真の名前なんて知らないよ! 契約なんて無理だ」

「竜たちには、真の名前が無くとも奴隷契約が可能な呪いが、四万年の昔からかかっているのです。その呪いをかけたのは、世界が始まってすぐにあった世界大戦で活躍したと伝説にあるエルフ一族の魔道王、初代グラファリア王国国王だと言われています」

血の気が引いた。手が震える。夢の中にいたエルフの王レオンは、竜に奴隷魔法をかけたと言っていた。じゃああれは、本当に現実にあった事か。

精霊王レオンとエルフの王レオン。二人の関係は何なのだろうか。

気になるけれど、まず俺がすべきは解約だ。そして解いたとしてもタダじゃ許されないだろうから、直属の上司の竜王に謝罪しに行くべきだろう。

まずはここで、みんなの魔力の封印を解くことにした。

どうしたらいいか分からないと思ったのに、意識を向けると誰の力をどれだけの割合で封印しているかが簡単に分かってしまった。

この部屋にいない人の分の封印状況まで理解できてしまったので、軽く手を振って全ての封印を無くした。

九割方の力の封印を受けていたみんな、自由になったと共に心から安堵した態度や疲れた表情を見せた。

ただ力を封じていたのではなく、彼らの生命に関わる程の力を奪っていたと気付いた。こんなの本物の奴隷や罪人に対する体罰だ。俺、とんでもない事をした。

今度は、その意味で体が震えた。

奴隷魔法の解除をしようと上げた手が、ガタガタ震えている。

不意に、その手を掴まれた。

知らない間に傍に来たタンジェリンが、ベッドに座る俺の手を両手で包んでギュッとしてくれた。

「大丈夫ですよ。我々は全員が強者ですので、何ともありません。それに世話係としては、この程度の出来事に対する覚悟は織り込み済みです。どうってことありません」

どうってことない訳がないとは分かっている。でも彼の覚悟と優しさが、物凄く嬉しい。

精霊王としての権限は沢山あって色々と得をしてきたけれど、こうして彼に寄せられた思いやりほど喜びに満たされるものはない。

「ありがとう」

俺は喜びに震えて、タンジェリンの手を両手でギュッと握りしめた。

少し落ち着き、ようやく奴隷魔法の解除をしようと思ったところで、今度は賢竜隊の隊長が俺の前まで来た。

「精霊王様、私の奴隷契約のみは維持しておいて下さいませんか? どうか、慈悲の心でご検討下さい」

彼は片膝を床について頭を垂れて、開いた片手にもう片手を握って当てるという竜族の礼節のポーズを取った。

この申し出、どういう意味なんだろう?

「いや、それはできません。奴隷魔法は、これこそ封じられるべき禁忌の術です」

「私は高貴なるあなた様の下僕として生き、あなた様のようにゴールド迷宮の階層主を一撃で仕留めたいのです」

肉食獣の、全ての強者を狩りたい強烈な本能が、奴隷魔法の契約の力を伝って俺にも流れ込んでくる。

普通の冒険者との間に交わす第一段階の友人契約ですら、精霊たちの力を見てからに増大させる効果があるという。それがこの第三段階の奴隷契約ともなると、どれだけの能力上昇に繋がるのか。俺はまだその恩恵を知らないけれど。

今それにかかっている当人の彼は、超本気以外の何ものでもない。精霊王との契約だし、屈辱的な奴隷でいてもいい程の力の増大を実感しているのだろう。

「できれば、私もよろしくお願い致します」

隊長の隣にウルハも増えた。戦闘種族って奴か。竜だもんな。

「あの、お二方。私はこれから、竜王様に謝罪に伺おうと思っています。彼が許可を出せば、その時に改めて普通の契約を結びましょうよ」

「いえ、このままの維持が望ましいのです」

「同じく」

「だからその──」

俺たちはあと十回これを繰り返した。

きりが無い……。
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