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第三章 シルバー迷宮での攻防

6 精霊と妖精と人間と

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1・

お昼過ぎらしい村の中では、料理をする煙があちこちから立ち上っている。

楽しげな人々と、その雰囲気。そこにいたくないから遠くに歩こうとして、マリエルたちが借りた公営テントが見えた。

俺は真っ直ぐ近付いて行き、テントの脇で火を起こして料理をしようとしている彼らの前で立ち止まった。

「マリエルさん、ちょっと話があるんだ。聞いてもらいたい」

「えっ……うん」

マリエルは戸惑いつつも、仲間を気にしながら俺と一緒に村はずれまで歩いてくれた。

木が一本立っていたから傍で立ち止まり、振り向いてマリエルの手を取った。

意識を集中して、彼女の生命体としての異常はないか確認した。

ありがたい事に、なんの滞りもない。それよりも、生命体として順調に生きている感覚がある。そしてやはり、精霊に近い純粋な強い魔力も感知できた。

黙ってられなくて、俺は打ち明けた。ただまだ、自分が精霊王とは言えない。純粋な精霊で、俺の力でみんなのことを精霊に近い存在にしてしまったとは告白した。

手を離したマリエルは、驚きつつも落ち着いて聞いてくれた。

「じゃあ、私もなんですね? 私も、強い力を使えるんですね?」

「うん。ごめん」

「……驚いたけれど、でも悪影響はないのでしょう? でしたら、なにも謝らなくてもいいと思いますよ。みんなにもです」

「でも、たぶん悪いことはないと、おぼろげに言えるぐらいなんだ。あの時、俺は止められたけど聞かずに迷宮に入って、何も分からず力を使って──」

「私の命を救ってくれました。そうでしょう? あの時、私たちはもう手持ちの薬が切れかかっていたのに、ちょっと見るだけなら大丈夫だって思って階段を降りて行きました。私たちも、トーマさんと同じぐらい無鉄砲で無知でした。私たち、同じですよ?」

「……」

マリエルに笑顔で言ってもらえて、少し気分が晴れた。

今度はマリエルが、俺の手を取り握りしめてくれた。

「ありがとうございます。私をここに連れてきて下さって、それに人の羨む力まで下さって。私、沢山の未来を選択できるようになりました」

「え……あ、うん。でも気を付けて。強い力は、大人たちに利用されるだけになる可能性もあるから」

「それなら大丈夫です。みんなに聞いたんですけれど、スポンサーになってくれたのは何と、このペールデール国の第一王子様なんです。それもご自身でも迷宮に来られる方で、今もこの迷宮の奥地におられるとか。物凄く気さくな方で、レナードなんか友達になったって喜んでました」

「……現場を知ってる人なら、良い人だと思うよ。本当、良かった」

でも俺には、あの貴族の坊ちゃんとのいざこざがある。人間の貴族は、余り信用したくない人たちになった。

未来を信じる笑顔のマリエルに、それを正直には言えないが。

これからどうするのか聞こうとすると、下に続く階段がある方向が突然に騒がしくなった。

一個のパーティーが酷い怪我をして逃げて来たようで、回復魔法使いを呼んでいる。

マリエルが走り出した。俺もついて走った。

駆けつけた時、既に他の回復魔法使いがいたものの、まだ全快はしてなかった。

マリエルは俺に微笑みかけてから、彼らに向けて手をかざした。

優しい光と風が、倒れる人たちの周辺を覆い尽くす。

まだ血で汚れているものの、彼らは全員が驚いた様子で飛び起きた。

マリエルが、いかにもというドヤ顔で俺を見る。俺は負けて、笑い出してしまった。

「マリエル!」

声がして振り向くと、レナードたちも駆けつけてきたところだった。

マリエルの術を見たようで、彼女も強い力を持っていると知った幼なじみたちは大喜びした。マリエルは今度こそ、本気の笑顔で彼らに混じった。

唯一、彼らから距離を置く花族の彼女が、表情を暗くして俺を睨み付ける。

俺はまた、村はずれまで歩いて行った。

2・

花族の彼女は、俺について来た。

「ここから立ち去って。あの子も連れて帰って」

「でも、俺の口出しすることじゃないよ。彼らの問題だ」

「自分が連れてきておいて、何を他人ごとのように言うのよ。あの子たちが無事なのは私のおかげなの。私がブロンズ迷宮のボス戦を助けたんだからね」

「そうか。じゃあ君が新しく入った回復魔法使いなんだな。でも、パーティーに二人の回復役がいてもいいじゃないか」

「問題はそれじゃないって、あなたは気付いてるでしょう? あの子にはいてもらいたくないの!」

花族の彼女はとても本気で、真っ直ぐに感情をぶつけてくる。その素直さが、少し羨ましくなった。

「君は、レナードと契約してるのか?」

「してるわよ。だって私、誰が見ても精霊じゃない。誰だって私が高位の精霊に見えるのよ。レナードだって、それでパーティーに入れてくれたのよ」

「精霊じゃないとでも?」

怒りながら話す彼女には、確かに違和感がある。病気という訳じゃないけれど、精霊ぽくないというか。

「あなたなんかに話さないわよ。関係ないでしょ」

精霊に邪険にされたのは初めてで、新鮮な気がした。

「そうだろ? 関係ないんだ。だから俺は何も言えないんだってば」

俺は言い残して立ち去ろうとしたのに、彼女が回り込んできた。

「え、教えてくれるんだ?」

「教えたらあの子を連れて帰ってくれるなら、教える」

「できないよ。じゃあ」

「ちょっと待ちなさい」

何だよ、もう。

「精霊だけどそれっぽくない。半霊人ぽくもあるけど、その重みみたいなのも、ちょっと違う。まるで俺みたいに……」

思わずそう言って、それを考えてドキッとした。まさか俺と同じで、転生した精霊なのか?

「俺みたいにって、何? あなたはそれこそ、高位の精霊じゃないの?」

「あ、あの。まさか、違う魂が入っているのか?」

「……」

彼女は真顔になった。

結局、草地に並んで座って話を聞いた。

彼女の母は、世界樹から生まれた時に木の種を抱えて生まれた、人の姿をした木族の精霊。

彼女の母は大森林内部で支配精霊のいない森の外れに種を植えて、そこで立派に育った大木に宿り静かに暮らしていた。

ある日、森に迷い込んだ人間の冒険者がやって来た。冒険者は彼女の母に恋をした。しかし彼女の母は人間を嫌った。

太古の昔から人間は大森林に入ったらいけない取り決めがあるから、冒険者は立ち去れば二度と同じ場所に戻って来られないと言って、そこに居着いた。

ただ、人間が暮らすには食料が少ない場所で、精霊の誰もが冒険者を助けなかったから、彼はすぐに亡くなった。彼女の母の木の根元で。

「母は、冒険者を好きになった訳じゃないって言ったわ。でもその強い想いは理解できたって。そしたら冒険者の倒れた場所からお花が咲いて、私が中から生まれたの。私、こんなだけど、妖精よ」

俺は脳内検索で調べた。妖精とは、大森林内部で世界樹以外から生まれた魔法的存在のこと。地球なんかで言う妖精と同じような感じで、あまり強くない小さな存在。こっちでも、基本的には可愛い人型で昆虫の羽が生えていたりするようだが。

「羽は生えてないんだな」

「失礼な奴! 放っておいてくれる?」

「じゃあ帰る」

「ちょっと待ちなさい! あなたも話を聞かせるのよ!」

なんか面白くなってきた。

「悪い。あまり話せる事はない。ただ俺は精霊の中では珍しく、前世のある精霊なんだ。俺、人間だった記憶がある」

「……」

彼女は驚き、立ち上がった。

「まさか、私の栄養になった冒険者? ストーカー?」

「いや違う。ちょっと難しい任務を任されて転生したんだ。絶対に別人だから、安心してくれ」

「……へえ」

彼女は、俺から距離を置いた。

「だから、あなたって変な感覚がするのかしら。他の精霊と違う気がする」

「それはお互い様だろう? あ、でも、君は純粋な精霊に間違われるほど力のある妖精だから、妖精の女王様だな。敬うべきだろうか?」

冗談で言ったのに、彼女に異変が生じた。

胸から白い光が溢れ出て、彼女が驚いている間に消えて無くなった。

俺は震えつつも彼女の基本情報を検索した。先にあったかどうか知らないけど、妖精の女王って書いてある。

「なに一体? なにしたの?」

「ごめん……ちょっと、パワーアップさせた。パーティーのみんなみたいに」

「む」

怒るかと思ったら、彼女は満面の笑みをみせた。

「確かに、何だか体が軽いわ! まるで羽が生えたよう……」

ふわりと、彼女の体が舞い上がった。背中にはきらめく白い光でできた、蝶々の羽が出現した。

彼女は異変を理解した。

「あの子を追い出せるわ!」

「ちょっと待て!」

彼女は逃げていき、俺は必死になって追いかけた。

パーティーの面々に突撃した時はどうなるかと思ったものの、まだ世間ズレしていない全員を相手に、彼女……プリムベラの話はだだ滑りした。

それに話を聞いていると、プリムベラはレナードが好きな事よりも、せっかく受け入れてくれた居場所を失いたくない気持ちの方が大きいみたいだ。

回復補助役が二人いて嬉しいというみんなの言葉で落ち着き、まだマリエルの存在に少しは納得していないようだけど笑顔をみせた。

精霊じゃなく半霊人でもなく、妖精のようで、しかし違って人間でもない。たった一人だった彼女は、ようやく居場所を発見できたんだ。

本当に良かった!

「……トーマ様、少しお時間よろしいですか?」

真後ろから、タンジェリンの声がする。

さっきまでとても良い気持ちだった俺は、脂汗をにじませつつテントに戻った。
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