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第三章 シルバー迷宮での攻防
5 勇者と仲間たち
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1・
コブラの巨大化したような大蛇は、囮となったレナードと、彼の隣に瞬時に出現した精霊の女の子に向かって何かを吐きつけた。
それは、俺が試験で使ったような防御魔法で塞がれた。良く見ると、地面に落ちた液体から煙が上がっている。
酸なのか高温の何かなのか分からないが、危険な事には変わりない。
レナードと女の子は、液体を吐きつけながら素早くうねって突撃してくる大蛇を上手く避け、大蛇を取り囲むように散った仲間たちが攻撃し始めるのを待ったようだ。
いつの間にか裂け目の上、俺たちと裂け目を挟んだ反対側の地面に上がって来ていた弓使いの女の子が、前とは違う高価そうな弓を連続で引いて、どこからか出現する矢を大蛇の目に向けて打ち続けた。
一瞬、鳥かと思った大きな影が大蛇に接近して頭の上を通過して、すれ違いざまに剣によるものだろう鋭い斬撃を加えた。それは前に質素な短剣を装備していた男の子で、背中からトンボのような昆虫の羽が二対生えている。
知らない知識だったけど、不意にあれは憑依型の精霊だと気付いた。
精霊には肉体に重きを置く存在と、精神体に重きを置く者の二種類がいる。
憑依型は物理攻撃能力が皆無だけれど、契約者に憑依する事で特殊能力を与える。彼の場合は、この飛行能力なんだろう。
あと、裂け目のどこにいるか分からないが、魔術師の誰かが大蛇に強烈な威力の束縛の魔法をかけた。
大蛇の動きが制限されたから、呆気ないけどもう終わりかと思った。
「トーマ様、お下がり下さい」
タンジェリンが言って、返事を待たずに俺の腕を取り引っ張った。
下がったから戦闘が見えなくなったと普通に思った次の瞬間、大地の裂け目から突然に多量の翼ある蛇が飛び立ち、俺たちにも向かってきた。
「眷族召喚ですよ!」
タンジェリンは叫んでから俺の腕を放し、襲いかかってくる蛇たちを長剣でざん切りにした。
他にもこっちに来ていた蛇は、タロートとハルセトにより一瞬で駆逐され、マリエルはクロエに守られて、俺みたいにただ地面に座り込んでキョトンとしている。
大地の裂け目から激しい戦闘音が聞こえ、突然に止んだ。
怖いぐらいに多く飛んでいた翼ある蛇も、同時に消えて無くなった。
まさか瞬殺したのかと驚き、再び裂け目から見下ろすと、薄暗い地面に首を真っ二つに落とされた大蛇の死体が転がっていた。
「あれは理想的な葬り方です」
タンジェリンが俺の傍に戻り、説明を始めた。
「先ほど、大蛇が酸性の毒液を吐いていたのを見たでしょうが、あのはねられた首のギリギリのところまでその毒液の線があるのです。あれより上で斬っていれば毒液が多量に飛び散り、相討ちとなったでしょう」
「怖い……って、そうだ。マリエルさん、行こう」
マリエルは何かを怖がり落ち着かない風だが、俺は彼女の手を取り、半ば強引に一緒に大地の裂け目の底まで降りていった。
既に日が落ちた後の暗さのある周辺。誰かが作成した光の玉の灯りでだけ、周囲は照らされている。
不思議な事に、翼ある蛇で冒険者が退治した物は消えておらず、そちらが目的らしいもう一つのパーティーは死体を拾い集めては精霊たちが空間収納に収めていっている。
俺たちはその傍を通り、マリエルの仲間たちに近付いた。
彼らは大蛇の死体を既に回収し終わり、地面に残った酸性の液体を踏んづけたと大騒ぎしていた。火傷は治るからいいけど、靴が溶けると。
リーダーの男の子と、弓使いの女の子。今もトンボの羽で飛んでいる短剣使いの男の子に、岩陰にいた半霊人の男の子。半霊人の男の子の傍には、毛並みの美しい大型犬が一頭寄り添っている。
そして戦いの時に、リーダーの傍にいたピンクの長髪にピンクのドレスを身にまとう美しい女の子。彼女は俺に気付いて振り向いて、少し緊張した面持ちで怪訝そうな表情もした。
花族の精霊だと思った。花族は普通は霊体に近い存在の筈が、肉体を持ち生きているように見える。
どういう来歴なのだろう、質問したいと思うと、マリエルが俺の手をギュッと握りしめた。
俺はハッとした。このまま逃げようと思った。でも彼らは、俺たちに気付いてしまった。
「あっ、君、トーマ君? それに、マリエルじゃないか!」
リーダーの男の子、レナードは喜び、少しよろけつつも近付いてきた。
マリエルは動揺したようだけど、俺の手を離して彼に近付いた。他の子たちも近付いてきて、マリエルはここにいることを喜び、同じぐらい不思議がった。
「それは、後で説明するわね。今は、足を治した方が良いんじゃないの?」
気丈なマリエルがそう言うと、毒液を踏んづけたレナードは愉快そうに笑った。
2・
大地の裂け目から出て行き、本来の地下十二階の地面である荒野で火をおこして、テントを張ったり食事の準備をしたりした。
マリエルに足を治してもらったレナードは、もらったばかりの上等な靴が溶けたという話を何度も取り上げては笑った。
もらったというのは、スポンサーが付いたという意味だろう。活躍し始めたといえど初心者が入手できそうもない武器と防具に身を包んでいるから、きっとそうだと思う。
レナードだけでなく気さくな全員は、マリエルが悔しくて追いかけてきたことを知って、少し笑いはしたが悪びれていた。
「置いてけぼりにしたのは、悪いと思っている。でも、マリエルが立ち直った頃に、迎えに行こうと思っていたんだ」
焚き火の前、レナードの隣で木の椅子に座り、マリエルは少し緊張気味に話を聞いている。
「実はこの大蛇を何匹か狩ったのには原因があって……この皮、防御力の高い良いローブの素材なんだ。マリエルの装備一式を作って、前みたいに攻撃を受けないようにしてあげたかった。これがあるから一緒に行こうって、マリエルを説得しようと思ってたんだ」
レナードと仲間たちは、本気でマリエルに笑顔を向ける。
「ここまで来られたんだから、また一緒に行ってくれるだろう? だって、みんなで一流になろうって誓い合ったんだ。その夢を叶えよう」
レナードはマリエルに手を差し出す。でも、問題はそこじゃない。
本当の問題の花族の精霊は、俺たちを怪訝がりつつ、彼らの傍に立っている。俺が誰かは分かってないようだけど、高位の者とは分かっているんだろう
マリエルは、なかなか答えない。後ろ姿がとても悲しげにも思える。
「あの」
俺は居たたまれず、隣のテントから口を挟んだ。
「まだマリエルさんには葛藤があるから、しばらく考えさせてあげればどうかな? だって、あんな怪我をしたら、誰だって戦うのは怖いもん」
俺が笑って言うと、彼らは納得した。
明日に中層中部の村に帰るから、そこまでとりあえず一緒に行こうと決まった。
マリエルはこの夜、仲良くなったからといってクロエのテントに逃げ込んだ。
3・
翌日。勇者パーティーと共闘したパーティー、そして俺たちは、共に地下十五階にある村まで一緒に移動した。
適当に狩りをしながら歩く道中、勇者パーティーの実力がどう考えても一緒に蜂を退治した時の彼らと同じに見えなかった。
それぞれに精霊と一体以上契約した上での実力のアップもあるだろうが、動きが違いすぎる。まだ技術的に拙いのに、スピードと威力が熟練者レベルで、それこそ訓練施設で見た教官たちと同じかそれ以上のものに思えた。
どうしてだろうと悩んでいる間に、半日が経過して村まで戻れた。
マリエルはまだ迷いつつも、彼らと一緒に行ってしまった。
ここで村の公営テントを借りた俺たちは、そこに一度引っ込んだ。
まず話し始めたのは、意外なことにタロートだった。
「弓使いの女の子の持つ弓は、純粋な精霊です。お分かりでしたか?」
「ええ? いや、他に考える事が多くて、全然気付かなかったです」
一緒に歩いていると、時折弓を持っていない時に彼女の傍に薄紫色の髪のイケメンがいた。それは不思議に思ったものの、マリエルのことが心配で頭から排除したんだった。
「土族に分類される、武器の精霊です。我らは主人に使われて、威力を増すのです」
「……我ら? 我らって、じゃあタロートさんも武器ですか?」
「はい。いつか機会があればお見せしますね。しかしこの老体故に、さび付いておりますが」
「いやいや、そんな事ないでしょう」
俺は違う問題を忘れてタロートに集中したくなったけど、あと三人から強い視線を受けたのでそっちを向いた。
「ええと、じゃあクロエさん?」
「はい。あの……もうお分かりですよね? マリエルさんは、レナードさんのことが好きなのですが、彼が契約した精霊も彼のことが好きで、それで確執が起こっています」
「それは、もう分かってます。そしてレナードさんが気付いてないのも。あの、もうこれ以上は、助けられませんよねえ」
「はい。トーマ様のご意思の通りに致します」
彼らの青春は彼らに任せよう。
しかしまだ二名が、俺をじっと見つめる。タンジェリンはいつもの事なんだけど、彼らと再会してからハルセトの機嫌が物凄く悪い。
「あの……ハルセトさん。その──」
「私のことは呼び捨てでお願い致します」
親子共々か。
「ハルセトは、どうして機嫌が悪いんですか?」
真正面から聞いてみた。ハルセトは一瞬のち、タンジェリンを睨んだ。
「タンジェリンに聞きました。トーマ様はあの人間たちに、精霊王の力を使用されたのだとか。力の感覚を取り戻す為の経験積みだったとしても、人間に魔力の根源の力を行使されるなんて……」
ハルセトは悔しげに言い、俯いて黙り込んだ。
俺は、タンジェリンを見た。
「タンジェリンさん? 俺は、回復魔法を使ったのでは?」
「はあ、結果は同じですが、精霊王様は世界を構築する魔力で彼らの体を構築し直したのです。治したというよりは、人間より精霊に近く作り直したと表現すべきかと」
「…………ん?」
俺は、勇者パーティーを生んだのはまさか俺なのかと気付いた。
「……でもその、害は無いでしょう?」
「それは、私では分かりかねます。非情だと非難して下さっても構いません。私は迷宮に興味のあられるトーマ様をお守りする為に、丁度良く登場した彼らを訓練台にして、少しでも力を取り戻して頂きたかったのです。私は傷の治癒と解毒の薬を所持していましたが、出しませんでした」
「…………」
感情が、ぐるぐる入り混じった。
タンジェリンのした事の意味は分かる。迷宮を一人で突き進みたがる危なっかしい上司に、魔物に対抗する力を一時でも早く思い出させたかった。でないと、ブロンズ迷宮とはいえ本当に危険だったから……。
それって、生まれてすぐ考えなしに迷宮に来た俺のせいだ。
「……トーマ様、何も悪いことはございません。あなた様は無事に力のコントロール方法を思い出し、あの若者たちは力と名誉を手に入れました。そしてあなた様の──」
「もういい、もういいよ」
「良くありません」
タンジェリンは止めたけれど、俺はテントから出て行った。
コブラの巨大化したような大蛇は、囮となったレナードと、彼の隣に瞬時に出現した精霊の女の子に向かって何かを吐きつけた。
それは、俺が試験で使ったような防御魔法で塞がれた。良く見ると、地面に落ちた液体から煙が上がっている。
酸なのか高温の何かなのか分からないが、危険な事には変わりない。
レナードと女の子は、液体を吐きつけながら素早くうねって突撃してくる大蛇を上手く避け、大蛇を取り囲むように散った仲間たちが攻撃し始めるのを待ったようだ。
いつの間にか裂け目の上、俺たちと裂け目を挟んだ反対側の地面に上がって来ていた弓使いの女の子が、前とは違う高価そうな弓を連続で引いて、どこからか出現する矢を大蛇の目に向けて打ち続けた。
一瞬、鳥かと思った大きな影が大蛇に接近して頭の上を通過して、すれ違いざまに剣によるものだろう鋭い斬撃を加えた。それは前に質素な短剣を装備していた男の子で、背中からトンボのような昆虫の羽が二対生えている。
知らない知識だったけど、不意にあれは憑依型の精霊だと気付いた。
精霊には肉体に重きを置く存在と、精神体に重きを置く者の二種類がいる。
憑依型は物理攻撃能力が皆無だけれど、契約者に憑依する事で特殊能力を与える。彼の場合は、この飛行能力なんだろう。
あと、裂け目のどこにいるか分からないが、魔術師の誰かが大蛇に強烈な威力の束縛の魔法をかけた。
大蛇の動きが制限されたから、呆気ないけどもう終わりかと思った。
「トーマ様、お下がり下さい」
タンジェリンが言って、返事を待たずに俺の腕を取り引っ張った。
下がったから戦闘が見えなくなったと普通に思った次の瞬間、大地の裂け目から突然に多量の翼ある蛇が飛び立ち、俺たちにも向かってきた。
「眷族召喚ですよ!」
タンジェリンは叫んでから俺の腕を放し、襲いかかってくる蛇たちを長剣でざん切りにした。
他にもこっちに来ていた蛇は、タロートとハルセトにより一瞬で駆逐され、マリエルはクロエに守られて、俺みたいにただ地面に座り込んでキョトンとしている。
大地の裂け目から激しい戦闘音が聞こえ、突然に止んだ。
怖いぐらいに多く飛んでいた翼ある蛇も、同時に消えて無くなった。
まさか瞬殺したのかと驚き、再び裂け目から見下ろすと、薄暗い地面に首を真っ二つに落とされた大蛇の死体が転がっていた。
「あれは理想的な葬り方です」
タンジェリンが俺の傍に戻り、説明を始めた。
「先ほど、大蛇が酸性の毒液を吐いていたのを見たでしょうが、あのはねられた首のギリギリのところまでその毒液の線があるのです。あれより上で斬っていれば毒液が多量に飛び散り、相討ちとなったでしょう」
「怖い……って、そうだ。マリエルさん、行こう」
マリエルは何かを怖がり落ち着かない風だが、俺は彼女の手を取り、半ば強引に一緒に大地の裂け目の底まで降りていった。
既に日が落ちた後の暗さのある周辺。誰かが作成した光の玉の灯りでだけ、周囲は照らされている。
不思議な事に、翼ある蛇で冒険者が退治した物は消えておらず、そちらが目的らしいもう一つのパーティーは死体を拾い集めては精霊たちが空間収納に収めていっている。
俺たちはその傍を通り、マリエルの仲間たちに近付いた。
彼らは大蛇の死体を既に回収し終わり、地面に残った酸性の液体を踏んづけたと大騒ぎしていた。火傷は治るからいいけど、靴が溶けると。
リーダーの男の子と、弓使いの女の子。今もトンボの羽で飛んでいる短剣使いの男の子に、岩陰にいた半霊人の男の子。半霊人の男の子の傍には、毛並みの美しい大型犬が一頭寄り添っている。
そして戦いの時に、リーダーの傍にいたピンクの長髪にピンクのドレスを身にまとう美しい女の子。彼女は俺に気付いて振り向いて、少し緊張した面持ちで怪訝そうな表情もした。
花族の精霊だと思った。花族は普通は霊体に近い存在の筈が、肉体を持ち生きているように見える。
どういう来歴なのだろう、質問したいと思うと、マリエルが俺の手をギュッと握りしめた。
俺はハッとした。このまま逃げようと思った。でも彼らは、俺たちに気付いてしまった。
「あっ、君、トーマ君? それに、マリエルじゃないか!」
リーダーの男の子、レナードは喜び、少しよろけつつも近付いてきた。
マリエルは動揺したようだけど、俺の手を離して彼に近付いた。他の子たちも近付いてきて、マリエルはここにいることを喜び、同じぐらい不思議がった。
「それは、後で説明するわね。今は、足を治した方が良いんじゃないの?」
気丈なマリエルがそう言うと、毒液を踏んづけたレナードは愉快そうに笑った。
2・
大地の裂け目から出て行き、本来の地下十二階の地面である荒野で火をおこして、テントを張ったり食事の準備をしたりした。
マリエルに足を治してもらったレナードは、もらったばかりの上等な靴が溶けたという話を何度も取り上げては笑った。
もらったというのは、スポンサーが付いたという意味だろう。活躍し始めたといえど初心者が入手できそうもない武器と防具に身を包んでいるから、きっとそうだと思う。
レナードだけでなく気さくな全員は、マリエルが悔しくて追いかけてきたことを知って、少し笑いはしたが悪びれていた。
「置いてけぼりにしたのは、悪いと思っている。でも、マリエルが立ち直った頃に、迎えに行こうと思っていたんだ」
焚き火の前、レナードの隣で木の椅子に座り、マリエルは少し緊張気味に話を聞いている。
「実はこの大蛇を何匹か狩ったのには原因があって……この皮、防御力の高い良いローブの素材なんだ。マリエルの装備一式を作って、前みたいに攻撃を受けないようにしてあげたかった。これがあるから一緒に行こうって、マリエルを説得しようと思ってたんだ」
レナードと仲間たちは、本気でマリエルに笑顔を向ける。
「ここまで来られたんだから、また一緒に行ってくれるだろう? だって、みんなで一流になろうって誓い合ったんだ。その夢を叶えよう」
レナードはマリエルに手を差し出す。でも、問題はそこじゃない。
本当の問題の花族の精霊は、俺たちを怪訝がりつつ、彼らの傍に立っている。俺が誰かは分かってないようだけど、高位の者とは分かっているんだろう
マリエルは、なかなか答えない。後ろ姿がとても悲しげにも思える。
「あの」
俺は居たたまれず、隣のテントから口を挟んだ。
「まだマリエルさんには葛藤があるから、しばらく考えさせてあげればどうかな? だって、あんな怪我をしたら、誰だって戦うのは怖いもん」
俺が笑って言うと、彼らは納得した。
明日に中層中部の村に帰るから、そこまでとりあえず一緒に行こうと決まった。
マリエルはこの夜、仲良くなったからといってクロエのテントに逃げ込んだ。
3・
翌日。勇者パーティーと共闘したパーティー、そして俺たちは、共に地下十五階にある村まで一緒に移動した。
適当に狩りをしながら歩く道中、勇者パーティーの実力がどう考えても一緒に蜂を退治した時の彼らと同じに見えなかった。
それぞれに精霊と一体以上契約した上での実力のアップもあるだろうが、動きが違いすぎる。まだ技術的に拙いのに、スピードと威力が熟練者レベルで、それこそ訓練施設で見た教官たちと同じかそれ以上のものに思えた。
どうしてだろうと悩んでいる間に、半日が経過して村まで戻れた。
マリエルはまだ迷いつつも、彼らと一緒に行ってしまった。
ここで村の公営テントを借りた俺たちは、そこに一度引っ込んだ。
まず話し始めたのは、意外なことにタロートだった。
「弓使いの女の子の持つ弓は、純粋な精霊です。お分かりでしたか?」
「ええ? いや、他に考える事が多くて、全然気付かなかったです」
一緒に歩いていると、時折弓を持っていない時に彼女の傍に薄紫色の髪のイケメンがいた。それは不思議に思ったものの、マリエルのことが心配で頭から排除したんだった。
「土族に分類される、武器の精霊です。我らは主人に使われて、威力を増すのです」
「……我ら? 我らって、じゃあタロートさんも武器ですか?」
「はい。いつか機会があればお見せしますね。しかしこの老体故に、さび付いておりますが」
「いやいや、そんな事ないでしょう」
俺は違う問題を忘れてタロートに集中したくなったけど、あと三人から強い視線を受けたのでそっちを向いた。
「ええと、じゃあクロエさん?」
「はい。あの……もうお分かりですよね? マリエルさんは、レナードさんのことが好きなのですが、彼が契約した精霊も彼のことが好きで、それで確執が起こっています」
「それは、もう分かってます。そしてレナードさんが気付いてないのも。あの、もうこれ以上は、助けられませんよねえ」
「はい。トーマ様のご意思の通りに致します」
彼らの青春は彼らに任せよう。
しかしまだ二名が、俺をじっと見つめる。タンジェリンはいつもの事なんだけど、彼らと再会してからハルセトの機嫌が物凄く悪い。
「あの……ハルセトさん。その──」
「私のことは呼び捨てでお願い致します」
親子共々か。
「ハルセトは、どうして機嫌が悪いんですか?」
真正面から聞いてみた。ハルセトは一瞬のち、タンジェリンを睨んだ。
「タンジェリンに聞きました。トーマ様はあの人間たちに、精霊王の力を使用されたのだとか。力の感覚を取り戻す為の経験積みだったとしても、人間に魔力の根源の力を行使されるなんて……」
ハルセトは悔しげに言い、俯いて黙り込んだ。
俺は、タンジェリンを見た。
「タンジェリンさん? 俺は、回復魔法を使ったのでは?」
「はあ、結果は同じですが、精霊王様は世界を構築する魔力で彼らの体を構築し直したのです。治したというよりは、人間より精霊に近く作り直したと表現すべきかと」
「…………ん?」
俺は、勇者パーティーを生んだのはまさか俺なのかと気付いた。
「……でもその、害は無いでしょう?」
「それは、私では分かりかねます。非情だと非難して下さっても構いません。私は迷宮に興味のあられるトーマ様をお守りする為に、丁度良く登場した彼らを訓練台にして、少しでも力を取り戻して頂きたかったのです。私は傷の治癒と解毒の薬を所持していましたが、出しませんでした」
「…………」
感情が、ぐるぐる入り混じった。
タンジェリンのした事の意味は分かる。迷宮を一人で突き進みたがる危なっかしい上司に、魔物に対抗する力を一時でも早く思い出させたかった。でないと、ブロンズ迷宮とはいえ本当に危険だったから……。
それって、生まれてすぐ考えなしに迷宮に来た俺のせいだ。
「……トーマ様、何も悪いことはございません。あなた様は無事に力のコントロール方法を思い出し、あの若者たちは力と名誉を手に入れました。そしてあなた様の──」
「もういい、もういいよ」
「良くありません」
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しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
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