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第二章 カルゼア大森林とエルフたち
7 手紙の内容の検討会と思い出話
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1・
真夜中に、世界樹のたもとのお城まで帰還した。
鳥族の兵士たちは一部を残してベルリアナさんの領地に戻り、数名がお城に残ってくれた。直面している危険なことは何もないものの、手紙にある呪いの事が気になったようで。
でも呪いがあるかどうか憶えてない上に、世界のネット検索能力でいくら自分を観察してみても、ステータスに呪いの文字はない。
超健康優良児で仲間に好かれる心優しい精霊王とは出た。どの辺りが呪いだろうか?
手紙は嘘を言っていないと強烈に感じるし、手紙自体を観察したところで、保護魔法(弱)と友からの祝福(強)としか文字が出ない。だから問題はどこにあるんだって~の!
よって、適度に疲れを癒してから迎えた翌日の朝。俺の部屋に関係者を集合させて、話し合ってみることにした。
タンジェリンとタロートにも読んでもらったので、あと二人の鳥族の兵士を加えて五名での集会だ。
ちなみに隊長さんの名前はハルセトといい、俺と張るスピードを小さな鳥の姿で出せる真の精鋭だ。戦っても強いらしい。
手紙を最初に読んでくれたもう一人の兵士さんはクロエといい、飛ぶのは早くないが強力な魔術的才能があるという。そして鎧姿じゃ分からなかったが、女性だった。
そして俺を加えた五人で、問題の手紙を前に謎を考えてみた。
まず、俺の前世の精霊王がサフィリシス王子を騙して、命を賭けてまでエルフたちの好感度アップと鎖国的生活を促しただろう点は。
後半部分にある呪いに言及した辺りで、サフィリシスが精霊王の作戦に則って動いたとしている為に、俺が純粋に人気者になって自分を崇めさせ、かつ囲い込みたいなんて意図があったら彼に暴動起こされただろうから、呪いに関する何かしらの事情があってのことだろうと結論づけた。
次に、俺が世界の検索能力で探っても、俺自身のステータス画面に呪いの文字が見当たらない事に対しては。
クロエさんが、おずおずと挙手してくれた。
「どうぞ」
「トーマ様の精霊王としての力の取得が抑えられた為に、強力な魔力……魔法世界の根源に関するとおぼしき呪いの力を、感知できないのではないでしょうか」
「俺も自分でそう思います」
話が終わりそうになった。
そこで、見てくれが普通に賢そうなタンジェリンが挙手した。
「はい、どうぞ」
「一つ、気になる文章があるのです。この手紙は、他人が読んでもいいように書いているつもりだが……のところなのですが」
「うん」
「そのすぐ後に、お前は次の世で永き呪いから解き放たれる可能性があると言っていたが、もうその呪いは解けたか? と続きます。ここで初めて、呪いの存在が示唆されます」
「そうですね」
「他人が読んでもいいように書いているとは、つまり、暗号として書いているという意味にも取れます。その後の文章に不穏なものが続くものの、問題とするものが呪いではない可能性もあるかと思います」
「……もうちょっと簡単に説明をお願いします」
「仮定ですが、精霊王様がお生まれになった時に肉体的特徴として引きずっている病などなら、比喩で呪いと表現しそうですが?」
「……」
俺は考えた。それは、精霊王という重責のストレスで常に胃潰瘍を患っているとか……。
俺たちは至極真面目に、手紙の一部を確認しながら検討してみた。
『俺の死を肩代わりしてくれた時、お前は弱りつつも嬉しそうに、背負った宿命から逃れられる時が近いと語ってくれた。(肉体的辛さからの解放)
そして呪いに繋がる、全ての真実も教えてくれた。他の誰も知らない、創造神ウィネリアとお前だけが知る魔法世界の厳しい現実を。(世界を支えるのは辛いよな、胃潰瘍も出来るよね)
そのおかげで、お前が精霊王として立派に務めを果たしていても、時折辛そうにしていた理由が良く分かった(そりゃ辛いだろ)。だから俺は恩返しの為にも、この三百年間、何があろうがお前とその作戦を裏切らずに生きた。(お隣さんのエルフたちが精霊を好きになってくれてストレス軽減だ!)
その結果は今後も維持され続け、この手紙を読む時のお前が手にしているだろうか?(ストレス軽減で病からの解放)
もう、呪いの辛さから解放されているだろうか?(超健康優良児のステータス持ち)』
ここまで検討してみた後、全員が俯いて必死に笑いをこらえた。昨日、俺の流した涙を返してもらいたい。
「申し訳ありません。本当に……すみません」
タンジェリンが苦笑しながら謝罪する。
「いや、謝らなくてもいいですよ。本当にそうかもしれませんし?」
「あの、しかし、こういう内容を遺言で千年間も残すか、という基本的問題があります。人の命のかかった話ですから、呪いという単語は例えや隠語ではなく、文字通りの意味がある可能性が高いのではありませんか。警戒は怠らないように致しましょう」
人を笑わせた罪を背負ったからか、タンジェリンは必死に訴えた。
俺は、何とか落ち着きつつ頷いた。
「一番簡単な解決方法は、俺が全てを思い出す事ですよね」
「はい」
みんなが同じ返事で頷いてくれた。
「その問題なんですが、確かタンジェリンさんは俺の背丈が伸びるのを早めたいなら、魔力を鍛えたらいいようなことを言ってませんでしたか?」
「はい、言いましたよ。魔力とは我らにとっての魂や命そのものでありますので、頑張って修行して強い魔力を潜在能力から引き出せるようになれば、化身の姿も大人へと移行してゆくのです」
「ということは俺が迷宮で修行して大人になれば、つまりは精霊王の本来の力を取り戻したという事で、必要な記憶も自然と戻るのではないでしょうか?」
「はい、そう思います」
頼れる男のタンジェリンが、キッパリ言い切ってくれた。タロートもハルセトもクロエも、微笑んで頷いてくれる。
ユーリシエスからもらった仕事を終えた今、俺の予定は何一つとしてない。
解決を後回しにした問題の、世界中の迷宮の魔物レベルが上がっている現象を調べるのは、翼ある者の長として部下が出来てしまった今となっては、彼らを派遣して確認させるだけで良いかもしれないんだけど。
そして冒険者ギルドで気付いた方法として、冒険者たちの迷宮内での死亡率を既に調べてみた結果、四百年ほど前から確かに犠牲者の数が増えつつあり、今も増加傾向なのは事実として掴んだ。
もう、この問題はこれで結論づけてもいいかも。
でもそれじゃあ、つまらない。
そして、修行して記憶を早く回復させる必要性が今ここに出てきた。
だから俺はこれから、再び迷宮にチャレンジしていくと決めた。そう決めたら、物凄く楽しみでワクワクできた。遠足の前の日の気分だ。
やっぱり俺は、冒険が大好きだ!
2・
検討会の後で無言でアピールしてきたハルセトとクロエも、俺の迷宮攻略に同行してもらうと決めた。
その二人に準備をしてもらう為に、出発は明日の朝にと決めた。
旅立つ準備を常に終えているタンジェリンとタロートのお荷物の俺も、今日は何もする事がなくなった。
お昼を過ぎて野菜ジュースをもらって飲み始めてすぐ、それをくれたタンジェリンを見て思い出した。
「タンジェリンさん。前の精霊王シルルとの思い出話を聞かせてくれませんか?」
「あ、はい。構いませんよ」
俺の傍に立っていたタンジェリンは、テーブルについている俺の真正面の椅子に座った。
「実は、シルル様とは生前に言葉を交わした事がないのです」
「……えっ?」
「幾度かお目にかかったのも、それは何人もの壁の向こう、遠方からでした。当時の私は生意気な子供で、同胞も信用せず誰ともつるまず、これから大勢を倒して実力者になっていくんだとただ信じていました」
「……会話したんじゃないんですか?」
「しました。しかしそれは夢の中でなのです」
「……え~と」
「我ら精霊の見る夢は二種類あり、現実世界に意識が漂い出るものと、全く見知らぬ作り物の世界に精神がただようものです」
先のは幽体離脱? 俺も気を付けないといけないか。
「シルル様がお亡くなりになってすぐの事です。私は夢だと自覚している状態で、この世界樹の根元の森にいました。現実世界にいると分かっているのに、目の前にシルル様が微笑んで佇んでおりました」
俺が幽霊で出たのか?
「シルル様は、彼の息子を頼むと私に向かって仰りました。シルル様の息子とは顔見知りでしたが、親しい訳ではありませんでした。なのでどうして? と問いました。そうしたらシルル様は私に、彼は私の友人だろうと返しました。私は、そんなつもりは本当になかったのですが」
語るタンジェリンは、とても懐かしそうに目を細めた。
「私は返事をしませんでした。すると次に、シルル様は私に死刑宣告のような言葉を下さいました。私がいくら修行して多くの者を殺そうが、その実力は上位の者に決して届かないと。そのうち、分かる、と」
「……」
俺、やっぱりボコってるじゃんか。イキッてるのが恥ずかしい。
「私は、シルル様が私の無能さをただ指摘しに来たのだと思い、絶望の淵に突き落とされました。これから本格的に戦いに人生を見いだそうとしていたのに、それが未来のない無意味なことだと切り捨てられたのですから」
「ご、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
「トーマ様、これは貴方様が謝罪されるような話ではないですよ。シルル様は、凍り付いた私に向かって言葉を続けました。自分にとって何が一番大事なのかが、そのうち分かる、とね。私はその言葉で、自分の人生には戦い以外の何かがあるのだと気付きました」
助かった。いい話になってきた。
「シルル様は私の夢から立ち去りました。目覚めた私は、これからも戦いはするものの、戦いよりも自分にとって大事なものとは何か、それを追求する為に旅に出ると決めました。そして色々とあり、今は見ての通り世界樹の世話係になりました。今の私は幸せです」
「……それは、良いことですね」
「ええ、良いことです」
タンジェリンは、本当に嬉しげな笑顔をくれた。幽霊の俺、いい仕事したな。
「……ところで、頼まれた息子さんのことは?」
「今も仲良くしておりますよ。ユーリシエスですよ」
「! ゆ、ユユユユユ?」
ジュースを全部飲んでいて良かった! でないと吐いてた!
「彼、シルルの、俺の、息子!?」
「はい。けれど実のではありません。ですのでユーリシエスには、誰の子なのかと質問されないで下さい。貴方様が思い出した後で、その事を彼と話してあげて下さい。トーマ様、どうかよろしくお願い致します」
「わ、分かりました。はい」
驚いたものの、だから俺に次いでナンバーツーなのかという納得もした。
昔を思い出せば、親子の会話が出来るのだろうか。全然想像できない。
というか、大きすぎる息子にどう話しかけたらいいか分からない。
俺の中身の年齢の三十路っていったらオッサン扱いされる時期だが、もし家庭を持ってたって大人の息子がいる確率なんて低すぎるぐらいに低くて扱いも知っている訳がない、ただの青二才だ。
今後、この辺りの修行もしないといけないようだ……。
真夜中に、世界樹のたもとのお城まで帰還した。
鳥族の兵士たちは一部を残してベルリアナさんの領地に戻り、数名がお城に残ってくれた。直面している危険なことは何もないものの、手紙にある呪いの事が気になったようで。
でも呪いがあるかどうか憶えてない上に、世界のネット検索能力でいくら自分を観察してみても、ステータスに呪いの文字はない。
超健康優良児で仲間に好かれる心優しい精霊王とは出た。どの辺りが呪いだろうか?
手紙は嘘を言っていないと強烈に感じるし、手紙自体を観察したところで、保護魔法(弱)と友からの祝福(強)としか文字が出ない。だから問題はどこにあるんだって~の!
よって、適度に疲れを癒してから迎えた翌日の朝。俺の部屋に関係者を集合させて、話し合ってみることにした。
タンジェリンとタロートにも読んでもらったので、あと二人の鳥族の兵士を加えて五名での集会だ。
ちなみに隊長さんの名前はハルセトといい、俺と張るスピードを小さな鳥の姿で出せる真の精鋭だ。戦っても強いらしい。
手紙を最初に読んでくれたもう一人の兵士さんはクロエといい、飛ぶのは早くないが強力な魔術的才能があるという。そして鎧姿じゃ分からなかったが、女性だった。
そして俺を加えた五人で、問題の手紙を前に謎を考えてみた。
まず、俺の前世の精霊王がサフィリシス王子を騙して、命を賭けてまでエルフたちの好感度アップと鎖国的生活を促しただろう点は。
後半部分にある呪いに言及した辺りで、サフィリシスが精霊王の作戦に則って動いたとしている為に、俺が純粋に人気者になって自分を崇めさせ、かつ囲い込みたいなんて意図があったら彼に暴動起こされただろうから、呪いに関する何かしらの事情があってのことだろうと結論づけた。
次に、俺が世界の検索能力で探っても、俺自身のステータス画面に呪いの文字が見当たらない事に対しては。
クロエさんが、おずおずと挙手してくれた。
「どうぞ」
「トーマ様の精霊王としての力の取得が抑えられた為に、強力な魔力……魔法世界の根源に関するとおぼしき呪いの力を、感知できないのではないでしょうか」
「俺も自分でそう思います」
話が終わりそうになった。
そこで、見てくれが普通に賢そうなタンジェリンが挙手した。
「はい、どうぞ」
「一つ、気になる文章があるのです。この手紙は、他人が読んでもいいように書いているつもりだが……のところなのですが」
「うん」
「そのすぐ後に、お前は次の世で永き呪いから解き放たれる可能性があると言っていたが、もうその呪いは解けたか? と続きます。ここで初めて、呪いの存在が示唆されます」
「そうですね」
「他人が読んでもいいように書いているとは、つまり、暗号として書いているという意味にも取れます。その後の文章に不穏なものが続くものの、問題とするものが呪いではない可能性もあるかと思います」
「……もうちょっと簡単に説明をお願いします」
「仮定ですが、精霊王様がお生まれになった時に肉体的特徴として引きずっている病などなら、比喩で呪いと表現しそうですが?」
「……」
俺は考えた。それは、精霊王という重責のストレスで常に胃潰瘍を患っているとか……。
俺たちは至極真面目に、手紙の一部を確認しながら検討してみた。
『俺の死を肩代わりしてくれた時、お前は弱りつつも嬉しそうに、背負った宿命から逃れられる時が近いと語ってくれた。(肉体的辛さからの解放)
そして呪いに繋がる、全ての真実も教えてくれた。他の誰も知らない、創造神ウィネリアとお前だけが知る魔法世界の厳しい現実を。(世界を支えるのは辛いよな、胃潰瘍も出来るよね)
そのおかげで、お前が精霊王として立派に務めを果たしていても、時折辛そうにしていた理由が良く分かった(そりゃ辛いだろ)。だから俺は恩返しの為にも、この三百年間、何があろうがお前とその作戦を裏切らずに生きた。(お隣さんのエルフたちが精霊を好きになってくれてストレス軽減だ!)
その結果は今後も維持され続け、この手紙を読む時のお前が手にしているだろうか?(ストレス軽減で病からの解放)
もう、呪いの辛さから解放されているだろうか?(超健康優良児のステータス持ち)』
ここまで検討してみた後、全員が俯いて必死に笑いをこらえた。昨日、俺の流した涙を返してもらいたい。
「申し訳ありません。本当に……すみません」
タンジェリンが苦笑しながら謝罪する。
「いや、謝らなくてもいいですよ。本当にそうかもしれませんし?」
「あの、しかし、こういう内容を遺言で千年間も残すか、という基本的問題があります。人の命のかかった話ですから、呪いという単語は例えや隠語ではなく、文字通りの意味がある可能性が高いのではありませんか。警戒は怠らないように致しましょう」
人を笑わせた罪を背負ったからか、タンジェリンは必死に訴えた。
俺は、何とか落ち着きつつ頷いた。
「一番簡単な解決方法は、俺が全てを思い出す事ですよね」
「はい」
みんなが同じ返事で頷いてくれた。
「その問題なんですが、確かタンジェリンさんは俺の背丈が伸びるのを早めたいなら、魔力を鍛えたらいいようなことを言ってませんでしたか?」
「はい、言いましたよ。魔力とは我らにとっての魂や命そのものでありますので、頑張って修行して強い魔力を潜在能力から引き出せるようになれば、化身の姿も大人へと移行してゆくのです」
「ということは俺が迷宮で修行して大人になれば、つまりは精霊王の本来の力を取り戻したという事で、必要な記憶も自然と戻るのではないでしょうか?」
「はい、そう思います」
頼れる男のタンジェリンが、キッパリ言い切ってくれた。タロートもハルセトもクロエも、微笑んで頷いてくれる。
ユーリシエスからもらった仕事を終えた今、俺の予定は何一つとしてない。
解決を後回しにした問題の、世界中の迷宮の魔物レベルが上がっている現象を調べるのは、翼ある者の長として部下が出来てしまった今となっては、彼らを派遣して確認させるだけで良いかもしれないんだけど。
そして冒険者ギルドで気付いた方法として、冒険者たちの迷宮内での死亡率を既に調べてみた結果、四百年ほど前から確かに犠牲者の数が増えつつあり、今も増加傾向なのは事実として掴んだ。
もう、この問題はこれで結論づけてもいいかも。
でもそれじゃあ、つまらない。
そして、修行して記憶を早く回復させる必要性が今ここに出てきた。
だから俺はこれから、再び迷宮にチャレンジしていくと決めた。そう決めたら、物凄く楽しみでワクワクできた。遠足の前の日の気分だ。
やっぱり俺は、冒険が大好きだ!
2・
検討会の後で無言でアピールしてきたハルセトとクロエも、俺の迷宮攻略に同行してもらうと決めた。
その二人に準備をしてもらう為に、出発は明日の朝にと決めた。
旅立つ準備を常に終えているタンジェリンとタロートのお荷物の俺も、今日は何もする事がなくなった。
お昼を過ぎて野菜ジュースをもらって飲み始めてすぐ、それをくれたタンジェリンを見て思い出した。
「タンジェリンさん。前の精霊王シルルとの思い出話を聞かせてくれませんか?」
「あ、はい。構いませんよ」
俺の傍に立っていたタンジェリンは、テーブルについている俺の真正面の椅子に座った。
「実は、シルル様とは生前に言葉を交わした事がないのです」
「……えっ?」
「幾度かお目にかかったのも、それは何人もの壁の向こう、遠方からでした。当時の私は生意気な子供で、同胞も信用せず誰ともつるまず、これから大勢を倒して実力者になっていくんだとただ信じていました」
「……会話したんじゃないんですか?」
「しました。しかしそれは夢の中でなのです」
「……え~と」
「我ら精霊の見る夢は二種類あり、現実世界に意識が漂い出るものと、全く見知らぬ作り物の世界に精神がただようものです」
先のは幽体離脱? 俺も気を付けないといけないか。
「シルル様がお亡くなりになってすぐの事です。私は夢だと自覚している状態で、この世界樹の根元の森にいました。現実世界にいると分かっているのに、目の前にシルル様が微笑んで佇んでおりました」
俺が幽霊で出たのか?
「シルル様は、彼の息子を頼むと私に向かって仰りました。シルル様の息子とは顔見知りでしたが、親しい訳ではありませんでした。なのでどうして? と問いました。そうしたらシルル様は私に、彼は私の友人だろうと返しました。私は、そんなつもりは本当になかったのですが」
語るタンジェリンは、とても懐かしそうに目を細めた。
「私は返事をしませんでした。すると次に、シルル様は私に死刑宣告のような言葉を下さいました。私がいくら修行して多くの者を殺そうが、その実力は上位の者に決して届かないと。そのうち、分かる、と」
「……」
俺、やっぱりボコってるじゃんか。イキッてるのが恥ずかしい。
「私は、シルル様が私の無能さをただ指摘しに来たのだと思い、絶望の淵に突き落とされました。これから本格的に戦いに人生を見いだそうとしていたのに、それが未来のない無意味なことだと切り捨てられたのですから」
「ご、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
「トーマ様、これは貴方様が謝罪されるような話ではないですよ。シルル様は、凍り付いた私に向かって言葉を続けました。自分にとって何が一番大事なのかが、そのうち分かる、とね。私はその言葉で、自分の人生には戦い以外の何かがあるのだと気付きました」
助かった。いい話になってきた。
「シルル様は私の夢から立ち去りました。目覚めた私は、これからも戦いはするものの、戦いよりも自分にとって大事なものとは何か、それを追求する為に旅に出ると決めました。そして色々とあり、今は見ての通り世界樹の世話係になりました。今の私は幸せです」
「……それは、良いことですね」
「ええ、良いことです」
タンジェリンは、本当に嬉しげな笑顔をくれた。幽霊の俺、いい仕事したな。
「……ところで、頼まれた息子さんのことは?」
「今も仲良くしておりますよ。ユーリシエスですよ」
「! ゆ、ユユユユユ?」
ジュースを全部飲んでいて良かった! でないと吐いてた!
「彼、シルルの、俺の、息子!?」
「はい。けれど実のではありません。ですのでユーリシエスには、誰の子なのかと質問されないで下さい。貴方様が思い出した後で、その事を彼と話してあげて下さい。トーマ様、どうかよろしくお願い致します」
「わ、分かりました。はい」
驚いたものの、だから俺に次いでナンバーツーなのかという納得もした。
昔を思い出せば、親子の会話が出来るのだろうか。全然想像できない。
というか、大きすぎる息子にどう話しかけたらいいか分からない。
俺の中身の年齢の三十路っていったらオッサン扱いされる時期だが、もし家庭を持ってたって大人の息子がいる確率なんて低すぎるぐらいに低くて扱いも知っている訳がない、ただの青二才だ。
今後、この辺りの修行もしないといけないようだ……。
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