蛇と龍のロンド

海生まれのネコ

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一章 平凡に生きたいだけの男

5 戦いの道程

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1・

幾人もの幽霊が、俺の身体を引っつかんで暗い地面の中を移動して行った。

物凄く叫び出したい衝動を押さえて大人しく運ばれた先で、それなりに広い空間に出た。

幽霊が離れてくれたから、俺は自力で床の上に立った。
周囲がほぼ暗闇だし床が少し斜めになっているが、ここは大きな宇宙船の一部に思える。

まだ新しいようにも思えたので、襲われて間もないのだろう。これに、俺が助けなきゃいけない野郎が乗ってきた……にしては、一人用ではない。

助けるのは一人。しかし一人用の船じゃない。ということは。

幽霊についてこられながらも、適当にそこいらを歩いた。死体は一つもない。
欠片もない。

船がこんな世界に囚われた後、逃げ場もなく一人以外は食われたか。

吐きそうになったが、その犠牲者なのだろうか、イキイキしている幽霊たちが目の前で、シャキッと敬礼してくれた。

「あの、じゃあ生き残りはどこ?」

彼らは身振り手振りで奥の方を示した。早く回収して帰りたいので、俺は走った。

通路の奥の土砂崩れ現場で、幽霊たちは土の中を指差した。

埋まって眠っているから、時空獣の目をあざむいていれたのだろうか。
俺はその前にしゃがみ込み、土砂に触れてみた。

ユールレム製の何かではないが、とても親和性が高くて、力を使おうとしなくても手が普通に地中に入り込んでしまうほどだ。

中に誰かがいる気配がするので、腕を突っ込んでまさぐってみた。

そのうち、手に何か当たった。
それが何か分からないまま引っつかみ、外に出してみた。

巨大な白い蛇の尻尾だった。

幽霊たちが応援してくれる中、俺は運動会の綱引きをしている気分で蛇の全身を引きずり出した。

眠ってグッタリしているので、気付けで蛇の顔を張り飛ばした。

すると蛇は意識を取り戻して動き始め、黒髪のユールレム人青年に変身した。

「大丈夫か?」

「君は……誰だ?」

「喋れるなら平気だな。これから幽霊で地中移動するから、心の準備を――」

近くで地響きがしたと思ったら、次の瞬間に床に突き飛ばされた。
時空獣かと思ったら、麒麟のリュックの方だった。

「アリスリデル様! ご無事でしたか!」

「リュック……」

死にそうな声を出した次期ユールレム国王のアリスリデル様が、本当に死んじゃったかもしれないと思った。

ら、さっきよりも近くで地響きがして、天井が崩れそうな感じで揺らいだ。

「こっちに!」

今度はノアが来て、俺の腕を引っ張って地中に潜り込んだ。

麒麟の力でか、地中を進むというより空間をすり抜ける感じで、俺を追いかけてきた時空獣の傍を通過した。

そのまま俺たちがさっきいた入り口付近の広場まで戻り、地面の上に立てた。

リュック達の方も無事に戻って来て、船に戻ろうとし始めた。
そしてしつこい時空獣も、地面を破壊しながら追いついてきた。

「逃げるんじゃなくて、倒すんだろ!」

叫んで聞いたら、ノアは頷いてから笑った。

何故ここで笑うと思いはしたが、アリスリデルがいる船の方に行かせる訳にいかないから、必死こいて逆側に走った。

俺をかばって幾人か時空獣に攻撃を加えてくれたのだが、逃げながらチラ見してみた結果、あまりその攻撃が効いてなさそうだ。

さすがの勇者パーティーも、限界が訪れたのだろうか。

それじゃあ俺が死んで終わりじゃんと、ゾッとした。

「誰か、助けろ!」

時空獣の攻撃を避けて間一髪で地面に転がり、必死になって叫んだ。

すると、さっきから青白い影が俺の周辺でチラチラしていると思ったそれが、ふっと消えた。

体の自由が利かなくなった。
吐き気がする。
胸が押し潰されるように苦しい。

意識がはっきりせず、物が二重に見える。

体が勝手に動いて、俺を丸呑みしようと飛びかかってきた時空獣に向けて手を伸ばした。

二度と食われてなるものか。

強い憤りと共に、俺が放てる最大限のエネルギー波を食らわして吹っ飛ばしてやった。

時空獣が倒れていくのは分かったが、俺も意識が飛んだ。

2・

目が覚めて、自分がどこにいるか分からず、部屋の中を見回した。

質素な小さな部屋。
そういえば、自分は宇宙船で宇宙の旅に出ていた。

物凄くお腹が空いて、喉が渇いている。
ベッドからノッソリと起き上がり、ヨロヨロしながら部屋から出た。

通路の窓から外を見ると、宇宙空間ではなくどこかの宇宙港の光景が映し出された。

食堂に向かうと、やっぱりホルンがいて笑っていた。

「おはようございます。戦いは勝てましたよ」

「あー、良かったですねえ。俺もう関係ない」

答えつつセルフサービスのジュースをコップに汲み、冷蔵庫を開けて適当な食糧を物色した。

誰のか知らないコーンスープをチンして、パンを浸して食った。

「んで、幽霊どもはどこ行った?」

「時空獣の巣を破壊した後、国連軍の戦艦がいくつか来たので、そちらに行ったようです。現地解散で、各自故郷に帰るようです」

「おーい、遠足かよ。幽霊だから、普通に成仏すんのかと思ってた」

「宗教観の違いですね」

「俺は、そういう話をしてんじゃないぞ」

確信犯め。

「生きてる奴らは?」

「麒麟のお二方とアリスリデル様は、それぞれの母国に帰られました。カート商会の面々はこの船にいますし、ハルシオンさんも残っています。ちなみにここは宇宙国際連盟の、本部の星です」

「うちのご近所かあ。すぐ帰らなきゃ、もう専門学校が始まっちゃうぜ」

「もう始まってますよ」

「……あれから何日が経った?」

「二週間です」

俺は席を立って帰ろうとしたが、ホルンに押し戻された。

「まだ無理しない方がいいですよ? ユールレムの母星以外で蛇の力を本格的に使うと、かなりの反動が来るんですから」

「うああ、俺の人生が浸食されてる! シナモンちゃん!」

「私たちが関与しなくても、学校には通えませんでしたよ。問題を思い出して下さい」

「はあ……」

パンをちぎりまくり、スープをつけまくって全部食った。

「野菜が欲しい」

「チーズレタスサラダがありますよ」

今度はホルンが持ってきてくれた。具合が悪いので、最初からこのぐらいしてもらいたかった。

「エリックさん……人に世話されるの嫌いですよね?」

「人の心を読むな!」

「問題を思い出して下さい」

「覚えてるよ。俺がユールレムの蛇だってのは。ユールレムの蛇は全員王族で、最近は王家の中でも本当に優秀な血を持つ数人しか変身できないんだろう? 俺もユールレム人だから、知ってる」

「では、その事情がある現在、民間人でもユールレムの蛇となれた者はどうなるでしょうか?」

「クイズかよ。まあ……普通に考えてユールレム政府が迎えに来るよな」

「正解です。そして彼らは、迎えに来た後はどうするでしょうか?」

「うーん、俺を王族の中心付近に置く。貴族の養子とか、婚姻とかで」

「はい正解です。最初の事件で蛇の力を使った貴方は既に王族と認識されていますので、私たちが関与しなかった場合は、今ごろ連れ去られていました」

「シナモンちゃん……」

ちょっと悲しくなった。

「ん? でも俺が戦いに出なくても、既に認識されていたんだから、状況が変わってない……いや、ああ、そうか。俺に手柄を立てさせて、発言権を与えたって事か?」

「それも正解です。宇宙の有力者と繋がりがある上で、難攻不落の時空獣を退治した一員になりましたから、ユールレム政府は貴方の意見を尊重するでしょう。これから、貴方の思うように未来を選択して下さい」

「……はあ、ありがとう。俺、帰るわ」

「カート商会の船に乗っていた方が、安全ですが?」

「俺は、シナモンちゃんを迎えに行く!」

「ストーカーはもう止しましょう。そこは本気で止めますよ」

「何だと、やってみ――」

意識が途切れた。

次に目覚めたのは、一週間後だった。
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