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第三章 国葬式と即位式

二十二 即位式当日の朝から昼前

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1・

朝八時。

僕のスケジュール帳を覗いたミンスさんは、この時間を集合時間か何かだと思っただろう。

実際は、即位式当日に友好国の方々及びバンハムーバの各省庁の役人さんたちと個別に面会を始める時間だ。

こっちにガイアスさんが来てくれるんじゃないかと期待したものの、魔法省の方々は見知らぬ役人さんだけでやって来た。

ガイアスさんが人見知りだからというより、僕がガイアスさんに親しげにしてしまい、普段の居場所をバラしてしまう危険性があるから外されたようだ。少し物悲しい。

あと、バンハムーバの王族でも重要な役職にいない限りは式に参加できない方もいる。そのような方々ともここで会って、できるなら顔と名前を覚えるのも仕事だ。

宇宙軍と陸軍の関係者たちも来て、国軍全ての最高司令官でもある僕に挨拶をくれる。今現在、凶悪な時空獣や賊を追いかけていて忙しいらしい軍の方々は、宇宙各地の師団長などの重要人物が全て来てくれた訳ではないものの、きちんと代理の方を送ってくれている。

他国の方々も、重要なお客様として招いている方のことは覚えないといけない。

僕は、もう朝だけで疲れ果てて倒れそうな気分になった。

しかしそういう大変な時間も、最後には終わりを迎えるものだ。

忙しすぎて来てくれているかどうか確認できていなかったアデリーさんが、お昼前になりアルファルド様と共に訪れてくれた。

ほぼ身内なので休憩時間とし、様子を見に来てくれたエリック様とあまりお会いしたことのなかったバンハムーバ王家の分家の主でクリスタの総督であるクラレンス様とも、一緒にお茶を飲むことにした。

イツキにお茶を回そうとしたけど、やはり断られた。強敵だ。

僕がアデリーさんと和気あいあいと話をしている間に、エリック様とクラレンス様とアルファルド様は何かの真面目な話をし始めた。

そこにイツキがロックバンドトーナメントのインプレッションズの演奏を彼のスマホの通話で持ってきてくれたので、あっちの邪魔をしないようにアデリーさんと一緒に隣の小部屋に移動して曲を全部聴いた。

軽快な曲調の、最近流行りの音楽だ。オールドクラシックじゃないけれど、これもまたいい。ミンスさんの歌声が力強く響いてくる。

現場にいたらインプレッションズに投票しまくるのにと、やっぱり悔しくて仕方がなくなってきた。

「ああー、本当に現場に行きたかったなあ。アデリーさんも、行きたかったんだよね?」

「ええ、はい。でも今日は、こちらに招かれてとても嬉しく思っています。私の人生で上位に入るだろう、名誉な経験になります」

「うん……ありがとう。僕、まだまだ駆け出しだけれど、みんなに誇りにしてもらえるような龍神になるよ」

海老茶色のソファーに並んで座ったアデリーさんは、笑って頷いてくれた。でもふと、真顔になった。

「ショーン様……一つ、お話したいことがあるのです。それをここで聞いて頂いても構いませんか?」

「うん。休憩は、半時間はあるって言ってたから大丈夫だよ」

「その……昨日の電話で、イツキさんのことについて、色々とお話しましたよね」

「あ……うん。その、後でイツキに叱られたよ。僕が変に……その、誤解してるって」

「誤解ですか?」

「そうなんだ。その……僕は、アデリーさんがイツキを好きなんじゃないかと思ったんだ。それでイツキも好きじゃないかと感じたから、色々と手を尽くして手伝ってあげようかなあと思って……本当かどうか分からない事なのに、暴走してごめんなさい」

「いえ……そうですか。イツキさんは、私を好きではないと仰いましたか?」

「うん。僕の早とちりだった。アデリーさんのことも、誤解しちゃった」

「いいえ、私は、イツキさんのことが好きです」

「……え?」

僕は、耳を疑った。

アデリーさんは、辛そうな様子で俯いた。

「私……私は、ユールレム王家の一員としても、公式には名乗らせて貰えない程に立場の悪い者です。お付きの者も、補佐官ではない軍人のベルタのみです。私は、ショーン様が転校されて来てから時折見かけるようになったイツキさんが、とても貴方様のことを大事にされているのを見て……羨ましくて、眩しくて、私も護ってもらいたくて……たったそれだけで、好きになりました」

「ああ……うん。そうなんだ。じゃあその……やっぱりイツキに言っておく」

「いいえ、もしここで成就するような事があったとしても、最終的には悲劇にしかなりません。私はこんな身でも、ユールレム王族としていつか、同じ王族の中で父の命じた者と結婚しなくてはいけません。命令には逆らえません。イツキさんとは……どうあっても、結ばれません。そうなってはいけないのです」

「そんな。その、僕も何とかするから、アデリーさんは諦めるべきじゃないよ。とにかくイツキに、もう一度本音を聞いて──」

「もういいのです。私は、素敵な方に恋をしました。ただその事実があるだけで……これからの人生、幸せに生きていけます。私……大丈夫ですから」

アデリーさんは声を振り絞ってそう言うと、大丈夫じゃない様子で辛そうに泣き始めた。

僕はハンカチを渡しただけでどうしようもなく、運命を受け入れて泣くアデリーさんを見つめるだけ。

僕は、興味本位で首を突っ込むべきじゃない事に突っ込んで、アデリーさんを泣かしてしまった。物凄く駄目な失敗をしてしまった。

僕は何度かアデリーさんに謝罪し、彼女が泣き止むまで見守った。

2・

四人が渓谷を見下ろす森の道に到着した時、雨は既に止んでいた。

しかし曇天であり、ジメジメした熱気がここに存在する全ての者に襲い掛かる。食料が足りず寝不足の一部の者は熱中症でリタイアを余儀なくされた。

一晩かけ、先を行く参加者たちを追いかけて道なき道を時に走って突っ切った四人は、飲み水を使い果たしてさすがに体力の限界を感じている。

それでも救える命があると信じる彼らは、森の外れの高台から渓谷の川辺の道を見下ろして、数名の姿を確認した。

「地面に響くだろうから、大声は出せないな。向こうが知ってるか分からないが、手旗信号を送ってみる」

ジェラルドはリュックサックを置いてタオルを両手に握りしめ、彼らに見えるように崖に落ちる手前まで行き、大きな動きで気を引けるように行動した。

山の方から狙撃され、ジェラルドの傍に威力はないといっても痺れはするレーザー光線が着弾した跡がついた。

ウィルは気力を振り絞り、ジェラルドの周辺に灰色の防御魔法を展開した。

渓谷にいる参加者たちは銃撃の気配に気付いてから、ジェラルドの信号にも気付いた。

信号の意味に気付いた一人が、分かったという意味の手旗信号を返して他の者に報告をする。

ジェラルドはその動きを見て、崖際から身を引いた。

「この先、鉄砲水と地滑り発生って、いちおう伝えたぞ。でも信じてくれたかどうか」

「大丈夫ですよ。参加者同士は争ってはいけないと先に忠告されましたでしょう?」

パーシーは緊張して周囲を警戒しつつ、続けて言った。

「私たちが嘘をついて向こうが回避行動を取って、結果として深夜十二時の時間制限に遅れたとしても、後でそれを指摘してこちらを失格にできるし、自分たちは救済措置があるかもしれないと話してますね」

「うーん、泥臭い。それでも助かってくれればいいけど」

ジェラルドは渓谷の上流の山に目をやり、自分を狙撃してきた監視員たちの姿を小さく確認した。

「兵士たちは上流にいるし、きっと鉄砲水が起こるって分かってるな。でもギリギリまで手出ししないつもりか」

「そうですね。こちらの危機管理能力も試しているのです。けれど彼らの読みは甘いです。ここも危険です。すぐに下がりましょう」

パーシーは周囲に満ちる異変の予感に焦り、三人に向かって手を振った。

しかしジェラルドは、まだ川辺の道にいる兵士たちを気にして立ち去る気になれなかった。

「パーシーとテレサは行ってくれ。ウィルも……いいから、下がってろ」

「! いいえ、まさか置いていけません」

ウィルは顔を青くしてジェラルドに飛び付き、腕を引っ張った。ジェラルドはそのウィルを真顔で押し返した。

「ウィル、お前は人生がかかっているんだろうが。一人でもゴールするんだ」

「ここに来た事で、私は既に失格しています。せめて貴方を護ります!」

「だったら、彼を呼んでくれ! 俺は彼らを助けたいんだ!」

ジェラルドが叫ぶと、呼応したかのように山腹で雷が落ちたような轟音が響き渡った。

広範囲に渡る山腹が割れ、森を伴い下方に滑り落ちていく。

地滑りじゃなく山体崩壊だと気付いたウィルは、大きく崩れる地面に身を伏せつつ、自分から谷に飛び降りたジェラルドに手を伸ばした。

「ロック様!」

最後の助けに向かって叫んだウィルの傍を、彼にしか目視できない青白い姿が風のように走り抜ける。

「あいつ馬鹿だろ!」

ロックの叫ぶ声が崖下に消える。

ウィルは崩壊から逃げようとしつつも、既に地形の変化した渓谷の川辺を凝視した。

一瞬鋭く走った青い光は、轟音を響かせる黒い大地に飲み込まれた。

倒木と土砂に押されて倒れたウィルは、それでもジェラルドが消えた辺りを凝視する。

崩壊が止まり、渓谷は土砂に埋もれた。川辺の道にいた参加者たちとジェラルドのいた辺りは、分厚い土砂に埋もれて生命の動く気配は一切ない。

龍神の力だけでは、これほどの多量の土砂は振り払えない筈。ウィルは、最悪のケースを覚悟した。

あちこちで小規模の土砂の崩壊が続く。上流にいた監視員たちは間一髪で巻き添えを回避し、参加者たちに無事かと呼びかける。

ウィルから少し離れた地点で、倒れた木々の枝に護られたテレサとパーシーが声を上げる。

ウィルは土砂に半分ほど埋もれて体中に激痛を感じつつも、悲鳴を上げずにただ一点を見つめる。その視線の先に、音もなく黒い穴が一つ出現した。

青白い光がほとばしり、小型の黄色い龍が一匹穴から飛び出す。そして戸惑うように穴の周辺を飛んだ後、穴の周辺の土砂を黒い影と共に消し去り、護ることのできた参加者たちが安全に脱出できるように気遣った。

「ロック様……ジェラルド、様」

ウィルは、間に合った上に幸運が味方したと理解した。呟き、ようやく泣こうかと身構えたところで、小型の黄色い龍神はウィルに気付いて素早く傍まで飛んでいった。

「ウィル! 埋もれてるじゃないか!」

「ええ……見ての通りですねえ……」

「ちょっと待ってろ。よく分からないんだが、俺が念じた部分の土砂が消えるんだ」

「感覚がないと言っても、私の足まで消さないでくださいね……」

ウィルは苦笑いしてから、正直に呻いて目を閉じた。
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