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第三章 国葬式と即位式

二〇 これから先の話

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1・

少し予定より遅れたぐらいで中央神殿に到着して、まずこの神殿内にある僕の部屋で昼食を取ることになった。

給仕は、オーランドさんがにこやかな笑顔と共にしてくれた。そして僕らを、イツキが少し離れた壁際から見つめている。

イツキも一緒に昼食をと誘ったのに、もう食べたと言われて断られてしまった。学校からほぼ一緒にいたのにいつ食べたのか、分からない。

デザートに焼きプリンが出てきた頃、窓を打つ雨粒の音に気付いた。

空は曇天で、どんどんと暗くなっていく。僕はとある気配に気付いた。

席を立ち窓に駆け寄り、イツキが注意してきたけど聞かずに窓を開けた。

大粒の雨の降るベランダに出て空を見上げると、エリック様が変身された巨大な龍神が雲間から降りてくるところが見えた。

「エリック様~!」

分かってもらえるだろうかと思って叫んで手を振ると、彼は気付いてこちらを向いてくれた。

雲が割れて青空が見えて、天気雨になった。

無数の雨粒が輝き、虹が出現した。煌びやかな世界の中で、エリック様は僕に向かって舞い降りて、直前に人型に戻ってベランダに立った。

「やあ、ショーン。もう来てたのか。濡れるから入った方がいいぞ」

「お仕事をされていたんですか? 最近、この辺りはまとまった雨が降っていませんでしたよね?」

「ああ。それもあって潤しているんだが、近所の海上で嵐の予兆があってな。明日はショーン、シャムルルの大事な日だから首都が晴れるように調整していて、その余波の雨でもある」

「へえ……僕も、いつかはそのように働くのですよね? 僕も頑張りますね!」

今日は色々とあったけれど、エリック様といるとどうしても前向きにしかなれない。僕の憧れの龍神像は、エリック様に近い。

身に宿る力が同じじゃないから完全には真似できないけれども、それでも男らしくて格好よくて頼りがいがあってとても立派だ。

僕も将来はこんな風になるんだ。

そう思うと、ワクワクしかない。

僕は上機嫌になり、エリック様と一緒に部屋に戻った。

エリック様の帰りを待っていた人たちが僕の部屋の前に来たようなので、エリック様はすぐに行ってしまいそうになった。

僕はその逞しい後ろ姿を見て、すべき事を思い出した。

「エリック様、お仕事が終われば、また会いに来て下さいますか?」

「ああ勿論だ。俺は今日と明日は、シャムルルの補佐役なんだよ」

「あ、ありがとうございます。その、マーティス国王様も、神殿にいらっしゃいますか?」

「いると思う。じゃあ後で一緒に来る。それでいいか?」

「はい……はい、頼みます」

「うん。ショーンは、ちゃんとプリンも食べるんだぞ」

「はい」

僕は笑って頷いた。エリック様も笑って、部屋を出て行った。

焼きプリンはとても美味しかった。

2・

時間が経過した。

そわそわしながら待っていると、エリック様とマーティス国王様が共にやって来てくれた。

未だにマーティス国王様は少し苦手なんだけれども、今日は機嫌が良いらしくて笑顔なので大丈夫だ。

奥の方にあるテーブル席に着席してもらい、僕もその正面に座った。そして笑顔の二人に切り出した。

アルファルド様から教えてもらったユールレムの事情は、ポドールイの民を助ける方法で同じように援助できる可能性がある。その場合、僕がそれを作ったとして、バンハムーバは利益を得るかどうかと。

二人の笑顔は無くなり、彼らは一度顔を見合わせた。そしてエリック様は言った。

「ああうん、得るだろうな。しかし援助の範囲にもよる。ショーンがホークアイの宝玉と同じようなものを生み出せ、他の者が作れないとなると、石を輸出する事でバンハムーバの利益になる。ただしこれは、ユールレムに金銭的な形以上の借りを作らせる事になり、王族を操り実質的なユールレムの支配すら可能になるかもしれない」

その言葉に、マーティス様が少し目付きを悪くして言った。

「まさかこんな形で、バンハムーバが単独で宇宙一の国になる可能性が生まれるとは思いもよりませんでした。しかしあり得る話です。余計に、新たな生命体製造の実験は止してもらいたいですね」

僕は驚いた。

「えっ……利益になるんですよね?」

「はい、なりますとも。しかし宇宙一の大国になるというのは、宇宙全ての責任と義務を背負うという意味です。得る物も大きければ、失う物も多いのです。現在のように、責任を持ち巡回する宇宙管轄領域を大まかに二つに分ける方がやりやすい問題が、政治的には沢山あるのです。厳密に言えば、宇宙に国は二つだけではありませんからね」

「では、役立つ物としても、バンハムーバとしては生み出さない方が良いのですか?」

「はい」

マーティス様は気合いの入った笑顔をくれた。やっぱりちょっと怖い。

僕が黙ると、エリック様が話し始めた。

「第二の可能性として、ショーン以外にもその石を生み出せるとするなら、製造方法を売ることで大儲けできる。借りを作らせるが、それは方法を生み出した者がバンハムーバにいるという程度のことになり、力ある石自体を生み出せるようになるユールレムは、独立したままでいれる。いつか王族が消え去っても、ユールレムの特異性と優位性は守られ平和は維持されるだろう」

「な……なるほど。そうなら、僕が生み出すべきなのは、石自体ではなく、僕以外の者でもそれを生み出せる製造方法なのですね」

「ショーン様……シャムルル様? それは今、優先されるべき問題ですか?」

マーティス様は、僕を若干睨みつつ言った。

僕は気押されまいと頑張った。

「二国が宇宙にあることがバンハムーバの最たる利益なら、僕は力ある石を生み出す製造方法を研究することが龍神の役目と思います」

今出た結論で言うなら、これしかないと思った。

マーティス様は黙って目を閉じ、二度頷いた。

「シャムルル様、貴方様のご意見はよく理解できました。確かに貴方様の仰る通り力ある石の製造方法があれば、いつしか訪れるユールレムの没落を阻止でき、バンハムーバは今以上の重荷を背負うことはありません。私は、貴方のご意見に賛同いたします」

「えっ、じゃあ……実験しても、良いんですか?」

「バンハムーバ国王として許可いたします。エリック様はどうされますか?」

マーティス様は、エリック様に聞いた。

「いや、面白いなあと思って意見を聞いていた。まさか問題をそこまで発展させて、マーティス様の同意を得るとはな。シャムルル様の将来がとても楽しみだ」

「それは、同意されるという意味でしょうか」

「それ以外にない。シャムルル様は、まだまだ基礎能力が足りないけれど、勘はとても良い。すぐに製造方法を発見するかもな。俺も応援する」

エリック様は、ニッコリと笑ってくれた。

僕は嬉しくなり、舞い上がりそうになった。

だから僕が何故ユールレムの問題も考えに入れられたかという事情を……図書館であったことを説明した。

アルファルド様の話もしたら、二人はまた真顔になった。

「クリスタは宇宙文明の隅にあるとはいえ、流刑地じゃないんですがね」

マーティス様が苦笑いする。

「でも、大きな国が二つあって良かった例になるな。よしよし、ちょっと連絡入れて仲良くしておくか。俺の方が話しやすいだろう」

「ん?」

エリック様の言葉に、僕は首を傾げた。

「ああ、俺は今もユールレム王家の名簿に名が載っているユールレム人なんだぞ。バンハムーバの血は四分の一だ。だから黒髪だろ?」

「あ、はい。ユールレムの王族でありつつ、バンハムーバ最強の龍神様ですものね! エリック様……凄いです」

僕は今更ながら、エリック様の輝く存在感に気付いた。そして僕は、問題をもう一つ思い出した。

僕は壁際に立つイツキを見た。

イツキは僕を見て、しばらくして歩いて近づいてきた。

イツキの手からエリック様に、折りたたまれたプリントが手渡された。

エリック様は中を確認して、マーティス様に手渡した。マーティス様も見た。

「はあ、別に問題はありません。いくら宇宙一記憶力が良い存在でも、先ほどの提案を出すような国に有益な仕事ができるかどうかは別問題ですからね。それにシャムルル様は多忙であり、勉強に集中できておられない事情もありましたし。気になさる事はありません」

「……本当に、それでも良いのですか?」

マーティス様は、ニッコリ笑ってくれた。

「悪いです。けれど、こういう勉学は後でゆっくりと修められます。今は今すべき問題に集中する方が有益です。ですから、シャムルル様も先ほどの提案を今されたのでしょう? 優先順位はこちらが上という意味です」

「ああ、はい」

「でも、だからといって手を抜いたりサボったりは止していただきたいです」

「はい。ちゃんと頑張ります。授業中はしっかり集中します!」

今までもそうしていて、結果はこれだけど……。

とにかく、難しい話は終わったからこれからは明日の話でもするかなと思っていると、いきなりエリック様が敬語で切り出した。

「マーティス様、前に少しだけ説明しましたが、シャムルル様は今現在、レリクスとして不安定過ぎる魂を持つために、その強化が必要です。それは、死んだはずのレリクスの部分を蘇らせるという意味なのですが、どう判断されますか?」

「……は?」

一番怖い時のマーティス様が出現した。

「ええまあ、理解はできます。レリクスとして誕生されたシャムルル様ですので、その基本が死んだままでは脆弱ですよね。しかし蘇らせ方の説明までは受けておりませんよ?」

凄みながら言うマーティス様に、エリック様は笑顔で言う。

「彼自身の神族の力を使用してもらいます。その力の安定化の意味もあり、レリクスが誕生する際に必要な、純粋で魔力的に強い光が集まる場所で一番の近場である、アデンに渡る必要があります」

「アデンにですか。その護衛はエリック様が?」

「いいえ、私はもう母星に帰還しますよ。妻に案内を頼もうと思っています。その旅の許可は得られますか?」

「……シャムルル様の魂の問題は、大きな弱点です。捨てておいても良い問題ではありません。しかし近いとはいえアデンに渡る旅の間に、何があるか分かりません。今すぐではなく、もう少し様子を見て代替案があるかどうか他の者とじっくり検討した後に、再び話し合いを持った方が良いのでは?」

「即位式のすぐ後でしたら、アデンの大規模召喚門からミネットティオルに帰還されるノア様が、片道のみですが同じく護衛として付き従ってくれると言うのです。彼に頼れるのは、今だけかと。それに下手に時間を置いてしまい、大事件が発生してからでは手遅れになる可能性もあります」

「…………」

マーティス様は悩みはじめた。

「明日の夕方までに考えをまとめます。即位式の後に、再び話し合いを持ちましょう。では、私はここで失礼いたします」

マーティス様は素早く立ち上がり、風のように立ち去って行った。

僕は見送り、あのように仕事ができる存在になりたいと憧れた。ここは、憧れの対象が多すぎるようだ。

「マーティスはレリクスの問題を他の者にもバラすようだが、でもそれは仕方ないな」

エリック様は苦笑いした。

「そうですよね。仕方ありませんよね」

「うん。それでショーン君、生き返らせるのは君自身だけじゃない。レリクスの正式な子を生ませる手段となるレリクスの王も、女王をそうしたように生き返らせる必要がある。二度その力を使うことになるので、同時に生き返りの作業を行うか、別々に行うかを決めてもらいたい。そして王を生き返らせる場所もだ。早ければアデンへの出発は来週始めになるが、そのスケジュール以外は好きに考えてくれていい。それと……」

「はい?」

「レリクスに戻ること、女王の部分を消して普通の子として生まれること。ショーンはそれをちゃんと受け入れているか? 迷っているなら教えてくれ。期限は、急かせて悪いが明日の夜までだ。月曜日に、俺は母星に帰還するからな」

「あ……はい。分かりました。僕、ちゃんと真剣に考え直してみます」

「ありがとう。それじゃあ俺も少し席を外す。ショーンは夕方にお客様との対面がある。それまでは自由だ。しばらく休んでいればいい」

「もうリハーサルはないんですか?」

「今日からもう本番だ。夜にもう一度練習できる時間はあるものの、参拝場の飾り付けを壊したら悪いから、他の場所でした方がいい」

「はい……はい。分かりました」

ダメだ。もう緊張してきた。

エリック様は笑って席を立ち、僕の肩を軽く叩いて立ち去ろうとした。

「イツキと話すとか、友人に電話してみたらいい。少しは緊張がほぐれる」

エリック様が歩きながらくれた言葉で、ミンスさんに電話してないと思い出した。

「で、電話します! 忘れて、ました!」

「あ、何か忘れてたのか? 思い出したなら良かった」

エリック様は笑いながら立ち去った。

僕はスマホを取り出し、ミンスさんに電話した。

3・

ミンスさんは、呼び出し音が六度鳴ってから出てくれた。

「はい?」

「あ、ミンスさん! 今、喋っても大丈夫ですか!」

「うん? なんでテンション高いの?」

「えっ……ミンスさんと話せるからかな?」

「うーん、逆に質問されてもねえ。あ、私なら大丈夫よ。明日に備えて今日は練習がお休みなの。後で、楽器の練習を少しするぐらい」

「良かった。時間が無かったら喋れないと思ってました。喋れて嬉しいです」

「……そうなの。でもアデリーさんと話さないでいいの? もう喋ったあと?」

「あっ、その話なんですが、聞いて下さい!」

僕はアデリーさんがお兄さんと喧嘩していて、下手したらクリスタから出て行かないといけない事態だったことを話した。だから僕はアデリーさんをかばって励まし、お兄さんとも話し合って仲直りしてもらったとも。

「あれって、そんな事情があったの? まさか、びっくりだわ」

「僕も喧嘩の場面に遭遇して驚きました。でももう、二人は和解できました。僕も……う、その、いつか兄と和解したいです」

「お兄さんいたの? 和解って、喧嘩してるの?」

「ええと、喧嘩というよりは、女々しい僕がダメなんです。兄さんは男らしく生きないと男じゃないっていつも言ってる男らしい人で、僕のことを根性……無しって、言います」

「ああうん、何となく分かるわ。でもショーン君は根性無しなんかじゃないわ。だってアデリーさんを頑張って助けたんでしょう? 物凄く男っぽいじゃないの。格好いい男の子だよ」

「か、格好いいですか? そんな風に言われたら、照れちゃいますよ」

「いいわよ、照れちゃって! だって前から、ショーン君は格好いいもの。私のために仲間を探してくれたり、一生懸命に応援してくれたりね」

「えへへ……でも、明日は応援に行けません。本当に行きたかったのに」

「いいの。そっちで応援してくれるでしょう? でも、私もショーン君のことを応援してるわ。ショーン君が本当は何の職業の人か知らないけど、そっちで頑張ってね」

「……うん、頑張る。僕、物凄く頑張る!」

「私も頑張る! 絶対負けないわ!」

「あっ、僕もミンスさんに負けません!」

「もう、本当にショーン君って、可愛いわ~!」

「え~?」

何故張り合うと可愛いんだろう? よく分からない。

「と、とにかく、ミンスさん、明日は優勝をお祈りしています」

「うん。インプレッションズのみんなと、全力出して優勝してくる。約束するわよ」

「僕は……じゃあ、ミンスさんが優勝したら、僕がお弁当作って持って行きますね。楽しみにしてて下さいね」

「そ、それ物凄く食べたいわ……! あああ、優勝したい!」

「ええ、優勝できますよ!」

「そうよね! 運命は私に味方してるわ!」

そういう話を暇な者同士で一時間ほどしたところで、さすがにミンスさんに悪いので電話を切った。

まだ僕の出番はなさそうなので、次にアデリーさんにかけた。

「はい、ショーン様ですか?」

「うん。僕だよ。さっき僕の家に絵付け講座のお皿が届いてたんだけれど、そっちにも郵送されたかな?」

「ええ、届きました。ショーン様の、可愛らしいネコちゃんの絵が」

「ああそれ……うん、ネコだよ。トラ猫。それでアデリーさん、僕のところにイツキの描いたキツネがいるんだけど、もし良かったら譲ろうか? イツキが、もらって欲しがってるから」

「ショーン様!!!???」

イツキの声が背後で上がった。

「え……でも、それはショーン様の宝物ですよね?」

「うん。でもね、イツキがアデリーさんに貰ってって──」

「ショーン様!」

声が近付いてきた。

「え、ええと、大丈夫です。遠慮いたします。イツキさんのキツネはきっと、ショーン様の手元にいたいのだと思います」

「そうかな……僕も嫌いじゃないから、そうかも。じゃあ今度、別の物をあげるよ。イツキの持ち物を」

「えっと……その、ショーン様。もしかして……」

「ん?」

もっと話を聞きたいのに、イツキが必死の形相で僕の顔を覗き込んできたから電話してられなくなってきた。

「あ、アデリーさん。ちょっと用事ができたから、また後でね。明日に話そうね」

「……分かりました。では、明日にはそちらにお邪魔いたします」

「迎えの車が行くから、待っててね」

「はい。待ってます」

「じゃあね」

今度は短い通話になった。

「ショーン様?」

「ん? イツキはアデリーさんのことが好きだろう? だから僕は手伝うよ」

「ですから……それは誤解です。向こうも誤解されて迷惑と思ってらっしゃいますよ。一度、アデリー様に意思確認をされてみればいかがですか」

「ああ……でもイツキが聞かなくてもいいんだ?」

「あのですね。私は全然大丈夫です。誤解を解いていただきたいだけです」

「うん……分かった」

何かつまらないな、と思った。
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