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第三章 国葬式と即位式
4 お勉強タイム
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1・
クリスタの龍神中央神殿にある一室で、エリックは寝椅子に横になり、毛布に包まり昼寝をしている。
そこにこっそり登場したロックは、エリックが気持ち良さそうなのを見て彼の鼻をくすぐった。
「うおう」
ビクついて起きたエリックは、目の前の幽霊を見てイラッとした。
「起こすな。せっかく、気持ち良く昼寝してるのに……」
「はは、この時間にエリックがゆっくりしてるのを見るのは久しぶりだな。記憶にないぐらい」
「結婚当時ぐらいは、クロや子供たちとマッタリしてたんだけどなあ。子供が手を離れると、もう仕事しかすることが無くなり、休み所を失った」
「まあ、今は大人しくしてろ。なんたって三日前に即死並みに失血死しかかったんだからな。魔法である程度治っただろうが、本当なら集中治療室ものだろ」
「あ、でも夕方にショーンが来るから、彼の勉強に少しは付き合うつもりだ。今日が初日だから緊張するだろうし、見守る」
「お前がいたら、逆にプレッシャーじゃないのか」
「……何の報告があって来た?」
「ああ、そりゃ新しい龍神様についてだよ。俺の力を注いで強化したらすぐに変身してくれそうな彼に、きちんと道筋をつけてきた」
「良かったな。お前にあんな形で死なれた時は心底驚いたけれど、事情を察して納得したよ。寿命で死んだら龍神の力を全部使い果たしてしまい、幽霊として出られても誰かを龍神になんか出来ないものな」
「そうそう。殺されて死んだ俺なら力が残ってて、マーティスがどれだけ嫌がろうが、相応しい人物をこっそり龍神にできる。まあ、もう少し時間があれば龍神になれるだろう候補者にしか力を入れても効果がないから、覚醒の時期を早めるだけの処置だがな」
「しかし、その少しの時間の差が、ショーンを護れる一手になりうる。だからお前は……俺にすら相談もせず、とっとと死んだ」
「まあな。それにショーンの仲良しを選んで龍神にしてあげたかった。ショーンは喜ぶし、彼の方も友人のショーンを大事にしてくれるだろうし」
「……そうだな。今は、こんな反則行為をしてでも、味方の戦力を増やした方がいい。新しい龍神君には悪いが、利用させてもらう」
「そのところは、また行って直に説明する。納得してもらってから、最終的に力を与えることにしている」
「すぐ過酷な戦いに巻き込まれて死ぬかもしれないと、か?」
「ああ。それを言っておかないと、龍神にする意味がない」
エリックは罪悪感がありつつも、口を閉ざして目を細めた。
ロックはエリックの不安を理解して、彼の胸の辺りの毛布をポンポン叩いた。
「今も昔も、若者は強いぞ? エリックだって、十八才でデビューしただろ」
「もう終わった俺のことはいいんだ。でも、彼らは乗り越えられるだろうか」
「不安がるより、信じてやれよ。じゃあ、俺は行く」
「……あ、ちょっと待て。一つ聞きたいことがある」
消えようとしたロックを呼び止めたエリックは、寝椅子から起き上がった。
「一網打尽にできたクリスタに攻めてきた賊と、母星の近辺でも逮捕した賊たちのことなんだが」
「何かあったのか」
「ああ。捕まえた賊どもはバラバラの犯罪者組織に所属しているんだが、減刑を条件に吐いてくれた奴らが共通して言う情報がある。母星とクリスタにレリクスの宝石があるという情報を流したのが、クリフパレスという名の犯罪者組織だと」
「クリフパレス? 聞いたことないな。なんだ、崖っぷちに家でも建ててるのか」
「いやいや、海賊らしい名前を付けたかっただけだろ。何か知ってるかと思って聞いたんたんだが」
「全然知らない。五百年も生きてても、海賊の名前を全部覚えられるほど記憶力が良かったためしがない」
「うーん、じゃあもういい。そっちの仕事、頑張ってくれ」
「エリックもな」
「ところで、フリッツベルクの作戦について教えてくれたりしないのか?」
「それは教えられない約束さ。ストーリーテラーは別にいるだろ」
「ノアは全然教えてくれないぞ」
「もうちょっと待て。じゃあな」
ロックは手を振り、部屋から消え去った。
エリックはため息をつき、スマホを取り出して見つめながら考え込んだ。
2・
約束通り、放課後の四時半には中央神殿に到着できた。
いつもの神殿仕様の龍神服に、怪しい仮面。その風体で案内されていった部屋では、僕に龍神の一般常識を教えてくれる係のホルンさんと、見物人らしいエリック様が待ち構えていた。
彼らの前では仮面は全然必要ないので外して、色んな本が積まれている机の前に座った。
なんだか難しい題名ばかりで恐ろしい。
けれどまずホルンさんの話を聞いているだけでいいとのことだから、そんなに緊張しなかった。
一緒に来てもらったイツキが背後に立ってるから、忘れても後で聞けるし。
ホルンさんはまず、龍神の権限について教えてくれた。
龍神は建国を成した一族の父たる始祖の龍神様の権力を継ぐ者として、バンハムーバ王国一の権力者とされる。気に入らないという理由だけで誰かを傷つけても、お咎めはない。
仕事をせず、ただ神殿でゴロゴロしてても許される。もちろん、好きならば仕事に打ち込んでいいし、自分の得意分野だけすればいい。
龍神がすべき仕事をしなくても内政の補佐役の国王様とその部下や、直属の龍神副官長や龍神助手官が頑張ってこなしてくれる。
直属の部下はほとんどが有能な軍人から選ばれるのだけれど、希望があれば龍神の好きなように人事ができる。周囲の役職を自分の家族で埋めてもいいらしい。
その全部を、フーンと思って聞いた。
「ここまでで、何かご意見はありますか? ご家族をクリスタに呼びたいのでしたら、もちろん即座にそういたしますよ」
「え……あ、そうだ。あの、僕が龍神なのは、まだ家族に秘密なのですよね?」
「はい。ショーン様が身分を隠して通学するのに必要な処置と判断して、最終的に国王様が決定されました」
「あ、あの、まだそのままでいいです。高校を卒業するか……少しは龍神の任務に慣れてから、家族に本当のことを報告したいです」
「承知いたしました。そのようにいたします。他には何か?」
「無いです」
「しかし、国で一番の権限があられると知った上でも、今日貴方様に突っかかった生徒たちを罰せられないのですか?」
「え……」
僕は振り向いてイツキを見た。
「イツキも、いたんだ?」
「護衛官ですので当然です。しかしあの場は、居合わせたウィル先輩が任せろとおっしゃたので、控えていました。結果として、穏便に事が収まりました」
「ああ……うん、でも、それで終わったからもういいよ。本当は仲良くしたいけど、好きじゃないのは向こうの自由だし。それでいいと思う」
「次があった場合は、私が対処いたします」
「あ、あの、穏便にね?」
「はい」
イツキは笑顔で受け入れてくれた。
その話題はそうして終わり、次の話になった。
龍神の全員が持つ共通の能力は、龍神の真の姿への魔法的変身。その龍神の姿でいる間は空中浮遊を基本として、時として宇宙船レベルで素早く移動ができ、宇宙空間にそのまま出て行っても窒息せず、絶対零度でいても凍りつくことはない。
龍神の属性は、氷を含む水と風。星の中で活動をする場合、空を飛びつつ雨雲を発生させたり消したりして自然の管理を行える水神だ。
災害が発生しそうな巨大な嵐が発生した場合、その被害を最小限に抑えるために出動する。逆に干ばつが起こった場合は、被害が拡大する前に出掛けて大地に潤いを与える。
「宇宙に出ることが可能になれば、クリスタに限らず他の星でも同様に自然整備の仕事はできます。しかしそれは体長がせめて五メートル以上あり、気力が充実した大人になってからの道です。残念ながら今現在のショーン様では、宇宙に出れば闇に住まう時空獣にエサとして簡単に食べられてしまいます」
「し、知っていますよ。大昔には、そのように命を落とした龍神様もおられるんですよね?」
「そうです。最近では悲劇を防止するための体制が国と軍部により組まれておりますので、クリスタにいる間はお守りできます。ですが、一人で勝手に宇宙に散歩に出られては救えませんので、変身できるからといってフラフラと飛んでいかないようにお願いします」
「はい、それはもう分かっていますよ! 賢い人は危険なことに近付きません!」
「良くできました。なお今現在、正体不明の凶悪な時空獣がクリスタの空域に近い場所にいたという目撃情報が寄せられています。宇宙軍が追跡しておりますが、まだ発見されていません。なので、その獣に食べられないように、絶対に宇宙に出ないと約束して下さいね?」
「ええっ、そんなのが……」
笑顔のホルンさんに威圧され、僕は主人の前の犬みたいな気分で頷いた。
次に、自分が何かをしたい時に誰に連絡を入れるべきかの確認を行った。
はっきり言って専属の神官さんのオーランドさんや護衛官のイツキや、僕にまだついていない副官長や助手官に言えば彼らが適度な場所に連絡を入れてくれるらしい。
それでも緊急時には必要かもしれないということで、軍関係者や政府関係者のリストと連絡先を渡された。
知らない大人ばっかりだと僕が少し泣いたから、イツキが僕のスマホに主要人物の連絡先を入れてくれた。
「さて、それでは、これから学ぶべき内容についてもお伝えいたします。スケジュールとしては、高校の中間テスト期間であることを配慮して、明日とテスト中の三日間は休日といたします。それで構いませんか?」
「はい、もちろんです」
そう答えつつ、明日は市民講座なんだよなと後ろめたく思った。
「今週の日曜日はロック様の国葬式に参加していただき、公式的にはそこでデビューすることになります。シャムルルという名の使い始めとなります。名を変えたい場合は、当日までにご命令下さい」
ホルンさんがそう言うと、窓辺で僕らを眺めているエリック様が手を挙げて言った。
「おいおい、俺たちの渾身の名付けを拒否するつもりか」
「え、いいえ、拒否しません!」
「あ、ショーンじゃなくて、そっちの多少悪意が滲んでいる神官に言ったんだ」
「意思の確認作業は仕事ですよ。エリック様は龍神として上位であられますが、ショーン様も独立した権限を持つ最高権力者として命令をはねつけられますからね。無に帰せます」
「その言い方をどうにかしろ。ところで、龍神の位については教えたか?」
「いいえ、これからです。ショーン様、あそこにおられるのは今現在の第一位の龍神様です。龍神様は同じ年代に最高五名程が覚醒されて、存在できるというのが常識です。が、おのおのが同じ強さの権力を持ち違う命令を出してしまうこともあり、その状況は混沌としてしまいます」
ホルンさんの教えてくれたところによると、大昔は位で格付けしてなくて、みんなが同等の権限を主張したおかげで色んないざこざが発生して大変だったらしい。
龍神同士の争いの収拾と回避のために、国は緩い階位制度を作った。
だいたい戦闘力が一番あって、年上の龍神様が第一位に任命される。龍神様たちのリーダーとなり、最終的に意見を取りまとめる立場となる。代わりにバンハムーバ王国の難しい仕事をまず任される、多忙な身になる。
それから実力や事情などにより順位が決まり、ロック様のように自由でいたいから第二位が空位でも第三位に居続けた方もいる。ロック様の場合は加えて、龍神として突出した実力が身体的優位さだけで、本当は大した事はないと御本人がおっしゃっていたからだとか。
色々あるんだと思っていると、質問された。
「ショーン様は、どの位がよろしいですか? 秘密にすべき力があり、それを国民に見えるように行使できないお立場である限り、二位を名乗れば後に相応しくないと誤解を受ける可能性もありますが」
「出来るなら二位は……回避したいです。頭脳的にも追いつきません」
「しかし今は二人だけの龍神様ですので、普通に詰めて二位を名乗られても大丈夫ですよ」
「いえ、お願いですから二位は……。さ、三位で、なんとか……手を打って……もらいたいです」
「承知しました。そのように通達いたします。では、国内向けの政治的問題についての説明は、これで一応の終了とさせていただきます」
「あ、終わりですか」
「細々としたことはまだありますが、即位式についての勉強を優先させるべきかと思いますので、後回しにさせていただきます」
「はあ、はい」
そりゃ、そんなに簡単に終わらないよね。
「では、政治的な場に出るときの龍神様に相応しい礼儀作法というものをお教えしたいのですが……その前に、先にショーン様に理解していただきたい事柄があります。国葬式までの礼儀作法の授業は金曜日と土曜日だけになってしまうものの、今すぐに聞いていただきたいのです。そちらの話をしても構いませんか?」
「ええと、ホルンさんが必要と思われるならば、聞かせて下さい」
「ポドールイ国とバンハムーバ王国が数千年に渡り国交断絶した、馬の神にまつわる歴史的背景についてです」
「……はい、お願いします」
僕はイツキをちらりと見た。
イツキも真顔になり、僕を見ていた。
クリスタの龍神中央神殿にある一室で、エリックは寝椅子に横になり、毛布に包まり昼寝をしている。
そこにこっそり登場したロックは、エリックが気持ち良さそうなのを見て彼の鼻をくすぐった。
「うおう」
ビクついて起きたエリックは、目の前の幽霊を見てイラッとした。
「起こすな。せっかく、気持ち良く昼寝してるのに……」
「はは、この時間にエリックがゆっくりしてるのを見るのは久しぶりだな。記憶にないぐらい」
「結婚当時ぐらいは、クロや子供たちとマッタリしてたんだけどなあ。子供が手を離れると、もう仕事しかすることが無くなり、休み所を失った」
「まあ、今は大人しくしてろ。なんたって三日前に即死並みに失血死しかかったんだからな。魔法である程度治っただろうが、本当なら集中治療室ものだろ」
「あ、でも夕方にショーンが来るから、彼の勉強に少しは付き合うつもりだ。今日が初日だから緊張するだろうし、見守る」
「お前がいたら、逆にプレッシャーじゃないのか」
「……何の報告があって来た?」
「ああ、そりゃ新しい龍神様についてだよ。俺の力を注いで強化したらすぐに変身してくれそうな彼に、きちんと道筋をつけてきた」
「良かったな。お前にあんな形で死なれた時は心底驚いたけれど、事情を察して納得したよ。寿命で死んだら龍神の力を全部使い果たしてしまい、幽霊として出られても誰かを龍神になんか出来ないものな」
「そうそう。殺されて死んだ俺なら力が残ってて、マーティスがどれだけ嫌がろうが、相応しい人物をこっそり龍神にできる。まあ、もう少し時間があれば龍神になれるだろう候補者にしか力を入れても効果がないから、覚醒の時期を早めるだけの処置だがな」
「しかし、その少しの時間の差が、ショーンを護れる一手になりうる。だからお前は……俺にすら相談もせず、とっとと死んだ」
「まあな。それにショーンの仲良しを選んで龍神にしてあげたかった。ショーンは喜ぶし、彼の方も友人のショーンを大事にしてくれるだろうし」
「……そうだな。今は、こんな反則行為をしてでも、味方の戦力を増やした方がいい。新しい龍神君には悪いが、利用させてもらう」
「そのところは、また行って直に説明する。納得してもらってから、最終的に力を与えることにしている」
「すぐ過酷な戦いに巻き込まれて死ぬかもしれないと、か?」
「ああ。それを言っておかないと、龍神にする意味がない」
エリックは罪悪感がありつつも、口を閉ざして目を細めた。
ロックはエリックの不安を理解して、彼の胸の辺りの毛布をポンポン叩いた。
「今も昔も、若者は強いぞ? エリックだって、十八才でデビューしただろ」
「もう終わった俺のことはいいんだ。でも、彼らは乗り越えられるだろうか」
「不安がるより、信じてやれよ。じゃあ、俺は行く」
「……あ、ちょっと待て。一つ聞きたいことがある」
消えようとしたロックを呼び止めたエリックは、寝椅子から起き上がった。
「一網打尽にできたクリスタに攻めてきた賊と、母星の近辺でも逮捕した賊たちのことなんだが」
「何かあったのか」
「ああ。捕まえた賊どもはバラバラの犯罪者組織に所属しているんだが、減刑を条件に吐いてくれた奴らが共通して言う情報がある。母星とクリスタにレリクスの宝石があるという情報を流したのが、クリフパレスという名の犯罪者組織だと」
「クリフパレス? 聞いたことないな。なんだ、崖っぷちに家でも建ててるのか」
「いやいや、海賊らしい名前を付けたかっただけだろ。何か知ってるかと思って聞いたんたんだが」
「全然知らない。五百年も生きてても、海賊の名前を全部覚えられるほど記憶力が良かったためしがない」
「うーん、じゃあもういい。そっちの仕事、頑張ってくれ」
「エリックもな」
「ところで、フリッツベルクの作戦について教えてくれたりしないのか?」
「それは教えられない約束さ。ストーリーテラーは別にいるだろ」
「ノアは全然教えてくれないぞ」
「もうちょっと待て。じゃあな」
ロックは手を振り、部屋から消え去った。
エリックはため息をつき、スマホを取り出して見つめながら考え込んだ。
2・
約束通り、放課後の四時半には中央神殿に到着できた。
いつもの神殿仕様の龍神服に、怪しい仮面。その風体で案内されていった部屋では、僕に龍神の一般常識を教えてくれる係のホルンさんと、見物人らしいエリック様が待ち構えていた。
彼らの前では仮面は全然必要ないので外して、色んな本が積まれている机の前に座った。
なんだか難しい題名ばかりで恐ろしい。
けれどまずホルンさんの話を聞いているだけでいいとのことだから、そんなに緊張しなかった。
一緒に来てもらったイツキが背後に立ってるから、忘れても後で聞けるし。
ホルンさんはまず、龍神の権限について教えてくれた。
龍神は建国を成した一族の父たる始祖の龍神様の権力を継ぐ者として、バンハムーバ王国一の権力者とされる。気に入らないという理由だけで誰かを傷つけても、お咎めはない。
仕事をせず、ただ神殿でゴロゴロしてても許される。もちろん、好きならば仕事に打ち込んでいいし、自分の得意分野だけすればいい。
龍神がすべき仕事をしなくても内政の補佐役の国王様とその部下や、直属の龍神副官長や龍神助手官が頑張ってこなしてくれる。
直属の部下はほとんどが有能な軍人から選ばれるのだけれど、希望があれば龍神の好きなように人事ができる。周囲の役職を自分の家族で埋めてもいいらしい。
その全部を、フーンと思って聞いた。
「ここまでで、何かご意見はありますか? ご家族をクリスタに呼びたいのでしたら、もちろん即座にそういたしますよ」
「え……あ、そうだ。あの、僕が龍神なのは、まだ家族に秘密なのですよね?」
「はい。ショーン様が身分を隠して通学するのに必要な処置と判断して、最終的に国王様が決定されました」
「あ、あの、まだそのままでいいです。高校を卒業するか……少しは龍神の任務に慣れてから、家族に本当のことを報告したいです」
「承知いたしました。そのようにいたします。他には何か?」
「無いです」
「しかし、国で一番の権限があられると知った上でも、今日貴方様に突っかかった生徒たちを罰せられないのですか?」
「え……」
僕は振り向いてイツキを見た。
「イツキも、いたんだ?」
「護衛官ですので当然です。しかしあの場は、居合わせたウィル先輩が任せろとおっしゃたので、控えていました。結果として、穏便に事が収まりました」
「ああ……うん、でも、それで終わったからもういいよ。本当は仲良くしたいけど、好きじゃないのは向こうの自由だし。それでいいと思う」
「次があった場合は、私が対処いたします」
「あ、あの、穏便にね?」
「はい」
イツキは笑顔で受け入れてくれた。
その話題はそうして終わり、次の話になった。
龍神の全員が持つ共通の能力は、龍神の真の姿への魔法的変身。その龍神の姿でいる間は空中浮遊を基本として、時として宇宙船レベルで素早く移動ができ、宇宙空間にそのまま出て行っても窒息せず、絶対零度でいても凍りつくことはない。
龍神の属性は、氷を含む水と風。星の中で活動をする場合、空を飛びつつ雨雲を発生させたり消したりして自然の管理を行える水神だ。
災害が発生しそうな巨大な嵐が発生した場合、その被害を最小限に抑えるために出動する。逆に干ばつが起こった場合は、被害が拡大する前に出掛けて大地に潤いを与える。
「宇宙に出ることが可能になれば、クリスタに限らず他の星でも同様に自然整備の仕事はできます。しかしそれは体長がせめて五メートル以上あり、気力が充実した大人になってからの道です。残念ながら今現在のショーン様では、宇宙に出れば闇に住まう時空獣にエサとして簡単に食べられてしまいます」
「し、知っていますよ。大昔には、そのように命を落とした龍神様もおられるんですよね?」
「そうです。最近では悲劇を防止するための体制が国と軍部により組まれておりますので、クリスタにいる間はお守りできます。ですが、一人で勝手に宇宙に散歩に出られては救えませんので、変身できるからといってフラフラと飛んでいかないようにお願いします」
「はい、それはもう分かっていますよ! 賢い人は危険なことに近付きません!」
「良くできました。なお今現在、正体不明の凶悪な時空獣がクリスタの空域に近い場所にいたという目撃情報が寄せられています。宇宙軍が追跡しておりますが、まだ発見されていません。なので、その獣に食べられないように、絶対に宇宙に出ないと約束して下さいね?」
「ええっ、そんなのが……」
笑顔のホルンさんに威圧され、僕は主人の前の犬みたいな気分で頷いた。
次に、自分が何かをしたい時に誰に連絡を入れるべきかの確認を行った。
はっきり言って専属の神官さんのオーランドさんや護衛官のイツキや、僕にまだついていない副官長や助手官に言えば彼らが適度な場所に連絡を入れてくれるらしい。
それでも緊急時には必要かもしれないということで、軍関係者や政府関係者のリストと連絡先を渡された。
知らない大人ばっかりだと僕が少し泣いたから、イツキが僕のスマホに主要人物の連絡先を入れてくれた。
「さて、それでは、これから学ぶべき内容についてもお伝えいたします。スケジュールとしては、高校の中間テスト期間であることを配慮して、明日とテスト中の三日間は休日といたします。それで構いませんか?」
「はい、もちろんです」
そう答えつつ、明日は市民講座なんだよなと後ろめたく思った。
「今週の日曜日はロック様の国葬式に参加していただき、公式的にはそこでデビューすることになります。シャムルルという名の使い始めとなります。名を変えたい場合は、当日までにご命令下さい」
ホルンさんがそう言うと、窓辺で僕らを眺めているエリック様が手を挙げて言った。
「おいおい、俺たちの渾身の名付けを拒否するつもりか」
「え、いいえ、拒否しません!」
「あ、ショーンじゃなくて、そっちの多少悪意が滲んでいる神官に言ったんだ」
「意思の確認作業は仕事ですよ。エリック様は龍神として上位であられますが、ショーン様も独立した権限を持つ最高権力者として命令をはねつけられますからね。無に帰せます」
「その言い方をどうにかしろ。ところで、龍神の位については教えたか?」
「いいえ、これからです。ショーン様、あそこにおられるのは今現在の第一位の龍神様です。龍神様は同じ年代に最高五名程が覚醒されて、存在できるというのが常識です。が、おのおのが同じ強さの権力を持ち違う命令を出してしまうこともあり、その状況は混沌としてしまいます」
ホルンさんの教えてくれたところによると、大昔は位で格付けしてなくて、みんなが同等の権限を主張したおかげで色んないざこざが発生して大変だったらしい。
龍神同士の争いの収拾と回避のために、国は緩い階位制度を作った。
だいたい戦闘力が一番あって、年上の龍神様が第一位に任命される。龍神様たちのリーダーとなり、最終的に意見を取りまとめる立場となる。代わりにバンハムーバ王国の難しい仕事をまず任される、多忙な身になる。
それから実力や事情などにより順位が決まり、ロック様のように自由でいたいから第二位が空位でも第三位に居続けた方もいる。ロック様の場合は加えて、龍神として突出した実力が身体的優位さだけで、本当は大した事はないと御本人がおっしゃっていたからだとか。
色々あるんだと思っていると、質問された。
「ショーン様は、どの位がよろしいですか? 秘密にすべき力があり、それを国民に見えるように行使できないお立場である限り、二位を名乗れば後に相応しくないと誤解を受ける可能性もありますが」
「出来るなら二位は……回避したいです。頭脳的にも追いつきません」
「しかし今は二人だけの龍神様ですので、普通に詰めて二位を名乗られても大丈夫ですよ」
「いえ、お願いですから二位は……。さ、三位で、なんとか……手を打って……もらいたいです」
「承知しました。そのように通達いたします。では、国内向けの政治的問題についての説明は、これで一応の終了とさせていただきます」
「あ、終わりですか」
「細々としたことはまだありますが、即位式についての勉強を優先させるべきかと思いますので、後回しにさせていただきます」
「はあ、はい」
そりゃ、そんなに簡単に終わらないよね。
「では、政治的な場に出るときの龍神様に相応しい礼儀作法というものをお教えしたいのですが……その前に、先にショーン様に理解していただきたい事柄があります。国葬式までの礼儀作法の授業は金曜日と土曜日だけになってしまうものの、今すぐに聞いていただきたいのです。そちらの話をしても構いませんか?」
「ええと、ホルンさんが必要と思われるならば、聞かせて下さい」
「ポドールイ国とバンハムーバ王国が数千年に渡り国交断絶した、馬の神にまつわる歴史的背景についてです」
「……はい、お願いします」
僕はイツキをちらりと見た。
イツキも真顔になり、僕を見ていた。
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