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第二章 龍神の決断

十四 文化祭当日

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1・

僕らの念願の文化祭が、とうとうやって来た。

僕は、張り切りながら目覚めた。

今日はガイアスさんと朝食を共にして、外部の人たちも入れるから文化祭に来ないかと誘ってみた。

そうしたら、人混みは苦手だからと断られてしまった。彼がそういうタイプとは、今まで知らなかった。

権力があって仕事の出来る人って、全員物凄く人付き合いが上手いとばかり思っていたから、本当に驚いた。

でも、僕でも龍神の仕事がちゃんと出来るかもしれない希望だ。人がちょっと苦手でも、役目は果たせるって事だから。

後ろ向き過ぎるかなと思いつつ、ガイアスさんがとても身近に思えた朝になった。

そして張り切ったまま学校に行き、まだ物憂げなイツキには笑って誤魔化しておいて、メイド服に着替えた。

クラスメイトたちからよく似合うと褒められたので驚いたが、きっとよく働けの意味だろう。

そうして朝のうちの二時間、休憩を挟んでメイドさんとして働いた。

接客するのに物凄く緊張したものの、お客様たちはみんなが笑顔で応援してくれた。僕はこんなに暖かい学校生活なんて久しぶりだから、感動しすぎて幾度か泣いた。

泣いてもみんなが慰めてくれる。今まで彼らが冷たいなんて思っていたのは、気のせいだった。間違いだった。僕、生まれてきて良かった。

仕事の途中、ミンスさんたちが様子を見に来てくれた。ミンスさんとローレルさんはお客様になってくれたものの、ウィル先輩とジェラルド先輩は廊下から呆気に取られて眺めるだけだった。

そのうち、ミンスさんが写真を撮影し始めた。遠慮してたっぽい他のお客様たちも、バシバシ撮影を始めた。

知らない間に僕とツーショットする権利が売り出され、僕は休憩時間を削ってまで対応することになった。

全てが通り過ぎて自由になれたのは、お昼になってからだ。

僕のメイド服姿を最後に撮影に来たイツキとミンスさんとローレルさんと一緒に、ようやく教室を巡って催し物を楽しめた。

しかしミンスさんたちの出番があっという間に近付いてきたから、僕もコーラス役として頑張る為に、会場の講堂へと向かった。

講堂では、朝は演劇部やブラスバンド部などの、人が多い部活のお披露目が行われて、午後からが個人や所属の少ない部活のパフォーマンスがある。

僕らが講堂に行くと、ちょうど軽音部の皆さんが、最近の流行りの曲を演奏して歌っていた。

後でドラムセットを貸してもらうから、歌はそんなに知らないけれども精一杯応援しておいた。

そして時間は即座に経過し、とうとう僕ら……ミンスさんたちの出番になった。

客席から眺める僕の方が緊張しているんじゃないかというぐらい、僕はガチガチになった。

一度閉じられた幕が再び開いてミンスさんたちの姿が見えた時、僕が倒れそうだった。

両脇に座ったローレルさんとイツキが僕を正気に戻そうと頑張ってくれていると、不意に耳元で違う声が聞こえた。

「ほら、始まるぞ。勇気をもって歌え」

そして背中をポンと叩かれた。

振り向いても、後ろの席の人は知らない人だ。

「ロック様?」

戸惑いながら小声で呟くと、ミンスさんのかけ声がマイクを通して講堂中に響き渡った。

「準備は良~い?」

「はーい!」

僕は、自分が驚いたぐらいに大声で答えていた。

ミンスさんのかけ声から演奏が始まり、僕とイツキとローレルさんは練習通りにバックコーラス風に声を上げた。

ドラムの力強い音が地面からも響き、ピアノのスマートで澄んだ音色が空気中に充満する。

有名な曲だから、僕らの声につられた他のお客さんたちも、どんどんと声を出して応援してくれるようになった。

練習よりも上手いんじゃないかという演奏と歌声は、数分間だけであっという間に過ぎ去った。

気付いたら曲は終わり、笑顔でマイクを天に突き出すミンスさんと先輩たちに、惜しみない拍手が捧げられた。

ミンスさんもジェラルドさんもウィル先輩も、とても満足げだ。

僕は自分が声を出し切った事に驚き、余計に感動して震えた。

涙が一粒落ちた。同時に、周囲でアンコールという声が湧き起こった。

一度引こうとしていたミンスさんは立ち止まり、ジェラルドさんとウィル先輩に何か話しかけた。二人が首を横に振ると、ミンスさんはマイクのある舞台中央に戻ってきた。

「え~、あの、アンコールがかかると思って無かったので、派手な演奏は出来ません。でも私は歌いたいので歌います。曲名は、ハッピーです!」

ミンスさんがそう言ってギター演奏を始めてすぐ、舞台袖から待ったと声がかかった。

軽音部の人たちが出てきて、ボーカルの女の子がミンスさんに何か言った。ミンスさんは喜び、頷いた。

「軽音部と合同で歌います! みんな、よろしく!」

ミンスさんが言うと、お客さんたちも喜んで大きく拍手した。

僕も知っているこの曲にも、バックコーラスがある。それは全部、ハッピーという言葉だ。

僕が口に出して歌っても、何の問題も起こらない魔法の言葉。

僕は夢中になり、軽音部の演奏とミンスさんの歌に合わせてハッピーと歌った。

きっと歌を知らないだろうイツキとローレルさん、それにお客さんたちも、バックコーラスの入れ方が分かるとハッピーと歌ってくれた。

その魔法の時間も、たった数分間だっただろう。けれど幸せ過ぎて永遠にそこにいたような感覚に陥り、喜びに身を浸した。

演奏を終えたミンスさんたちは、さっきよりも大きな拍手を送られた。

僕は席を立ち、ミンスさんに会うために控え室に向かった。

「ミンスさん!」

扉を開けて中に走り込むと、大粒の涙をこぼすミンスさんがいた。

「ショーン君、私、歌って良かった!」

笑顔で泣くミンスさんが飛び付いてきたから、僕はしっかり受け止めて抱きしめた。

「本当は、ショーン君を、励まそうと思ってただけなの! でもいざ歌ってみたら……物凄く、楽しかったわ!」

「うん、僕も楽しかった! ミンスさんの歌は最高だし、演奏も最高だった! 僕、ミンスさんが大好きだ!」

勢い良く叫んでしまうと、周囲のみんなの動きが止まった。

「あ……ミンスさんの歌が好きだ!」

言い直した。

すると一瞬動きを止めていたミンスさんは、ぷっと吹き出して僕を叩きながら笑った。

「もうやだ、ショーン君っぽいわ!」

続けてみんなも笑い始めたから、僕も思い切り笑った。

本当に物凄く幸せで、永遠に記憶していたい瞬間だ。

2・

文化祭が開催される日。

朝の開門時間には校門前に立っていたエリックは、魔術師に変装してサングラスをかけている。

エリックは普段着のホルンと共に校内を歩き、周囲を見回した。

「結局、俺が来ることになったな。でもポドールイの面々が全面協力してくれるから、俺は楽して終われそうだが」

「そうでしょうかね。普通の賊だけならば穏便に済むでしょうが、油断は禁物ですよ」

ホルンは周囲を見回しつつ言った。

「彼が来るかどうか分かりませんが、来た場合は総力戦になります」

「ああ。なんか、懐かしい気分だ。昔は良く、こんな緊張感の中にいたからな」

「宇宙で、海賊の掃討作戦を幾度か行いましたからねえ。でも不思議なことに、少し時間を置くとまた増えるんですよね」

「おい……害虫みたいに言うのは止してやれ。彼らも生き残るのに必死だ」

「真っ当な人生を送らないと決めた者達の相手をするのに、疲れただけです」

エリックはホルンの台詞を聞いて、彼も相当に精神的に参っていると理解した。

「さてまあ……とりあえず今日は、レリクスの宝石がこの学校にあるというデマを信じた雑魚の掃討作戦だ。一体誰がそんなウソをついたんだかなあ」

「この手の嘘は多くありますが、ハルトライト高校の名を上げたところから、それなりに情報を得る手段のある者の犯行でしょう。賊を捕まえて締め上げて吐かせたら、ある程度は犯人の目星がつきます」

エリックは、捕まえてもいない賊が可哀相になった。

二人は人のいない校庭の隅に陣取り、この場に相応しくない者の気配を探し始めた。

客としてやって来る者。夜の間に潜入している者。

ホルンの予知能力で間違うことなく賊を察知できるために、二人は迷い無く賊を発見すると、味方が待ち伏せている軍の施設に瞬間移動させてこの場から排除していった。

幾人かをつかまえて転送した頃、イツキが二人に近付いた。

「うん? ショーンはどうした? 彼の傍にいてあげるんだ」

「はあ、それがその、ショーン様は今現在、モテモテになられているので近付けません。オーランドさんと同僚たちに、周囲の見張りは頼んでいますが」

「モテモテ? へえ、ショーンもやるなあ。女の子っぽいけれど、イケメンと言えなくもないものな」

「……」

エリックの言葉に、ホルンとイツキは無言で終わらせた。

「ですので、少しばかりお手伝いいたします」

「そうか。なら客が行きにくい、公開していない棟を頼む」

「了解」

イツキは命令を受け入れ、敷地の奥へと走り去った。

時間が経過し、午後を迎えた。

賊の全てを捕まえて軍の施設に転移させたと判断したエリックは、学校を離れてそちらに向かった。

ホルンは居残り、文化祭が無事に終わるのを見届けるために、講堂の裏手にある木陰に一人で座った。

講堂で大きな拍手と声が起こる。ホルンはそれを聞いて、子供たちが愉しげにしていることを喜んだ。

「ああいうの、俺は経験が無い。もっといい場所に生まれれば良かっただろうか」

ホルンは声がしてから、斜め後ろにフリッツベルクが立っているのに気付いた。素早く立ち上がろうとしたが、フリッツベルクが片手を向けて威圧してきたので下手に動けなくなった。

「貴方は、何を望まれているのですか?」

「俺は嘘はついていない。ただショーンちゃんを護りたい。その為に、ホルン君にはしてもらうことがある」

「私は貴方の言いなりになどなりません!」

「だろうな。でも言いなりになんて、ならなくていい。ホルン君は、ここで眠れ」

「!」

ホルンは動こうとしたが、既に体の自由が利かないことに気付いた。そして為す術もなく意識が遠のき、その場に倒れた。

フリッツベルクはこの場から瞬間移動で消えようとした。しかしその前に影に攻撃されて、避けつつも下がった。

講堂から出てきて現場を発見して動いたイツキは、ホルンが身動きせず倒れているのを確認して、歯を食いしばった。

「やあ、イツキ君」

「お前……お前がやっぱり、ロック様を殺したのか!」

「イツキ君は、味方が殺されても冷静でいるタイプかと思っていた。でもどうやら、エリック君に似てるようだな」

「それがどうした。誇らしい限りだ」

「そうか? 感情が先走れば、失敗を誘発する。ショーンちゃんが好きなだけで護ろうとしても、足元をすくわれて倒され、その間に失うぞ」

「黙れ外道。許さない」

イツキは本気で戦おうと思っていた。しかしフリッツベルクから人殺しの獣の気配がし始めると、意思と関係なく足がすくんだ。

フリッツベルクはそれを見て、ため息をついた。

「しょうがないなあ。普通の獣は、それより強い獣に立ち向かうこともできないのか。情けないな」

「うるさい……動ける!」

「いや、ここで大人しくしているんだ。お前の任務はショーンちゃんを護る事だろう。彼女を護れ」

「だから、お前を倒す」

「勝てないくせに。しばらく学校から出るな」

フリッツベルクは言い捨てると、瞬間移動でイツキの目前から消えた。

イツキはプレッシャーから逃れられ、深呼吸しながら汗を流した。

そしてショーンの気配がまだ講堂にあることを感じつつ、ホルンの生死を確認した。
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