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第二章 龍神の決断
6 闇の一族
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1・
眠ってすぐに、目覚めてしまった。何かの気配……予感がする。
ベッドから出て、寝間着のまま廊下に出た。
玄関ホールで人の気配がするので、そちらに向かった。
誰かの声が聞こえる。
「……どちらにつくか、改めて質問しに来ただけだ。幸運なお前には関係のない対立だが、望んでその位置に立つのか」
「私は、己の任務に忠実でありたいだけです。それに触れない限り、私は誰の敵でも味方でもありません」
「子供の理論には興味がない。誰かがいなければ、自分の意見も満足に語れないのか」
「私は、尊敬すべき方々に命令される立場を誇らしく思っています」
片方はイツキの声に思えるけれど、もう一人の大人の男性だろう声は知らない。
姿が見える場所まで近づこうとしたら、突然にオーランドさんが傍にやって来た。
彼が緊張した様子で彼の口の前に人差し指を出したので、行ってはいけないと理解した。
立ち止まって踵を返し、オーランドさんに腕を引かれて自分の部屋に帰ろうとした。
すると、背にした玄関ホールから呼びかけられた。
「ショーン様、私と会っていただけませんか?」
ゾッとし、振り向いた。それでもオーランドさんが立ち止まらないので、僕も声から遠ざかった。
部屋に戻り、オーランドさんに見守られながら、ベッドに座って何が起きているのか考えてみた。
自分の立場が問題なのだろうと思うが、そのうちのどれが問題なのかが分からない。イツキに聞いた方が早いだろう。
なのでイツキが来るのを、ただ待った。強い気配のするその人が帰り、しばらくしてから扉が開いた。
イツキが部屋に入って来て、オーランドさんに目配せした。オーランドさんは頷いて、廊下に出て行った。
「イツキ。あのお客様は誰? なんだか……わる……良くない気配に思えた」
正直に言うと、僕の傍まで歩いてきたイツキは、悪びれた様子で笑った。
「申し訳ありません。あれは私の実の父です」
「えっ、あっ、うん。ごめん。色々とあるんだ?」
「はい。色々と…………知りたいですか? ショーン様に関係のある事ですし」
「……知りたい」
僕が知れば、イツキが少し楽になるような気がした。だから聞いた。
イツキはまず、彼のお父さんが血の濃い方のポドールイ人だと教えてくれた。そしてお母さんが、狐族の血が濃い存在なんだとも。
「その混血の私には無いものですが、ポドールイ人には闇の中で強制的に化け物に変身する特性があります。力の強いポドールイ人ならば闇の化け物になっても正気を保っていられるものの、純粋に近いのに力が弱く生まれたポドールイ人は、その限りではありません」
「それは……人を襲う話は聞いたことがあるよ。でも、そうやって化け物に変身した人が暴れたっていう、実際の事件の話は知らない」
「闇に狂う者は、片時も灯りを離しません。そして夜間に外出をしません。ほぼ故郷で閉じこもり、旅行に出ることもありません。事件にならないように一生を終えます」
「……でもそれって、辛い生き方だ。確かポドールイ人は、混血で血が薄まっても数千年の歳月を生きる可能性があるって聞いたことがある」
「そうです。幸運ではない者は、数千年や数万年の時間を闇に怯えて過ごします。そしてそのうち……死が訪れて、解放されます」
「そんな」
驚き、悲しくなった。
「僕の知るポドールイ人は、宇宙の平和を護る、心清き調停者で、強い力を持つ予言者で……正義の味方だ」
「お褒めいただき、光栄です」
「いや、イツキ。でもどうして、そんな生き方をしなくちゃいけないんだ。どうして神様は、そのようにポドールイ人を作ったんだよ!」
「落ち着かれて下さい。古代種を生み出した神は、我々に闇の属性を与えたものの、この性質については知らなかった可能性があるのです」
「……え?」
「ポドールイ人が化け物に変化して人を襲うようになったのは、神が楽園を去り、子供たちが別々の星に移住した後だったのです。それまで、神の強き力を間近に浴していられた間は、決して化け物になどならなかったんです」
「じゃあ、その、神の強い力が傍にあれば、ポドールイ人たちは闇の化け物にならないんだよね?」
思いついた事をそのまま言うと、それまで優しく微笑んでいたイツキは不意打ちされたみたいに驚いた。
僕は、その反応を見て驚いた。
「ショーン様」
イツキはベッドに座る僕に詰め寄り、僕の肩に手を置いた。
「それは、絶対に誰にも言わないで下さい! 神がいなくなり、化け物に変身し始めた者が変身したくない場合、何を求めると思いますか? それは、貴方ですよ」
「…………あ」
自分で言った言葉の意味を、説明されてようやく理解した。
「僕がポドールイ人さんたちの国に行けば、彼らはもう変身しないんだ?」
「それもありますが、それは序章です。ショーン様が滞在する星に住まうポドールイ人全員は救えるかもしれませんが、宇宙に出る者の加護までは無理かもしれません。ですので、ポドールイのロゼマイン国王や私の父などは、本質的な体質改善を求めています」
「体質改善できるんだ?」
イツキは歯を食いしばり、辛そうな表情をした。
「……体質改善など、神以外に成し遂げられる者はおりません。つまり、彼らは貴方を星に招き、ポドールイ族全体の性質を元から変える研究をさせたいと願っています」
「……でも僕は、龍神だ。ここにいないと」
「ええ……」
イツキは頷いて、視線を逸らして僕の肩を離してくれた。
「その……ショーン様、龍神でもバンハムーバにいなくても良い権利はあります。ですから、望めばどこにだって移住することは可能です。が……」
イツキがとても辛そうなので、僕は立ち上がって彼の腕に触れた。
「イツキ、僕は──」
「何も仰らないでください。体質改善は、人の命を扱う技が必要です。失敗すれば、きっとその者を殺します。それより酷い化け物にする可能性もあります」
僕は驚いて、彼の腕を離した。
「ショーン様はまだ己の力を理解できず、コントロールもままなりません。ですからまずは、少しずつでも言葉の勉強をすることが必要です。我らの事情は、一人前になってから考慮して下さい。百年後ぐらいを目標にお願いします」
「う、うん。百年後には……なんとか、力になれるように頑張る」
出来るかどうか分からないけどそう言うと、イツキは落ち着きを取り戻し、また微笑んでくれた。
「そういう事情があり、父は貴方に会いたがったのです。体質改善を望む方々は改革派、望まず今あるがまま生きようというのが、保守派です。父は改革派です」
「うん……うん。だけど、僕が移住すれば……ファルクスやラスベイの星で暮らすポドールイ人さんは、苦しまなくていいんだよね?」
「……はい」
イツキの表情が強ばった。
「それなら……僕は移住する」
「ショーン様、移住する権利はあると言いましたが、バンハムーバ政府はその決定を受け入れませんよ。貴方は貴重な龍神様なのですから、むざむざ逃がすような真似はしません」
「えっ……だけど──」
「お忘れですか? 貴方はまだ十五歳の子供です。親代わりの政府……エリック様とロック様を説き伏せない限りは、クリスタからは出られません。それに」
イツキは一度、言葉を切った。
「私は龍神の護衛官ですので、神族として旅立つ貴方に付き従えないかもしれません。それでも行かれるというならば、止めはしません」
イツキはそう言うと踵を返し、部屋から出て行った。
そりゃ、引っ越すというのはそういう事だろう。イツキだけじゃなく、ミンスさんやローレルさんにも会えなくなる。
その他にも大勢、クリスタに来て知り合えた人たちがいる。彼らとは離れたくない。
だけど、僕がそれを飲み込みさえすれば、ポドールイの人たちは助かるかもしれない。向こうでだって、勉強は出来るし。
人の命には、変えられない。
僕は…………せめて、文化祭を満喫しよう。そうしてから、本当にどうするか決めよう。
だからあと数日。何も知らないふりをする。
僕はそう決め、二度目にベッドに潜り込んで毛布を頭から被った。
2・
クリスタの中央神殿にある遠距離通信室から、バンハムーバ母星の中央神殿の遠距離通信室に、大画面映像を伴っての通信が行われた。
「エリック、もう寝てたのか?」
ロックは、画面の向こうの椅子に座る物凄く眠そうなエリックに言った。
「もう夜の十二時だ! 明日は早いから、手短に頼む」
「ああ、済まないな。でもこういう話題は、スマホじゃダメだと思ったんだ」
「はいはい、何の話だ」
「俺、きっと来年には死ぬ。龍神としての寿命だ」
ロックの言葉を聞いたエリックは真顔になり、頷いた。
「ああ、そうか」
「なんだよ、まさか知ってたのか? 秘密にしてたつもりなんだけどな」
「そんなもの……同じ龍神として分からない訳がないだろう。いや、ショーンはまだ分からないかもしれないが、俺たちは五百年の付き合いだ。勘づいていた」
「まあ、ショーンを取り合って殴り合った時に、エリックが手加減してるのは分かったから……バレてるかもなあと、思ってた」
「バレてたよ。でも、ショーンが来たからこっちからは言い出せなくてな。死にかけのお前にも、ぎりぎりまで働いてもらうしかなかった」
「でも、そうやって働いても、ポドールイの改革派の勢いを止めることは出来そうにない。黒衣の宰相殿が、ショーンと会ったようだ。宗教家であり政治家でもある、あの彼が」
エリックは、ため息をついた。
「……ある程度は、ショーンにも知ってもらう必要が出てきたな。ショーンのことだから、同情だけでファルクスやラスベイに移住すると言い出すだろうが」
ロックも、ため息をついた。
「俺がもっと生きられたら良かったのに。そうしたら、止めることができるのに。あの子には、過酷な道を歩ませたくない」
「…………」
エリックは、しばらく考え込んだ。
「ロック、これからどうするんだ? すぐに公表して、引退するのか」
「どうしたら良い?」
「いや、最後は自分で決めろよ」
「そうじゃない。どうすれば、俺はショーンの役に立てるんだ」
「ああ」
エリックは目をしばたたかせ、一度俯いた。
「ノアと話したか?」
「話した。懐かしいことを、沢山」
「次はどうすると決めたか?」
「ノアが、好きなところに転生させてくれると言った。俺、ミネットティオルに行きたい。でも──」
「あー、分かった。ロックに出来る最後のことは、ショーンにその決定を伝えることだ。それで、龍神としての仕事は終わりだ」
「…………そうか。いざ終わるとなると、忙しい日々が懐かしくなるな」
「ロックにしては、よく頑張った。褒めてやる」
「エリック……俺はお前の教育係だったろ? 年上だぞ」
「第二位が空位なのにずっと龍神の第三位に居続けて、積極的に仕事サボってた奴に先輩面されたくないな」
「なんのことだか?」
ロックはしらばっくれて、通信を切った。
他に誰もいない通信室で、ロックは泣いた。
眠ってすぐに、目覚めてしまった。何かの気配……予感がする。
ベッドから出て、寝間着のまま廊下に出た。
玄関ホールで人の気配がするので、そちらに向かった。
誰かの声が聞こえる。
「……どちらにつくか、改めて質問しに来ただけだ。幸運なお前には関係のない対立だが、望んでその位置に立つのか」
「私は、己の任務に忠実でありたいだけです。それに触れない限り、私は誰の敵でも味方でもありません」
「子供の理論には興味がない。誰かがいなければ、自分の意見も満足に語れないのか」
「私は、尊敬すべき方々に命令される立場を誇らしく思っています」
片方はイツキの声に思えるけれど、もう一人の大人の男性だろう声は知らない。
姿が見える場所まで近づこうとしたら、突然にオーランドさんが傍にやって来た。
彼が緊張した様子で彼の口の前に人差し指を出したので、行ってはいけないと理解した。
立ち止まって踵を返し、オーランドさんに腕を引かれて自分の部屋に帰ろうとした。
すると、背にした玄関ホールから呼びかけられた。
「ショーン様、私と会っていただけませんか?」
ゾッとし、振り向いた。それでもオーランドさんが立ち止まらないので、僕も声から遠ざかった。
部屋に戻り、オーランドさんに見守られながら、ベッドに座って何が起きているのか考えてみた。
自分の立場が問題なのだろうと思うが、そのうちのどれが問題なのかが分からない。イツキに聞いた方が早いだろう。
なのでイツキが来るのを、ただ待った。強い気配のするその人が帰り、しばらくしてから扉が開いた。
イツキが部屋に入って来て、オーランドさんに目配せした。オーランドさんは頷いて、廊下に出て行った。
「イツキ。あのお客様は誰? なんだか……わる……良くない気配に思えた」
正直に言うと、僕の傍まで歩いてきたイツキは、悪びれた様子で笑った。
「申し訳ありません。あれは私の実の父です」
「えっ、あっ、うん。ごめん。色々とあるんだ?」
「はい。色々と…………知りたいですか? ショーン様に関係のある事ですし」
「……知りたい」
僕が知れば、イツキが少し楽になるような気がした。だから聞いた。
イツキはまず、彼のお父さんが血の濃い方のポドールイ人だと教えてくれた。そしてお母さんが、狐族の血が濃い存在なんだとも。
「その混血の私には無いものですが、ポドールイ人には闇の中で強制的に化け物に変身する特性があります。力の強いポドールイ人ならば闇の化け物になっても正気を保っていられるものの、純粋に近いのに力が弱く生まれたポドールイ人は、その限りではありません」
「それは……人を襲う話は聞いたことがあるよ。でも、そうやって化け物に変身した人が暴れたっていう、実際の事件の話は知らない」
「闇に狂う者は、片時も灯りを離しません。そして夜間に外出をしません。ほぼ故郷で閉じこもり、旅行に出ることもありません。事件にならないように一生を終えます」
「……でもそれって、辛い生き方だ。確かポドールイ人は、混血で血が薄まっても数千年の歳月を生きる可能性があるって聞いたことがある」
「そうです。幸運ではない者は、数千年や数万年の時間を闇に怯えて過ごします。そしてそのうち……死が訪れて、解放されます」
「そんな」
驚き、悲しくなった。
「僕の知るポドールイ人は、宇宙の平和を護る、心清き調停者で、強い力を持つ予言者で……正義の味方だ」
「お褒めいただき、光栄です」
「いや、イツキ。でもどうして、そんな生き方をしなくちゃいけないんだ。どうして神様は、そのようにポドールイ人を作ったんだよ!」
「落ち着かれて下さい。古代種を生み出した神は、我々に闇の属性を与えたものの、この性質については知らなかった可能性があるのです」
「……え?」
「ポドールイ人が化け物に変化して人を襲うようになったのは、神が楽園を去り、子供たちが別々の星に移住した後だったのです。それまで、神の強き力を間近に浴していられた間は、決して化け物になどならなかったんです」
「じゃあ、その、神の強い力が傍にあれば、ポドールイ人たちは闇の化け物にならないんだよね?」
思いついた事をそのまま言うと、それまで優しく微笑んでいたイツキは不意打ちされたみたいに驚いた。
僕は、その反応を見て驚いた。
「ショーン様」
イツキはベッドに座る僕に詰め寄り、僕の肩に手を置いた。
「それは、絶対に誰にも言わないで下さい! 神がいなくなり、化け物に変身し始めた者が変身したくない場合、何を求めると思いますか? それは、貴方ですよ」
「…………あ」
自分で言った言葉の意味を、説明されてようやく理解した。
「僕がポドールイ人さんたちの国に行けば、彼らはもう変身しないんだ?」
「それもありますが、それは序章です。ショーン様が滞在する星に住まうポドールイ人全員は救えるかもしれませんが、宇宙に出る者の加護までは無理かもしれません。ですので、ポドールイのロゼマイン国王や私の父などは、本質的な体質改善を求めています」
「体質改善できるんだ?」
イツキは歯を食いしばり、辛そうな表情をした。
「……体質改善など、神以外に成し遂げられる者はおりません。つまり、彼らは貴方を星に招き、ポドールイ族全体の性質を元から変える研究をさせたいと願っています」
「……でも僕は、龍神だ。ここにいないと」
「ええ……」
イツキは頷いて、視線を逸らして僕の肩を離してくれた。
「その……ショーン様、龍神でもバンハムーバにいなくても良い権利はあります。ですから、望めばどこにだって移住することは可能です。が……」
イツキがとても辛そうなので、僕は立ち上がって彼の腕に触れた。
「イツキ、僕は──」
「何も仰らないでください。体質改善は、人の命を扱う技が必要です。失敗すれば、きっとその者を殺します。それより酷い化け物にする可能性もあります」
僕は驚いて、彼の腕を離した。
「ショーン様はまだ己の力を理解できず、コントロールもままなりません。ですからまずは、少しずつでも言葉の勉強をすることが必要です。我らの事情は、一人前になってから考慮して下さい。百年後ぐらいを目標にお願いします」
「う、うん。百年後には……なんとか、力になれるように頑張る」
出来るかどうか分からないけどそう言うと、イツキは落ち着きを取り戻し、また微笑んでくれた。
「そういう事情があり、父は貴方に会いたがったのです。体質改善を望む方々は改革派、望まず今あるがまま生きようというのが、保守派です。父は改革派です」
「うん……うん。だけど、僕が移住すれば……ファルクスやラスベイの星で暮らすポドールイ人さんは、苦しまなくていいんだよね?」
「……はい」
イツキの表情が強ばった。
「それなら……僕は移住する」
「ショーン様、移住する権利はあると言いましたが、バンハムーバ政府はその決定を受け入れませんよ。貴方は貴重な龍神様なのですから、むざむざ逃がすような真似はしません」
「えっ……だけど──」
「お忘れですか? 貴方はまだ十五歳の子供です。親代わりの政府……エリック様とロック様を説き伏せない限りは、クリスタからは出られません。それに」
イツキは一度、言葉を切った。
「私は龍神の護衛官ですので、神族として旅立つ貴方に付き従えないかもしれません。それでも行かれるというならば、止めはしません」
イツキはそう言うと踵を返し、部屋から出て行った。
そりゃ、引っ越すというのはそういう事だろう。イツキだけじゃなく、ミンスさんやローレルさんにも会えなくなる。
その他にも大勢、クリスタに来て知り合えた人たちがいる。彼らとは離れたくない。
だけど、僕がそれを飲み込みさえすれば、ポドールイの人たちは助かるかもしれない。向こうでだって、勉強は出来るし。
人の命には、変えられない。
僕は…………せめて、文化祭を満喫しよう。そうしてから、本当にどうするか決めよう。
だからあと数日。何も知らないふりをする。
僕はそう決め、二度目にベッドに潜り込んで毛布を頭から被った。
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「エリック、もう寝てたのか?」
ロックは、画面の向こうの椅子に座る物凄く眠そうなエリックに言った。
「もう夜の十二時だ! 明日は早いから、手短に頼む」
「ああ、済まないな。でもこういう話題は、スマホじゃダメだと思ったんだ」
「はいはい、何の話だ」
「俺、きっと来年には死ぬ。龍神としての寿命だ」
ロックの言葉を聞いたエリックは真顔になり、頷いた。
「ああ、そうか」
「なんだよ、まさか知ってたのか? 秘密にしてたつもりなんだけどな」
「そんなもの……同じ龍神として分からない訳がないだろう。いや、ショーンはまだ分からないかもしれないが、俺たちは五百年の付き合いだ。勘づいていた」
「まあ、ショーンを取り合って殴り合った時に、エリックが手加減してるのは分かったから……バレてるかもなあと、思ってた」
「バレてたよ。でも、ショーンが来たからこっちからは言い出せなくてな。死にかけのお前にも、ぎりぎりまで働いてもらうしかなかった」
「でも、そうやって働いても、ポドールイの改革派の勢いを止めることは出来そうにない。黒衣の宰相殿が、ショーンと会ったようだ。宗教家であり政治家でもある、あの彼が」
エリックは、ため息をついた。
「……ある程度は、ショーンにも知ってもらう必要が出てきたな。ショーンのことだから、同情だけでファルクスやラスベイに移住すると言い出すだろうが」
ロックも、ため息をついた。
「俺がもっと生きられたら良かったのに。そうしたら、止めることができるのに。あの子には、過酷な道を歩ませたくない」
「…………」
エリックは、しばらく考え込んだ。
「ロック、これからどうするんだ? すぐに公表して、引退するのか」
「どうしたら良い?」
「いや、最後は自分で決めろよ」
「そうじゃない。どうすれば、俺はショーンの役に立てるんだ」
「ああ」
エリックは目をしばたたかせ、一度俯いた。
「ノアと話したか?」
「話した。懐かしいことを、沢山」
「次はどうすると決めたか?」
「ノアが、好きなところに転生させてくれると言った。俺、ミネットティオルに行きたい。でも──」
「あー、分かった。ロックに出来る最後のことは、ショーンにその決定を伝えることだ。それで、龍神としての仕事は終わりだ」
「…………そうか。いざ終わるとなると、忙しい日々が懐かしくなるな」
「ロックにしては、よく頑張った。褒めてやる」
「エリック……俺はお前の教育係だったろ? 年上だぞ」
「第二位が空位なのにずっと龍神の第三位に居続けて、積極的に仕事サボってた奴に先輩面されたくないな」
「なんのことだか?」
ロックはしらばっくれて、通信を切った。
他に誰もいない通信室で、ロックは泣いた。
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