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第二章 龍神の決断
4 仲間を探せ
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1・
翌日が日曜日だったおかげで、泣きすぎて腫れた目で学校に行かなくて良かったから、それは嬉しい。
けれどあと一週間後に迫った文化祭で、ミンスさんと共に舞台に立って何かしらの楽器演奏をしてくれる人を探すためには、一日たりとも無駄にできない。
かといって、生徒がいない学校に行っても仕方がない。
そういう事情で時間が勿体なくてもだえる僕の代わりに、鉄壁の協力者であるイツキが頑張ってくれた。
僕がハルトライト高校に転入する時、生徒と教職員の全員が改めて身元調査されたそうで、その時の資料をイツキが同僚という人から受け取ってきてくれた。
生徒の履歴書を僕が見たら偏見などの悪影響を受けるかもしれないということになり、イツキとオーランドさんが頑張って、二千人ほどのそれに目を通してくれた。
そして軽音部やブラスバンド部に所属しておらず、腕前がある人というのを発見できた。
小学校から中学校までピアノを習っていて、全国規模のコンクールで大賞まで取ったことがある二年生が、高校生になり魔術師派閥に入ってからピアノを辞めたようだ。
それだけ腕前があるなら、きっと一週間弱でも一曲だけなら弾きこなしてくれるかもしれない。
だから僕は、月曜日になったらすぐに協力してもらえるように頼みに行こうと思ったんだけど……。
「頼むから文化祭で演奏してって僕が気合い入れて言うと、その先輩は彼の意思じゃなく従っちゃうよね?」
「ですね」
イツキはキッパリ言い切った。僕もそう思う。
無理強いはしたくないが、僕が言いだしたので僕が頼みに行きたい。しかし声に出せば、強制的に従わせる事になる。
それはとても嫌なので、先輩の自由意志を尊重するにはどうしたらいいか考えた。
そして最終的に、手紙を書くという手段を選択した。
誰かに紙媒体の手紙を書くなんて、全くしたことがない。スマホでメールは、これまで家族や中学時代までの友人とやったことはある。でも、そんなに上手くない文章しか書けない。
それでも説得して分かってもらって、ミンスさんの仲間になってもらえるような、心を打つ出来栄えにしなくちゃいけない。そうでないと、誘いに行く意味がない!
僕のこれまでの人生を全て注ぎ込むつもりで、気合いを入れて机に向かった。
すぐに書けるとは思っていなかったものの、気付いたら朝になっててベッドで寝ていた。
全然書けていない。
焦りつつも朝食時にガイアスさんに手紙の書き方を質問して、ちょっとだけそれっぽいのを生み出せた。
通学途中も、教室に到着してからも、その内容でいいのかと悩んで手紙を見つめ続けた。
全く見知らぬ上に、二年生という先輩でもあるウィル・アティトランさん宛てに書く手紙。はっきり言って、物凄く難しい。
自分では書けないと、途中で挫折した。でも諦める気は無いから、二時間目の後の休み時間に少し震えつつも職員室に行って、現代バンハムーバ語の先生に意見を聞いた。
先生は口で伝えればと言ったものの、僕が職員室という難易度の高い場所で緊張してほぼ喋れないのを直に見て、取りあえずの例文を書いてくれた。
おかげで、お昼休みにはそれっぽい手紙を書けたから、校庭にいるミンスさんに報告しに行った。
「ショーン君、今日はコンビニのパンを食べたの?」
「ええ、イツキが持って来てくれたんで、それをかじりながら手紙を書き上げました!」
「手紙?」
ミンスさんは不思議そうだ。
そういえば、全然状況を説明していなかった。
今になり作戦を説明して手紙を見せると、ミンスさんは不思議な感じの笑顔をくれた。
「本当に見つけてくれたのね。ピアノ伴奏があれば、私も助かるのは助かるわ」
「本当ですか。じゃあ僕、放課後に渡しに行きますね!」
「でもその、無理しないでいいのよ?」
「無理じゃないです。楽しいです」
「そうなの。じゃあ、頼んでもいいのね?」
「はい。任せて下さい!」
僕はとても意気込んだ。
すぐに五時間目が始まる時間になったから、笑顔でミンスさんと別れて教室に戻った。
そして、運命の放課後。
廊下を歩いていると、校庭にいるミンスさんが陽気にギターを弾きながら歌っているのが見えた。
絶対に仲間を増やすからと誓った僕は、ウィル先輩がいるという魔法実験棟に向かった。
使用登録さえすれば、誰だって使っていい魔法能力を研鑽する建物の前で、僕は……早くもくじけそうになった。
宇宙文明には腕前が良い魔術師の証として髪の毛を伸ばす習慣があるのだが、その通り、ここに出入りしている生徒たちは全員が差はあれ髪が長い。
僕は龍神として髪の毛を伸ばすべきと言われていて、今ようやく後ろの辺りを輪ゴムでくくれるぐらいになっている。
だが、魔法なんて本格的に習った事がないから場違いだ。行き交う人たちに、じろじろと見られてしまう。
「イツキ……」
「はい」
いると知らなかったけど、ためしに呼ぶと背後にいた。
「ウィル・アティトランさんは背の高い、クリームイエロー色の長髪に焦げ茶色の目をした男性です。これは棟の使用許可カードです。どうぞ」
イツキが準備してくれていたカードを手に持ち、取りあえず味方はいると自分に言い聞かせた。
そして思い切って玄関に突入して、一年生ぽい人たちに遭遇した。
幸運にも人が良さそうだったので、先輩の居場所を聞いてみた。
一階奥にある、第一研究室にいるという。
足がガクガクしてきたが、ここまで来て倒れたらミンスさんに申し訳ない。だから必死になって奥に向かって歩いて行き……。
気付いたら、それらしい人が目の前にいた。
イツキの言った通り、背が高くてクリームイエロー色の髪に焦げ茶色の目。切れ長で鋭い目付きをしているものの、クールな感じで格好よい男の人だ。
彼は、目の前で立ち止まった僕を怪訝そうな表情で見る。
「何か用か?」
彼が話しかけてくれた。
僕はうろたえて震えつつも、ポケットから手紙を取り出し、思い切って差し出した。
「ウィル先輩、どうか、これを、読ん……あの。とにかく、はい」
受け取ってとも、読んでとも言えない生殺し状態。
ただ必死になって、手紙を差し出すしかできない。
先輩はただ、少し驚いた顔をしただけで、黙って僕を見下ろしている。
周囲にいる、他の生徒たちの声が聞こえる。
「えっ、まさか公衆の面前で告白?」
「いやあれ、男だろ! 女子用のズボン制服じゃないぞ!」
「そっち!?」
僕は帰りたくなったが、それでも堪えた。
すると、先輩が言った。
「帰ってくれ」
「いや、その、違うんです。ウィル先輩がピアノ演奏が得意だと聞きまして、文化祭で……僕の知り合いの女の子が歌うので……それの、何というか、その」
「背筋を伸ばして、もっとハキハキと喋れ。人に頼み事をするのに、その失礼な態度は何だ? ふざけるな!」
睨まれて一喝され、ビクッとした。
「私は忙しいんだ。文化祭に出る余裕はない。それに、ピアノはもう辞めた。弾く気はない」
先輩はキッパリ言い切るとプイと顔を背け、奥にあるガラス張りの一室の方に行ってしまった。
もう僕に出来ることは無さそうだが……何か……どうにか。
もう一度チャレンジしてみると決めて、ウィル先輩が内部を気にしているガラス張りの一室の傍まで行ってみた。
そしてその一室の中に、見覚えのある光景があるのに気付いた。
「イツキ、あれって宇宙船のエンジン作成の機械だよね?」
「はい、そのようですね」
「工場で見たのよりも、かなり小型のエンジンだけど……何に使うんだろう?」
疑問をそのまま口にすると、少し向こうにいる大人しそうな生徒がこっちを向いて話しかけてきた。
「工場って、どこで見たんだい?」
「あ、そこの……ティリアン造船工場で」
「え? エンジン作成の現場の見学って、させてもらえたっけ?」
「あの、ちょっとだけですが」
「嘘! いいなあ、一度生で現場を見てみたいなあ。どこでツアーの募集してたんだい?」
「も、もう終わったみたいです」
「ええ~。もし他の高校の奴がそれに行ってたら、まずいな」
彼は、ガラス張りの向こうに視線を戻した。
工場で見たエンジン作成の機械よりも小型で簡易型のものだが、十字に組まれた機械の中央に核となる宝石と純水が入れられた大きなフラスコがあって、そこに四方から魔力が注がれるのは同じ行程のようだ。
しかし、パッと見ても分かるけれど、魔力の注ぎ方が均等じゃなく、バランスが取れていない。通常なら宝石を中心にして球体になる水が、そのせいで固まらないようだ。
原因は、魔力を伝動する線の圧力が四方で違っているからだ。
機械全体が古びているから、色々と劣化しているのか。
「これって、メンテナンスしないんですか」
さっき話をしてくれた彼に聞いてみた。
「するよ。でもそれで劣化が見つかっても、部品交換できるとは限らない。この機械自体も十数年前に寄付で頂いたものだし、なかなかお金が捻出できなくって」
「なるほど。それで……これはそもそも、どうして作っているんですか?」
「そこから? あ、いやいや、新人さんは大歓迎だよ! これは全国の高校生たちが競う魔術的技術大会に出す品なんだよ。出来上がってもこの大きさでは船なんて動かせないんだけどね、自転車ぐらいの小さな機械に積んで、機動力の優劣を競うんだ」
「そうなんですか。初めて知りました」
「うん……全国大会があるとはいえ、あんまり有名じゃないからね。この高価な機械がある高校自体が少ないし、起動させるのも難しいし、維持にはお金がかかるし、生徒の魔力が足りないとそもそもエンジンが生み出せないしね。出場できるだけで、かなり優秀だって証明できるんだけどねえ……」
彼の顔から苦労がにじみ出ている。過酷な部活動のようだ。
しかし……前に工場で見た時も感じていたんだけど、中央のフラスコを僕がポンと押せば動き出しそうな気が……。
「ショーン君?」
イツキが僕を君呼びする時は、問題があるんだと分かっている。
僕はイツキを見て頷いた。
「うん。こういうのは、頑張ってきた人たちが作り上げるものだもんね。僕が口出ししちゃダメだよね」
僕は遠慮して、取りあえずエンジン作成部屋の傍から離れようとした。
すると横から手が伸びてきて、僕の腕をガシッと掴んだ。
「手紙を貰おうか」
僕を捕まえたウィル先輩が言う。
「は?」
よく分からない流れだけど、手紙を渡した。
ウィル先輩は僕を離して、手紙を読んだ。
「なるほど。次の日曜日に、一曲だけ演奏すればいいのか。受けてもいい」
「えっ! じ、じゃあ、よろしくお願いいたします!」
「ああ。それでお前、どうしてメンテナンスが必要だと分かった?」
「それは、そう感じただけです」
「魔法の素質は、いかほどだ」
「白と灰色が中級です」
「えっ? 無いに等しい……が、もしかしたらあのエンジンを作成できないか? こちらの大会も、次の日曜日なんだが」
「……交換条件、ですか」
「そうだ。大会自体には出なくていい。ただ、あれを生み出せればいいだけだ」
「でも、そうしたら、皆さんのこれまでの努力が無駄に──」
「努力なんてものは、舞台に立てた時に初めて価値が生まれるものだ! ハルトライト高校はここ数年、一度も作成に成功していない。先輩たちは全員が、本気で泣きながら卒業していった。だから今年こそは、どんな手を使っても出場したい。出場するだけでいいんだ。分かってもらえないか?」
「……ええ、分かります。ですが、なおさら僕が作る訳には──」
「分かってもらえないのか?」
「いいえ、その、修理しましょう。ちょっと聞いてみます」
僕は先輩たちに待っていてもらい、第一研究室から出て廊下の隅っこでガイアスさんに電話してみた。
いきなり明日に修理は可能ですかと質問したら、彼が別の場所に連絡を入れて聞いてくれた。
その結果を持って、研究室に戻って言った。
「明日のお昼には、修理に来て下さるようです。それで構いませんか?」
雰囲気からして本当は無表情な事が多いのかもしれないウィル先輩は、また驚いたように見えた。
「修理費は? 部費はほとんど残って無い」
「あ、じゃあ僕が払います。あの、せっかく知り合ったんで、僕も作成出来るところが見たいだけなんで……気にしないで下さい」
「気にするなっていうのか」
ウィル先輩は深いため息をついた。そして笑顔で手を差し伸べてきたんだけど、目に嫌に気合いが入っている。
「ショーン様。これから、どうぞ末永くよろしくお願いします」
「え? は、はい」
僕は握手を返した。
仲良くするのは嬉しいけれど、何か少し怖くなった。
翌日が日曜日だったおかげで、泣きすぎて腫れた目で学校に行かなくて良かったから、それは嬉しい。
けれどあと一週間後に迫った文化祭で、ミンスさんと共に舞台に立って何かしらの楽器演奏をしてくれる人を探すためには、一日たりとも無駄にできない。
かといって、生徒がいない学校に行っても仕方がない。
そういう事情で時間が勿体なくてもだえる僕の代わりに、鉄壁の協力者であるイツキが頑張ってくれた。
僕がハルトライト高校に転入する時、生徒と教職員の全員が改めて身元調査されたそうで、その時の資料をイツキが同僚という人から受け取ってきてくれた。
生徒の履歴書を僕が見たら偏見などの悪影響を受けるかもしれないということになり、イツキとオーランドさんが頑張って、二千人ほどのそれに目を通してくれた。
そして軽音部やブラスバンド部に所属しておらず、腕前がある人というのを発見できた。
小学校から中学校までピアノを習っていて、全国規模のコンクールで大賞まで取ったことがある二年生が、高校生になり魔術師派閥に入ってからピアノを辞めたようだ。
それだけ腕前があるなら、きっと一週間弱でも一曲だけなら弾きこなしてくれるかもしれない。
だから僕は、月曜日になったらすぐに協力してもらえるように頼みに行こうと思ったんだけど……。
「頼むから文化祭で演奏してって僕が気合い入れて言うと、その先輩は彼の意思じゃなく従っちゃうよね?」
「ですね」
イツキはキッパリ言い切った。僕もそう思う。
無理強いはしたくないが、僕が言いだしたので僕が頼みに行きたい。しかし声に出せば、強制的に従わせる事になる。
それはとても嫌なので、先輩の自由意志を尊重するにはどうしたらいいか考えた。
そして最終的に、手紙を書くという手段を選択した。
誰かに紙媒体の手紙を書くなんて、全くしたことがない。スマホでメールは、これまで家族や中学時代までの友人とやったことはある。でも、そんなに上手くない文章しか書けない。
それでも説得して分かってもらって、ミンスさんの仲間になってもらえるような、心を打つ出来栄えにしなくちゃいけない。そうでないと、誘いに行く意味がない!
僕のこれまでの人生を全て注ぎ込むつもりで、気合いを入れて机に向かった。
すぐに書けるとは思っていなかったものの、気付いたら朝になっててベッドで寝ていた。
全然書けていない。
焦りつつも朝食時にガイアスさんに手紙の書き方を質問して、ちょっとだけそれっぽいのを生み出せた。
通学途中も、教室に到着してからも、その内容でいいのかと悩んで手紙を見つめ続けた。
全く見知らぬ上に、二年生という先輩でもあるウィル・アティトランさん宛てに書く手紙。はっきり言って、物凄く難しい。
自分では書けないと、途中で挫折した。でも諦める気は無いから、二時間目の後の休み時間に少し震えつつも職員室に行って、現代バンハムーバ語の先生に意見を聞いた。
先生は口で伝えればと言ったものの、僕が職員室という難易度の高い場所で緊張してほぼ喋れないのを直に見て、取りあえずの例文を書いてくれた。
おかげで、お昼休みにはそれっぽい手紙を書けたから、校庭にいるミンスさんに報告しに行った。
「ショーン君、今日はコンビニのパンを食べたの?」
「ええ、イツキが持って来てくれたんで、それをかじりながら手紙を書き上げました!」
「手紙?」
ミンスさんは不思議そうだ。
そういえば、全然状況を説明していなかった。
今になり作戦を説明して手紙を見せると、ミンスさんは不思議な感じの笑顔をくれた。
「本当に見つけてくれたのね。ピアノ伴奏があれば、私も助かるのは助かるわ」
「本当ですか。じゃあ僕、放課後に渡しに行きますね!」
「でもその、無理しないでいいのよ?」
「無理じゃないです。楽しいです」
「そうなの。じゃあ、頼んでもいいのね?」
「はい。任せて下さい!」
僕はとても意気込んだ。
すぐに五時間目が始まる時間になったから、笑顔でミンスさんと別れて教室に戻った。
そして、運命の放課後。
廊下を歩いていると、校庭にいるミンスさんが陽気にギターを弾きながら歌っているのが見えた。
絶対に仲間を増やすからと誓った僕は、ウィル先輩がいるという魔法実験棟に向かった。
使用登録さえすれば、誰だって使っていい魔法能力を研鑽する建物の前で、僕は……早くもくじけそうになった。
宇宙文明には腕前が良い魔術師の証として髪の毛を伸ばす習慣があるのだが、その通り、ここに出入りしている生徒たちは全員が差はあれ髪が長い。
僕は龍神として髪の毛を伸ばすべきと言われていて、今ようやく後ろの辺りを輪ゴムでくくれるぐらいになっている。
だが、魔法なんて本格的に習った事がないから場違いだ。行き交う人たちに、じろじろと見られてしまう。
「イツキ……」
「はい」
いると知らなかったけど、ためしに呼ぶと背後にいた。
「ウィル・アティトランさんは背の高い、クリームイエロー色の長髪に焦げ茶色の目をした男性です。これは棟の使用許可カードです。どうぞ」
イツキが準備してくれていたカードを手に持ち、取りあえず味方はいると自分に言い聞かせた。
そして思い切って玄関に突入して、一年生ぽい人たちに遭遇した。
幸運にも人が良さそうだったので、先輩の居場所を聞いてみた。
一階奥にある、第一研究室にいるという。
足がガクガクしてきたが、ここまで来て倒れたらミンスさんに申し訳ない。だから必死になって奥に向かって歩いて行き……。
気付いたら、それらしい人が目の前にいた。
イツキの言った通り、背が高くてクリームイエロー色の髪に焦げ茶色の目。切れ長で鋭い目付きをしているものの、クールな感じで格好よい男の人だ。
彼は、目の前で立ち止まった僕を怪訝そうな表情で見る。
「何か用か?」
彼が話しかけてくれた。
僕はうろたえて震えつつも、ポケットから手紙を取り出し、思い切って差し出した。
「ウィル先輩、どうか、これを、読ん……あの。とにかく、はい」
受け取ってとも、読んでとも言えない生殺し状態。
ただ必死になって、手紙を差し出すしかできない。
先輩はただ、少し驚いた顔をしただけで、黙って僕を見下ろしている。
周囲にいる、他の生徒たちの声が聞こえる。
「えっ、まさか公衆の面前で告白?」
「いやあれ、男だろ! 女子用のズボン制服じゃないぞ!」
「そっち!?」
僕は帰りたくなったが、それでも堪えた。
すると、先輩が言った。
「帰ってくれ」
「いや、その、違うんです。ウィル先輩がピアノ演奏が得意だと聞きまして、文化祭で……僕の知り合いの女の子が歌うので……それの、何というか、その」
「背筋を伸ばして、もっとハキハキと喋れ。人に頼み事をするのに、その失礼な態度は何だ? ふざけるな!」
睨まれて一喝され、ビクッとした。
「私は忙しいんだ。文化祭に出る余裕はない。それに、ピアノはもう辞めた。弾く気はない」
先輩はキッパリ言い切るとプイと顔を背け、奥にあるガラス張りの一室の方に行ってしまった。
もう僕に出来ることは無さそうだが……何か……どうにか。
もう一度チャレンジしてみると決めて、ウィル先輩が内部を気にしているガラス張りの一室の傍まで行ってみた。
そしてその一室の中に、見覚えのある光景があるのに気付いた。
「イツキ、あれって宇宙船のエンジン作成の機械だよね?」
「はい、そのようですね」
「工場で見たのよりも、かなり小型のエンジンだけど……何に使うんだろう?」
疑問をそのまま口にすると、少し向こうにいる大人しそうな生徒がこっちを向いて話しかけてきた。
「工場って、どこで見たんだい?」
「あ、そこの……ティリアン造船工場で」
「え? エンジン作成の現場の見学って、させてもらえたっけ?」
「あの、ちょっとだけですが」
「嘘! いいなあ、一度生で現場を見てみたいなあ。どこでツアーの募集してたんだい?」
「も、もう終わったみたいです」
「ええ~。もし他の高校の奴がそれに行ってたら、まずいな」
彼は、ガラス張りの向こうに視線を戻した。
工場で見たエンジン作成の機械よりも小型で簡易型のものだが、十字に組まれた機械の中央に核となる宝石と純水が入れられた大きなフラスコがあって、そこに四方から魔力が注がれるのは同じ行程のようだ。
しかし、パッと見ても分かるけれど、魔力の注ぎ方が均等じゃなく、バランスが取れていない。通常なら宝石を中心にして球体になる水が、そのせいで固まらないようだ。
原因は、魔力を伝動する線の圧力が四方で違っているからだ。
機械全体が古びているから、色々と劣化しているのか。
「これって、メンテナンスしないんですか」
さっき話をしてくれた彼に聞いてみた。
「するよ。でもそれで劣化が見つかっても、部品交換できるとは限らない。この機械自体も十数年前に寄付で頂いたものだし、なかなかお金が捻出できなくって」
「なるほど。それで……これはそもそも、どうして作っているんですか?」
「そこから? あ、いやいや、新人さんは大歓迎だよ! これは全国の高校生たちが競う魔術的技術大会に出す品なんだよ。出来上がってもこの大きさでは船なんて動かせないんだけどね、自転車ぐらいの小さな機械に積んで、機動力の優劣を競うんだ」
「そうなんですか。初めて知りました」
「うん……全国大会があるとはいえ、あんまり有名じゃないからね。この高価な機械がある高校自体が少ないし、起動させるのも難しいし、維持にはお金がかかるし、生徒の魔力が足りないとそもそもエンジンが生み出せないしね。出場できるだけで、かなり優秀だって証明できるんだけどねえ……」
彼の顔から苦労がにじみ出ている。過酷な部活動のようだ。
しかし……前に工場で見た時も感じていたんだけど、中央のフラスコを僕がポンと押せば動き出しそうな気が……。
「ショーン君?」
イツキが僕を君呼びする時は、問題があるんだと分かっている。
僕はイツキを見て頷いた。
「うん。こういうのは、頑張ってきた人たちが作り上げるものだもんね。僕が口出ししちゃダメだよね」
僕は遠慮して、取りあえずエンジン作成部屋の傍から離れようとした。
すると横から手が伸びてきて、僕の腕をガシッと掴んだ。
「手紙を貰おうか」
僕を捕まえたウィル先輩が言う。
「は?」
よく分からない流れだけど、手紙を渡した。
ウィル先輩は僕を離して、手紙を読んだ。
「なるほど。次の日曜日に、一曲だけ演奏すればいいのか。受けてもいい」
「えっ! じ、じゃあ、よろしくお願いいたします!」
「ああ。それでお前、どうしてメンテナンスが必要だと分かった?」
「それは、そう感じただけです」
「魔法の素質は、いかほどだ」
「白と灰色が中級です」
「えっ? 無いに等しい……が、もしかしたらあのエンジンを作成できないか? こちらの大会も、次の日曜日なんだが」
「……交換条件、ですか」
「そうだ。大会自体には出なくていい。ただ、あれを生み出せればいいだけだ」
「でも、そうしたら、皆さんのこれまでの努力が無駄に──」
「努力なんてものは、舞台に立てた時に初めて価値が生まれるものだ! ハルトライト高校はここ数年、一度も作成に成功していない。先輩たちは全員が、本気で泣きながら卒業していった。だから今年こそは、どんな手を使っても出場したい。出場するだけでいいんだ。分かってもらえないか?」
「……ええ、分かります。ですが、なおさら僕が作る訳には──」
「分かってもらえないのか?」
「いいえ、その、修理しましょう。ちょっと聞いてみます」
僕は先輩たちに待っていてもらい、第一研究室から出て廊下の隅っこでガイアスさんに電話してみた。
いきなり明日に修理は可能ですかと質問したら、彼が別の場所に連絡を入れて聞いてくれた。
その結果を持って、研究室に戻って言った。
「明日のお昼には、修理に来て下さるようです。それで構いませんか?」
雰囲気からして本当は無表情な事が多いのかもしれないウィル先輩は、また驚いたように見えた。
「修理費は? 部費はほとんど残って無い」
「あ、じゃあ僕が払います。あの、せっかく知り合ったんで、僕も作成出来るところが見たいだけなんで……気にしないで下さい」
「気にするなっていうのか」
ウィル先輩は深いため息をついた。そして笑顔で手を差し伸べてきたんだけど、目に嫌に気合いが入っている。
「ショーン様。これから、どうぞ末永くよろしくお願いします」
「え? は、はい」
僕は握手を返した。
仲良くするのは嬉しいけれど、何か少し怖くなった。
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