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二章 バンハムーバ復興作戦

十 真実に射す光

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1・

「一位はポドールイで……二位は?」

自分で考えるより聞いた方が早いので、フィルに質問した。

フィルは真剣だが優しい眼差しをくれつつ、答えをくれた。

「この星にまず移住したのは私で、翌日にロゼレムの小屋が建ちました。次に来たのは、ご存知の通りレヴァンですよね? ユールレムの小屋が建ってから、一週間ほどです」

「ああ……レヴァンの言った別の仕事って、これか。もうこの星には用が無くなったかと思ったけど、逆なんだな。手ぶらで帰る訳にいかないから、ユールレムにバンハムーバの準母星候補を差し出そうとしているのか」

「ようやく事態に気付いたか?」

レドモンドが憎々しげに言う。

俺は素直に頷いてから、考え込んだ。

ロゼレムのローザ船長が、本気でクリスタを植民地化したい訳ではないだろう。ただ他に手に届く問題がなく、ほぼ死に体の状態から国際社会に返り咲くには、後で俺からの非難を浴びようがここで横やりを入れるしかなかった。

彼女らもポドールイが引き下がった後に、バンハムーバ政府と話し合って引き下がるつもりなのだろうが、その時にロゼレムに帰還する手助けを願い出るだろう。

そうすれば、王妃として一応の権力を示して帰還できるだろうが……。

「ローザ船長と話がしたい」

俺が席を立つと、フィルが言った。

「彼女らは、ただ故郷に帰りたいのです。その方法として、クリスタに小屋を建てたのです」

「……バンハムーバに権利を譲った恩で、問題が山積しているロゼレム政府内に戻るっていうのか。それでいいと、ローザ船長は言ったのか?」

「はい。戻れさえすれば、後は自分たちでどうとでもなると」

「作戦も無くあの変態ぽい国王の下に帰ったって、ローザ船長が返り討ちに遭うだけだろうに。もうちょっと欲を言ってくれれば、簡単なのになあ」

そう、ここで欲をかいてくれさえすれば百点満点以上の作戦ができあがる。

俺は、不満げでしかないレドモンドを見て、着席した。

「第二位のロゼレムと交渉する気は?」

「……無い訳ではないが、無理な条件を飲まされたくはない。それにロゼレムは引き下がるとしても、第三位のユールレムは絶対に引き下がらない。問題は、ロゼレムよりもユールレムにある」

「いやいや、もうちょっと軽く考えた方がいいぞ。今、ロゼレム国内には、バンハムーバの仮の政府機関も駐留しているだろう? 貴族院と和解したんだから、ロゼレム国内の政府機関が全てのバンハムーバ王国勢力の代表になったって考えて良いよな?」

「……ああ。我ら龍神の権力を維持する旧政府の者達が代表として、貴族院を吸収して新たな体制を整えようとしているところだ」

「よっしゃ。それに、バンハムーバの民が移住している地域の治安維持や税金の徴収なんかで、一部の権限がロゼレムと繋がってないか? つまり、内部で連合国状態じゃないのか」

レドモンドは、はっとした。

「……確かに、そう表現できなくもない。今の状況では、国連も納得するだろう」

「じゃあ問題は解決だ。ロゼレムのローザ船長に、我々は元から協力関係にあったと確認しにいくだけでいいだろ? ただその時に、バンハムーバの願いを聞き入れて再建を手伝ってくれたロゼレム国王妃に、最大限の敬意を払わないといけない」

「それは、もちろんそうする。しかし彼女は、他国への亡命者扱いをされている。お前も知っているだろうが、海賊としても命を狙われている」

「だから、最大限の敬意が必要だ。ロゼレム国内にバンハムーバ政府を呼び入れたはいいが好きなように従属させてくれている国王よりも、新たな移住地を共に探して植民地化に貢献してくれた王妃の方が、バンハムーバ政府は付き合いやすいだろう?」

レドモンドは、唖然とした。

「それは、つまり、我々が正式な後ろ盾になれと言うことか?」

「ん~……」

俺はとりあえず、冷めつつあるエビフライにフォークを突き刺して食い、ビールを一気飲みしてコップを机の上に置いた。

視線をレドモンドの方に向けず、床を睨んで笑った。

「あのさ」

「……何だ?」

「レドモンドは、あれが許せるのか? スラムだけじゃなく、普通の町中ですらバンハムーバ人は肩身の狭い思いをしているだろう? 俺はこんなでも性格がなかなか優しいとよく言われるんだが、それでもあれだけは許せない。同じバンハムーバ人だから言うんじゃない。己の優位を楽しむ為に人を奴隷として扱う支配者なんて、何がどうあろうと存在を許さない」

思い出すだけで腹が立つ。本当に殴り殺してきても良かったかもしれないと思うぐらい、俺とロゼレム国王は相容れない。

元々、龍神は気の荒い神だ。世を統べるのに直接的な力の行使を好み、時には直情的に人を食い殺す。

かといって、今の国際社会においてその激情に従えば、ただ戦争を引き起こす。そうしない代わりに……。

俺は、レドモンドに視線を向けた。

「未だにローザ船長にただ利用される立場だなんて、思ってないだろうな? 古い血筋の王家一族のローザ船長がいれば、彼女をバンハムーバ人との真の同盟者だと持ち上げて復権させ、正式な手順で国王を追い出すことも可能だ。そうして我らバンハムーバの民を傷つけた報いを、思う存分に受けさせろ。全てを奪い、宇宙に放り出せ。決して奴を許すな」

俺に睨まれる形になったレドモンドは、それでも怒らずに真顔で何か考える様子を見せた。

「確かに、ローザ船長と手を結べば、無理ではない作戦だ。それに……とてもいい案だ」

無論、レドモンドも心底では腸が煮えくりかえっているのだろう。冷静な目に激情の色を浮かべ、楽しそうに笑って立ち上がった。

すかさずフィルが洗濯してきれいに乾かしたばかりの龍神衣装を横から差し出し、それを受け取ったレドモンドは衝立の向こうで着がえてから素早く立ち去った。

帰り際、彼は一度立ち止まって振り向いて言った。

「第二位で植民地化の権利を得た頃に、また戻ってくる。その時も会ってくれ」

「分かった。ここで待ってるぞ」

俺が手を振ると、レドモンドはニヤリと笑って小屋を後にした。

2・

窓から様子を見ると、夕暮れ時の空の下、レドモンドは真っ直ぐキャニオンローズ号に向かって歩いて行った。

「分かってもらえたようだ」

「良かったですね」

窓に張り付く俺の呟きに、テーブルについたフィルが答えてくれた。

「じゃあ、クリスタの準母星化を進めてもいいって事だよな?」

「ここで止められても、作業を中断しないでしょう?」

「そりゃそうだ。でも、星の中で作業してから地上に出てきた時、銃撃されない保障があるのは嬉しいぞ」

「全ての人生は安全第一ですものね」

俺は窓から離れ、フィルを振り向いて見た。

「一つ聞いていいか」

「はい、どうぞ」

「フィルは俺の悪友に似てるんだが、あれはフィルの子孫だろうか?」

「ポドールイの王に任命される血筋の者として、きっとそうだと思います」

「だったら、もうちょっと性格を良くして生んでくれないか? 時折怖いんだ」

「時代が離れすぎているので無理です。それより、食事にしましょう」

「ああうん。エビフライ美味しい」

無理だったかと残念に思いつつも、椅子に戻って多量のエビフライを相手にした。

昼過ぎに、ツキシロがアデンに行って買ってきてくれたという大ぶりのエビで作られたフライは、とても新鮮でぷりぷりで食べ応えがある。

それにお代わり自由の冷えたビールを合わせると、本当に最高だ…………ではなくて。

「ユールレムのこと忘れてた! 順位をバンハムーバに追い越されたと知ったら、レヴァンは次に何をしてくるだろうか? こっちから話し合いに行った方がいいだろうか?」

叫ぶと、フィルは上品に銀のナイフとフォークでエビフライを切りつつも言った。

「既に理解されているでしょうが、完全に望む未来を作るまでに残された一割の道は、ユールレムへの対応です。貴方がユールレムの血を持つと匂わせてしまった時点で生まれた歪みです」

「はあ…………で、どうしろと? レヴァンとその雇い主を満足させる方法なんて、これっぽっちも考えつかない」

「こればかりは、二週間後にしか道が拓けないようです。それまでにユールレムの者と会っても良いものの、些末な事でも契約になるような物事は何一つとして口にされない事をお勧めします」

「辛いぞ。でもいいや。二週間ずっと地下で作業してればいいもんな。あっ、そういえばクロとピッピに会う予定があった」

「ツキシロに、予定変更を伝えましょうか?」

「お願いする。俺は、これ食ったらもう出掛けるよ。レヴァンと会ったら絶対にダメだ」

食い溜めとして思う存分エビフライを食べながら、まだ会えないのを喜ぶべきかどうか悩みつつ、愛しいクロとピッピを想った。

酒の効果もあり、泣けた。

「そ、それにそういえば、さっきの言葉、全部記録されてるんだったな。国連軍の職員に、チェックされちゃうのか? まずくないか?」

今さらだけど。

「向こうの方々は植民地化の手続きをされるだけの職員さんなので、余計な事は口外されません。明らかな憲法、法律違反などしか通報されません」

「明らかな……?」

「エリックさんの台詞は、明らかな違反ではありませんよ。正式な外交上のやり取りの話だけされましたし」

「はは……というかもう、映像の提出するの止せば? どうせ権利は捨てるんだしさ」

「考えておきます」

フィルが真顔で答えたので、やっぱりホルンと良く似てるかもと思った。
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