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{ 皇太子編 }

53. あるべき姿 ◀︎←R15程度の身体的な接触の表現がある場合は◀︎表記しています。苦手な方は適宜飛ばし読みして下さい。

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執務室の扉が開かれて、老いた薬師が、その姿を現した。
こちらを上目遣いに見上げ、目が合うと、慌てて顔を伏せる。

「す、既に良い頃合いかと……」

近付くと、その身体に染みついた、生薬のきつい臭いが鼻につく。

「猶予は?」

「半刻ほどで効能は薄れます……こちらを……」

膝をつき、差し出された2本の小瓶を掴み上げ、手の平で転がすと……独特の濃密な匂いが、立ち上がる。

「無色の小瓶が、自白剤です。……深い酩酊感と高揚感で、問い掛ければ、真に心に思ったことを口にします。薬効が切れ、眠りに落ち目覚めれば、その間の出来事は勿論、会話の断片さえ記憶に残りません」

……紫の小瓶を光に透かす。

「そしてもう一方の……そちらが興奮剤です。自白剤の効き目が薄れるとともに、意識が混濁し眠りに落ちますが……その際そちらの薬と自白剤の両方を飲ませれば……引き続き目覚めたまま、同様の効能を得ることができます。
連続してのご使用は3度にお留めください……。精神に破綻をきたしますので……」

その説明を受け……笑みを浮かべて、薬師を労う。

さぁ、アレは何を話すだろうか……。
既に、1度目の自白剤を飲ませ、効き目が現れている頃だろう。

目的の部屋へと向かいながら、問答を予測する……。
アレはその心の内に何を隠すのか……。

盆に載せられた2本の小瓶は、従者が歩くたび小刻みに揺れ、軽快な音を立てた。
この罪人用の薬を使わずとも、聞き出す方法は幾らでもあった……。
他者や動物を傷つければ、何ら苦労なく聞き出すことが出来るだろう。
アレの身体を鞭打てば……時間はかかるが、語るだろう。

だがアレは……あの屋敷で、その瞳の奥に如実な反骨心を浮かばせた。
真実を吐かせるには、これが最短の道筋だ。
無駄な労力も使わず、さらに平和的な解決方法を選んだのだ。
これは慈悲だ……アレへの私からの情けだ……。
そう考えると、途端に気分が良くなった。

その粗末な扉を開けると、薬の残り香が鼻についた。
通路で待機するよう従者に指示し、ひとり部屋に入る。
……鎖の擦れる音が聞こえ、寝台の端の白い塊が、小さく動く。
ソレは、あの罰を与えた日と同じように寝台の隅に腰かけていた。

薄暗く静かな部屋で……足音も立てず、ゆっくりと近づく。
その視界に入れば、また身を固くし、瞳を震わす……そのような態度をとるだろう……。
今回も当然にそう思っていた。

だが、こちらを見上げたその顔は、完全な無表情だった。

やがて、ゆっくりと……それはまるで蕾が開くように、口元に微笑みを広げると……満開の花のような、笑顔になった。
ただ立ち尽くし、我を忘れたその一瞬……
女は両腕を広げ……とろけるように目を細め、口を開いた。

「あぁ……会いたかった……」

暗い部屋に、さえずるようなその声が、明るく響く。
予想に反する態度に、動揺し、戸惑いながらも、寝台に近づくと……細く白い腕をいっぱいに伸ばし、その身体に迎え入れるような仕草をする。
先程より、さらに明るく朗らかに、屈託のない笑みを浮かべて。

「助けに来てくださったんですね? 会いたかったんです。ずっとずっと、本当にあなたに会いたくて……」

無邪気な子供のように、甘えた声で……。
全身で喜びを表現するように腕を広げ、口を開く。
それはいつもの堅苦しく、冷えて強張こわばった声音とは、まるで正反対のものだった……。

抗いようのない衝動に背中を押され、その腕の中に身を委ねた……!

「あぁ……私もだ……」

うなじにその両腕が回り、包み込むように抱きしめ引き寄せられた。
頬と頬が擦り合わされ、鮮烈な香りが鼻腔を刺激する。
女の小さな手が、背中を撫でる。まるで、そこから何かが入り込むように快感が広がり、身体が熱を帯びる。

「会いたかったんです。とても……。本当にもう2度と、あなたに会えないかと思っていたんです……」

頭は痺れ、喉元から込み上げてきた熱い何かで、鼻腔に痛みを覚える。
抑えの効かない、得体の知れない感情に、感覚の全てが支配される。
声を出そうにも、言葉にならない……!

やがて女の力が抜け、体が離れ……正面で眼が合う。
頬は上気し……その瞳は潤み、美しく輝いていた。
途端、首を傾げて、眉端を下げて……切なげな表情をする。

「あぁ、泣いているんですか?」

ふと我に返る。
何を馬鹿なことを……。
だが……両頬が濡れている……。
私が……泣いている?

拭おうとするも、温かな両手が頬を包む。

「今度は……わたしの番ですね」

そう言うと、頬に添えられたその指先が唇を撫で、目元を優しく拭う……次の瞬間、柔らかなものが目尻に触れる。

そしてそれは、目尻から頬に……

頬から口端に……

流れるように……

そして最後に唇に、重なり合った。

その切れ目はゆっくりと、全てを受けいれるかのように開かれて、優しく吸い付くと、柔らかなその舌先が歯に触れて……また閉じ合わさり離れていった。

この信じ難い行動に、女の顔を凝視するも……初めて出会ったあの日、小動物に向けられた、慈しむような……いや、それ以上に美しい微笑みが、自分に向けられていた。

それは、感情を激しく揺り動かし……! その勢いのままに、身体を引き寄せて、強く抱きしめた!
寝台に押し倒すと、何の抵抗もなく流れに身を任せ横たわり、嬉しそうにこちらを見上げる。
身体の深部を激らせ全身に広がった快感は、既に、絶頂に達していた。

その手首から、なぞるように手を這わせ……指と指を絡め合いきつく握りしめた。

長く息を吐いた女の、その口元は濡れ、唇は蜜を塗ったように輝きを放つ。
寝台に広がった絹糸のような髪に、銀の髪がかぶさって、まるで溶けるように混ざり合う。
それは、とても美しい光景だった。

「愛しています……」

その言葉が、全身を包みこむ。
顔を近づけ、自分を移し込む、水面のような瞳に魅入る……。
濃密な甘い香りを含んだ吐息が、唇を震わせて。
全身を血が激しく巡る……それは重なり合った彼女の身体からも伝わってきた。
あぁ、あの薬か……。先ほどこの女の舌先で味わったあの薬が……きっと私にも効いているに違いない。

「私もだ……愛してる」

その言葉に、女はフフッと嬉しそうに口元を緩ませた。

「あなたを愛しています……。どんな事があっても、わたしの……あなたへのこの気持ちが変わる事はありません…………」

瞬間、薬師の言葉が蘇った。
ーー真に、心の内に思ったことを口にする……ーー

感動と、興奮のままに、その唇に食らいつき、舌を押し入れ……その小さな舌を絡め取り……衝動に全てを委ねて……。
もっと深く、もっと奥に……どこまでも侵入し繋がりたい……!

(全てが欲しい……身体も、その心も……)

今まで感じた事ない程の、強烈な渇望。唇から首元へ、首元から鎖骨へ、口付け、吸い付き、その渇きを満たしていく……。

突然、女がクスクスと、無邪気な笑い声を立てた。
目をやると、こちらを愛おしげに見つめるその眼差しに、またも釘付けになった。

「くすぐったくて……気持ちよくて……」

胸が、狂おしいほど締め付けられる……。
予想だにしない現状、突如降りかかった耐え難い誘惑は、身体の奥底の情欲を掻き立てた。
身体は既に熱を孕み、我慢できないほどに高まった興奮は、息を乱し、また深部を熱く滾らせた……!
抱きしめたい。混ざり合いたい。この者と共に、ただただ快楽に浸りたい……。

「ずっと、お前が、欲しかった」

あぁ、私は……お前が、欲しかったのか。
この髪も瞳も唇も、柔らかな身体も……そしてその眼差しも、声も……!
これがお前だ。私の欲しかったお前の姿だ!

「……私のものだ」

ゆっくりと頭を撫でながら……その瞳を見つめ、囁いた。
女は同意するように、首を傾げると、こちらに手を伸ばし、頬に触れる。
満足げな微笑みがその顔に広がった……。

また口づけようとした時、その唇が緩やかに開いた……。
ゆっくりと、舌がもつれるように、辿々たどたどしくも……優しい声が部屋に満ちる。



「はい……わたしの全てはあなたのものです。
…………………カイラス様……………………」



そして、ささやかに抵抗するように……瞼を閉じては開いてを繰り返し……。
その隙間に覗く、青の瞳が徐々に薄くなっていき……やがて見えなくなると……薄暗がりの部屋に、また完全な沈黙が訪れた……。
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