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第一話
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「クラース、リナリー、紹介しよう。
この子はアレクセイ。今日から一緒に暮らす家族だよ」
グランヴィル公爵家の主人であるグラシスに紹介されたのは、まだ7歳の美しい少年だった。
青みを帯びた銀の髪に、静謐な深海を思わせる濡れた瞳。
その瞳は、瞬きの度にバサバサと音を立てそうな長い睫毛に覆われている。
まったく分別の付かないこどもというわけでも、この状況をすべて理解できる大人というわけでもない。
突然家族だよ、と自分たちを紹介されても戸惑ってしまってもしょうがないだろう。
アレクセイは固い表情のまま、よろしくお願いします、と一礼した。
一方の俺はというと、こちらも固い笑顔を貼り付けながら
『ついにこの日が来てしまった…!』
と、内心焦りに焦っていた。
なぜなら、このアレクセイとの関係が、今後の世界の運命を握っているからだ───
* * *
俺の記憶が戻った…というのか、俺の中に別の記憶が流れ込んできたのが、今から6年前。
忘れもしない、その日は妹のリナリーが生まれた日で、俺はまだ5歳だった。
俺は公爵家の長男となっているが、実子ではない。
公爵の弟夫婦の子なので、実際には伯父と甥の関係だ。
4歳の頃に事故で両親を亡くし、公爵家に引き取られた。
実の父母がいないのは悲しかったが、もとより伯父夫妻には懐いていたし、伯父夫妻も屋敷のみんなも優しかったので、しだいに慣れていった。
きょうだい、実際には従兄弟なのだが、が生まれると知らされた俺はとても楽しみにしていた。
毎日のように、伯母の大きなお腹に話しかけた。
早くいっしょに遊びたいな、お兄ちゃんと呼んでくれるかな。
そしてとうとう、リナリーが生まれた。
後で聞いた話だが、伯母は初産だったので大変だったらしい。
ひとめでも早く妹に会いたかったが、会えたのはその日の夕方だった。
ふわふわのタオルにくるまれた、ちいさなちいさな赤ん坊。
まだ目もあいておらず、想像していた姿とは違ったけれど、一生懸命息をする様子がとても愛しいと思った。
「ぼくのいもうと…」
そう、思わずこぼした瞬間に、脳にザーッと、大量の写真のようなものが流れ込む。
いもうと、妹…そうだ、ぼく…俺には妹がいた……
* * *
ここではない世界、ぼくには妹がいて、ぼくはもう大人だった。
妹とはわりと仲が良かったほうじゃないだろうか。
小学生時代に友達からからかわれ、趣味の話をできなくなった妹の、唯一の話し相手が俺だった。
妹はゲームやマンガが大好きで、とりわけ好きなゲームがあった。
その作品はアニメ化もされており、劇場版が決まった際、
『お金は出すから一緒に見に行こう、そして入場特典をください』
と懇願され、劇場版の前にテレビシリーズの履修をさせられた。
主に女性向けの、いわゆる乙女ゲームというジャンルだった。
ゲームが原作ということは、ルートが分岐しているわけで、テレビシリーズは皇子とのルートが描かれていたらしい。
そして劇場版のメインルートとして描かれたのが、妹の推しで、一部からは絶大な人気を博しているという(妹情報)アレクセイルートだ。
ある事情から侯爵家で育てられたアレクセイのルートでは、1つ年下で、ヒロインのライバルでもあり親友ともなりえるリナリーと、その兄クラースが登場す……
クラース? …リナリー?
え?
「ぼく」の記憶と、知らない「俺」の記憶が混じり合う。
情報が洪水のように頭の中を巡って、ぼくはたまらず床に伏した。
慌てる侍女たちの声が聞こえる中、ぼくは気を失った。
* * *
それから三日三晩、高熱にうなされたらしい。
せっかくリナリーが生まれたばかりだというのに申し訳なかった。
大事をとって1週間は部屋で療養し、俺はようやく部屋から出ることを許された。
流れ込んできた記憶は断片的で、まだ5歳のこどもには認識はできても理解できないことも多かった。
そういったことは一度記憶の深い深いところに沈むらしく、俺自身の成長とともにゆっくりと思い出したり、または逆に細部を忘れていったりした。
しかしおそらくこの世界は、別の世界の俺が見ていた作品に違いないだろうという確証を得ていった。
で、あるならば。
俺が11歳になる頃、この公爵家にアレクセイという少年が引き取られることになる。
そして公爵家とアレクセイ、とくに俺・クラースとアレクセイの関係性によって、
もしかしたらこの世界は終わってしまうかもしれない───
アレクセイが登場するルートは大きく3つ。
皇子ルートの障害として、ヒロインと皇子の前に現れる。これはさほど『世界』に影響はない。
もう1つはヒロインと幸せな結末を迎えるルート。
できればこのどちらかのルートを目指して欲しい。
そしてもう最後の1つが…俺が恐れる世界の破滅ルートだ。
実はアレクセイは亡国の王族に連なる身分で、政権争いから逃れるため、この公爵家に匿われることになった。
しかしそれを知られた公爵家は亡国の復活を支持する過激派に襲われる。
その際に俺を含め公爵家の主要人物は殺されてしまうし、祖国を復活させたアレクセイはこの世界の支配を目論む『悪逆皇帝』となってしまう。
本当に絶対、このルートだけは阻止したい。
そしてそのートの条件というのが、アレクセイと公爵家、とりわけ義兄である俺・クラースとの親密度なのだという。
あちらの世界の妹が語る記憶によれば、アレクセイとの親密度を高め過ぎると、破滅ルートに入ってしまうのだとか。
……あちらの世界の記憶もあやふやだし、もともとそんなに詳しくない分野のことだと思うけど、普通は親密度を上げたほうが、よりよい未来になるんじゃないか?
それにヒロインじゃなくてクラースとの親密度って何?
わからないことだらけだが、とうとうアレクセイは俺の前に現れてしまった。
倒れてしまいそうなのを必死に堪えて、俺は自分でもわかるくらいぎこちない笑顔で右手を差し出す。
「俺はクラース。これからよろしく、アレクセイ」
アレクセイは一瞬ためらったあと、俺の手を取った。
ひやりとした冷たい手は、俺の手にすっぽりと収まってしまうほど小さかった。
生まれた国や家族から離れて、どれだけ心細いだろうか。
できれば兄弟として、仲良くしていきたい。
けど……
(ごめん、アレクセイ……)
俺は心のなかでアレクセイに謝罪した。
仲良くしすぎると、この公爵家どころか世界が火の海になる。
それだけはどうしても回避しなくちゃいけない。
だから、俺はこの義弟と、『ほどほど』に仲良くすることを固く誓ったのだった。
しかし、クラースは知らない。
この時点でアレクセイのクラースに対する親密度が、高いどころか上限値を振り切ってしまっていることに。
この子はアレクセイ。今日から一緒に暮らす家族だよ」
グランヴィル公爵家の主人であるグラシスに紹介されたのは、まだ7歳の美しい少年だった。
青みを帯びた銀の髪に、静謐な深海を思わせる濡れた瞳。
その瞳は、瞬きの度にバサバサと音を立てそうな長い睫毛に覆われている。
まったく分別の付かないこどもというわけでも、この状況をすべて理解できる大人というわけでもない。
突然家族だよ、と自分たちを紹介されても戸惑ってしまってもしょうがないだろう。
アレクセイは固い表情のまま、よろしくお願いします、と一礼した。
一方の俺はというと、こちらも固い笑顔を貼り付けながら
『ついにこの日が来てしまった…!』
と、内心焦りに焦っていた。
なぜなら、このアレクセイとの関係が、今後の世界の運命を握っているからだ───
* * *
俺の記憶が戻った…というのか、俺の中に別の記憶が流れ込んできたのが、今から6年前。
忘れもしない、その日は妹のリナリーが生まれた日で、俺はまだ5歳だった。
俺は公爵家の長男となっているが、実子ではない。
公爵の弟夫婦の子なので、実際には伯父と甥の関係だ。
4歳の頃に事故で両親を亡くし、公爵家に引き取られた。
実の父母がいないのは悲しかったが、もとより伯父夫妻には懐いていたし、伯父夫妻も屋敷のみんなも優しかったので、しだいに慣れていった。
きょうだい、実際には従兄弟なのだが、が生まれると知らされた俺はとても楽しみにしていた。
毎日のように、伯母の大きなお腹に話しかけた。
早くいっしょに遊びたいな、お兄ちゃんと呼んでくれるかな。
そしてとうとう、リナリーが生まれた。
後で聞いた話だが、伯母は初産だったので大変だったらしい。
ひとめでも早く妹に会いたかったが、会えたのはその日の夕方だった。
ふわふわのタオルにくるまれた、ちいさなちいさな赤ん坊。
まだ目もあいておらず、想像していた姿とは違ったけれど、一生懸命息をする様子がとても愛しいと思った。
「ぼくのいもうと…」
そう、思わずこぼした瞬間に、脳にザーッと、大量の写真のようなものが流れ込む。
いもうと、妹…そうだ、ぼく…俺には妹がいた……
* * *
ここではない世界、ぼくには妹がいて、ぼくはもう大人だった。
妹とはわりと仲が良かったほうじゃないだろうか。
小学生時代に友達からからかわれ、趣味の話をできなくなった妹の、唯一の話し相手が俺だった。
妹はゲームやマンガが大好きで、とりわけ好きなゲームがあった。
その作品はアニメ化もされており、劇場版が決まった際、
『お金は出すから一緒に見に行こう、そして入場特典をください』
と懇願され、劇場版の前にテレビシリーズの履修をさせられた。
主に女性向けの、いわゆる乙女ゲームというジャンルだった。
ゲームが原作ということは、ルートが分岐しているわけで、テレビシリーズは皇子とのルートが描かれていたらしい。
そして劇場版のメインルートとして描かれたのが、妹の推しで、一部からは絶大な人気を博しているという(妹情報)アレクセイルートだ。
ある事情から侯爵家で育てられたアレクセイのルートでは、1つ年下で、ヒロインのライバルでもあり親友ともなりえるリナリーと、その兄クラースが登場す……
クラース? …リナリー?
え?
「ぼく」の記憶と、知らない「俺」の記憶が混じり合う。
情報が洪水のように頭の中を巡って、ぼくはたまらず床に伏した。
慌てる侍女たちの声が聞こえる中、ぼくは気を失った。
* * *
それから三日三晩、高熱にうなされたらしい。
せっかくリナリーが生まれたばかりだというのに申し訳なかった。
大事をとって1週間は部屋で療養し、俺はようやく部屋から出ることを許された。
流れ込んできた記憶は断片的で、まだ5歳のこどもには認識はできても理解できないことも多かった。
そういったことは一度記憶の深い深いところに沈むらしく、俺自身の成長とともにゆっくりと思い出したり、または逆に細部を忘れていったりした。
しかしおそらくこの世界は、別の世界の俺が見ていた作品に違いないだろうという確証を得ていった。
で、あるならば。
俺が11歳になる頃、この公爵家にアレクセイという少年が引き取られることになる。
そして公爵家とアレクセイ、とくに俺・クラースとアレクセイの関係性によって、
もしかしたらこの世界は終わってしまうかもしれない───
アレクセイが登場するルートは大きく3つ。
皇子ルートの障害として、ヒロインと皇子の前に現れる。これはさほど『世界』に影響はない。
もう1つはヒロインと幸せな結末を迎えるルート。
できればこのどちらかのルートを目指して欲しい。
そしてもう最後の1つが…俺が恐れる世界の破滅ルートだ。
実はアレクセイは亡国の王族に連なる身分で、政権争いから逃れるため、この公爵家に匿われることになった。
しかしそれを知られた公爵家は亡国の復活を支持する過激派に襲われる。
その際に俺を含め公爵家の主要人物は殺されてしまうし、祖国を復活させたアレクセイはこの世界の支配を目論む『悪逆皇帝』となってしまう。
本当に絶対、このルートだけは阻止したい。
そしてそのートの条件というのが、アレクセイと公爵家、とりわけ義兄である俺・クラースとの親密度なのだという。
あちらの世界の妹が語る記憶によれば、アレクセイとの親密度を高め過ぎると、破滅ルートに入ってしまうのだとか。
……あちらの世界の記憶もあやふやだし、もともとそんなに詳しくない分野のことだと思うけど、普通は親密度を上げたほうが、よりよい未来になるんじゃないか?
それにヒロインじゃなくてクラースとの親密度って何?
わからないことだらけだが、とうとうアレクセイは俺の前に現れてしまった。
倒れてしまいそうなのを必死に堪えて、俺は自分でもわかるくらいぎこちない笑顔で右手を差し出す。
「俺はクラース。これからよろしく、アレクセイ」
アレクセイは一瞬ためらったあと、俺の手を取った。
ひやりとした冷たい手は、俺の手にすっぽりと収まってしまうほど小さかった。
生まれた国や家族から離れて、どれだけ心細いだろうか。
できれば兄弟として、仲良くしていきたい。
けど……
(ごめん、アレクセイ……)
俺は心のなかでアレクセイに謝罪した。
仲良くしすぎると、この公爵家どころか世界が火の海になる。
それだけはどうしても回避しなくちゃいけない。
だから、俺はこの義弟と、『ほどほど』に仲良くすることを固く誓ったのだった。
しかし、クラースは知らない。
この時点でアレクセイのクラースに対する親密度が、高いどころか上限値を振り切ってしまっていることに。
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