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タバコと飴
しおりを挟む飴が完全に溶けた時に、舌に残る未練がましい気だるい甘さが嫌いだった。10年ぶりくらいに飴を口にした感想がそれだ。感想というよりは想起。
自分が幼かった時の記憶は自分で取り出せなくなっていることが多々ある。その自覚もなく世間の大人様は得意げになって、子供を責める。大きな忘れ物に真面目に惚けながら。おそらく俺もそんな人間の1人だろう。
車のハンドルを片手にそんなことをぼんやりと考えた。そう、ぼんやりと。
ワイパーのスピードをあげ車の窓をクリアにする。
タバコは今はやめておこう。子供の頃の思い出にタバコは疲れているような気がする。
まだ疲れるには早い。まだ毛羽立つには早い。
BGMもなくハイウェイを走しる。ガソリンスタンドはどこにもない。たまに思い出しながら鼻歌を口ずさんでみる。曲の題名は煙みたいに出てこない。
思い出か。人生に足掻いている間はそんなことを考える余裕もなかった。ひたすらに誰が決めたかもわからない〘 前〙というものに従い進み、惑い、盲信し、崩れ、また懲りずに誰かが『 前へ』と言い出し、足並みを揃えて少し頭を傾けながら、軋み、歪み、猛暑のなかを進むみたいに行進した。あれはなんだったのか。
誰が前進していると感じていたのか、誰が実態のない後退に怯え出したのか。
俺は、ふとある日そんなことを考え出した。
20年疑わずに走ってきた列車が客のいない時に脱線して自分の使命を糾明するように、俺は急に胸が疼くのを感じた。
俺が使用する以前、誰が座っていたのかわからない、汚いディスク。その裏には学生じみた社会や会社に対する、横たわってつつきようのない不満が書いてあり俺は読む気にもなれなかった。けれど気づき始めてはいた。書いた人間の指のコーヒー臭いのする大人の指と今俺がその文字を見ないために伏せた目が、なんだか同じ方向にあるように思えた。
ハイウェイが一旦途絶え、田舎の交差点で赤信号に止まった。抵抗なく沈むブレーキ。俺はいつから車を運転出来るようになったのか、と思うと少しだけ笑えた。
気づかない。
人間は時に気づかない。
学生の頃に読んだ、『 セネカ』の本を思い出した。人間は時間を無限と捉え、さて、俺の人生を始めようか、というときに自分の人生は過ぎ去ってしまったことに気づく、というような一文があり、その文を読んだ時俺は身体中の細胞が『 時間』というものに怯えるのを初めて感じた。普遍的、そう普遍的なものだったのに。
それが今では惜しいとさえ思わない。過ぎ去ってしまえ、とさえ思う。人生の全てがバカバカしいような気もする。希望がある時の時間は有限だが、希望のない現在の時間は無限でその全てが無為なのだ。
俺はおそらく諦観しているんだろう。ここまでの道のりで何かが砕けた。
俺はタバコに手をかけたが、その時信号が青になったらしい。後ろからのクラクションで反射的にアクセルを踏んだ。
「あんたって本当に生きてるの?」
俺は生きていないのかもしれない。あの日君が言った『 本当に』という言葉にどんな意味があったとしても、俺はどんな意味にだって生きてはいないのだろう。
1DKで数年共にし数えきれないほど寝た女だった。なんで寝たのかわからない。愛とかそういうものではなく、ただの動物同士の労り合いだったのかもしれない。
俺は会社を辞めた。女を捨てた。
なんだか自由を子供の頃のように感じる。
歩いていたら飴を配っている変わった老婆に貰った飴を口にいれた。
また3車線のハイウェイに戻った。このままどこかに連れ出してほしかった。
だが、どこまで行けるだろう?
いや、そう遠くへはいけないだろう。
遠くへ行くには、タバコが少なすぎた。
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