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3話 キャベツ女

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「キャベツ女ぁ! おらぁ」

「やめてよ!」

「うるせぇ、キャベツー! へい、パス」



 20年以上たった今でも覚えている通学路を歩いて行くと、そこには二人の少年と少年よりも少し背が高くガタイもいい少女がふざけ合っているのが見えた。

 少女の髪はボサボサで、色さえ緑であったならば、それはまさにキャベツと見紛う様相。

 顔はお世辞にも可愛いとは言い難い上に、男子に言い返すその喋り方もどこかたどたどしい。


 知的障害があるのかもしれない。


「お、友君! へい、パぁス!!」
「え、あ」


 友作の登場に気付いた事で男子陣に活気が増し、中空を汚らしい靴が弧を描いて友作の元へ投げ込まれた。

 元はピンクと白の可愛いスニーカーであったろうそれは、今や使い古され、土汚れに塗れてその影もない。


 反射的にそれをキャッチしてしまった友作は、手に嫌悪感を感じながらふとある記憶を脳裏でなぞっていた。



 この少女は確か6年ではなかっただろうか。

 そう、自分はこの少女をイジメていた。
 というより当時はそんな自覚は無く、ここにいる
大地と宏、その他数名の男子と取っ替え引っ替え帰り道にこの少女をからかいながら過ごしていたのだ。


 少女は身なりも汚く、外見も良くない上に今思えば少しの知的障害を抱えていたのだろう。


 通学路が同じと言う事もあり、例え上級生であってもそれはまだ理性の育っていない小学生には格好の遊び道具だ。


 次々と友作の脳裏からは、まるでタンスをひっくり返したかのように昔の記憶が溢れだす。


「ぬーがせ! ぬーがせぇ! 友君今だぁ!!」

「いやぁだぁ!やめっ」

「んだよ、ブルマじゃん」



 気付けば友作の身体は歴史に抗えないかのように、RPGの決まったストーリを見るかのように、仲間に拘束された少女のスカートを下ろしていた。

 そこから出てきたのが、女子用の体操着である事に苛立ちを覚えている宏。


 自分は一体何をしているのだろうか。
 そんな気持ちを抱えながらも、記憶の断片に同様の景色を持っている自分。

 過去の自分は確かにこんなふざけ合い、否、一方的なイジメを楽しんでいたのかもしれない。


「もう一丁脱がせ、友君!」
「あ、ちょっ、やめて」



 友作はまるで意識の無い人形のようにその少女のブルマを勢い良く下ろしていた。

 可愛いらしい小さい蛙のマークがついた白いパンツ。
それはだがその少女の身体に合わせて大きく伸びている。



「うっわぁ! だっせぇ、蛙!」

「やめてよぉ!! この馬鹿ぁ!」

「うぉ、逃げるぞ! キャベツが怒ったぁ!」



 キャベツと呼ばれた少女は脱がされたブルマとスカートを履き直しながら、叫ぶ。


 三人の男子はそんな少女の姿にケラケラと笑いながら、絶妙な距離を保ちつつ逃げる。


 友作はふと少女を振り返り、その表情を伺いながら歩速を緩めていた。


 少女は顔を若干赤らめ、口では怒っているものの満更でもなさそうな表情。


 そう、友作達は傍から見たらいじめ以外の何物でもないが、この少女とは仲が悪くなかった。

 つまらない登下校に一輪の華とまでは言わないが、一つの遊び道具を見出していたのだ。


 そしてそれは、恐らくこの少女も同じ。


 この少女はこんななりと、知的障害者扱いで同学年に友達等いなかった筈なのだ。
 むしろ本物の、陰湿なイジメに合いながらもいつも一人気丈に振る舞いながら日々を寂しそうに過ごしていた。


「友作ぅーー!!」

「うぇ!?」

「うわ、やべぇ! 友作がキャベツに捕まったぁ!」

「友作も脱げぇー」

「あ、ちょっ!」


 友作はキャベツ女の以外に強い力とそのガタイに捕まり、自分がそうしたようにズボンを脱がされた。

 その姿を嬉しそうに見て笑う少女が、友作のパンツに手を掛けた所で仲間がキャベツ女のランドセルに突進する。


 倒れるキャベツ女、逃げる男子陣。
 それをまた追いかけるキャベツ少女。


 そう、こんな日々が、当時の自分には大切な思い出などとは思えなかったのだ。

 大人になって、いつから自分は自分を変えてしまったのか。

 それが普通か、それとも変わらない事が本当の幸せか。


 その答えは30年たった今の友作にも分からない。

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