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ルーテシアの王女と暗殺者

14話 パティの村

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 リタ一行はあれから嘆きノ森の主である、レッドキャッスルベアの助力によって僅か一日で広大な森を抜けていた。

 王女ミュゼ=ルーテシアの国宝がたんまりと載った荷車をレッドキャッスルベアが運び、三人はそれぞれ四速走行となったワーウルフに担がれ、道案内はコヨーテに。

 ルーテシア国在住歴代の冒険者が誰一人戻れないと言う広大な恐怖の森もなんのそのである。


「と言う訳でパティの村だ、これにて一件落着お役御免」

「って、ちょっと待っててば!!どう見てもここ木にそれっぽい文字が彫ってあるだけでしょお!?……こんな畑に、置いて、かれて、どうしろっていうの、よぉぉ!」

「荒れ地と言っても他に行く宛も無いだろう。それに俺の村……よりは劣るようだが、それぞれ村には自給自足と言う素晴らしい利点もある。つまりその事により国や地主の管理から上手く逃れ生きていく事も可能と言う事だ。まさに没落人にはうってつけだ」
「いい、から、き、て、よぉぉぉ!お礼もあげるからぁ!!」


 没落王女は荷馬車を降りてそうそう何処かへ向かおうとするリタの裾を全力で引っ張る。

 それはそうである。
 どこから見てもそこはただの荒れ地にしか見えないのだから。
 
 何故だがそこに一本だけ突き刺さった長めの切り株に、申し訳程度「patty」と彫られているのみ。


 そんなリタを引き留めようとするミュゼの引きずられた踵によって、村の入り口には二本の轍が出来ていた。


「御礼は気にしなくていい、魔王に世界が乗っ取られ大変な目にあった時の詫びと思ってくれ。それに少し巻きで行きたい」


 まきって何よ! と言いながら何とかリタを引き留めようとするミュゼは、引きずられ過ぎて遂には両足が地面に埋まった。



 そんな刹那何事かと、何処から現れたのかリタ達の周りに集まる人々。

 その服装は皆どこかの村人とも言い難い豪華絢爛な装いである。

 皆緑や赤など派手なジャケットを身に纏い、ドレスを着ている人間までいる。
 その襟には金のバッジが光り輝いていた。


「いったい何者!?何故此処が」
「待って、あれは……ルーテシアの国璽よ!?何故此処に、まさか追手が!?革命派の存在が知られたの?」
「いや、よく見て。まだ子供よ……って、あの少女コ!あのお転婆さは間違いないや、直ぐにメロウ様に!!」


 どこからか現れた人々は皆一様に疑問の表情だ。
 だがそれより驚きなのは、数人がまたその場から突如消え失せる事にあった。


「一体なんだここは!と言うかあいつら一体何処こら出てきて消えたんだ……おいミュゼ、ここは本当に村なのか?どう考えてもおかしい、お前の母はお前に何と言ったんだ」
「わ、っか、んない、わよ……それよりアンナも、手伝って――ぼべっ」


 どこからか切り出してきた切り株のような木材。
 それはどこか異空間へ繋がる入り口なのか、皆それを境に姿を消すようにも見えた。

 ただの木材が異空間への門の役割を果たしているそんな場所。
 どう贔屓目に見てもそこに似つかわしくない格好の人間にアンナは疑問を覚えていた。


 やがてそこへ一人の女性が現れる。


 ミュゼと同様のブランド髪を後ろで纏め、動きやすいスラックス姿だが、出る所は出てといったそのスタイルは整った顔立ちに相まって誰もが振り返る程の外見。


 周りの村人?は一際気品を漂わせるその女性に仕えるよう背後でリタ一行を不安げな様子で見守っているようだった。


「ミュ、ゼ!?」
「え?へ……お、叔母様っ!?」
「ミュゼなのね!あぁ、なんて事」

 ミュゼはふと自分の名を呼ばれ、土に塗れた顔で背後を振り返る。
 そこにいたのが幼い頃に何度か庭で遊んだ母の妹だと判り、ミュゼは今までの鬱屈とした気持ちを爆発させていた。


 涙ながらに「叔母様ぁぁ」と駆け寄る泥塗れのミュゼをあまり近づけないように触れる叔母。


 感動の再会である。


「うむ、良かった。貴族の身内争いは根が深く面倒な事が多いと聞く。恐らくこの後も叔父である事実上現王側と此処にいる貴族側で内戦が行われる可能性もある。今はゆっくりとこの姫を育て時期女王にするべきだろう。ではこの辺で」
「おいこら待て」


 感動の再会を果たすミュゼを尻目にとっととその場を去ろうとするリタをアンナが呼び止める。


「アン殺しゃも世話になった」
「アンナだ。暗殺者と混ざってるな、待て。私もこんな身だ、今更どちらにいても消える命……惜しくはない、良ければお前の目的に付き合おう」

「いや、大丈夫だ。そろそろ本当に巻きで行きたい、本編が進まないんだ」
「誰がサブストーリーだ!」


 リタは念の為と、アンナは暗殺者に向かないから今後は身を隠す方向で他国へわたるべきと身の振り方を指導した。
 これだけルーテシアが嘆きノ森を避けるならそれも可能だろうと。

 そんな助言はリタなりの優しさであった。

 だがしかし、自分が身重になる事で魔王討伐が遅れ、世界を危機に晒すわけには行かなかった。
 ちゃっちゃとやるべき事を済ませ、妹のお遣いも済まなければならない。

 

 そうリタは、非常に急いでいたのだ。



 
「あの!そちらの御人方、よくぞこの子をここまで導いて下さいました……身内の問題に巻き込んでしまった事、深くお詫び申し上げます。つきましては僅かばかりでも御礼差し上げたく、どうぞ此方へ」









 
 さてはて、ミュゼは母親がまだ健在だった頃にある事を何度も何度も言い聞かせられていた。それはもう耳にタコが出来る程。
 ルーテシア国は自分がいなくなれば婿養子である父が一度は継ぐことになること。

 だがルーテシア国は代々女系血族、その事を疎ましく思う者も多く、いずれその火の粉は父から娘であるミュゼにも降りかかる筈だと。
 「もし何かあったら直ぐにカルデラ帝国国境近くにあるパティの村を訪れるのよ」と。


 だが所作や語学、魔法学、社会経済学の授業すらまともに受ける気のなかったミュゼにその話が指すところなどの理解できるはずもない。


 そんな最中、恒例の城下町お忍び散歩へ呑気に繰り出した王女ミュゼは、側近の勧めで幻のヒアルロン草を手に入れようと城外へ出たのが失敗だった。
 
 気付けば側近の一人は姿をくらまし、訳の分からない人間(アンナの事だが)に命を狙われる羽目になったのだ。
 その後嘆きノ森まで誘導されるように逃げ続けた。
 それが全てブラウンの罠だったと気付いたのは、今こうして母の妹であるメロウ=ルーテシアに様々事情を聞き、リタの懇切丁寧な分かりやすい翻訳がされた結果である。

 
 リタはだがそんな事よりもこの街の入り口である外観からは想像もつかない邸宅と豪華な調度品をまじまじ眺めながら「物はいいな」と一人呟き続けていた。


「……って!!そんな王家がどうの、継承がどうの、派閥がどうのよりもっと突っ込む所があるだろう!!」

「――はぁ!スッキリした、やっぱりお風呂は最高ね!叔母様、ありがと!」


 ふと本家から命を狙われた王女ミュゼはまだ少し湿る髪を高級なブラシで整えながら、火照った顔でリタ達のいる客間に現れた。


「って、馬鹿王女は何故呑気に風呂等入ってる!命の危険を感じないのか!大体どうしたらこんな異空間みたいなものがあって、その先にこんな広大な金持ち貴族の街が広がってるんだ」


「ほらミュゼ、また貴女そんな端無い格好で御友人の前に立つものじゃありませんよ?ミーナ、仕立てて上げなさい」
「はい、ただいま!ミュゼ様、こちらへ」


 ミュゼは侍女に連れられ、少し不貞腐れた様子でまた客間から出ていった。




 このパティの村と言うのは言わばルーテシア家の隠れ蓑と呼ぶべき領地。

 ルーテシア家は代々女系優位で続く王族だった。その起源は世界を魔の手から救った庇護の神ヴィナスとも言われている。

 だが男系が優位になったこの時代で、ルーテシア家が存続し続けるには裏で数々の政治的戦略と同志が不可欠だった。


 パティの村はそんなルーテシア王家存続が利になる各地の貴族、または他国に散らばった王家の末裔や領主が集まった街。
 
 言わばルーテシア国有事の際の革命組織と言うことになる。


「一体どうしたらあんなに脳天気にいられるんだ、命が狙われているというのに」
「暗殺しようとした人間の言葉とは思えんが」


 リタは室内の調度品を一頻り観察し終えると、それを元の場所に戻す。

「少し期待したんだが、やはり魔王に対抗出来るようなアイテムはないか……街全体を下方蜃気楼の類でまるごと偽装しているだけあって何か無いかと思ったんだが。とんだ道草だった」

「何!?か、かほしんき……お前、この街の正体を知っていたのか?」


 外からは完全にただの焼け野原に見えたパティの村。それはこの領地を外から完全に隠す為に貴族らが金の力で行った魔法工作である。
 赤と青のマテリアルは気体中の温度を操り、熱密度の差によって――


「この度は姪を……いえ、ミュゼ=ルーテシア王女をここまで送り届けて下さった事、深く、深く御礼申し上げます」


 メロウは両手を胸に当て、リタとアンナへ深く腰を折りながら今日何度目かになる感謝を口にしていた。
 ミュゼがここまで来た経緯については本人からメロウへ伝えられている。身内の計略、側近たちの裏切り。

 そして命を狙われ、嘆きノ森で無き者にされそうになった事。
 ただその中でミュゼはアンナが暗殺者として自分を殺そうとした刺客だと言う事は伏せてくれているようだった。


「そ、そ、その……私は、何も」


 罪悪感からか、アンナは動揺を隠せず下を向く。自分でも何故こうしているのか分からなかったと言うのもあるだろう。
 だが森でレッドキャッスルベアと出くわし、命の終わりを感じた時にミュゼを守ってやりたいと思ってしまったのもまた事実。

 アンナはそんな胸の葛藤に上を向くことが躊躇われていた。
 


「兎に角、後の事はそちらにお任せします。謝礼等も気にしないでください。少々先を急ぐ身ですので、この辺りでお暇させて貰います」


 では、と言ってとっとと会話を終わらせようとするリタ。
 どうやら本当にこの街への興味を失ったようであった。

 アンナは「お前それしか言ってないな」とリタの後を追いながらそう毒づいた。


「あら、お急ぎですか?」
「……えぇ、まあ。妹の手伝いと少々世界を救済に」

 そんな慌ただしさを醸し出されてもそこは貴族の所作と言うべきか、叔母のメロウはリタの忙しなさ等全くいに介さぬようゆったりとした口調で自然とリタの足を止めていた。


「それはまぁ……お若いのに」


 メロウは表情を強張らせながらそう呟き、リタの言葉を真に受けているようであった。


「いや、その反応はおかしいだろ。子供ですら信じないぞ」
「嘘は言っていないからな……まぁ、世界を救済とは言え、元は俺が起こした事だが」

「だからもうその話はいい」


「では、世界を救済する道すがら、このルーテシアも救済して頂けないかしら?世界の英雄リタさん」
 


 「え?」と茫然自失のまま振り返るリタとアンナに、メロウは優しく、ふふふと笑みを浮かべていた。


 貴族のしたたかさに気付き、上手いことミュゼを押し付けられたのだと気付いたのは、荷馬車の音が森へと響いてからであった。


 その後、が本当に英雄と呼ばれる事になるのはまた先の話である。
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