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第九十七話 神無き夜に映るは
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月明かり照らすファンデル王都。
家屋を縦横無尽に跳び移り移動するそのフード姿は最早常人のそれとは思えない。
どこか人体改造でも施されているのかと思えるような一人のフードを背後から真は早くも掴んでいた。
だがその手に残るは灰色の布切れ一つ。
そしてフードを取られた人間は諦めたように家屋の屋根上で一旦飛び上がると真に相対していた。
「……貴様、本当に人間か」
「お前には言われたくないな」
真に関しては地球の過度な科学技術によって割増された運動能力である。だが対して目の前の人間は地でここまでの動きが出来る、それは賞賛に値するどころか地球で言えば獣にも値するレベルだろう。
灰色のフードケープを取り払われた男・はウェーブした黒い前髪で顔こそよく見えないものの、闇夜でも爛々と輝くその瞳にはまだ諦めの色は伺えなかった。
真はこの男に、少し聞きたい事もあるが果たしてと手を拱くのだった。
「アニアリトってのは大した事もないのか」
「……ちっ」
「おっと!」
男は真の言葉を無視して素早く脇から二本の投げ短刀を向けるが、真はそれを最小の動作で躱す事に成功した。と言っても月明かりにギリギリ反射し光る刃のスピードは、一歩間違えば簡単に真へと突き刺さるだろう。
投げ短刀を真が避ける事を見越していたのか、男は既に次の行動へと移っていた。
一瞬出来た隙を見逃さず瞬時に側頭蹴りを一発、そのまま空中で更に一回、二回と続け様に蹴りを放つ。
どうしたらそんな身軽な動きが出来るのかは全く疑問であるが、真は投げ短刀よりも隙無く放たれる三撃目の蹴りをその腕で受けざるを得なくなっていた。
衝撃を逃す為に足を宙に浮かせ、蹴りの反動で屋根の端まで吹き飛ぶ真。
あまり距離を開けたくはなかったが、腕に残る痺れにまともにその蹴りを受けていなくて良かったと思わされたのだった。
「これが無手流か……」
「くっ――退避する」
黒髪の男は誰に言ったのか、真と距離が開いたとみるやそう呟き身を翻す。
恐らくロードセルによる仲間への通信、だがここでみすみす逃がしてやる真でもない。自ら作ったアニアリトとの接触、情報を聞き出せないにしても生かしておくのは得策ではない。
そう判断した真は開いてしまった距離に、歯噛みする間も惜しんでデバイスを起動させていた。
「神経信号拡張パルスオーバー、10」
脳内神経に埋め込まれたチップへデバイスがSS速度の電波を飛ばし続け、真のあらゆる神経を過剰に働かせる。
脊髄、視神経、筋神経等への神経伝達が通常より速い物となる言わば体のギアチェンジであるパルスオーバー。
ザイールトーナメントで一度これを使用した時は思わず対アンドロイドキルラー用の癖で30%も拡張してしまった事を反省し、次に使う事があるなら少し下げると決めていた拡張率は10%。
だがそれでもやはり一般の人間相手にはそれで十分のようであった。
行き遅れする世界で真は一人家屋を駆ける。
たった一瞬にも関わらず、男が二棟も移動している最中だった事にはなかなかの驚きを感じた。だが今眼前で動く男のスピードは、パルスオーバーした真にしてみれば子犬と百メートル走をしているレベルでしかない。
パルスオーバーによって別領域レベルの疾さで動く真に、暗殺者であろうがその男は最早何の脅威もないのだ。
だがあまり長時間これをしている訳にもいかない。時間に比例して酷くなる激しい目眩と頭の重さは遠慮したい所。
真は早々に男へと追い付くと、その頚椎をへし折ってパルスオーバーを解除したのだった。
「っひぴぷ」
戻る時間軸、男は目を見開いてその場に力なく横たわるが辛うじて息は出来ているようだった。
頚椎を折ると言ってもその程度で人間は簡単に死んだりはしない。
しかし動いてもらっては困る相手にこの手段は最良であり、四肢を一つ一つ再起不能にするよりも一撃で相手を戦闘不能に出来る簡易技。だがそうであると同時に一歩加減を間違えれば本当に殺してしまいかねない荒技でもある。
水面に浮かぶ魚が必死で酸素を求めるが如く様相で、男は目と口を大きく開きながら僅かな呼吸を繰り返していた。
「ぐふ……ぎざ、ま……なにを、し、た」
「動けない所悪いがな……拠点を教えれば元に戻してやってもいい」
真は必死に口を開く男へとそう問いかける。
だが相手は曲がりなりにも暗殺者の端くれ、ならばこういった所で簡単に口を割るようなこともないだろうがと思いつつ真は男を見下ろしていた。
「の……ノルト、きょう、かい」
「あ?」
そんな矢先だった。
男は必死の形相でそんな言葉を絞り出す。
ノルトとはここファンデル王都ノルト地区の事だろうが「きょうかい」とは何か。
そして何より簡単にそんな情報を出してくる事自体一体どんな裏があるのかと真は一瞬の戸惑いを感じた。
本当に命が欲しいのか、それとも罠。
誘いだした場所にて仲間が真を殺れると考えての事か。
「境界ってのはどことの境だ、イルトか?ウェルトか?」
だが罠であれ、真にしてみればアニアリトを殺れるのだからそれは逆に好都合とも言える。
男は激しい痛みからか未だ微動だに出来ない身体へ歯噛みし、再び言葉を紡いだ。
「教会ッ……だ、はっ……は……」
「ノルトの……教会」
漸く男の伝えたい情報を手に入れた。
どうやらノルト地区の教会に何かしらの罠が張ってあるらしい。真はそれを聞き終えた所で早速ノルト地区へと向う事に決めた。
今だに動きもしない男を去り際に一瞥し、応急処置でもしてやろうかと考えたがそれも必要ないだろう。
真が男を殺さない理由はもうこの男が暗殺者等と言う大層な事は出来ないと判断したからである。
頚椎を中途半端に折られた男は恐らくもう二度と元には戻らない。
巧く関節部分を嵌め込めば少しはマシになるだろうが、身体を駆使する無手流など最早雲の上の動きになってしまったのだ。それに暗殺者相手にそこまでしてやる義理もないと、真は男を捨て置く事にした。
情報を提供してくれた見返りを与えないのは約束違いか。
行き先が教会なだけに、もし神がいるのなら是非とも罰を与えてみろと真は誰も助けてはくれなかった過去を思い出しながらそんな皮肉を居るはずのない神へと向けたのだった。
◆
夜の蚊帳もすっかり馴染んだファンデル王都に人気は無い。
時計としての用途を無くしたデバイスだが、今となれば体感でどれだけ遅くなっているかは大体の見当がついていた。
僅かにポツポツとオレンジ色の暖色が灯るのはギルドのあるサルト地区位だろうか。
真の目指すノルト地区はその九割が背の低い住居ばかりで犇めきあっていた。
道を尋ねるにも人が居ないのでは仕方無く、多少会いたい気持ちはあれどフレイやルナ、アリィをこんな現状で尋ねる訳にも行かない。
だが幸いにして教会は居住区の隅にひっそりと、それでいて高さがあり形も地球のものと大差なかった為に労せず見つける事が出来ていた。
(……教会に暗殺者か)
誰一人として手を差し出すことの無い世界で力のみが全てとして生きてきた真には今更神の存在等敬う気は更々無いが、そんな教会に力で物事を支配するような輩が集まるのならばそれはやはり神とは力であり、力が全てだと言う何よりの証になるのではないかとそんな皮肉を思う。
真は月灯りに薄っすらと影なす教会を見てふと笑いが込み上げていた 。
パルスオーバーによる弊害もそこまで長時間では無かったからか殆ど感じず
、合金製ブーツによる反発応力で加速された真の足は月夜の家屋屋根を次々と飛び越えていく。
網膜の裏側に移植された光源反射板により暗闇でも何の問題無く見える視野。
そして真はついに目的の場所、教会と思しき建造物を眼前に捉えていた。
家屋の屋根から丁度正面に見えるモニュメントは教会のモチーフとなるものだろうか、金色に輝く女性が小さな赤ん坊に手を差し伸べる様子を模したそれはここが教会だと否応なく見る者へと伝えてくる。
こんな場に一体何が待っているというか、真は片膝に腕を載せたまま 暫くの間そんな教会をただ眺めていたのだった。
雲の切れ目から偶に差し込む月の妖艶な光、それを受けて煌めく黄金の女と赤子。微笑ましくも見えるその女がもし神だと言うならば真はその女に言いたかった。
――お前は目に見える者しか助けてはいない。助かった者の陰で生きる事に絶望した者はお前にとって一体何なのかと。
家屋を縦横無尽に跳び移り移動するそのフード姿は最早常人のそれとは思えない。
どこか人体改造でも施されているのかと思えるような一人のフードを背後から真は早くも掴んでいた。
だがその手に残るは灰色の布切れ一つ。
そしてフードを取られた人間は諦めたように家屋の屋根上で一旦飛び上がると真に相対していた。
「……貴様、本当に人間か」
「お前には言われたくないな」
真に関しては地球の過度な科学技術によって割増された運動能力である。だが対して目の前の人間は地でここまでの動きが出来る、それは賞賛に値するどころか地球で言えば獣にも値するレベルだろう。
灰色のフードケープを取り払われた男・はウェーブした黒い前髪で顔こそよく見えないものの、闇夜でも爛々と輝くその瞳にはまだ諦めの色は伺えなかった。
真はこの男に、少し聞きたい事もあるが果たしてと手を拱くのだった。
「アニアリトってのは大した事もないのか」
「……ちっ」
「おっと!」
男は真の言葉を無視して素早く脇から二本の投げ短刀を向けるが、真はそれを最小の動作で躱す事に成功した。と言っても月明かりにギリギリ反射し光る刃のスピードは、一歩間違えば簡単に真へと突き刺さるだろう。
投げ短刀を真が避ける事を見越していたのか、男は既に次の行動へと移っていた。
一瞬出来た隙を見逃さず瞬時に側頭蹴りを一発、そのまま空中で更に一回、二回と続け様に蹴りを放つ。
どうしたらそんな身軽な動きが出来るのかは全く疑問であるが、真は投げ短刀よりも隙無く放たれる三撃目の蹴りをその腕で受けざるを得なくなっていた。
衝撃を逃す為に足を宙に浮かせ、蹴りの反動で屋根の端まで吹き飛ぶ真。
あまり距離を開けたくはなかったが、腕に残る痺れにまともにその蹴りを受けていなくて良かったと思わされたのだった。
「これが無手流か……」
「くっ――退避する」
黒髪の男は誰に言ったのか、真と距離が開いたとみるやそう呟き身を翻す。
恐らくロードセルによる仲間への通信、だがここでみすみす逃がしてやる真でもない。自ら作ったアニアリトとの接触、情報を聞き出せないにしても生かしておくのは得策ではない。
そう判断した真は開いてしまった距離に、歯噛みする間も惜しんでデバイスを起動させていた。
「神経信号拡張パルスオーバー、10」
脳内神経に埋め込まれたチップへデバイスがSS速度の電波を飛ばし続け、真のあらゆる神経を過剰に働かせる。
脊髄、視神経、筋神経等への神経伝達が通常より速い物となる言わば体のギアチェンジであるパルスオーバー。
ザイールトーナメントで一度これを使用した時は思わず対アンドロイドキルラー用の癖で30%も拡張してしまった事を反省し、次に使う事があるなら少し下げると決めていた拡張率は10%。
だがそれでもやはり一般の人間相手にはそれで十分のようであった。
行き遅れする世界で真は一人家屋を駆ける。
たった一瞬にも関わらず、男が二棟も移動している最中だった事にはなかなかの驚きを感じた。だが今眼前で動く男のスピードは、パルスオーバーした真にしてみれば子犬と百メートル走をしているレベルでしかない。
パルスオーバーによって別領域レベルの疾さで動く真に、暗殺者であろうがその男は最早何の脅威もないのだ。
だがあまり長時間これをしている訳にもいかない。時間に比例して酷くなる激しい目眩と頭の重さは遠慮したい所。
真は早々に男へと追い付くと、その頚椎をへし折ってパルスオーバーを解除したのだった。
「っひぴぷ」
戻る時間軸、男は目を見開いてその場に力なく横たわるが辛うじて息は出来ているようだった。
頚椎を折ると言ってもその程度で人間は簡単に死んだりはしない。
しかし動いてもらっては困る相手にこの手段は最良であり、四肢を一つ一つ再起不能にするよりも一撃で相手を戦闘不能に出来る簡易技。だがそうであると同時に一歩加減を間違えれば本当に殺してしまいかねない荒技でもある。
水面に浮かぶ魚が必死で酸素を求めるが如く様相で、男は目と口を大きく開きながら僅かな呼吸を繰り返していた。
「ぐふ……ぎざ、ま……なにを、し、た」
「動けない所悪いがな……拠点を教えれば元に戻してやってもいい」
真は必死に口を開く男へとそう問いかける。
だが相手は曲がりなりにも暗殺者の端くれ、ならばこういった所で簡単に口を割るようなこともないだろうがと思いつつ真は男を見下ろしていた。
「の……ノルト、きょう、かい」
「あ?」
そんな矢先だった。
男は必死の形相でそんな言葉を絞り出す。
ノルトとはここファンデル王都ノルト地区の事だろうが「きょうかい」とは何か。
そして何より簡単にそんな情報を出してくる事自体一体どんな裏があるのかと真は一瞬の戸惑いを感じた。
本当に命が欲しいのか、それとも罠。
誘いだした場所にて仲間が真を殺れると考えての事か。
「境界ってのはどことの境だ、イルトか?ウェルトか?」
だが罠であれ、真にしてみればアニアリトを殺れるのだからそれは逆に好都合とも言える。
男は激しい痛みからか未だ微動だに出来ない身体へ歯噛みし、再び言葉を紡いだ。
「教会ッ……だ、はっ……は……」
「ノルトの……教会」
漸く男の伝えたい情報を手に入れた。
どうやらノルト地区の教会に何かしらの罠が張ってあるらしい。真はそれを聞き終えた所で早速ノルト地区へと向う事に決めた。
今だに動きもしない男を去り際に一瞥し、応急処置でもしてやろうかと考えたがそれも必要ないだろう。
真が男を殺さない理由はもうこの男が暗殺者等と言う大層な事は出来ないと判断したからである。
頚椎を中途半端に折られた男は恐らくもう二度と元には戻らない。
巧く関節部分を嵌め込めば少しはマシになるだろうが、身体を駆使する無手流など最早雲の上の動きになってしまったのだ。それに暗殺者相手にそこまでしてやる義理もないと、真は男を捨て置く事にした。
情報を提供してくれた見返りを与えないのは約束違いか。
行き先が教会なだけに、もし神がいるのなら是非とも罰を与えてみろと真は誰も助けてはくれなかった過去を思い出しながらそんな皮肉を居るはずのない神へと向けたのだった。
◆
夜の蚊帳もすっかり馴染んだファンデル王都に人気は無い。
時計としての用途を無くしたデバイスだが、今となれば体感でどれだけ遅くなっているかは大体の見当がついていた。
僅かにポツポツとオレンジ色の暖色が灯るのはギルドのあるサルト地区位だろうか。
真の目指すノルト地区はその九割が背の低い住居ばかりで犇めきあっていた。
道を尋ねるにも人が居ないのでは仕方無く、多少会いたい気持ちはあれどフレイやルナ、アリィをこんな現状で尋ねる訳にも行かない。
だが幸いにして教会は居住区の隅にひっそりと、それでいて高さがあり形も地球のものと大差なかった為に労せず見つける事が出来ていた。
(……教会に暗殺者か)
誰一人として手を差し出すことの無い世界で力のみが全てとして生きてきた真には今更神の存在等敬う気は更々無いが、そんな教会に力で物事を支配するような輩が集まるのならばそれはやはり神とは力であり、力が全てだと言う何よりの証になるのではないかとそんな皮肉を思う。
真は月灯りに薄っすらと影なす教会を見てふと笑いが込み上げていた 。
パルスオーバーによる弊害もそこまで長時間では無かったからか殆ど感じず
、合金製ブーツによる反発応力で加速された真の足は月夜の家屋屋根を次々と飛び越えていく。
網膜の裏側に移植された光源反射板により暗闇でも何の問題無く見える視野。
そして真はついに目的の場所、教会と思しき建造物を眼前に捉えていた。
家屋の屋根から丁度正面に見えるモニュメントは教会のモチーフとなるものだろうか、金色に輝く女性が小さな赤ん坊に手を差し伸べる様子を模したそれはここが教会だと否応なく見る者へと伝えてくる。
こんな場に一体何が待っているというか、真は片膝に腕を載せたまま 暫くの間そんな教会をただ眺めていたのだった。
雲の切れ目から偶に差し込む月の妖艶な光、それを受けて煌めく黄金の女と赤子。微笑ましくも見えるその女がもし神だと言うならば真はその女に言いたかった。
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