9 / 11
現在 1
しおりを挟む空港からタクシーで。
どんなに早く走らせてくれても、心のほうが早くて、座っているだけの自分がもどかしい。
信号まちの運転手さんに、「この先の看板がそうだよ」と教えられるなり、「ここで下ろして下さい!」と叫んでいた。
歩道側に座っていたあたしは、ドアが開くよりも早く自分で開けて降りていた。
「青木さん、後でお金払います」
ハザードを出したタクシーから降りると、信号は青に変わっていて道を渡ることが出来た。
走ろうとするのに、ロングワンピースが足に絡んで上手く走れない。
もどかしくても、必死に足を動かす。この一歩が、あの人に繋がっているのがわかっているから。
目指す店から出てきた伊部さんが、あたしの勢いに驚いて道を譲ってくれた。目をめいいっぱい開いた状態で、口もあんぐりと開けている。
「玲奈ちゃん!?」
「伊部さん、ごめんなさいぃ」
立ち止まることもなく走りさると、後ろから青木さんが伊部さんを呼んでいた。
「伊部さんいいところに! 玲奈ちゃんの荷物持って下さい」
トランクに入れたままのキャリーを取り出す音がする。そう意識しても、取りに戻ろうという気持ちにはならなかった。
早く、一刻も早くあいたかった。
お店の前まで来て、決心が鈍らないように一回だけ深呼吸をした。
もうここまで来て戻ることも、なかったことにも出来ない。ぎゅつと閉じていた瞼を開けると、思い切って引き戸をひき開けた。
思いの外、軽い力で開いたので勢いが付きすぎてバタンと大きな音がした。
一瞬で、お店の中の人全ての視線が自分に向けられたのがわかった。
……気にしない。すごく気になるけど、平気なふりをするから大丈夫……
恥ずかしさにぎこちなくなりそうな自分に言い聞かせて、真っ直ぐにカメラマンの一団が陣取る席に向かう。
憧れのカメラマンである山崎礼治さんも、目をみはってあたしを見ていた。
「明日からお世話になります、柏崎玲奈です」
勢いよく頭を下げると、髪が地面につきそうになる。勢いよすぎて、おかしかったかもしれない。頭を下げたからだけでなく、顔に血が上ってきた。
顔をあげると、垂れ目がちな瞳を細めて笑ってくれた。
「山崎礼治です。顔あげて。そんなに畏まられたら、俺も合わせなくちゃでしょ。楽にしてくれない?」
いっぱいいっぱいなのは、あたしだけで礼治さんは落ち着いてる。どうしよう優しくって大人で格好いい…
ずっと見ていたいけど、そんなの変に思われる……
「あたし礼治さんのファンなんです。今日も会えるのをすっごく楽しみにしてて、それで急いできて。やっぱり慌ててちゃおかしいんだけど…えーと…うれしくてにやけちゃいます」
走って乱れた前髪を直しながら、さり気なく伺うと笑顔のままこちらを見ていた。
憧れてきた人を前にして、いつか会えたなら聞いてみたいことのリストが頭のなかでくるくると勢いよく回っているのに、どれひとつ質問が出てこなかった。
「ゴメンね、礼治さん。玲奈ちゃん場所がわかったら突進していって、俺ら置いてきぼりよ」
はあふうと息を切らせて、遅れた伊部さんとスタイリストの青木さんがやって来た。
「もータクシーの運転手さん置いて走ってくんだもの。支払いしてきたよ」
「あ、ごめんなさい。お金払います」
慌ててバックを開けると、ポーチやスプレー、ヘアゴムなどが、ばらっと散らかった。
「やっ 、ごめんなさい」
かあっと体が熱くなるのがわかった。あわててしゃがんでゴムやポーチをかき集める。
なんでいつも格好悪いんだろう。初めて憧れの人に会えたのに、『ああ、カバンぶちまけてた子だ』なんて覚えられちゃうの?
そばにいた礼治さんと伊部さんも拾うのを手伝ってくれるけれど、恥ずかしくてたまらない。
「すみません、玲奈はほんっとあわてんぼうで」
青木さんも、屈んで遠くにとんでいないかと探してくれる。
「いいんじゃないですかねぇ。元気があるのはいいですよ。年をとってくると余計です」
穏やかに笑いながら礼治さんが、ゴムを渡してくれる。わずかに触れた手が温かくて、緊張で冷たくなった手を燃やすほどの熱を生み出す。
会いたかった。
あたしを見て欲しかった。
そして話してみたかった。
それは全て叶ったことになる。たとえどんな恥ずかしい出会いだったとしても、あたしは山崎礼治さんに会うことができたんだ。
ずっと会いたかった人に。
礼治さんの笑顔につられるように、自然に笑顔になることができた。
「ありがとう」
そう言って受け取ることができた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる