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高遠 加奈

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ふみだす

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思わずため息が漏れる。待ちます、なんて言っても実際に待つ側になってみると結構辛いものがある。

はあっと息を吐くと、ミオが「辛気臭いわね」と言って通りすぎた。


「ナイーブだと言って欲しいね」


どこが、と言ってミオがケーキを手近なテーブルに乗せる。今日のケーキは、小振りなロールケーキがタワーになっていて、その上にラズベリーやブルーベリーなどのフルーツが添えられていて可愛らしい。


記念に一枚写真を撮る。

それから目立たない位置にあるラズベリーをつまみ食いすると、目ざとく見つけたミオが目を吊り上げた。


「止めてよね。全体のバランスを見て置いてるんだから」


「大丈夫だよ、一個くらい」

「ダメよ。作ってる本人がダメって言ってるんだからね」


「……ケチだな」

「お客様の記念日に使う大切なケーキよ!ケチとかじゃないでしょう」

ミオがぷりぷり怒っていると、そこに沙那さんが顔を出した。



「結輝くん」

「沙那さん。まだ時間大丈夫なんですか」


沙那さんが来ただけで、ぱっと華やいだ雰囲気になる。

「次の配達先の指定時間まで、まだ余裕があるのよ。少し時間つぶしなの」

にこりと笑うと年上でも可愛らしい。


「どうぞ、座って」

椅子を引いて沙那さんにすすめる。


「そんな、いいのに」

まだ遠慮しようとするので、手を引いて座らせる。

「俺には何も遠慮しないでください」


沙那さんが俺を選んでくれなくても、それは仕方ないから。

口には出さなかったけれど、沙那さんは困ったような顔をした。

「沙那さんには、優しいのねー」


ミオがわざと聞こえるように嫌味を言う。

「俺は女性には優しいつもりだけど」


「それじゃ、あたしは女性にすら見て貰ってない訳ね」

頭を下げて考えこむミオ。顎がコックコートにつくくらい下になってる。

「ミオが女性じゃないなんて言ってないだろ」

「言ってるようなものじゃない、あたしにはちっとも優しくないもの」


勢いで言ってから、はっとしたミオが踵を返す。ぱたぱたと逃げるように走っていってしまっても追いかけることはできなかった。


「いつもミオはこんなに怒ることなんてないから、沙那さんびっくりしたんじゃありませんか」


沙那さんもよほどびっくりしたみたいで、目を見開いていた。


「……本当、びっくりしたわ。彼女にも、結輝くんにもね」


「俺にも、ですか」

「そうよ」


ゆっくりと沙那さんは頷いた。


「ちっとも女の子の気持ちがわからないんだなーって」


「わかったら苦労してないですよ、俺」


沙那さんの気持ちなんて全然、わからない。


「結輝くんは、どうしてあたしを選んだの?」

握りしめた手を唇にあてながら、沙那さんが聞いた。


「花を生けている沙那さんが…綺麗で、この人をもっと知りたい、そばに行きたいと思ったから………」



今思い出しても、花を生けている沙那さんは綺麗だった。

こんなに綺麗な人は、見たことがないくらい、綺麗に見えた。



「俺は沙那さんを知りたい、触れてみたい……それが全てなんです」


「結輝くんは、どうしてあたしを選んだの?」

握りしめた手を唇にあてながら、沙那さんが聞いた。


「花を生けている沙那さんが…綺麗で、この人をもっと知りたい、そばに行きたいと思ったから………」



今思い出しても、花を生けている沙那さんは綺麗だった。

こんなに綺麗な人は、見たことがないくらい、綺麗に見えた。



「俺は沙那さんを知りたい、触れてみたい……それが全てなんです」


「……あたしなんて、そんないいものじゃないわ」


ふるりと沙那さんが頭を振る。


「妥協、打算、いろーんな思惑があるものよ」

「それでも、いい」

思わず強い声が洩れる。


「何もしないで、見てるだけより、ずっといい」


沙那さんを見ると驚くような、呆れたような、視線をしている。


「あたし、これでも普通に結婚願望とかあるのよ。この年で付き合うとなると、その先も考えてしまうのよ」


正直に言った沙那さんは、はあっとため息をついた。

「若い結輝くんにしたら、重い女なのよ」


そう言った沙那さんは今までにずいぶん傷ついてきたのか、少し疲れた顔をした。


「俺は沙那さんを好きだし、一緒に居たい。だからその先の結婚という選択だって考えてみます。

だから……

俺のことを、俺だけを見てくれませんか」


「そんなこと言って、後悔しないでよ」


震える肩を引き寄せて抱きしめた。沙那さんからは、花の香りと濃い緑の草木の香りがした。

腕のなかの沙那さんを感じて、沙那さんの香りをかいでいると、とてもあたたかな幸せな気持ちが沸いて来る。


「後悔なんてしません。沙那さんこそ、失敗したって思わないでくださいね」



頬を撫でて上を向かせると、こぼれそうな涙を親指で拭った。


「好きです。俺の物になってください」



言っている自分が信じられないくらい、必死になっている。沙那さんに少しでも見てもらいたい、気を引きたい。そう思ったら言いつのっていた。



抱きしめた腕のなかで沙那さんが頷くのがわかった。
信じられなくて、でも嬉しくて腕に閉じ込めるように抱きしめた。



「……ありがとう」



顔、見られなくてよかった。喉に熱い塊が落ちてきて泣きそうになってる。目に力を入れて、喉の塊をやり過ごす。

今、声を出したら嗚咽が漏れるとわかっていた。

ぎゅっとと抱きしめたまま、沙那さんの香りを吸い込み、髪にキスした。


この気持ちを忘れることなく、ずっと持っていたい。そう願いながら。

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