Focus

高遠 加奈

文字の大きさ
上 下
8 / 25

とろける

しおりを挟む

いつ、電話したらいいんだろう?


仕事が終わり、家についてからも、食事をしてからもずっと考えていた。

本当は、ふと気を抜いた時にいつも、ずっと沙那さんのことを考えていた。

知っていることなんてあんまりなくて、何を知りたいのか、何がこんなに気になるのかがずっと心を占領していた。

胸を締め付ける苦しさから楽になりたくて、沙那さんの番号を呼び出した。


1……2……3……

思いきって電話をかけても、極度の緊張が襲ってきて携帯を持つ手が震えてしまう。気をまぎらわすのに、コール音を数えてしまう。




「もしもし、結輝くん?」

明るい沙那さんの声にほっとして顔がゆるむ。声を聞くのって、結構嬉しい。

あんなに悩んでいたのに、沙那さんの声でまわりが明るくなって、重かった気持ちも軽くなる。

「はい、結輝です。今話して大丈夫ですか?」

「ええ大丈夫よ。シャワー浴びてくつろいでるから」


電話の向こうとはいえ、シャワーの後だなんて聞いたこちらのほうが顔が熱くなる。想像してしまいそうな自分を戒めて、携帯を握り直した。



「今日の話なんですけど」

「ああ、いつがいい?あたし水曜休みなのよ」

手帳を確認すると仕事は午前中の撮影だけで、午後は自由になる時間が取れそうだった。

「じゃあ水曜日、午前中仕事なので午後から時間をもらって出てきます」

「あら、いいの」

「午後からはデスクワークを入れていたので、予定をずらしておきます」

デスクワークでは、実際に撮影したものを、画面で確認したり、依頼主へのデータを作ったりしている。

「じゃあ駅で待ち合わせしてランチをとってから、少し付き合って。行きたい所があるのよ」

「沙那さんの行きたい場所だなんて興味ありますね」

「ふふ。ただのバラ園よ満開のバラはいいわよ」


バラ園にいる沙那さん。

それは想像しただけでカメラを構えたくなる。どんなふうに撮ったら、いちばん綺麗に撮れるんだろう。沙那さんの顔の角度、バラの色合い、光の加減から香りまで写し撮れる作品を撮りたい。


「考えこんでどうしたの」

「バラ園で沙那さんを撮ってもいいですか。撮影プランを考えだしたらきりがなくて、電話中なのにすみません」


あははと明るい声が耳をくすぐる。


「いいわよ。じゃあメイクも気合い入れてかないとね」


「いつもと同じでいいですよ。ナチュラルメイクで」

「ああもうっナチュラルに見える薄化粧じゃなくて、きちんとナチュラルメイクして行くんだから」

「俺じゃ違いがわかりませんよ?」


「ダメよ撮影するなら、記録が残るんだから!きちんとしないと」


「ははっ。じゃあ沙那さんの好きなように」

「そうよ。そこは譲れないんだから」


お互いの笑い声が携帯から響く。


「会えるの、すごく楽しみになってきました」

「あたしもよ。普通、花が見たいなんていい顔されないんだから」

「じゃあ合格ですか」

「ん~まだ及第点てとこかな。でもいい線いってるかな」


自然と顔がにやける。結構いい感じに話せてる。



駅で待ち合わせた沙那さんと向かったのは、敷居の高いレストランのランチだった。

「ここ、夜にはコースで二万からするのよ。ランチで二千五百円なら安くない?」

「こういった所には来たことがなくて、味もメニューもよくわからないですよ」

実際、メニューにある名前はどういった調理方法で、どんな調味料で味付けされているのかわからない。

わずかに食材の仔牛とかオマール海老、舌平目とかいったものは見たり聞いたりしたことがある。

テレビでだけど。

「なにかオススメがありますか?」


「そうねぇ。若いんだからお肉をガッツリいっちゃったら」

メニューを指している指が白くて綺麗だ。メニューを覗き込むようにして少しだけ近づいた距離にドキリとする。

「若いって沙那さんだって若いでしょ」

「やあね。もう28なのよ。十分、いい歳なんだって」


「あ……でも、綺麗ですよ」

まだ子供じみた25の自分からしたら、女性のほうがずっと大人でしっかりしている。まして沙那さんは3つ年上なんだから。

沙那さんからは、大人の女性の余裕を感じる。十分に成熟した女らしさがあって、本人も自覚して磨きあげられた美しさがある。

「お世辞でも嬉しいわ」

かなり言うのに勇気がいったのに、さらりと流してくる。


「本当です。お世辞なんかじゃなく」


たった一言言うのでさえ、心臓はバクバクいってるし、もしかしたら顔が赤いのに、沙那さんからしたらなんてことないんだ。

「ふふ。赤くなってかわいい」


「あんまり見ないでくださいよ。すっごく勇気を出して言ったんですから。それにカワイイなんてナシですよ。男なのにそんなこと言われても困ります」


「そういう所もかわいいのに。自分じゃ、わかんないわよね。あ、オーダーお願いします」


近くを通った店員に注文をはじめた。本当なら、スマートに女性をリードして注文だって男の俺がしたほうがいいだろうけど、沙那さんはそんなこと気にせずに自然にこなしてくれる。


本当、大人だ。

自分も、もうちょっと頑張らないと釣り合わない。


いつかこんな店で、夜のディナーをお洒落した沙那さんと食べる日が来るんだろうか。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

二人の甘い夜は終わらない

藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい* 年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

処理中です...