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サンタはどこからやって来る?
しおりを挟む「は? なんて言った? 」
「クリスマスだよ。付き合って初めてのクリスマスだから記念に残ることがしたいね」
それはもううっとりするくらいの天使スマイルで、そうのたまわった。
クリスマスに何をするというのだろう。クリスマスとはチキンとケーキの日であって、プレゼントを貰うためにいい子でいる日だ。
「うちはケンタッキーを食べるんだ。ケーキはパパが買ってくるよ」
「結香ちゃんの家のクリスマスはご馳走だね」
わが家よりも素敵なディナーであるはずの天使から、お世辞にもそう言われてしまった。
人気お料理ブロガーをママに持つ天使の家では、ローストチキンやシュトーレーンが普通に出てきてしまう。
何故知っているかといえば、あたしは天使ママのブログ読者だからだ。
子供の頃からその美貌とお菓子に甘やかされてきているので、誰よりも味にはうるさい。天使の家にお邪魔すれば、試作のお菓子や家庭料理がいつも出てくる。
甘いものが苦手な天使や天使パパに変わって、味見するという権限があるのだ。
「司くんのうちは今年はどうするの? 」
「この前、ヘキセンハウスを作っていたからそのうちブログに上げると思うよ。ボルシチを作ってみたいって言ってたから、今日あたり材料を買い込んでいるだろうね」
レベルが違いすぎる。でも天使ママは、紀伊国屋でしかお目にかかれないような食材ばかりを使う人ではなくて、普通の家庭のご飯を知っている人だ。
だから温かくて優しいご飯ができる。
「そっかーお互いクリスマス楽しみだね」
にこりと笑って告げると、口だけで笑った天使が怖かった。
「ねえ、わかんないの? それとも忘れてるの? 今年のクリスマスは一緒に過ごすんだよ」
「え」
「付き合ってるんだから、当たり前だよ」
言うなり、右手の手袋を取られて、つないだ手をコートのポケットに入れられる。ぎゅっとつないだ手を絡ませるように握り直して、にこっと笑った。
「どこに行くか、結香ちゃんも考えておいてね。僕もいくつか候補をあげておくから」
「……うん」
そうと決まれば、リサーチだ。調べものや、データを取ることに関しては慣れているので、さっくり調べてみることにする。
パソコンを立ち上げて、クリスマスデートプランと打ち込めばさくさく検索されてくる。
…………
なんだこれは!
昼間はショッピング、夜は夜景の見えるレストラン、そのあと雰囲気のいいバーで、そのままお泊まり
違うよ!
これは大人プランだよ。だってこれバーとかあるもの。お泊まりとかハードル高すぎ!!
だって天使だよ?
清らかな天使がそんな俗世間の欲にまみれたクリスマスを送る訳ないよ!
クリスマスはゴシックな教会でクリスマスキャロルな蝋燭ナイトだよ!
そしてググってみればクリスマスに教会に行けるのは、洗礼をしてキリスト教徒になった人に限られるのだった。
案外、天使にぴったりのクリスマスプランは難しい。
普通の高校生のデートだったら、どこに行くというんだろう?
ググってみれば遊園地、水族館、映画館が人気だ。クリスマスプランとしてイルミネーションをプラスするあたりが妥当なラインだ。
体育祭で付き合ってから、デートと言って出掛けたことのないあたし達にはどれもハードルが高い。
普段の学校帰りの買い食いと、図書館くらいしか天使と出掛けたことがなかった。
これはぜひとも天使が満足のいくデートプランというのをプロデュースしなくては!
そしてモンモンとしつつも当日を迎える。
クリスマスイブ当日の天使は、待ち合わせ場所の駅前広場の街灯前で立っていた。光のさんさんと降り注ぐそこでは、柔らかな天使の美貌を引き立たせ天使の輪が輝いている……
わざわざ家に迎えに来てもらうのではなく、駅で待ち合わせただけのことはあった。
遠目に輝かんばかりの天使っぷりを眺めて、ひとりコンビニの影からにやついていると約束時間になったので仕方なく天使の所まで行くことにした。
「お待たせしました!」
「ねえ。結香ちゃん時間前でも来てたならこっちに来て。時間きっちりでなくてもいいよね」
ヤバい
それはコンビニの影で天使を見つめてにやついていたのが、バレているってことだよね?
デレデレにやついて『あれ! あの人、あたしの彼氏なんですぅ』と心の中で盛大に叫んでいたのがバレてしまったかのように恥ずかしい。
いや、きっと聞こえてないだろうけれど挙動不審な奴であったことは確かだ。
「待たせてゴメンね」
「ううん。結香ちゃんは遅れてないんだからいいんだよ。でも早く来ていたなら、早く会いたかったな」
ズギュンと胸に衝撃が走る。
あーもー天使だわ。破壊力がハンパない。このて天使という生き物は、言葉の中にキューピットの矢でも仕込んでいるんじゃないだろうか。
殺傷力ありすぎ。
ゴメンほんとは、時間どおりなんだからあたしは悪くないけど、とりあえず謝ってみただけなの!
そこいらへんの感覚が天使な容姿を持つ彼とあたしの違いだ。
安定の天使っぷり。中も外も美しいのは、やっぱり天使だからに他ならない。
今日は、そんな天使に喜んでもらうべくスケジュールを組んだんだから!
「今日はバッチリ予定を立ててきたから任せて」
「それじゃ結香ちゃんに任せるね」
天使スマイルであたしの胸はバクバクです。それからスイカで移動して着いたところは、遊園地!
恋人同士の定番!
乗り物に乗る待ち時間も手をつないだり、おしゃべりして楽しく過ごすのだ!
さあ、何に乗ろうか。この遊園地にしたのは、大きい観覧車があるからで他の乗り物についてはあまり気にしていなかったけど……あれ……なんだかジェットコースターが多いよ……
キャーって叫び声をあげながら横をアップダウンして走り抜けていった。思わず手に汗握ることになる。
……怖いかも。
まってまって最後に遊園地に来たのは、小学校だったよね。その時は子供だから怖かっただけで、大きくなった今なら、大丈夫………
心のうちの動揺を顔に出さないようにして、必死に考える。そうだよ、大丈夫。もう高校生なんだから、怖いことなんてないんだから。
「……ジ……ジェットコースターに乗っちゃう?」
ガクブルで天使に聞いてみると、それはもう嬉しそうな天使スマイルが返ってくる。
「僕がジェットコースターを好きなの覚えていてくれたんだね」
うん。そういえば、あたしがこんなにジェットコースターが怖いのは、三回続けて天使にジェットコースターに乗せられたらからだった。怖い怖いと泣き叫ぶあたしを、親は見捨ててカフェテリアでお茶してたんだ。
へらっと笑みを浮かべてみせるけれど、怖くてぶるぶる震えてしまう。きっと顔も強張っている。
大丈夫。高校生といえば、体はもう大人なんだから!きっとガマンできる!
重い足を引きずってジェットコースターの列に並ぶけれど、横を悲鳴を乗せて高速で走っていくジェットコースターを感じながらの待ち時間は拷問でしかない。
待つ間に、怖くなってしまって列から離脱する小学生を見ながら、自分は大人だと言い聞かせ、平常心を保つように頑張っている。
なんなら般若心経でも唱えようかと思っていたら、天使が顔を覗きこんできた。
「大丈夫? 結香ちゃんすごい汗が出てる。顔色も悪いけど気分はどう? 」
「平気。心配されるな」
ついしゃべり方も時代劇がかる。普通にしゃべれない時点でかなりアブナイ。
「ちょっと休んでから乗り物に乗ろう」
あたしの手をつかんだ天使は、乗り物の係りの人に事情を説明して列から離れる。ジェットコースターから一歩離れるごとに、体調がもとに戻っていくのを感じる。
みんなジェットコースターが悪いに違いない。そばにいるだけで、血圧の上昇を招き、心拍数を上げるとは恐ろしい子!
飲み物を買ってくるね、と天使が離れたのはジェットコースターがやっと見えるくらいに離れたベンチだった。
天使がいなくなるとすぐに、優しくしてくれて怒らなかった天使に申し訳なくなってくる。
天使は、ジェットコースターに乗りたかったのに。
ずくずくと胸が痛む。
今日は天使に楽しんでもらおうと張り切って計画を立てたのに、初っ端からこれでは天使も呆れてしまうだろう。
「結香ちゃん……?」
だから、天使を見たら涙目になってしまった。
「ダメな彼女でごめんなさい」
慌てた天使が隣に座って抱きしめてくれる。
「結香ちゃんが怖がっているジェットコースターに並ばせてゴメンね。怖いなら、無理しなくていいから」
「司くんと一緒に乗りたかった」
「そう言ってもらえるだけで、凄い嬉しいって知ってる? 」
隣から持ち上げられて、横抱きにされると天使の顔が近くてドキドキする。ぎゅっと抱きしめられて頬ずりされる。
「怖い思いをさせてゴメンね。ほんとはちょつと泣いてくれたら、って思ってた」
「どうして? 」
「怖がって泣いたら、たくさんなぐさめて、抱きしめてキスできるから」
「イジワル」
「だって結香ちゃんはずっとそうしてくれたんだよ。初めて会った時から、僕が泣くたびになぐさめて手をつないでくれた」
真剣な天使の瞳は、彼がずっとそう思っていたことを教えてくれた。
「僕もそうなりたい。結香ちゃんが僕の胸で安心して泣けるくらい強くなりたい」
天使の思いが胸に届いて、こらえきれなくなった涙があふれる。
「そんなの……知らなかった」
「自分が強くなったと思えるまで言えなかったから……結香ちゃんが泣いてくれて嬉しい……」
天使の瞳に映る自分は泣きじゃくっていて、ちっとも可愛くなかった。そんな自分を見て、嬉しいという天使は変わっている。
目を閉じると、天使のキスが落ちてくる。
抱きしめられて涙を吸い取り、キスを降らせる。
誰かが悲しくて泣いている時に、こうして天使はそばにいてくれる。そっとなぐさめてそばにいてくれるだけで、いい。
嬉しい涙を流しながら、やっぱり天使は、天使なんだと思う。
泣きじゃくって落ち着いたら、天使がジュースを渡してくれた。こんな気づかいができるのは相手のことをよく知っているからだ。
あたしはとれだけ天使のことを知っているだろう?
「ねえ結香ちゃん、ジェットコースターって動力はなに? 」
「位置エネルギーだよ。ジェットコースターは始めの坂を登るまでしか動力を使ってないの。位置エネルギーを坂を下ることで運動エネルギーにに換えて後はそれを坂を登り降りすることで入れ替えてコースを走り切るの。はじめに登りきった坂の位置エネルギーだけでコースを走って終着点にぴたりと止まるの」
たとえばこれからどんな道があっととしても、最後にはぴたりと天使のもとにたどり着くんだろう。
はじめから天使が敷いたレールを走っていたのだとしても、あたしは天使が好きだ。
あたしのことをここまで理解して好きでいてくれるのは、天使しかいない。
あたしも相当天使に入れ込んでいる。天使のような笑顔で天使はあたしの中に入ってきて、誰よりも大切な人になってしまった。
あたし達はずっと唸りをあげて動くジェットコースターを見つめてお互いを感じていた。
これからも、ずっとこうしていくんだとお互いにわかっていた。
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