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第42話 マリン王女とフルール②
しおりを挟む「フルール、貴女やりましたわね」
廊下でマリン王女に呼び止められましたわ。
全く、王女なのですから、奴隷の私など放って置けば良いのですわ。
『無視』出来ないのが多分、彼女の弱さですわね。
「なんの事ですの? ルーラン家で何か起きましたか?」
こう言って置けば、頭の良い彼女の事です。
大体の事は察する筈ですわ。
「やはり、貴方がしたのですね!」
「なんの事ですの? 私は此処暫くお城から出てませんわ。ですが噂では聞いておりますわ。ルーラン家で何か不幸が起きたようですわね。王家としては、屋敷に領地が手に入るのですから、良い話の筈ですわ。そう言えば私『ルーラン家の娘』ですわ。姉は王家に嫁いでしまいましたから継承権はありませんわ。そう考えると公爵家の後継者は私しかおりませんわ。奴隷の物はご主人様の物ですから『公爵』を自由公爵に変えて理人様に貰えますわね?」
さぁ此処で、マリン王女はどう動くのか楽しみですわ。
目が泳ぎだして、まだまだ甘いですわね。
「全部知っているじゃない! やはり黒騎士」
「なにか証拠でもありますの? 欲をかくのは良くありませんわよ?領地と屋敷が濡れ手に粟で手に入ったのですから充分な利益の筈ですわ。揉めたらそれすら私が手にする可能性すらあるのを考えた方が良いですわよ。それは貴方達王家にお譲りしますわ。『自由公爵』の地位を理人様に貰えますわよね! そうでなければ今度は貴方の胸に『黒薔薇が咲く』かも知れませんわ」
あらあら、マリン王女も闇騎士を操り裏仕事もしている筈ですのに、こんな事位で汗だらけですわね。
「冗談は止めて下さい! お友達でしょう? ちゃんと此処に来る時に『与える』とお父様に許可を得ましたから、そんな目で私を見ないで下さい」
「そう、それなら良かったですわ、この目は生まれつきですわ」
しかし、王女の癖に、真っ青になって可笑しくて笑いたくなりますわね。
「それでフルール聞かせてくれない。何故、貴女は理人殿に肩入れするのですか」
理人様の事を解らないなんて、本当にまだまだですわね。
「惚れたからに決まっていますわ」
「惚れた?! 恐怖の象徴、黒薔薇のフルールが…冗談でしょう?」
私が誰かを好きになるのがそんなに可笑しいのでしょうか?
あれ程の人間は2人と居ませんわ。
その価値すら解らないのですわね。
「理人様は私の目を見ても恐れませんわ。それに私の話を聞いても怖がりませんわ。それがどういう事か解ります?」
「…」
「解らないのですわね。私を恐れない存在は僅かながらいますわ。例えば黒騎士の5番以内の人間は私を恐れずに普通に接してくれますわね。ですが、彼等は『こちら側の人間』だからですわ。色で言うなら『闇』に『黒』ですから当たり前といえば当たり前ですわ。ですが理人様は色で言うなら逆に『光』『白』なのですわ。それなのに私を蔑まず、怖がらず『ただ一人の少女』として見るのですわ。闇で生きてきた私にとっては最高の男性なのですわ」
なんで驚いた顔をしているのです?
本当に失礼ですわ。
「それが、原因なのですか?! その程度の事で…」
「その程度! 暗い闇の中で生きてきた私に心からの笑みを浮かべる存在はおりませんでしたわ。それはさっき言った黒騎士の5番以内も同じですわ。心の中で自分より深い闇を纏った私に恐怖、畏怖をどこかで感じでいますわ。ですが理人様にはそれがありませんわ。私はこう言う気持ちを伝えるのが不得手でして、簡単にいうなら、理人さまはそう『太陽の様な方』なのに『闇』である私に優しい笑みを下さる方なのですわ」
「それが、そんなに大切な事なのですか」
仕方ありませんわね。
少し闇を見せた方が早いですわね。
「仕方ありませんわね、解らないなら私の『見ている世界』をお見せしますわ」
私は両目でマリン王女を強く見つめました。
◆◆◆マリンSIDE◆◆◆
私はフルールの目を覗き込んだ。
一体なにがあると言うのでしょうか?
嘘…フルールの目を通して『フルールの世界が』…
「あああっあああああーーーーーーーっ、あああー-っこれは」
怖い、怖いなんて物じゃないわ。
なにこの光景…地獄の方がまだましと言える恐ろしい光景が頭に飛び込んできます。
沢山の悍ましい姿の人間が『殺せ』『殺せ』と喚いています。
『より残酷に殺せ』『殺せ』『全てを殺せ』と
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
その傍で『助けて』『助けて』と無く声も無数に聞こえてきます。
その声に混じって『娘だけは助けて』『妻だけは』『息子だけは』という声も聞こえてきます。
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
「あああっ、嫌だぁーー死にたくない、助けて殺さないでーーーっ」
『地獄に落ちろ』『許さない』『呪われて死ね』
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
「嫌ぁーーーっいやああああああーーっ」
沢山の亡者の様な存在が私を責め立ててきます。
数えきれないほどの人数が私を責めて許さないと言うのです。
地獄なんて生ぬるい…そう思える程恐ろしい世界にいきなり放り込まれました。
「あああああっあああああああーーーっああああっ、あははははははっ。いーひっひひひひひい..あはははっ…いやうあうわーーー」
『正気を保ちなさいですわ、さもないと狂いますわよ』
フルールがそう言うと、私はその世界から戻ってこれました。
「あれっ フルール?」
私は一体何を見せられたのでしょうか?
幻覚?
そんな筈はありません。
これでも王族、その手の物を防ぐ指輪は身に着けています。
「それが私の見ている世界ですわ。まぁもう慣れましたが『黒薔薇』を継いだ時から歴代黒薔薇に殺された人間の怨念や、歴代黒薔薇の意思みたいな物が常に私に纏わりついているのですわ。この地獄の様な世界を飲み込み糧に変える事が『黒薔薇』になれる最低条件なのですわ。常人なら頭が狂いますわね」
これがフルールの世界。
王家の汚れ仕事をしている私が、僅かな時間だけでも気が狂いそうな程、恐ろしい世界。
これが『黒薔薇』の世界だというのなら誰もきっと正気を保てない筈です。
一瞬見ただけの私でさえ、頭が可笑しくなりそうになりました。
「これが貴方の世界なの!」
「そうですわね、歴代黒薔薇から引き継いだ狂気と言う所ですわ。まぁ実際はこれが何かは私にも解らないのですわ」
「こんな物が貴女の世界…そう言う事なのですか」
「そうですわ!これで理人様が如何に素晴らしい人か解った筈ですわ」
「解らない…わ」
「理人様は私と話す時、覗き込む様に私の瞳を見るのです。こんな表面だけなく、もっと恐ろしい深淵まで見られるのですわ。それでも正気で居られて、それでも笑顔で話すのですわ」
「そんな、こんな恐ろしい物を見て、にこやかにいられる筈はない…」
「ええっ理人様以外では、皆さん恐ろしい物をみた顔になり、王女様みたいに失禁しますわね」
「ええっ」
そんな私が失禁するなんて。
「これが理人様を私がお慕いする理由ですわ。私を知り恐怖を一切覚えない『光の様な方』こんな方は恐らくこの世に、いえ歴代の黒薔薇の歴史にも居ませんでしたわ。解って頂けましたわね!理人様の目を覗き込むと逆に私は、そうまるで光にあふれた天国の様な世界が見えるのですわ。黒薔薇に光を見せられる唯一の人間なのですわ」
「…」
「まぁ良いですわ…理人様の敵は私の敵、今の私には一番大切な人…それだけ覚えておいてくれれば『友達』で居られますわよ」
そう言うとフルールは私を置いていってしまいました。
私は恥ずかしい水溜まりをメイドに始末させ着替えました。
まさか、あのフルールが本当に恋をするなんて思いませんでした。
『汚い部分や恐ろしい部分』を見ても怖がらないパートナーですか。
黒薔薇であるフルールが惚れる訳ですね。
今のフルールは『理人殿』の為ならなにをしでかすか解りません。
絶対に理人殿を敵にしないように気をつけないと…不味いですね。
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