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21 傷つけるとわかっていてひなたを囲う檻をまた一つ増やす
しおりを挟む俺は怒りと自嘲を振り払い、冷静さに努める。
「TSしてから医者に1回は行ったよな? 役所は――親だけで手続きできたな。
その時に親はTSプログラムの説明を受けたはずだ。TSプログラム詳細もオメガ教育テキストなんかもそこでもらう」
俺は端末を出してTSプログラム詳細テキストと、TSした子供にまず渡すテキストを表示させた。
ひなは両方ともパラパラとめくり首を振る。
「……どっちも見たことない」
「……役所にはきちんと届け出てるはずだ。じゃなきゃ学校側がオメガとしての通学を認める訳がない。法律違反になる」
俺はずるい。
他人の俺がこんなこと、ひなたに告げるべきじゃない。これは香坂家の問題だ。
けれど俺はひなたが欲しいから。
すでに傷だらけのひなたをまた傷つけるとわかっていて、ひなたを囲う檻をまた一つ増やす。
「TSプログラムのオメガ教育は、オメガ化してから半年のうちに必修だけ受ければ良い事になってる。
本人の様子で医師や親が考慮し、もちろん本人とも相談して、スケジュールを決めるのが一般的らしい。講義を全部取っても数ヶ月程度で終わるみたいだ。
この辺は俺に開示された資料にも載ってる。
親へのフォローアップテキストもあるらしいがそっちは俺には貰えなかった」
そっちはたぶん子供との接し方とかが書いてあるんだろうな。そして環境の整え方とかも載っていたはずだ。
なにより、外見を女性寄りにする選択肢だってあるし、男性機能を取り去り、総排出腔を分離させて完全に女性器にする事だって選べる。
俺は一つ大きく息をして怒りを圧し殺す。
ひなたのことを最優先に考えたら、休んだままうちの学校を辞めて転校していたはずだ。
……俺にとってはそれが為されなくて良かったじゃないか――そんな風に考えても胸の奥でモヤモヤとしたものが晴れない。
段々ひなたが蒼白になり、ギリっと奥歯を噛み締めているのが分かった。俺は手を伸ばしてひなたの手を握る。ほんの微かに震えているのは怒りか戸惑いか、悲しみか。
ひなたの母親はどんなつもりで息子の髪を編んだんだろうか。もしかして本当は、外見をフェミニンにしてほしいのか。
美人過ぎて、男にも女にも見えるひなたに為された編み込みは、余計に神秘性が増したように感じる。
そっと触れるか触れないかだけのキスを右耳に落とした。
「ご両親も戸惑っているんじゃないか? そのうち話があるだろう。
……とにかく話があるまで黙ってろ。TSの内部情報は関係者以外極秘なんだ。
俺から聞いたと親に言ったらお前、俺から逃げられなくなるぞ」
間違いなくひなたの親は、喜んでひなたを俺に差し出してくるだろう。
TSを隠さないという事は、オメガを餌に、より良い精子を持つ男を捕まえたいと喧伝しているようなものだ。
「俺はそれで全然構わないけどな」と笑ったら力なく首を振られた。
マジのリアクションはやめてくれ。ガチに効くから。
今朝、俺のノート端末にはJEBの南川さんの秘書である西野さんから連絡が入っていて、開けばTSプログラムの実技講習のテキスト集だった。さっそく俺の頼みを聞いてくれたらしい。
俺は授業中それらを貪るように読んだ。それでようやく南川さんや親父の言う事が理解できた。
ネットでTS申請についても調べてみた。
公開されている情報は、TSだと思われた場合、まずはJEBHQ指定の病院に連絡し、診察を受けてTS申請書を書いてもらう事。もらえたら住民票のある役所に連絡し届け出る事。これだけだ。母子手帳に書いてある以上の情報は無い。
ジュニアスクールでの男子性教育時にTSのことも習うが、実際オメガ化した時の事については、多少の痛みがある事もあるが慌てずに、親が手続きをしてくれるからまずは親にTSを伝える事としか聞かなかった。
TS女子教育があるとかは噂の域を出ないものだったが、世界を上げて少子化対策を行っている現在、受胎能力の高いオメガに知識を与えないなんて考えられないという事で、当り前にその噂は浸透していた。
「やるよ、それ」
「いいのか?」
「貰ったメールに注釈とかなかったし、コピーガード1回限定がついてるし、つまりはそういうことなんだろ」
ひなたの震える手を抑えて、俺がひなの端末を操作してやった。
『~TSしたきみへ~』などとお役所感満載のタイトルが付けられたテキストをコピーする。
他のテキストは保留とした。南川さんに相談したほうがいいのだろうか。相談しなくても、ひなたのTS担当者――香坂家担当者から、TSプログラムを受講していないようだがと連絡はいくのだろうが。
ちなみに性教育実技講習用テキストで俺に都合の悪い部分、男に対する態度や心構え、性技などは全て抜いてある。
普通のテキストじゃロックされてて出来ないが、南川さんにこれと実技講習の件を頼んでいたのだ。昨日の今日で仕事が早い。
抜粋は、南川さんから俺にテキストが届き(今朝のメールだ)、俺が(授業そっちのけで)消したものを南川さんに送り返した。
抜粋箇所をチェックした南川さんからOKが出ている。リアル光源氏と茶化されたがスルーした。それから実習進捗状況を随時報告しなくてはいけないが。
女性の心得だの男性を喜ばせる仕草だの冗談じゃねぇ。そんな量産型隠れ女豹に用はない。
それにしても空気が沈んでいる。俺もまさかひなたが全く知らないとは思わなかった。TSオメガに最初に渡すやつも見せていないとは。
普通、遅くてもジュニアハイスクール中にはTS化するので、噛み砕いた内容になっている僅か十数ページのテキストなのだが。
ミドルスクールでのTSはほとんど前例がないからなのか、もしミドル学年でTSした奴にこのテキストを見せたら、バカにしてんのかと逆切れされてもおかしくない代物だ。
どこかイラつかせる動きをする2頭身のアニメキャラや、平仮名ばかりで逆に読みにくい文章満載なのである。
だからひなたの親は見せなかった? いや、まさか。このテキストを見せなくとも説明はしなきゃだろうよ。
これでは実習どころではない。どころではないが献精センターに二人で行く事をOKさせなければいけないし、何よりひなたに触れたい。
「思い詰めるなよ? まだオメガになって1週間だ。お前もご両親も時間が必要だ。必修の方も時間はある」
適当に頼んでおいた軽食やデザートの中から、ブドウを一つひなたの口に突っ込む。
「むぐっ?!」
「とりあえず食っとけ。三大欲求が満たされないと思考が鈍る」
ブドウを食べずに口を半開きにしたまま固まっているので、目を眇めて笑った。
「性欲の方を満たしてやろうか?」
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